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新田次郎原作の映画 【 剱岳:点の記 】のせいか、この夏は何となく「山の本」を手に取る機会が増えた。もともと小学生のころから国内外の山岳小説をよく読んでいたのだが、実際に高い山を登った経験はなく、知識はそこそこあっても危険な場面の想像がつかない。そうこうしている間に、本格的な山登りが出来ない身体になってしまった。
そこへ先頃の大雪山系トムラウシ山での大規模遭難、ますます「山の話」に中年医師の心が向かう。中高年の登山熱・女性の登山熱・ツアー登山・異常気象・・・、高くても低くても、日本でも海外でも、やはり登山とはその魅力の裏に常に危険性を含んでいるらしい。

この本 【 銀嶺の人 】 も新田次郎の作品である。主人公的な淑子のモデルは医師でもある今井通子、世界的女性クライマー(アルピニスト)の草分けである。他にも加藤滝男・保男兄弟、若山美子など非常に魅力的な登山家がかなり実際に近い形で次々に登場している。どの人も非常に魅力的だ。
今井・若山の【女性パーティーによる世界初のマッターホルン北壁登頂】、今井・加藤滝男を中心とした【アイガー北壁直登(青い点線が1969年の直登ルート)】、今井の【女性初のアルプス三大北壁完登(グランドジョラス)】などがメーンイベントとして話は進んでいく。長い作品だが、一瞬も飽きさせずにグイグイ惹きこまれていくのはなぜだろう?

幸い、これまでの人生で アイガー・マッターホルン・グランドジョラスの三名山は拝んだことがあるし、それぞれの登山基地となる街にも馴染みがあるので、場面場面を想像しながら読むことが出来た。特にシャモニーの街や、若山が落雷で山頂付近で死亡するドリューなどの針峰群なども僕自身が新婚旅行で訪れたので思い出深い。
そして、医師である今井の仕事ぶり・勉強ぶり・成長の過程・・・これらも凄く身近なものだったから、僕にとっては心に残りそうな作品の一つとなりそうだ。それにしても、今井通子さんは凄すぎる。医学部で同級生として過ごしてみたかった・・・女子医大だったらしいが。
どこまでが事実かわからないが、男勝りの淑子が医大に進み、谷川岳で学び、アルプスへと挑む姿・・・こんな女子医大生の姿なんて今どきありえないだけに感動してしまう。
中高年の登山が盛んだが、作品の中で繰り返される言葉がある・・・・『若さでしか克服できない、今でしか達成できない登山がある』 (少々あいまい)
医学部を出て医師国家試験に合格直後に挑んだ「マッターホルン北壁」、今でいう研修医の時期に挑んだ「アイガー北壁直登ルート」・・・医師・今井にとって「若さ」と「技術」と「仕事」と「経験」とがベストマッチした一瞬の晴れ間だったのであろう。そういった誰にでもは得難い最適な時期を逃さず偉業を達成した精神力と実行力・・・到底真似できるものではない。
ただ、非常に興味深かったのは、全てが完成した時期にあった結婚後の淑子と若山の二人。ほぼ同時期に登山家同士で結婚して「グランドジョラス北壁」と「ドリュー西峰」に挑み、どちらも夫婦でのザイル登攀が非常に精神的に困難になったことに気付く場面・・・死の危険に直面する機会が多いだけに、夫婦登山とは凄くデリケートで難しいのだと感じた。
このことは、今度のツアー登山におけるメンバー構成が単なる寄せ集めで、あの天候の様な危機的状況で凄く大きな影響をメンバー全てに与えかねないのではないかと改めて思う理由にもなった。登山においては「メンバー構成」は凄く大切だと思う。
数々の名作を世に残した新田次郎氏はアイガー北壁を望む場所に遺髪を埋める形で眠っているという。かなり前にアルプスを巡った日々を綴った本を出しているが、羨ましいと思うと同時に、相応しい・・・と感じた。
この夏はまだまだ沢山の「山の本」を注文したので、涼しく過ごせそうだと思う。そして、診察室の中にいながら アルプスでの夏休みを満喫できそうだ・・・
読んでくれてどうもありがとう
ある女性のメル友さんから一枚の写真が届いた・・・(勝手に使用してますよ)
どうやら、スカンジナビア半島で先ごろ「白夜」を堪能されたらしい。おもな訪問地はスウェーデンのストックホルムと ノルウエーのトロムソという北極圏の街らしい。情報はそれだけ・・・この山の写真には一切説明はなく、例によって僕のアソコを刺激する。では、さっそく探究開始・・・
まず、この岩山の雰囲気はノルウエー側でしょう。手前の針葉樹林帯が美しい。写真下の水面は湖かフィヨルドか? 大きそうだし、色から考えても深そうだし、もしノルウエーなら交通の便も悪そうだ、 トロムソ付近と素直に取るべきか? とすると、フィヨルド内の島に位置するトロムソの街ということからは、水面はフィヨルドだと思われる。その場合、山の標高は1000mを少し超えるくらいだろうか?
