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今日の外来診療がもうじき終わろうとする頃、ふと見たYahoo トピックス欄に、【 明治のたばこ王 工場解体へ 】との文字を認めた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090619-00000015-kyt-l26
こんな時のカンは悲しいことに当たるもので、やはり京都市馬町の赤レンガの建物だった。僕らの「東山南寮」である。

http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20070813/2
この「東山南寮」については何度かブログにも書いたが、僕にとっては「心のふるさと」であると同時に「青春の揺籃地」でもあり、あれから30年たった今でも、京都を訪れる度に足を運ぶ場所である。その想い出の建物が、既に解体され始めているという。もうじき本当の想い出に変わるようだ・・・
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20071018/2
こんな時が来るとは正直思っていなかった。
とりあえず、誰かに知らせたくなったので、寮の友人の勤務先に電話をかけた。実に25年ぶりに声を聞く友人も、『あれは由緒ある建物だから・・・ホントに壊されるのか?』と言うほどで、数百人にのぼるであろう東山南寮の同窓生のほとんどが保存されると思っていたのではなかろうか?
確かに今では「つっかい棒」で支えを必要としているようだし、寮としても使用されてはいない建物であろうが、僕らにとっては正に記念館であり、もう少し早く売却の話が出ていれば、僕もなんとかチカラになりたかった思いもある。せめて、あの煉瓦・・・僕に譲ってくれないだろうか?

建物のオリジナルは部分的にしか残っていないだろうが、1900年に建てられた建物は、僕らが暮らしていた当時でも70歳にはなっていたようだ。もう百歳を超え、保存して行くのも経済的も困難なのであろう。あの場所に立つと、京都の近代化の息吹を感じていただけに惜しまれる。京都市内でも第一級の歴史的建造物だったと思う。
なんだか遠い故郷の実家が買い取られ更地にされるような遣る瀬無い淋しさを感じてしまった今宵、ずっと「東山南寮で過ごした青春の日々」を想い出して感傷的な気分に浸っている。
ねえ、みんな・・・ 東山南寮で暮らした寮生や寮長さん達・・・ 建物が残ってる間に同窓会をしましょうよ。(また書きます)
読んでくれてどうもありがとう
ここ数週、受診される患者さんが少し減って、この辺りの田舎では田植えの時期の農繁期を迎えている。曲った足腰を痛めながら先祖代々の水田を健気に守る高齢者夫婦や、勤め先を休んで一時の百姓に戻る後継者の人々。当院の女性職員の中にも臨時百姓として泥だらけになって水田に足を踏み入れる者もいる。ここ30年ほど、普通の米農家の生活は未来に明るさを感じにくくなり、昨年秋からの世界的大不況など無関係にずっと不況というか斜陽を続けている。
梅雨入り後は例によって晴天と水不足が続いていたが、ようやく今日になって雨雲らしきものが空に見えるようになってきた。明日には待ちわびた雨が降り出すのであろうか、今日は湿度も高かったようで、今年初めて午後から診察室でクーラーを作動させた。設定温度は28度、外は30度を超えていた。
そして昨日までは全く気付かなかったのに、突然今夜になって沸き立つ蛙の声に妙に懐かしさを感じている。
今日は僕は一人、ただ一人で夜を過ごしているので余計に音を感じたのかもしれない。仕事を終え、気分転換(憂さ晴らし)にと高速道路を車で走った。楽しい時間は簡単に過ぎ去り、田舎の我が家に好きなシャンソンを流しながら近づくと、道の左右から蛙の声が強烈に迫ってくる。去年も一昨年もその前の年も間違いなく聞いたハズなのに、今日は不思議と感じるものがある。なぜだろうか・・・
そう云えば、田圃にも今日ようやく水が張られていたようだ。そのせいか、朝と夕方の田園風景は大きく様変わりしていた。農家の人々の働く姿が思い浮かんだ。江戸時代前期に整備された網の目の様なクリークから田に水を引き入れる。それとともに沢山の蛙も待ちわびたかのように水田に集ったのであろう。昨日までどこに隠れ声を潜めていたのであろうか? まるで蝉の大合唱の様でもある・・・
深夜になっても蛙の鳴き声は弱まるどころか、歓喜の声の様な音楽を奏でている。明日以降はもう特別な感情で聴くことはないかもしれないが、こうして無事に今年もまた田植えの時期を迎えられたことを 僕も蛙同様ありがたく感じている。
日本の農家、地方の人々が未来を明るく感じられるような政策を 国家のビジョンを 国政を担う新しき時代の政治家の皆さんには是非示して頂きたい。そう云う悲鳴の嘆願の声かもしれない、蛙の大合唱は・・・
でも、東京など大都会で暮らす人々の耳には蛙の声など聞こえないのであろうが・・・
読んでくれてどうもありがとう