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2008.06.10 23:58 |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 2

R指定の映画鑑賞

日本ではR指定の映画というと性描写がスンゴイ物が中心のようで、暴力に関しての描写にはスンゴク甘い感じがする。

先日の凄惨な秋葉原の無差別殺人事件も、虐げられた大企業の派遣社員という悲惨な境遇を差し引いても、日本国の暴力に対する甘い対応と無縁ではあるまい。犠牲者の皆さんのご冥福をお祈りする。

 

年収300万円以下のフリーターや派遣社員を量産して当然・・・ と思っている経団連や経済学者や時の為政者は、もっと人々の悲鳴を聞く耳を持つべきだ。色んな意味で既に日本社会は限界に来ており、医療も何もかも崩壊目前であることを深刻に受け止めるべきである。

某カメラマンがデジカメで撮影した犯人逮捕時の動画映像をTVで観たが、警官と一対一の構図をやはり「甘い・・」と感じずにはおれなかった。甘く放置しすぎているために甘い対応になってはいまいか? 先日の福岡の警察手帖を暴力団に巻き上げられた事件も甘すぎる・・・

 

現実の世界では眼を覆うような凄惨な虐殺や処刑が昔から繰り返されてきた。そして現代でも地球のいたるところで私達の知らないままに繰り返されているようだ。そして、日本人はそれに対して忘れることも早い甘い国民なのであろうか?

 

「フリーチベット」・・・今、オリンピックの聖火リレーはどこを走っているのか知っていますか? もう直ぐ、チベットや新彊ウイグル自治区に向う頃であろうが、一切報道されなくなった。地震が全ての免罪符になったのか?

「フリーバーマ」・・・Free Burma ビルマのことだ。こっちの方がチベットより先だったようだ。フリーカメラマン、長井氏の悲劇もいづれ忘れ去られるのであろうか? 

 

Burma は myanmar と日本では最近称されているが、世界的には必ずしも多数派ではないらしい。「ミャンマー」と呼称するのは軍政(国家平和発展評議会・議長)が代表権を持つことを承認している国だけのようで、アメリカ・イギリス・オーストラリアなどは頑なにBurmaと呼称し、EUも両者を併記している。日本は過去の歴史的繋がりから早々に軍事政権を承認して「ビルマ」という呼称を捨てたらしいが、その辺りの国際情勢をちょっと教えてくれたのが、ロッキーに続くスタローンの還暦映画・・・【ランボー 最後の戦場】である。しかし、どうして日本はアメリカさえ承認しないミャンマー軍政をいち早く承認してしまったのか?

 

 

映画の中で監督でもあるスタローンは「ミャンマー」とは決して言わずにずっと「Burma」で通していた。そして今回のランボーの戦闘場面の描写は信じられないくらいリアルというか凄惨な映像の連続である。ああやって人は虫けらの様に殺されていってるのか?

 

 

詳しいことは書けないが、ビルマの軍政は古く1962年に遡るようだ。1988年に一時民主化されかかったが、東ドイツやルーマニアなど世界規模の共産主義崩壊に逆らうように1989年に再び軍事クーデターで軍政に戻ってしまったようだ。有名なスーチー女史もその時から自宅軟禁状態が続いているようだ。そういえば、壊れそうで壊れなかった天安門も1989年だった・・・岐路の年だったんでしょうね。

 

話がR指定映画から随分と離れてしまった。

実は今回の「ランボー」映画・・・映像があまりにも乱暴なので、シリーズで唯一「R-15」を指定されてしまった。そりゃそうだろう・・・「Rー18」でもおかしくない。実際、アメリカの多くでは「R-18」と指定され、エロい映画以上の影響があるとされたようだ。他の国も同様の対応を取っており、日本は暴力に寛容なのであろうか?

 

しかしながら、ビルマ政府から猛抗議が来たであろう今回のランボー・・・実に現実をありのままに描写しているとの声もある。それならそれで恐ろしい風景である。

確かにその昔の中国の文化大革命の悲劇やカンボジアのポルポトの悲劇にはかなわないかも知れないが、現代でも生じているという点では特異な存在かもしれない。

 

 

話しかわって、もう一つのR指定映画・・・エロい映画、僕は決して嫌いじゃないし、どちらかといえば好きかも・・?

 

前にも書いた?が、「前時代的大袈裟ボカシ」で僕らを極度の欲求不満にさせてくれた名画「Lust Cation」のボカシなし輸入DVDを先日手に入れて、美しいモロの映像を個人的に鑑賞するのもストレス発散には役立ったかもしれない・・・ 彼女が@@@を本当にやってるか、やってないか・・僕は真実を知っている、かもね。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.06.10 19:41 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 2

深夜の再会

昨夜は夜更かしをしてしまった。といっても寝たのはいつもと同じ2時だが、仕事が終わったのが1時近くだったので中年医師は少々ダルイ・・・

昨日は朝7時前に家を出て、外来そして夜間透析・・いつもの様に月曜は夜10時半までに終わるはず・・・であったが、戸を閉める直前に電話がかかってきた。

緊急治療が恐らく必要な「かかりつけ患者」、どうしたものか?