同じフィヨルドでも更に南側だともっと高く深く・・・なんだろうが。
僕はノルウエーには行ったことはないが、トロムソにも フィヨルド観光船があるのだろうか? 陸上交通の便、すなはち道路の関係上、フィヨルドの対岸からの眺め というより 観光船からの眺め ではないだろうか? 写真は実は少し斜めになっていた、船が揺れたのだろうか?
で、僕の推測した地点は上の写真、左下のトロムソの街から観光船でピンクの線を進み、右上のフィヨルドの行き止まり付近の赤印近くから赤で囲んだ山塊を仰ぎ見る。ちょうど、ここには下の様な山があるみたい。手前には針葉樹林帯もありそうで、下は写真と違って見下げる格好だし、少し角度が違うみたいだが・・・・なんとなく似ていない?
写真ごとに方角がバラバラだが、最初の写真、夏でも雪が麓付近まで残る・・・恐らく北面ではなかろうか? この地図上で推測した山も角度的には北面を示している。
僕の推測の決め手は、1)水面との位置関係、2)山の標高、3)山塊の方角、4)右肩のピーク形状、5)トロムソの場所 だどなど・・・
写真を送ってくれた貴女・・・どうです、今回の推測は?
多分当たってると思いますが、モンブランの時の様に写真を撮影した本人が位置関係をわかってないかもしれないな・・と少々心配しています。でも、良い夏休みでしたね。
先日から、山の本を読んでましたので、ちょっと感性を試してみました。回答時間15分くらいでした・・・自信あります。
PS) どうやら間違いだったようです。正しくは、もっと東・・・バスとフェリーを乗り継いで。で、正確な場所は判明しましたが、そこは僕と彼女の永遠の秘密にさせていただきます。
読んでくれてどうもありがとう
20:10 何とか無事?に 元春のコンサートが終わると 僕は一目散で羽田空港に向かった。以前なら楽屋から出てくる彼を裏口で待つほどだったのに・・・ 残念ながら気掛かりが多すぎた。
http://www.youtube.com/watch?v=jTXE36Lr-lc
こっち(東京)は星空が見えるのに・・・あっちはホントに豪雨なのかしら? ホテルを出てくる直前のトラブルで気象情報も交通情報も得ないままに17:50 ZEPP TOKYO に来てしまった。やはり携帯電話はmova から インターネット携帯にそろそろ買い換えようか?
