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新型インフルエンザの話は今回は忘れて・・・
勝手な誤解で半年以上も永き「積ん読」の憂き目にあってしまった本のタイトルは【生物と無生物のあいだ】・・・有名な本だったが、著者も内容も知らぬままに購入していた可哀想な本。
なぜ誤解したかは推薦人にある。「京都三条ボンズカフェ」という京都発のFMラジオがあって、僕は便利なボッドキャストというPC経由の放送を時おり楽しんでいるのだが、その中の大好きな梶田真章和尚の大好きな「この本読んだ?」というコーナー・・・月に一度の法然院住職の推薦本紹介コーナーでかつて紹介されいた本だったからだろう。
不思議とその放送では「内容」までは聞き洩らしていたのだ。多分忙しかった時だったからだろう。ただ、哲学者の息子であり、また外語大のドイツ語科を出た文化人・超インテリ和尚に心酔している僕としては紹介された本は出来るだけ読んでみることにしている。もちろん宗教的な本も少なくない。
そんな宗教家の推薦する【生物と無生物のあいだ】という本は、てっきり「魂を扱った宗教本」だと思い込んでいた。ここ半年は、政治とか 新型インフルエンザとか 恋愛問題とかに気持ちが偏りがちで、宗教はちょっと・・・と敬遠して「積ん読」状態となっていたのである。非常に著者に対して申し訳ない。
著者は僕と同年齢らしい。そして、僕が京都で浪人生という身分でシコシコしていた年に、著者は花の京大生として同じ街をウロウロしていたらしい。
僕が留学先のフィラデルフィアから イソイソと マンハッタン島に遊びに出かけて行ってた頃、著者はマンハッタンのロックフェラー大学でポスドクという身分でガンガンやっていたらしい。ただ、僕と同じくらいの給与(年間25000ドル位)だったらしい。もちろん、ポスドクの給与比較は実力と無関係である。
僕がニューイングランド地方を車でドライブしながら夏休みを呑気に過ごしていた頃、著者はハーバードの研究室でメキメキ実力を伸ばしていたらしい。
僕が真似ごとの遺伝子組み換えや遺伝子導入実験をしていた頃、著者は本物の分子生物学で似て非なるものを究めようとしていたらしい。
野口英世の時代の科学から、ノックアウトマウスや ドミナントネガティブ現象の不思議さの体験など、ちょうど似たような時代の流れの中に身を委ねた著者と僕・・・ その後の到達点は相当に違うものになった。この本を遅まきながら読んでみて、著者のセンスに脱帽した。久し振りに子供達に薦めたい本に出くわした。
「動的な平衡がもつ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさ・・・」
「生物の内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある」
この辺りの感覚は、今の僕にはある程度なら感じれる・・・
結局、【生物と無生物のあいだ】という本は、非常に洗練された「20世紀における科学者達の思考と捧げられた時間の滔々たる流れの物語」だったと思う。
その意味でなら、僕にも非常に共感できる時間の想い出があって、なにか懐かしき卒業アルバムを眺め返したような気持ちがしたものだ。著者にはとても感謝している。
それにしても、科学者でありながら文章表現の巧みさに改めて脱帽している凡人似非科学者が・・・ここに居る。
読んでくれてどうもありがとう
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