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2008.05.28 22:14 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 2

心配かけたね

『スタッフの皆さん、ご心配をかけました。あなた方の院長はすっかり元気を取り戻しました・・・』 といっても、誰も当ブログの存在を知らないのでここで言っても無駄であるが、僕はみんなの気持ちに素直に感謝している。

 

心配ばかりしてないで、調子が悪ければ病院には行くべきである。行って色々調べて、白黒つけて、悪ければ悪いで早く治したり、治らないと悟れば将来の事を残される人々のタメに考えるべきである・・・少なくとも多くの人々の生活を預かる経営者ならば。

開業医は医者であり、経営者であり、一家の柱であり、患者でもある。自分がどんなに辛くても患者が次々に押し寄せ、どうしても自分の健康は後回しになる。なかなか普通の時間に受診が出来ず、自己診断でだんだん悪い方へと考えが向う。勿論、僕は田舎に隠れたテレビに呼ばれない行列も出来ない秘かな名医なので自己診断は良く当るのだが、最後の一抹の不安だけはぬぐいきれない。今回もしかたなく時間外受診の悪い例を作ってしまったが、日曜の夜に担当してくれた若いドクターには感謝している。

 

もうすぐ開業10年、これほどスタッフに心配をかけたことは過去に無かった。一度も休診をした事は無い僕が、この数日間は全く笑顔を見せれず、冷たく新患を断った。これだけでも僕が相当に苦しんでるのがスタッフには分かったであろう。一度だけだが、体調が悪い・・と口にしたときのスタッフの心配そうな顔が忘れられない。

最初の頃からスタッフの数は3倍近くになったが、最初からのスタッフも10名ほど残っている。彼ら、彼女らも大病はせず頑張ってくれているが、さすがに院長が危ない・・という雰囲気に困惑したようだった。院長は元気で病気とは無縁・・というのが当院では当然になっているが、そんなことは無論ありえない話だ。院長も人間であり、当然ながら患者になりうるのであり、患者ももう直ぐ医者が患者になりうることに気付くことと思う。

 

この10年を機に少々身体を大事にしようと思い直した。少しくらい医者が医療費を使ってみてもバチは当るまい。たまには外来休診も許してもらおう。夜間や休日の診療も少し断ることも許してもらおう。

 

しかし、今日の僕が随分と元に戻ってきたことをスタッフ達は素直に喜んでくれていた。

『先生、どうしちゃったんですか? ここ数日間は悲壮な顔でしたよ。私達皆これから生活をどうしたら良いかと真剣に悩んでました。もう大丈夫そうで良かったです』

「そうかい? 僕は腰を痛めて男としての人生が終わったと思ってシクシク泣いてたんだ。もう男も辞め時だ」

『なにまた深刻な顔してセクハラ発言するんですか? 私達は先生がインポでもどうでも良いんです。病院を続けてくれれば、先生が男を辞めても人間辞めずに生きててくれれば良いんです』

「あらそう? 僕にとっちゃインポは一大事なんだがね~。まあ、そんな冗談は良いけど、もう大丈夫だよ。昨日彼女のところでバッチリ回復を試したから自信回復だ~」

『まだ馬鹿な事を言ってるんですか? そんだけ冗談言えれば安心ですね。いつか奥さんに言いつけますよ。でも今日は笑顔が沢山出ていて安心しましたよ』

 

そうやって元気を回復した院長を皆が次々に祝福してくれた、実にありがたい。

でも、M院長が本当はどうやって元気を回復する秘儀を行ったかは企業秘密なので教えてあげません。

<M式秘伝回春壮健法>という名前なんだが・・・患者さんには応用できない。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.05.28 01:14 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 1

漱石を想い出した

しばらくゲーテの話をしていたら、中学や高校の頃を思い出した。そして、文豪ゲーテを思うとき、どうしても『日本の文豪は誰?』と、人並みの想像をしてしまう。

 

恐らくは、多くの人が言うように森鴎外であろう。ゲーテと同じく生涯高級官僚であったし、恋が得意で、古風な文語体を駆使し、外国文化を自然に会得し、好奇心旺盛・・・

ただ、正反対のような人生を歩んだ夏目漱石を好む日本人は多く、文豪という評価も当然ながら妥当であろう。私小説を書かず不幸な幼少期を過ごした漱石とゲーテの共通点は、小説の他は絵の才能くらいか?