鳴らない携帯電話の電池は風前の灯火の様・・・何かがおかしい、充電用器具が機能していそうもない。いつ突然シャットダウンしても不思議ではなさそう。
そして・・・21:30 発の肝心の飛行機は飛んでいるだろうか? 飛ばなければ明日はなく、僕はしばらく批判を浴びるだろう。理事長を解任されるかもしれない。また飛べても、その先の高速道路は通行止めではないだろうか? (実は、その頃すでに高速道路では土砂崩れで死亡事故が生じていたそうだ)
そして終に、20:50 僕の携帯電話の電池が切れて自動でシャットダウンしてしまった。どうせ機内では電源を切るのだが・・・ローソンに駆け込み新しい電池を購入した。そして、機内でずっと充電し続けた・・・でも、効率が極めて悪い。やはり買い替え時かもしれない。
東京の「ある晴れた日に」は、彼の地では「ある豪雨の日に」だった・・・

その日、僕の家の付近は・・・・道路と川(クリーク)の境目が無くなっていた。上の写真で真ん中付近の草の列の右が道路で 左が川である・・・であった。これじゃ 知らない人は ドボン・・でしょうね。
そして、川か道路か(白いガードレールの右は川)分らない水の中をスタッフが裸足になって出勤してくる。この10年間(多分30年間)では初めての経験だ。頭が下がる・・・
http://www.youtube.com/watch?v=a_xWKWIf-VE
僕はそんなスタッフたちに支えられて日々の仕事が出来ていることを感謝している。
でも、秘かに悪いことは出来ないな・・と深く反省し、しばらくは東京行きは控えようかと真面目に考えているところである・・・(一応、終りかな)
読んでくれてどうもありがとう
ある晴れた日に、こうして僕は患者の体調・航空機の運航・地元の天候・携帯の電池切れ・・という一抹?の不安を抱きながら ZEPP TOKYO での MOTOHARU SANO のコンサートの観客となった・・・
なぜわざわざ東京に足を運んだか? もちろん、旅費・宿泊費などが招待で無料だったことが一番だが、少し前に僕の地元で行われた同じコンサートが夜の仕事(透析)で行けなかったこと、そしてなにより 彼の地元・東京でのコンサート風景に凄く興味があったから・・・
これまで28年間、28度以上は彼のコンサートを観てきた僕だが、東京では一度も観たことはない。しかし、恐らくミュージシャン・アーティスト達は自宅から行ける地元と ホテルからの旅先での演奏は少なからず心境が異なるハズで、それが雰囲気や態度や声の質感に微妙な影響を及ぼすはずだと僕は思っている。だから・・・一度 東京での彼を観て聴いてみたかった。
そして、案の定・・・非常にリラックスした 大人の佐野元春がステージ上に躍動していた。僕は嬉しかった・・・

http://www.youtube.com/watch?v=xZ5ZeqTLEWQ
ただ、僕は携帯電話のバイブレーションが鳴りはしないかとポケットの中の携帯に指を添え、かすかな振動を逃すまいとスイング出来ずに多くの観客の中で直立不動で不思議に見えたかもしれない。ステージ上のリラックスした元春と対照的な極度に緊張したフロアの僕・・・こんな気分のコンサートは初めてだった。そして、元春の気高さと我が身の不自由な愚かさとを比較して、少しばかり涙が込み上げてきた。
http://www.youtube.com/watch?v=-BkotLn-DBI
だが、コンサートの最中にはドラムスやベースの重低音が響きだすと まるで携帯電話がバイブしているかのように指先を震わせる・・・空気の震えがポケットの中の携帯まで震わせる。実に落ち着かない・・・
佐野元春・・・あなたは僕の何なんだろうか?
彼もステージで眩しいライトの具合では頭が真っ白になる。右端が佐野さん、フサフサとした白髪をそろそろ染めないと・・・でも、それじゃ佐野元春らしくなくなるかも?
来年はデビュー30周年、「何かドカンとやるよ・・」と笑顔で宣言した佐野元春・・・「君は大人になったねえ・・、僕も白髪が増えたけど・・」 声も出てるじゃないの・・ まだまだ行けるよ。TVに ラジオに ステージに・・・大人の君は益々元気になっている。
http://www.youtube.com/watch?v=h6SofZbxWQ8
そしてとうとう「ある晴れた日の コンサート」が終了した。幸運にも僕の携帯電話も鳴らなかった。恐らく、飛行機も欠航にはならず、患者も安定し、僕を探す女性もいなかったのであろう・・・それとも、電池が完全に切れてしまったのか?
