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シャワーを浴びてこれを書いている。でも、まだ仕事中・・・ 今日は休日当番医の日だったから色々な患者さんがやってきた。そして、経営者としても色々とあった。親としても色々と・・・
職場で夕食後にシャワーを浴びるのは夜の仕事(ホストじゃないよ)の際には普通のことだが、今日はとりわけシャワーを浴びたくて浴びたくて仕方なかった。どれだけ浴びたか分からないから、インフルエンザ・ウイルスのシャワーを・・・
当院に通院中の方ならマスクを大抵はされて来院されるが、当番医などで初めての人はマスク無しが なぜか多い。そして、ご丁寧に僕に向かって挨拶代わりの咳をワザとのようにされる。その瞬間に顔を背けたり、眼を閉じたり、股を閉じたり、息をとめたり、下を向いたりして緊急避難を試みるのだが、なかなかタイミングを外されることも少なくない。皮肉るように眼鏡の隙間を数億のウイルスを含んだ生暖かい息がすり抜ていく。恐らくは、綺麗な顔や白い髪や汚れた白衣やベルトがきついズボンなどに付着してしまうのであろう。もし見えたら卒倒するかもしれない・・・
今日はシーズン中なので沢山のインフルエンザと接触を持ってしまったようだ。気のせいか、今は何となくだるい・・・ 診察室の片隅に使用済みスキン・・じゃなかった、検査キットがズラリと並んでいる。Aの場所のスジが本日の戦績を物語る。数名毎にタイムを宣言して顔を洗い、歯を磨き、手を洗う。これで感染しないなら・・・奇跡かもしれない。
とはいえ、開業医はなかなか風邪をひかないのも確かだ。病休なんかそもそも出来ない仕組みになっていて、病弱な医師は勤務医に戻りたくなるようだ。
昨日ご紹介した【風花病棟】の中にも30年間も病休したことのない開業医がレセプトオンライン請求義務化を期に引退を決意した話があって、なるほど・・という気にさせられた。また、その「終診」という短編には、研修医時代に看護師に教わった言葉も紹介されていて、今日の僕はその言葉を反芻しながら当番医を務めた。
≪ 逃げず 踏みとどまり 見届ける ≫
患者の難しい訴えや問題から<逃げず>、出来る限りの力で病気と闘いながら多くの患者の中に<踏みとどまり>、病気と患者のたどる姿を<見届ける>・・・ という言葉、今後の診療の際に忘れないようにしたい。
そんなインフルエンザのシャワーを浴びる中に、今日は本物の心筋梗塞患者が混ざっていた。新患で以前の心電図との比較はできす、僅かな非定形的な変化を「心筋梗塞のサイン」と読むのは難しかった。でも、問診で「兄弟の何人もが心筋梗塞とか狭心症です・・」という言葉を聞いた時、僕は誤診でも良いからと 嫌がる新患を無理やり救急車に乗せた。初めての救急車が恥ずかしくて嫌なのだろう、「車じゃダメですか?」と救急車が到着してまで訊かれる・・・
休日でも当地区の付近は何とかなる・・・すぐに血管造影が施行され、あっと驚く重症病変だった と電話があった。ただ、慢性化してる場所と急性変化を示す所があって、術前検査では診断は容易ではなかったようだ。紹介先の医師から凄く褒められて、再度報告に来院された家族に鼻が高くなった。やはり、決め手は・・・患者の表情と家族歴などの問診だった。
この家族歴が最大の診断要素になったケースは僕の父を含め、実は凄く多い。「複数兄弟の狭心症・心筋梗塞の病歴」というのは、実に大きな意味を持つリスクファクターとつくづく思う。
職員の勤務態度が元で職員同士の不和が表面化したり、介護職員が熱を出したり、次は嘔吐の職員が出たり・・・職員の健康管理、労務管理などなど、なにも祝日にもめなくてもって少しイライラした。おまけに介護送迎車は他人の家の塀に軽く接触までしてくれた。だが、≪ 逃げず 踏みとどまり・・≫の言葉をかみしめた。
突然 僕の机の上の電話がなった・・・愛する妻からだった。可愛い子供が熱だという。症状から判断するとインフルエンザらしくはなく、数種の薬を服用させればよさそうだったが、なにぶん単身赴任に近い僕にとって、娘の病気は「治したくても治せない・・」というジレンマがあった。
当番医といっても、肝心な時に自分の家族の診療はなかなか出来ないものである。
そんな今日一日の事柄を思い浮かべながら、インフルエンザに感染しないように熱いシャワーを浴びて 日記代わりのブログをしたためているのである。
読んでくれてどうもありがとう
尊敬する帚木蓬生先生の新しい本が出ました。【風花病棟】というタイトルの素敵な短編集です。この十年間、先生が毎年「小説新潮」に寄せられていた作品を十篇、年代順に並べてあります。その意味では新作ではありませんが、ちょうど開業医として同じ十年間を過ごしてきた僕にとっては時の流れを感じる事の出来る構成に感謝さえしています。
十年前には無かった「准教授」とか「助教」などという単語が出てきますから、刊行に際して少し手直しされているのでしょう。新臨床研修制度とか診療科の偏りとかロボット手術とか医局制度とか色々と登場します。ゆっくりとですが、それでも十年間の時の流れは自然に感じられます。
医局の人間関係の素晴らしさと へき地医療への貢献・・・
がん告知の難しさと 余命の過ごし方にたいする想い・・・
患者想いの泣き虫研修医が 後に乳癌になって感じる想い・・・
田舎の開業医と 後を継がず東京で暮らす息子の眼科医・・・
米国の学会で発表する元軍医が思わぬ再会を果たす話・・・
顔面を全て病気で失った元スッチーの診療に当たる元同級生・・・
などなど、10人の様々な医師の様々な日常診療の姿がいかのも帚木風に描かれているが、勤務医に混じって最後に一篇だけ開業医が登場する。それも、引退して田舎にリタイアしようとする開業医の姿が・・・ ちょっと、将来を考えジ~ンとしてしまう。
帚木先生の本の中では、【安楽病棟】の前半部分になんとなく似ているが、認知症患者の姿を描いたそれと異なり、医師の仕事と感情の揺れ動きが実に自然な感じで描かれている。福岡県を中心とした背景と、適度に組み込まれた方言が 登場する医師たちを更に人間臭くしていると思う。
壊れゆく医療現場と医師・患者関係などが最近の十年間に非常に変わったとされるが、訴訟問題さえなければ医師・患者の良好な人間関係は今でも素晴らしい形で築き上げることができると僕は感じている。先生の【風花病棟】も医療現場における様々な素敵な日常を描いていて温かな気持ちを蘇らせてくれる。
医療現場のごく日常の中に、先輩方から受け継がれたより良き医療のためのヒントが転がっていて、医師になって何年経とうと僕らを助けてくれる・・・
医学的な診断だけでは不十分で、多くの場合には社会的な診断技術が僕らには要求されていて、出来る限り応えていけるように幅広い人間性を身につけていくべきかとも思う。
この本はすべての医師の皆さんに是非読んで欲しいのであるが、実は患者さんや病気に縁のない健康な人々にも「医師もまた生身の人間の一人だ」ということが読めば分かってもらえるのではないかと思う。
マスコミや 政治家や クレーマーや モンスターの皆さんにもぜひ読んで欲しいと思うのだ。そうすれば崩壊の危機に瀕している医療も もう一度立ち直るのではないかと なんとなくだがそう思う・・・
それにしても、帚木先生がこの十年間にこのような珠玉の短編を発表し続けてあったなんて・・・改めて凄いと思う。
読んでくれてどうもありがとう