 

深夜に無床クリニックで重篤な患者に対し可能な事はあまりないし、引き続く入院も出来ない。やはり救急病院にお願いするしかない。しかし、複雑な高齢者の病態ゆえ、紹介先の医者も困るであろうし、深夜の紹介は相手にも申し訳ない。

しかしながら、そこは患者の治療優先で、割り切って電話をした。知りうる限りの病態を伝え、救急車を依頼し患者宅から救急病院に深夜の搬送をお願いした。これまでの患者資料と紹介状を準備して僕も救急病院に車を飛ばした。

 

既にその患者のタメにスタッフが次々に集合した。数えた限りでは、看護師3名、技師1名、医師3名・・・それに開業医の僕。深夜0時を過ぎているのに何とも手厚い医療チームが出来上がった。元気そうな数名の患者が時間外窓口付近に坐って診察を待っていたが、飛び越してしまって申し訳ない。

 

初期診断と病態評価を行って、これから数時間の治療がスタートするハズ。きっと明日も診療があるのであろうが、呼び出されてタクシーで駆けつけた部長も若い研修医も、『M先生、もうお帰りになって結構ですよ・・』と言ってくれる。オープン病院ではないので僕が診療をするわけにはいかないが、僕は深夜に重篤な患者を紹介する際には病院に足を運ぶことが少なくない。

病状説明にしても電話でより直接が望ましいし、相手医師も理解しやすいと思うから・・ でも、官僚みたいにタクシー代が税金で出るわけでもない・・まあどうでも良いが。

 

当の患者は感謝してくれたり無頓着だったり・・・でも患者の表情には安心が見て取れる。それで僕自身の不安も減って少し安心してその後で眠れるのならば充分だ。

 

昨夜は少し嬉しいこともあった。

救急現場にいた若い医師から帰り際に声をかけられた・・・ 『M先生、きっと僕の先輩ですよね・・ @@部の後輩です。OB会でお会いしました。あの時の学生です、覚えてますか?』

そういえば何となく思い出さないことはないが、20歳以上も年下の彼・・・ 『そうなの? 最近は出ると助成金ばかり取られそうで、足が遠退いてね・・』

『実は僕も去年まではクレクレって言うばかりでしたけど立場が変わりました』

『じゃあ、君はここで前期研修やってるの? 大学はイヤだったのか? 研究も大事、教育も大事、大学にも色々と良いところがあるぞ~』と先輩風を吹かせましたが、深夜の緊急治療をお願いする身・・・直ぐに平身低頭のしがない中年開業医の姿に戻って敬語で後輩に別れを告げた。

『先生方、スタッフの皆さん、深夜に申し訳ございません。どうぞよろしくお願い申し上げます・・』と白髪頭を下げて深夜1時に帰宅した。

 

若い研修医の後輩に中年開業医の後ろ姿はどんな風に映ったのであろうか? だいぶ草臥れた背中だったことだろう。まさか開業医が深夜に資料抱えてやってくるとは思ってなかったかもしれない。でも、きっと嫌な気だけはしなかったであろう・・・ それでいいのだと思う。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.06.10 01:14 |  開業 / 病院経営  |  世界の車窓から  |  murajun  | 推薦数 : 1

行ってみたいな・・トルコ

かつて独身の頃、過ちで?何度かコッソリと足を運んだトルコと呼ばれる「素敵な?場所」ではなくて、本当のトルコ共和国に僕は是非いつか行ってみたい。

今まで一度も行くチャンスが無かったが、先程 【世界の車窓から DVD トルコ編】を観たら無性に行きたくなった。

 

トルコ・・・Turquoise な旅・・・あ~素敵な響き、鮮やかな色彩

 

 

ブルーモスクと呼ばれるSultanahamet Camiu の中に潜む「Ahamet」の名が留学先の研究仲間を思い出させる。どうしても発音できないAhamet君の名・・・隣のラボの口の悪いユダヤ人にいじくられていたが、911の前で幸い大惨事には至らなかった。

 

アジアとヨーロッパに跨るトルコ・・・シュメール文明、ローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国・・・その他にも様々な文明の織り成す熟成した香りが鮮やかな彩と美女を産んだに違いない。

 

海峡の街イスタンブール、遠い昔に豪雨が続き、恐らくはこの狭く浅い海峡を南から北に向かってなだれ込んだ海水が、今は黒海と呼ばれる温暖の地に静かに暮していた沢山の人々の生活を数週間のうちに奪い去って海に沈めたに違いない。恐らく、先史時代のノアの箱舟伝説は黒海周辺の物語だと思う。

 

エーゲ海に面すトロイ遺跡や巨大都市だったエフェス遺跡、そして奇観パムッカレと不思議な街カッパドキア・・・

 

 

チグリスユーフラテス川の源流に近い紀元前の王国の墓標が静かに頂にたたずむネムルト山・・・かつてはシリアやイラクとの国境線など無かったのに・・・ 1920年以降の新しい国ばかりだ。

 

 

そして、洪水伝説・ノアの箱舟伝説の聖なるアララット山・・・ 

 

マケドニアから見るのとトルコから見る(上)のは逆だが、いずれも気高く、万年雪を抱きながら国を持たないクルド民族の聖地としての威容を見せているアララット山。トルコの最東南端はイラクとの境、1920年以降の国境はあって無きが如し・・・

 

 

黒海、エーゲ海、地中海・・・人類が最初に定住し、後に鉄器を生んだアナトリア・・・自然と文化と歴史と伝説・・・全てが容易に僕の心を魅了してしまう。

 

 

それにしても美しい「トルコ桔梗」・・・

 

青も白も美しいトルコ、素敵な懐かしい響きに心が乱される・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

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