一応、携帯電話は虫の息だったようで着信表示は見当たらなかった。さあ、後は羽田でショックを受けるかどうか?だけだった。向うの天候はどうだろうか? 電池切れを心配して妻には聞けそうもない。
まだまだ先は長く、今日中に家に帰りつけるのは無理だろう・・・(続く、よろしければ)
読んでくれてどうもありがとう
夕方18時に お台場の ZEPP TOKYO に行く予定を立てていた僕は、21時過ぎに予約していた飛行機が集中豪雨で予定通り飛ぶのかどうか心配しつつ、「激しい夜」に備えて体力温存のために広すぎるベッドに一人淋しく寝ていた。
17時ちょうどにかけていた目覚まし時計が鳴った・・・ だが、ちょっと違う音だ。時間も少し前だ。実は携帯電話の呼び出し音だった。
出て見ると・・・患者の@@さんの奥さんだった。@@さんは複雑な病態でやっと安定が保てていて、休日当番医や救急病院の若い医師が紹介なしで突然診療するには色々と手ごわい患者だった。また、ここ数カ月の体調は変化していたので相当詳しい紹介状がないと相手が困りそうだ。
そして、奥さんの話では体調が昨日から悪化しており、入院が必要そうな印象であった。もちろん、東京のホテルで惰眠を貪って夏休みを満喫していた僕には診療は不可能だった。さて どうしたものか?
東京にいることは明かさなかったが、直接診てあげれないことを詫び、受診先の病院を決めて、そこの日曜日の当直の医師に電話をかけた。相手の当直医は偶然にも信頼する循環器科医・・・馴染みがあって、電話で詳しく事情と病状とを説明し、入院になる可能性も含めて診察をお願いした。もちろん、患者情報の全てを暗記して伝えられるはずもなく、電話を一旦切って、紹介状とか資料を準備することにした。
その場に居ない僕がカルテや検査データに当たれるわけもなく、また準備した資料や紹介状を患者に持たせることも出来ず、休日を家で過ごしていた看護師に電話連絡して事情を話し、診療所に出てきてもらい、僕が電話で指示しながら紹介状などを作成・準備した。看護師も僕が東京にいたことは今も知らない。
複雑な病態の重症患者だったので電話指示での紹介状作成は容易ではなかったが しょうがない。もし紹介状がなければ相手の病院の当直医は凄く困ったことだろう。一応、念のために先方の医師にも僕の携帯電話番号を渡し、疑問の点は遠慮なく電話して欲しいと伝えた。でも、タイミング的には遠方の病院なので大事な用事がある18時過ぎだと思う・・・気がかりだ。
だが、気がかりなことが また起きた。東京で秘かに悪だくみをした罰なのだろう・・・携帯電話の電池切れが間近だった。先程から長く話し過ぎたようだ。それで持っていた電池式の充電器具を利用したが・・・赤い充電ランプが点灯しないのだ。
もう ZEPP TOKYO に向かわないと間に合わない。本当はZEPP に行く前に飛行機やJRや高速などの状況、天気予報などをチェックして、もし危なそうなら飛行機の便と到着地の変更をするつもりだった。その場合、ZEPP を19時前に出ないと間に合わない・・・20時が終演予定時刻なのに。
充電してるのか してないのか不明のまま、充電装置をつないだまま チェックアウトをして、タクシーでお台場に向かった。タクシーの中でも診療所に着いた看護師に電話で色々指示を出すが、そのたびごとに電池の残量が減っていく。もしかして、持ってきた乾電池が空なのか? それとも携帯電話の充電機能が悪くなったのか? そろそろ買い換えようかと思ってはいたが、貧乏性なもので・・・
僕が使用している携帯はインターネット携帯どころか FOMA でもなく、今も廃止目前の mova である。カメラもなく、お財布機能もなく、音楽をためれず、ワンセグも何にも付いていない。その代り、TV・AM・FMが聴ける世界で最初で最後の携帯電話である。後継機種はとうとう出なかった。そのため大事に大事に もう4年も使っていて、docomo の若いスタッフは 存在すら知らない名器?である。だから、そろそろ電池がおかしくなっても不思議ではないのだ。
開演時間が近い・・・、乾電池は買えない・・・、携帯が電池切れになりそう・・・、飛行機や天気の情報がないまま・・・、患者の紹介状は出来たが、まだ@@さんに渡していない・・・、タクシーの運転手がZEPP の場所を間違えた・・・(謝りもしない)
http://www.youtube.com/watch?v=rbPEqWMYFsE
そんなこんなで、暗い気持ちのまま ZEPP 到着は17:50 になった。18:00 開演予定・・・既に中は「あの雰囲気」が漂っていた。そして、マナーモードにしていた携帯がバイブレーションして、僕はホールを飛び出て携帯に出た・・・「紹介状を患者に渡して送り出した」という看護師からの連絡だった。
ギリギリ セーフ、少しだけ ホットした・・・17:57 だった。ホールに戻ると、間もなく 演奏が始まった・・・
http://www.youtube.com/watch?v=ZV5ZKfxLgOE

もし紹介先についた後で当直医が問い合わせ電話をかけてきたら・・・気づくか? そして会場を出ていけるか? そして電池がもつか?
