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ときどき、無症状の重症患者を大病院へ紹介しようかどうか迷う時がある。そして、その結果が期待に反して悪かったときには無性に自分が歯がゆくなる。きょうもそんなツライ日であった・・・
75歳を過ぎたBさんは3年前からキチンと通院して来ていた。それまでは自宅の近所の診療所に通っていたが、月に数度の耐え難い胸痛があって、少しはなれた当院へ転医してきた。元気なBさんは気の良い田舎の農家のオバサン、いつも思慮深い静かな笑顔を絶やさない人だった。
症状は典型的な労作性狭心症、一般外科開業医の前処方を変更したら完全に症状は消失した。安定後にCAGを強く薦めたが、『症状がまたひどくなったら考える。今は落ち着いたからいい・・』との答えを尊重しつつ3年間を診てきた。厳しい病変の存在を疑っていたが、内服治療によく反応し、少し症状が出始めても処方調整で直ぐに安定していたので患者の意向を尊重していた。
今年に入ってのある日、Bさんは悲しげな顔をして『家のが先日コロッと死んだ。葬式を済ましてからちょっと食欲が出ない』と語りだした。Bさんにいつもの笑顔はなく、血圧もやや不安定で上がり気味だった。
「ちょっと横になってみてごらんなさい。お腹を触ってみましょうかね?」と半年振りくらいでBさんの腹に手を当てた。
僕は少しドキリとした。半年前のカルテの記載をみても、この塊は見当たらない。重い拍動、蛇行しつつ盛り上がる・・・ かなりの腹部動脈瘤だ。念のためエコーで確認したが、径は6cm近い。もしや、急速に大きくなっているのか?
夫を亡くしたばかりのBさんの家族は働き者の息子一人でまだ独身。「説明したいから来てもらって・・」と言っても、『仕事を休めるかな?』と頑張り屋の息子を気遣うBさん。「でも、来れんなら電話だけでもしてもらって・・息子さんに病状を話すから・・・」と言い含めて家に帰した。
数日後、説明を理解した息子が「かあちゃん、あんたが決めなさい。あんたの命たい」と促すと、『そやね、も少し生きときたいもんね・・』と少し笑いながらBさんは手術を受けることを決心した。まだ独身の息子の行く末が気がかりだったのかもしれない。
このとき、僕は実は相当迷いながら説明した。必ずしも手術を薦めたというより、症状が無かっただけにBさんに大手術を受けさせていいものか、すご~く悩んだ。待機的とは言っても、高齢で重篤な虚血性心臓病も強く疑われる。手術のリスクは少なくないが、手術しない場合のリスクも大きい。
案の定、CAGで3枝重症病変が見つかり、CABG後に大動脈瘤の手術が組まれた。その報告をBさんに直接聞いて、「どうね? 気持ちは変わらない? じゃあ、信じて頑張ろうね・・」と元気づけたが、実際はなんともつらい気持ちだった。「はたして成功するんだろうか? 大手術に2度も続けて耐えられるのか?」
そして今日、大学から若い先生?が電話して来た・・・
『CABGは素晴らしく上手くいきました。しかし、大動脈瘤の手術を数日後に控えていましたところ、瘤が破裂して病室で急死されました・・』という思いがけない報せだった。
あと少し・・・あと少し早ければ、大動脈瘤が破裂する前に救えたかもしれないのに・・・CABGをとりあえずPCIで凌いで先に瘤を処置する方法もあったかも・・・しかし、全ては後の祭り。
もし、夫が死なず、食欲が落ちずに僕が動脈瘤に気付かずにいたならば、逆に少しばかり長生きできたのだろうか? 少なくとも家庭生活をあと数ヶ月は不安なく出来たかもしれない・・・
これも運命なのかもしれないが、無症状の高齢者に手術を勧めるのはあまり簡単ではないようだ・・・
読んでくれてどうもありがとう