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ゲーテは、自己の成長と形成ということを主眼として、人間としての諸可能性の実現に努力して成果をあげた大樹のような人だと手塚富雄氏は評している。
「詩と真実」の中でゲーテは詩作に関して、『自分に喜びや悲しみを与えたり、関心を起こさせたりするものを、詩という象形に変えて、それによって一方では、外界の事物についての自分の観念を整理し、他方では自分の内心の安静を得る』手段と捉えていたようだ。まるで、現代の僕らが「ブログ」を書く時の感覚そのままではないだろうか?
すくなくとも僕は、当ブログを自分自身の「詩と真実」の様な位置づけで書き残しているのではないかと感じ始めている。
さて、今回はゲーテの恋の話である。
ゲーテは恋愛においても天才だったかもしれない。彼は恋愛によって自己を摩滅させず、その代わりに、自己を鍛え形成していった。
ライプチヒのアネッテ、ゼーゼンハイムのフリーデリーケ、ヴェツラーのロッテ、フランクフルトのリリー、ワイマールのシュタイン夫人などなど、夫々を告白の形で作品に登場させている・・・
そんな恋の相手の中で、とりわけ中学生の僕を虜にしたのは、ゼーゼンハイムの牧師の娘、フリーデリーケと、フランクフルトの銀行家の娘、リリーなのである。
フランス国境の都市、シュトラスブルグの北の村、【ゼーゼンハイム】という名はいまだに心に刻まれ忘れもしない。詩集を読んでも「ゼーゼンハイム」という地名は登場しない。シューベルトの「野ばら」などで有名な恋物語であるが、21歳のゲーテにとって彼女は初めての本当の恋の相手だったのではないだろうか? 都会の優秀な金持ちの自由奔放な男子留学生が地元の純朴な田舎娘に参ってしまう話。研修医が地方の病院で地元の美しい娘と恋に落ちるような感じかもしれない。次の街の病院への転勤命令が出て研修医がどうしたか・・・ 悲しい恋として彼の心に刻まれたようだ。
僕にも覚えが無いとは言わないが、そんな別れはず~っと後の人生にまで響くものだ・・・ 生涯をかけて書き残した「ファウスト」にグレートヒェンの名前で登場させたというのも分からぬでは無い・・・
この手紙といっしょに小さな鎖をおとどけします。
それは身のこなしがしなやかで
いく百ものかわいい環で
あなたの頸にまつわろうとこがれています。
このお馬鹿さんの願いをかなえてやってください。
しごく無邪気な願いで あつかましいものではありません。
昼は小さな飾りですし
夜ははずして投げ出しておいていいのです。
けれど誰かがもっと重い
もっとかたくなに結ぼうとする鎖をあなたにおくっても、
リゼッテよ わたしはそれを気にしますまい、
あなたがちょっとの思慮をしてくださるならば。
純朴なフリーデリーケと対照的な恋がリリー(エリーザベト)とのものだった。ブルジョアの娘、リリーに寄せる思いは純粋なるも、ゲーテの自由な家風との違いはやはり結婚への障壁になり自分から婚約指輪を返したという。結婚すれば容易に冨が手にいるということを望まない若者の心理、僕にも良くわかる。
そんな意味で、牧師の娘も銀行家の娘もゲーテと結ばれることは無かった。これは仮定の話だが、もし二人の恋の順番が逆だったら・・・フリーデリーケを妻にしたのではなかろうか? 僕はそんな気がしてならない。
心よ 心よ、どうしたのだ、
なぜそう激しくみなぎるのだ。
まったく見知らぬ新しい生。
これがかつてのわたしだろうか。
わたしが愛していたすべて、
わたしを悲しませていたすべて、
わたしの勤勉 わたしの平和・・・
なにもかも去ってしまった、
ああ どうしてこうなったのだ。
あの花と匂うすがた、
愛らしいおもかげ、
ひたと見るやさしい眸、
それがわたしをがんじがらめにしたのだろうか。
あのひとから飛び去ろうとする、
自分を叱って逃げようとする、
だがその瞬間わたしの翼は
あのひとのところへ戻るのだ。
断ち切ることのできない
この魔法の糸で
かわいい暴君の少女は
有無をいわさずわたしを縛る、
その魔法の輪のなかで
わたしはこのひとの言うなりになって生きてゆかねばならない。
ああ なんという大きい変化だ、
愛よ 愛よ、その手を放せ。
想い出の詩は多すぎて紹介しきれないが、中学生の僕が片思いの@@ちゃんを見つめながら毎夜思っていた際の気持ちはこんな感じだろうか・・・
りりーよ、そなたを思っていなければ
わたしはどんなに歓喜してこの眺望に見入ったことでしょう。
けれどりりーよ、そなたを思っていなければ
わたしが幸福に思う景色などあったでしょうか。
ゲーテは、74歳でボヘミアの保養地マリエンバートで19歳のウルリーケに求婚したという。孫のいる身でお盛んな・・・やはり恋多きゲーテは人生を最後まで楽しんだのだろう。
僕も一度はゲーテを「人生の師」と仰いだ中学生だったのだから、最後の最後まで永遠に女性なるものの魅力に惑わされて生きていきたい・・・
読んでくれてどうもありがとう
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