僕はポケットに入れた電池が切れそうな携帯電話を 指で触り続けながら いつもの音楽に身を委ねた・・・(続く、よろしければ)
読んでくれてどうもありがとう
束の間の夏休み、秘かに僕はある計画を立てていた。そして、ついに「その日」がやってきた・・・
僕の「夏休み?」は、たった一日、7月26日・・・ただの日曜日、その日の僕は華の東京にいた。
前夜は遅く上京し、興奮して いつもより遅くまで起きていた。東京の空は僕の住まいより30分ばかり早く明るくなるらしく、白み始めた東京の空を見て、独り寝には淋しくなる広いベッドで眠りについた・・・明日は良い天気になりそうだ。
爽やかに晴れ渡った東京の朝、蝉の声がする高輪の緑豊かな美しい庭を通り、早めに真面目に講演会会場に足を運んだ。招待してくれた担当者に一応顔を会わせて、真面目な態度を表して、その後おもむろに ウトウトと船を漕いで運動を開始した・・・半分ほどだったろうか?
後で、あの庭をお散歩でもしよう、読みかけの本を片手に・・・
講演会が終わる間際、妻からのメール・・・ 『 こっちは豪雨で大変よ、飛行機飛ばないかも? 早めに帰ってきたら? 明日は仕事に遅れられないでしょ? 高速も 私鉄も JRも 止まってるわよ 』
???・・・嘘でしょ? こっち(東京)は雲ひとつない最高の晴天ですよ。東京のテレビは何にも豪雨の報道してませんよ。確かに一昨日の夜は凄かったけど・・・ また降ったの?
懇親会に出ていると、珍しいアナウンスがあった・・・『 @@地方は豪雨のため、航空機の欠航が相次いでいます。予約の変更などはトラベルデスクで承ります 』 そして、ドキドキドキ・・・と動悸がし出した。止まらない動悸・・・ 懇親会会場には数百名の内科医がいたが誰も僕の動悸を止められない。そこへ妻が電話してきた・・・『 凄いわよ。帰って来た方がいいわよ 』 余程のことがないと旅先まで電話してこない妻が電話してきた・・・やばそうだ。
しかし、僕にはどうしても帰れない(妻にも隠してきた)訳があった。今夜こそ、上京した最大の目的があったからだ。そのことを告げると、妻は『 えええ~? 』 と あきれはてながらも僕の心境を即座に理解してくれた・・・いい妻だ、でも凄く呆れてた。まあ、いいじゃないか・・僕の「夏休み」なんだから。
しかし、まずは情報収集だ。「トラブル・デスク」では情報が少ない。チェックアウト時間を延長して、部屋でテレビを観ても豪雨報道なんか全然やってない。これこそ「上の空」みたいな感じだろうか? 東京の豪雨なら地方でもずっと報道してるが、地方の豪雨は東京では少ししか報道しないらしい・・・
仕方なく インターネットで天気状況や、航空機・高速道路・私鉄・JRなどなどの運行状況を確認する。天気図と雲の動き、アメダスなども確認する。数か所のスポット天気予報を詳細に検討し・・・・何とか今後は「欠航までは至らないだろう」と推測して・・・・僕は腹をくくった。報道では夜半に豪雨を予想していたが・・・自分の感を信じよう。
そして、精神的にも肉体的にも疲れたので、本命の夕方の予定時刻まで眼下のオアシスを眺めながら、本を読み、そしてやがて疲れて・・・昼寝を決め込んだ。都心のホテルの部屋の贅沢な昼寝・・・天気や飛行機が気がかりながら、遮光カーテンを引き 僕は眠りについた。
目覚ましの時刻は17時ちょうど・・・ 予定の開演時間は18時だった・・・・ (続く、よろしければ・・)
読んでくれてどうもありがとう
高額なツアーでも天候に恵まれなかった悪石島の皆さん、アレがもしかすると卑弥呼が体験した日食かもしれません。大雨で真昼に真っ暗になる度合いが増したようですし、原理がわからなかった当時は、より神秘的・悪魔的な禍の前兆と認識されたと感じます。
確かに硫黄島の近くの洋上で豪華客船のデッキから見る周囲360度の神秘的な光景も素晴らしいのですが、「何が起こったか・・怖い」という当然の感覚は太古の人々を恐れさせただけのことがあります。そういった意味で、悪石島の人々は実に貴重な体験をなさったのではないでしょうか?
