murajun
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/10 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

新着コメント

新着トラックバック

< 厚労省には同情します | メイン | 奇妙な記事 >
2008.06.27 01:55 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 4

Aさんの電話番号

診療終了時刻を少し過ぎたところだった。僕は近くの街での勉強会へ向うため車に乗ろうとしていた。ふと携帯電話が鳴った。画面に表示された名前は、基幹病院に心不全コントロール目的で入院してもらっている透析患者のAさんの登録電話番号だった・・・

Aさんは透析歴20年、全身の動脈硬化も進行し慢性心不全で外来透析が相当困難になっていた。僕が循環器専門なので苦心惨憺してなんとか外来管理をしていたが、胸水が引かず低血圧で数年前からはペースメーカーも装着していた。

 

電話が鳴った時、僕は『もうじき退院になりますよ先生・・また来週からよろしく・・』という優しい上品なAさんの言葉を想像した。しかし、予想に反して電話の相手は涙声の娘さんからだった。

『先生、先ほど母が亡くなりました。大分元気になっていたので近く退院出来ると喜んでいたんですが、本当に突然のことで・・・ 先生の顔が思い浮かんだので・・・』と泣きじゃくる娘さんの言葉は途切れ途切れです。

僕は予想外の報せに驚いて最初は言葉が出ませんでしたが、『先生の顔が思い浮かんだので・・』という言葉を聞いて、つい貰い泣きをしてしまい、お悔やみをキチンと伝えられなかった。Aさんには沢山の思い出があったから・・・

 

以前も書いたが、透析患者さんと医師・看護師・事務を含めて全スタッフは深く関わっている。週三回、4~5時間、盆正月祝日も無し・・ 体外循環という危険な医療行為を強い信頼関係のもと行っている。妻子や両親と過ごす時間より遥かに長く関係していく・・・

 

今年に入って心不全が増悪していった時期、Aさんの胸中には何かがあったのかもしれない。寒さが厳しいころ、Aさんから頼まれた。笑顔だった・・・

『先生、娘の結婚式が3月下旬にあるんです。その時は是非とも元気な姿で出たいんですよ。その後はどうなっても仕方ないですが・・』

実際、Aさんの透析は難しいものだった。中2日がどうしても持たない。時間を調節して丸2日空かないようにしたり、時々週4回にしたり工夫していた。特に、結婚式を控えた3月には、保険点数を度外視して週4回の透析をしながら体調を維持した。その甲斐あってAさんは子供さんの結婚式を無事に乗り切った。何度も感謝され、実に嬉しそうだった・・・

その後、週3回の通常透析に戻すとやはり心不全コントロールがつき難くなり、『もう家では無理かもしれません・・』というAさんの言葉で入院を勧めることになった。

『子供の結婚式にもちゃんと出れたし、ちょっと入院して体調を整えてきますね、先生・・ それと、この室内履きは先生へプレゼントです・・』というのがAさんとの最後の会話になってしまった・・・

 

Aさんがペースメーカーを入れる切っ掛けは忘れようとしても忘れられない。数年前、Aさんは深夜に自宅で失神・痙攣を繰り返した。前日に強い動悸があったのでホルター心電図をちょうど着けていた。翌朝、娘さんの運転する車で当院の玄関前に到着した直後、恐怖に怯える娘さんの声がし、僕を含めて数名が車に駆け寄ると、座席に坐ったままAさんが失神し激しい痙攣が起こっていた。

僕も長いこと循環器科医をやっているが、あれほど激しいアダムス ストークス失神・痙攣を診たことはない。波状的に数回繰り返して数分後やっとAさんは意識を回復したが、その一部始終がホルター心電図に記録され、今でも大事に僕の手元に保存されている。それは、どんな教科書にも無いような激しい心電図所見だった・・・

 

VPCの散発の最中、VTが生じ、明らかなVFへと移行した。そして・・・どう見ても、一直線となり心停止の状態が20秒ほど続き、かろうじてSRへと復帰しているのである。ちょうど痙攣中に心臓マッサージを車内の座席上で行っていた時に戻ったようである。

緊急処置中に到着していた救急車に移し変え基幹病院へ急いだ。Aさんの意識は車内では混濁・混迷しており、清明になるには20分を要した。

これまでVTからVFで除細動後にSRへは幾度も経験したが、長い心停止を経由しての完全回復は数回しか経験が無い。そして当然ながら全ての心電図経過を記録したのはAさんの例だけだった。僕にとって貴重な経験だったし大変感謝されたが、「稀有な例を記録したことを内心喜んでいる」ようで循環器科専門医として少々恥ずかしく、Aさんに大変申し訳なく感じたことを今も覚えている。

 

その時以来、何度も危機を乗り越えて来ていたAさんを僕は不死身だと何故か感じていた。きっと元気に退院して再び当院の透析室に明るい上品な姿を見せてくれると思っていた。だから、余計に悲しい・・・

確かに限界が近かったかもしれない。ペースメーカーがICD仕様でなかったことも不運だったかもしれない。

念願の結婚式には出席されたが、もっともっと長生きして欲しかったと胸を詰らせながらスタッフ皆で話をした。患者さん仲間も僕らスタッフも、誰もがAさんを好きだった・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

固定リンク | コメント (0)

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。