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僕は「一人息子」ではありませんが、男の兄弟が一人きりという点では主人公と同じかもしれません。田舎者でもあり東京の華やかさに幻想を抱いたという点でも同じかもしれません。近ごろ小津安二郎の映画【一人息子】を観ました。想像以上に素晴らしかったので書き残します。
小津さんの映画といえば何度も何度も繰り返し観た【東京物語】、【東京物語】といえば≪原節子≫、≪原節子≫と云えば≪笠智衆≫・・・・???
僕のマドンナ≪原節子≫様の話は今回は置いといて、若き日の≪笠智衆≫が出てきます。これが小津作品としては最初の「トーキー」だそうです。顔は違っても初出の笠さんの声は晩年と同じでした。
監督の没後50年以上が経過したということで、音声は悪いですが1953年までの作品は廉価版DVDで提供されています。
この【一人息子】は1936年の作品で、小津のトーキー第1作目で、まだ女神≪原節子≫様はデビュー前です。
映像には東京の風景が登場し、その場所柄も大事な物語の要素です。まだ美空には「ひばり」が舞い、故郷・信州から上京した母と場末の原っぱに座って「ひばりが飛んでますね・・」と言う息子・・・泣けました。子供が馬に蹴られてしまうシーンも出てきますが、この風景は東京のどこでしょうか、非常に長閑な雰囲気です。
信州から夜汽車で着いた母を 倒産したGM車でしょうか、ハイカラなタクシーで東京駅から場末の自宅へと向かうのですが、隅田川にかかる永代橋を渡って東へ向かいます。家も疎らな原っぱ脇で下車し、草むらの様な原っぱを歩いて超えて粗末な家に向かいます。
「驚かないでくださいね」と何度も念を押す息子は母に内緒で結婚していましたし、前年に子供までもうけていました。最初の仕事も半年で辞め、夜学で数学の教師をしていましたが、安月給では上京した母を楽しませることもできず、同僚や上司に10円を借りる始末。更には苦労する妻が着る機会もない着物を売って金を工面してもらう・・・・
思えば信州の絹糸工場で女手一つで苦労して息子を上京させ勉強させたのに・・・母の期待通りには出世できない息子もまた「東京は人が多いから・・・精いっぱいやったけど無理だ・・」と上京した母をガッカリさせたことを悔やみます。「まだ、母に会いたくなかった・・」
その横で、その母と息子の会話を聴いて堪らずむせび泣く妻・・・≪坪内美子≫さんという女優ですが、彼女の泣く姿と声(終盤にもう一度、「あなたは良い母親を持たれて幸せですわ」と泣きますが)・・・たまらず誰もが貰い泣きを絶対にします。彼女、1933年のデビューから5年間に43本の映画に出た松竹の大スターでした。初めて拝見しましたが、「泣きの天才」だと思います。

これらが東京の場末で展開しますが、舞台は一体どこでしょうか? 小津さん自身は江東区深川1丁目の生まれだそうで、清澄庭園の近くでしょうが、この原っぱは木場公園からさらに東の方でしょうか?
信州で小学校の教諭をしていた笠智衆先生も東京で勉強して出世をしたかったようですが、結局は場末で「トンカツ」を焼いてうる店をほそぼそとやってました。『結局、なるようにしかならんものですな・・』と苦笑いをする先生を例に、一人息子も「頑張ったけど東京じゃ夜学の教諭が俺の限界。東京に来るまでもなかった・・」と出世を諦め母にそれを口にします。母は、「お前が諦めるのはどうしてだ? もっとしっかりしろ・・」と正面から諭して信州へ帰ります。
誰もが一度は直面する問題でしょうね。僕自身も「もっと出世して世界に貢献しているハズだったのに・・」と常々愚痴ってブログでストレス発散しています。
凄く良い映画ですね。泣く場面は10回以上でした。小津作品でトーキー以降は19本らしいですが、女神≪原節子≫様が出ていようがいまいが全て感動的な映画の様です。
読んでくれてどうもありがとう