さて、上の写真は本日22日午前10時56分頃に僕自身が普通のデジカメで撮影した日食の写真です。どうです? 薄い雲に少しもやってますが良く撮れてるでしょ? でも、見上げる地域によって欠ける部位が全然違うんですね。僕の位置が特定されそうです。
これは僕の姿ではないのですが、僕らはこんな風にレントゲンフィルム越しに天体ショーを楽しみました。国道を走る車からは「変な病院」と思われたことでしょう。
でも、折角ですから近くの薬局や理髪店やクリーニング店にも特製レントゲンフィルムを差し上げ、デイサービスのお年寄り達にも特製フィルム越しに太陽を眺めて頂きました。もちろん、ちょうど来院された患者さんにもお楽しみ頂きました・・・(本当は患者さんにはその時間には来て欲しくなかったのですが)
確かに少々暗くなりましたが、雨が降る前の梅雨空程度の明るさで、もう少し暗くなるかな?と期待したほどではありませんでした。ただ、庭の蝉が鳴きやみました・・・
そして、本日の「その時」が やってまいりました・・・
午前中の患者さんがスーッと減少し待合室から居なくなろうとしたとき、一人の患者さんが 『あ~ 心臓がドキドキしだした・・』 とおっしゃいます。もうすぐ最大欠損時刻です。もう観れない・・・と諦めかかりましたが、脈は正常、心電図も異常ありません。その他も特変なく「夏の疲れ」と診断し、点滴しながら安静にしてもらうことにしました。これで、セーフか?
おや?めったに見ない人が来たぞ・・・どうした、こんな時に? 何々? 検診に来た? お~、ちょっと待ってね、2年ぶりの来院なんだから・・・(検診だし) これで、セーフか?
あと5分・・・ さあ、空を見るぞ・・・
『先生、電話で 熱中症みたいだからすぐ来ていいか? だそうです』 と可愛い事務嬢の声・・・ (来る頃には最大欠損も過ぎてるだろうからOKだよ) これで、セーフか?
あと2分・・・ さあ、外に出るぞ・・・
『先生、電話で 午後からの透析患者さんが不整脈発作が始まって、今から来ても良いか? だそうです』 と優しい看護師の声・・・ (ええい、ツイデだ OKだぜ) これで、セーフか?