 

先日、中学一年生の娘に『何か面白い本を教えて・・』とせがまれ、漱石はどうだ?と言ったら・・・黙り込んでしまった。男ならイザ知らず、今どきの女子中学生に漱石は好まれないのかもしれない。というより、漱石を学校でどのくらいとりあげるのであろうか?

かつては、野口英世の前の千円札の顔だった漱石も忘れられていく運命なのであろうか?

 

「鹿男あをによし」を好む娘であるから、モチーフになった「坊ちゃん」なんて同じ世界なのだろうと思うが、100年も経つ漱石はゲーテの様に今読んでも我々に普遍の感動を与えてくれるような気がする。そういう意味では、鴎外より漱石が僕にとっては馴染みやすい。

 

今日僕の古い本棚を覗いていて、漱石の本を探してみた。出てきた出てきた・・・なんと全部で10冊。発行日を見てみると殆どの本を中学2年から高校2年までに読んでいたようだ。ゲーテに嵌まっていた頃と殆ど同じか1~2年後かも・・・

出てきた本は・・・坑夫・虞美人草・彼岸過迄・行人・硝子戸の中・草枕・道草・門・それから・二百十日 野分・・・

なんと、有名なのがことごとく無い・・・なぜ?

坊ちゃん・我輩は猫である・こころ・三四郎・・・この辺が不思議と揃って消失している。理由は不明だが、ひょっとして読んでないかも?

まあ、他の本の状況からして全部読んだ筈であるが、引越し先に持っていってしまい、かえって無くした可能性もあるかもしれない・・・?

 

まあ、そんなことはこの際良いだろう。

今日書きたかったことは漱石の年齢だ・・・彼は49歳で「明暗」を連載中に死去した。38歳の時に「我輩は猫である」で遅い作家デビューを果した漱石、苦難のロンドン留学は33歳の頃だった。その前は、松山や熊本などを地方を巡った。

 

ここ数週間久しぶりに体調を壊していた僕は、実は日曜日の夜に良く患者さんを紹介する病院の救急外来を受診した。鋭い背部痛と長引く微熱、脊椎や胸腹部のCTなどを優しい物腰のまだ若いドクターに撮ってもらった。

CTに少しばかり僕の眼にも明らかな「気になる所見」が見つかって、『俺も来年には死ぬかも?』って一晩大いに悩んだが、翌日にベテラン専門医に所見を再読映してもらい、なんとか一安心できた。

笑い話のようだが、医者が病気になると恐い怖い。どんどん死の恐怖が迫り来る。一晩中、家内と子供らの将来を嘆き、翌日は「象の背中」を見直して泣いてしまう憐れな医者・・・医者も患者も同じ人間、敵対する一部の患者心理が僕には悲しくなる。

 

そんな感じもあって、49歳での文豪の死去が僕に漱石をより身近なものにさせてくれたようだ。僕の開業も38歳、僕の留学も33歳の頃・・・49歳で死んだら漱石とほとんど同じだった。

偉大なる文豪、漱石が死去した49歳まで僕もあと僅か・・・僕自身、短時間であったが今回は「死」を明らかに意識したし、いつ死んでも悔いなき人生を過ごして生きたいと強く思った。

50歳になるまでに、今回行方不明の作品も含めて、漱石を再度読み返して・・・彼の49年間の人生を僕の49年間と重ねて振り返ってみたい。

 

そんな事をしたり、古い写真を整理しだすと本当に死ぬからやめてちょうだい・・・と先日家内に言われたのではあるが・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

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