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7月21日(月)は「海の日」でしたが、当然ながら祝日は朝から晩までお仕事でした。毎度のことで今では全然悲しくもありませんが、前日の日曜日はお休みでしたから僕は幸せ者です。で、一日早く 可愛い娘達と「海の日」を満喫してまいりました。
大学のクラブの後輩たちが毎年「海の日」前後に、『OBさん、(援助金を持って)遊びにいらっしゃい~』という日を企画してくれています。有り難いですね・・・
5~6年前に娘達を連れて参加した際は、ちょうど台風急接近中で雷は湾内に落ちるし、突風が繰り返し襲い掛かってくるし、前が見えないくらいの豪雨に虐められたりと、なかなか部員でも経験できないほどの悪条件でしたが、帰り道で案の定、『ヨットは恐いよ~』という感想が返って来ました。こんな時、誘った親はつらいものです。
3年前に参加したときは上の娘は用事で、下の娘と微風の中でチンタラと楽しみました。それはそれで娘には良かったのですが、何となく老けた中年になった気がしたものでした。
2年前のときは子供らに見捨てられて一人で参加しましたが、専用の手袋や靴を忘れて、アチコチ痛くなり、散々なOB会でした。
昨年は挽回を期しましたが、「嵐のため」参加しませんでした・・・
で、今年です。帽子・シャツ・靴・手袋・・・なんでも(格安アジアの)新品を揃えて準備万端・・・ しかし今年もまた台風7号接近の影響で・・・風が強めで・・・・逆に絶好のセーリング日和でした。といっても、子供達には少々ワイルドな風が吹き、爽やかな沖までは出ていけず、湾内のレスキューボートの周りををクルクル廻るだけでしたが、父親の隠された高等技術を見せつけてやるには持って来いの日でしたね。
しかしながら、同乗した下の娘が、久々に470のスキッパーとして恐る恐るラダーを握る僕に向って、『パパ・・下手くそね・・何度も沈没しそうになるじゃないの・・アッチの船の方が安定してるよ・・』と、姉が載せてもらってるスナイプの方を指差して顔をしかめてしまいました。う~ん、確かにあっちの方が安定していますが、こっちの方が速いのも確かです。
『もう、パパ・・横の人(クルーのこと)も、なかなか飛び出したり引っ込んだり(トラピーズのこと)で落ち着かなかったわよ・・顔が恐そうだったし可哀相じゃないの・・』とまで言ってくれます。確かにそうなんですが、そのスリルが楽しいんですけどね~ まだ分かんないだろうな。
上の娘は気分転換させようと、朝から気乗りしてなかったのを天気が良くなって無理やり誘いましたが、久しぶりにヨットに乗って楽しかったようです。同乗した男性部員が優しかったので安心して乗れたようですし、以前の悪天候の中のトラウマが消えたら良いんですが・・・
娘達も大きくなってきて、これから何度ヨットに誘えるか判りませんが、一緒に出かけてくれる間は何とか父親の我が儘に付き合ってもらおうかと思っています。
現役ヨット部の皆さん、お世話になりましたね。感謝していますよ。でも、逞しい女性部員が相当増えましたね。僕らの時はヨット部は男性だけでしたが・・・これはこれで華やかで良いですね。
ただ、OB会にしてはOBの参加者が非常に少ないのは毎年残念ですね。みんな遠方の病院で働いてるし、なかなか休める環境には無いですからね。少しばかり暇が出来た40代、50代の旧いOBの皆さん、どうぞ参加してください・・・(匿名で呼びかけても反応あるはず無いですが・・)
読んでくれてどうもありがとう
この連休中(と言っても今日は仕事でしたが)、はるばると【コンゴ】へ行って参りました。もちろん冗談です・・・
【CONGO JOURNEY】という上下2巻、700ページを超える大作の紀行文を実はクーラーをつけずに汗だくで読んでいました。非常にユニークで面白い本ですが、とっても不思議な本でもあります。
今年4月に出たばかりの新刊なんですが、原作は1996年刊行のようですし、正真正銘の実話の紀行文なのに、なぜか年月や期間などが明らかにされていません。訳者のあとがきから判断すると、1990年頃の夏の4~5ヶ月間の話のようです。
僕なんかは【コンゴ】と聞くと、何となく真っ先に【ザイール】を思い浮かべてしまうのですが、本書の【コンゴ】は、ザイールとは別の国です。ブラザビルを首都とする【コンゴ共和国】で、その前は1991年まで【コンゴ人民共和国】という名の共産主義の国でした。
モハメド・アリとジョージ・フォアマンの壮絶なボクシングの試合がかつて開催されたキンシャサを首都とするザイール共和国も1997年から【コンゴ民主共和国】という名前ですから、民主党と自由民主党みたいで訳がわかりません。
川の北東側の【コンゴ共和国】には、ピグミーとゴリラが住んでいますが、エボラ出血熱のモターバ川もこの国にあり、今回の紀行でもモターバ川を命がけで遡ります。
1988年には早稲田大学探検部が遠征をして、幻の怪獣を川口弘探検隊の様に奥地のテレ湖に探しに行きますが、この話も「小さな黄色い人間がやってきて・・」と現地のボア族が話しています。ちょっと殺し合いに発展しかねない禍根を現地の労働党官僚と原住民の間に残した探検だったようで、あんまり良くは書かれていません。でも、早稲田の探検隊って凄いですね・・・
本書の最大の魅力は著者【レドモンド・オハンロン】の性格だろうと思います。お前が一緒に旅をしたいか?と聞かれれば考え込んでしまいますが、とんでもなく面白い紀行文を次々に出している英国人のようです。
ただ、英国にたまたま生まれた命知らずの白い皮膚の自然人と言ったほうが良いかもしれません。
この人はアフリカ人以上にアフリカ的な感性があるようですが、案内役の現地人にこんな事を言われてます。
『おまえみたいな白人が森に入るとな、何かが起こる。森の中でちょっと狂う。森から離れられなくなる。出てきたがらない』
アフリカ奥地での『霊』に対する感性というのは実に興味深いと感じます。本書はゴリラやピグミー、更には幻の恐竜【モケレ・ムベンベ】を全財産をはたいて命がけで捜し求める紀行文ではありますが、凄く沢山の『霊』にたいする記述も見られます。
それが、実は【モケレ・ムベンベ】の謎とも無関係ではないのですが、世界中のどこに住んでいても、人間というのは『霊』とか『呪術』とかと無縁ではなさそうで、このあたりも実に興味深い本でした。
今では違うかもしれませんが、当時のコンゴ国内での希少動物密猟の獲物がヨーロッパ経由で日本へどんどん流れているという記述はやや恥ずかしい思いがいたしました。
探検とか冒険とか、開業医として借金を抱えている身では夢物語ですが、少年の時の憧れの気持ちだけは失いたくは無いですね。ちょっとスッキリ・・・読んでいて痒くなったり臭くなったり白いオシッコが出てきそうでしたが、コンゴ人の男女関係もなかなか楽しそうで、少々羨ましく思われました・・・病気は遠慮したいですが。
読んでくれてどうもありがとう