あと30秒・・・ さあ、レントゲンフィルムを空にかざすぞ・・・
そこへ慢性呼吸不全の患者がフーフーゼーゼー息を切らしながら来院してくる。実に苦しそう、いつものことだが・・・ (もう少し待合室の椅子に座って息を整えて待っててね、あと1分で良いから・・)
こんなのは見えませんでしたが・・・ 無料でも なんとか楽しめました。
確かに明るくなった午後からは午前の反動で席を立てないほど多忙でした。午前の2倍以上の患者数で、気分が悪くなりそうでした。これも日食の影響かもしれません。
テレビで観る日食は興味ありませんが、面白かったのは・・・
皆既日食になった瞬間に日本人が拍手喝采で大騒ぎをしだすのに対し、インドでは暗くなって祈りを開始し再び明るくなる瞬間に拍手喝采をして天に感謝の大騒ぎをしだしたことでしょうか。
科学的視点でとらえている日本人と、宗教的視点でとらえているインド人の違いが表れていて興味深かったです・・・
人間の体調も日食の影響を受けている・・・と確信した今日の「その時」でした。
読んでくれてどうもありがとう
明日は晴れるだろうか? 晴れたらいいな、晴れなくてもいいけど・・・
明日の午前11時頃、患者さんが来ないと良いな・・・ スタッフ皆で庭先に出て空を眺めたいな・・・
どれくらい暗くなるのかな? ちょっと遠足前の小学生の気分、やっぱりテレビじゃなく、周囲がどの程度暗くなるかは外に身を置かないと判らないよね。
皆既日食と云うのは欠ける太陽を見ることが目的ではなく、欠けた太陽によって暗くなる雰囲気こそが全て・・・写真やTVでは意味がない。
『じゃ観にいけよ・・』と言われても借金付けの貧乏開業医が行けるはずもなく、実際に見に行く自由な人々をTVで眺めて、とことん嫉妬してしまう・・・ ああ仕事なんて嫌だ、金より自由が欲しい、オヤジは怒って天岩戸に隠れるぞ・・・と心の中で叫ぶが聞いてくれる人はいそうもない。せいぜい、明日その時刻にKYな患者が来ないことを祈るしかないようだ。
さて、実際のところ「どの程度暗くなる」のであろうか? 昔、部分日食を小学生の時に観たが外の明るさには全く変化がなかった。もちろん、あれとは全然違うだろう・・・皆既日食なんだから。
曇り空くらいか?
雨の日くらいか?
夕方の日没後くらいか?
本を読めるくらいか?
満月の夜くらいか?
映画館の中くらいか?
満点の星が見えるのか?
それとも・・・やはり気がつかない程度か?
それだとガッカリだなあ・・・
まあ、感想は場所や天候や、あるいは見る人の精神状態にも左右されるであろう。
わざわざ高いお金を払って大陸にも島にも洋上にも出て行く日本人たち・・・実にウラヤマシイなあ
かつて卑弥呼が死ぬ248年頃に皆既日食があったという。それを卑弥呼が観て禍の印として殺されたとすれば、どこで日食が生じたかを今回の様に天文学的に計算すれば卑弥呼の住まい(邪馬台国)の大まかな場所がわかるハズ
・・・と色んな人が僕と同じ様に考えたようだが、どうも1000年を超えると地球自転スピードの揺らぎ・変化などの要素が複雑すぎてスーパーコンピューターでも九州説と大和説すら区別できないほど曖昧なものらしい。なあんだ・・・その程度か?
そう考えると1000年先の地球や人類の姿・運命などは全然予想できないわけで、100年後の地球温暖化が本当に起こるのか氷河期に向かうのかすら本当は分らないままに人類は無駄な努力をしているのかもしれない・・・
それにしても時間とお金が自由になる人々がうらやましくて羨ましくて・・・嫉妬で気が狂いそうになる日食前夜、少々ドキドキしている。
読んでくれてどうもありがとう
先日おきた大雪山系 トムラウシ山での夏山事故・・・18名中9名の死者が出てしまったようだ。犠牲者の殆どが山を楽しむ60歳代、急激な気候変化で低体温症となり死亡したとのこと。
恐らく生還者の言葉以外にも聴くべき真実の声があるのであろうが、犠牲者の口はもう動くことはない。ご冥福をお祈りしたい。映像で見る夏のトムラウシ山は心を魅了されるほど見事な名山の様であるが、中高年にとり40キロの縦走は天候が全てを左右しそうな行程だ。残念ながら、今の僕には時間だけでなく体力的にも無理そうだ・・・
この様な夏山での低体温・・・先に書いた22年前の阿蘇の豪雨の中のコンサート会場での救護室を想い出す。もし救護室があそこになければ(若者であっても)数名の犠牲者は確実に出ていたと思う。それほど体温を奪われた若者達が危ない状況にあった・・・(今だから言えるけど)
今はどこへ行っても60代の旅行者が凄く多い。今の60代は割と恵まれた世代であろうと思う。戦後復興とともに育ち、高度成長期を経験し、未曽有の経済危機や年金破綻前に年金受給を開始出来た。医学の進歩で比較的健康を維持出来、ありとあらゆる文明を享受可能な恵まれた世代・・・中国では文革で失われた世代だし、アメリカとの差異が急速に縮まった世代でもあろう。
まあ世代間論争はやめておくが、心おきなく時間が取れる人々がうらやましい。
僕は山に行ける時間が今は取れないが、過去に一度怖いめにあったことがある。
10歳の時に初めて登った由布岳、普段は大人しい山である。何度か一人で登って登山道は目に浮かぶ。
大学の友人と出かけた際に雪景色となって、下山時に道を間違ってしまった。随分降りた後に気付いた時は渓流沿いの崖の上に僕らは居て、行くか戻るか難しい判断に迫られた。川さえ超えれば車道が見えるほどの地点だが、なかなか超えるポイントが探せない。ここは既に登山道ではないのだった。
結局、雑木林の枯れ枝にアチコチ傷付けられながら、川に濡れ、手間取り寒さに凍えた僕らはブルブルガクガク震えながら渓流を越え、ほうほうの体で天国の様な由布院温泉に飛び込んで・・・・生き返ったのである。
たったわずかな時間の冬の山、むしろ夏の阿蘇の豪雨の方が寒くて死にそうだったが、やっぱり自然を甘く見ては決してならない。若い時は考えが及ばないが、思慮深いはずの60代の登山愛好家も考えが及ばなかったのであろうか?
やはり、登山ツアーと云うのは無理があるパッケージ旅行ではなかろうか?
よく比較的危険な持病を抱えた患者さんから旅行の相談を受けるが、医師としては団体旅行は避けて出来るだけ気の合う小グループでの旅行をすすめている。「無理を感じたら周囲に遠慮せず 止まり泊ること・・」が一番大切。ましてや、天候が変わりやすい避難場所が少ないツアー登山コースは危険が一杯だと思う。
今度はガイドの意見が尊重される登山パーティーであったのだろうか? 15人に3人のガイド・・・決して少なくはないと思うが、15人の登山技量や精神的背景が揃うハズもなく、その意味では寄せ集めのツアー登山には危険がいっぱい・・・という気がしてならない。
極限時における人間の感情・・・そう単純ではないので、「ガイド文化」が今の日本にどれくらいあるのか少々気がかりでもある。今回はガイドもお一人亡くなったようだ。犠牲者の皆さんはさぞお辛かったことであろう・・・
読んでくれてどうもありがとう
いつの間にかブログ更新が滞っていました。たった5~6日ですが、僕にとっては長い休止期間でした。書きたいことは山の泉ほど湧き出すのですが、なかなか書き留める時間が最近は少なくって・・・
いつの間にかブログのアクセス数が100万を超えてまして、どうしてこんな他愛無い個人的な日記にお付き合いして頂くのか不思議に思っています。ただ、残念なことに記事数の割にアクセス数が少ないので、内容が無い様です・・・
いつの間にか50歳を迎えていまして、始皇帝も グレースケリーも52歳で亡くなったそうですし、新品のシャツとパンツで身を清めていますので、御縁があれば見てください・・・
いつの間にか夏になっていますが、相変わらず日曜日以外の休みが取れなくて、本日の海の日も透析患者と過ごしつつ休日当番医として働いておりました。相変わらず、他人様の行楽や夏休みやご旅行を嫉妬で眺め暮らしております・・・
いつの間にか新型インフルエンザは世間から消失していますが、本日も38度以上の患者さんは何人も来られました。保母さんや学生さんなどだと神経使います。陽性でも無視するか報告するか、相変わらず行政の方針があいまいなので悩んでいます・・・
いつの間にか開業後10年以上経ちまして、追う立場から追われる立場になっていて、患者数をカウントするのがストレスになりつつあります。自然体で時を刻むのがよろしいかと感じだしています。笑顔や優しい態度が自然に出てくればと思います・・・
いつの間にか子供達も成長し思春期を迎え「自分の人生」という言葉を発するようになりました。それを寂しいと感じるか逞しいと思うかは親次第なのでしょうが、同じ時期の自分と違って見えるのは時代の変化なのでしょうか・・・
いつの間にか人生もとっくに半分以上過ぎ去っていました。これからどう生きるかを考える歳になりました・・・
読んでくれてどうもありがとう