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2008.05.22 19:55 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 1

Goethe との再会④

今宵は本当に「再会」の話を書き残したい・・・

中学2年生、僕は叶わぬ恋をしていた。「初恋」ではなかったが、その後の人生に与えた影響は甚大で、最も想い出に残る恋であったようだ。そして、僕は毎日欠かさず一冊の詩集を学生鞄に携行しては、片思いの「彼女」の事をいつも思い浮かべていた。

その大切な「詩集」と最近再び巡りあった・・・【ゲーテ詩集 手塚富雄訳】 (カラー版 世界の詩集1 角川書店)である。

 

既に絶版になって久しいようだ。懐かしい「朗読ソノシート」まで付いている。昭和42年4月初版・・・ 役者の手塚氏は1903年生まれ、新書の【いきいきと生きよ】というゲーテの格言集も出されて読んだことがあるが、これも絶版のようだ。

 

ゲーテの著作・詩集は多くのドイツ文学者に翻訳されているが、読み比べてみても、僕は「手塚富雄訳」が一番好きである。実にみずみずしい、若さが溢れる名訳である。高橋健二氏の様な格調高き翻訳も捨てがたく、有名な「野ばら」などは数多の翻訳が存在するが、僕にとってのゲーテ詩集はどうしても手塚詩集なのである。

 

30年以上前に愛読していた頃ですら手塚氏は70歳ほどだったようで、その若々しい言葉に今更ながら驚いている。

 

それにしても、最近は「詩集」を出版することが少ないようで哀しく思う。部数が出ず利益が出ないのであろう。携帯やメールが普及している時代の思春期の恋愛事情には詳しくないが、僕の恋の想い出は「恋文」と「通学時間」・・・電車やバスの中やホームで「恋愛詩を添えたラブレター」を俯きながら手渡して走って逃げるように去っていく。いまもそんな恋愛の姿は遺されているのであろうか?

 

学生時代や研修病院や留学、結婚と何度も引越しを重ねて僕はそんな大切な詩集を残念ながらなくしてしまっていた。たくさんの素晴らしい詩そのものは自然と甦り暗誦できるのだが、今回譲ってくれる人を知り、居ても立ってもいられずに送ってもらった。

 

随分と永い40年も前の本、しかし僕の記憶のままの姿と手触りだった。こうして手に取ると、恋に夢中の中学生の頃が鮮やかによみがえる。『@@さん、今でも好きです』・・・・告白しちゃった、ワ~わ~大変だ~

恋も失恋も勇気も涙も・・・あの頃は全てゲーテに教わった。ただ、本当の女性の素晴らしさをまだ知らぬ中学生の僕と、それなりに人生を楽しく過ごしてきた今の僕の感じる「恋愛詩」の素晴らしさは僅かであるが異なっているようだ。純粋なるがゆえの素晴らしさ・・それも確かにあったし、性愛を伴う恋愛の素晴らしさも少しは分かるようになった。

 

 ああ 誰がとりもどしてくれる、あの美しい日々、

 初恋のあの時を。

 ああ 誰がとりもどしてくれる、

 あのやさしい頃の

 たった一刻を。

 

 さびしくわたしは痛手をやしない、

 たえずよみがえる悲しみに

 うしなわれた幸をなげく。

 ああ 誰がとりもどしてくれる、あの美しい日々、

 初恋のやさしい時を。

 

叶わぬ恋というのはつらいですよね。こんな詩も今でも忘れません・・・

 

 かわかぬがよい かわかぬがよい、

 つきぬ愛の涙よ。

 なまじかわいた眼にこそ

 世界は耐えがたいものにうつるのだ。

 かわかぬがよい かわかぬがよい、

 不幸な愛の涙よ。

 

そして、勉強とスポーツと恋愛のはざまで悩みまくっていた中学生はこんな風に考えて大きくなっていきました・・・

 

 君の頭と心のなかが

 きりきり舞いをしているなら

 それが何よりめでたい話、

 恋にも迷いにも縁のきれた人間は

 墓に埋められてしまうがよい。

 

全部、手塚氏の訳詩ですが、30年以上たっても沢山の詩が浮かんできます。多くをご紹介は出来ませんが、ゲーテを現代の中学生・高校生の男の子達が好んでくれればいいなと願っています。

 

次回は、僕の大切な二人の女性、「フリーデリーケ・ブリヨン」と「リリー・シェーネマン」について少しだけ書き残してみたいと思います。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.05.22 00:14 |  仕事 / 職場  |  murajun  | 推薦数 : 1

牛には草を喰わせましょう

まだ少々体調が悪いので早朝に眼が覚めたりする。そんな時の僕の友達はAMラジオ。風邪引いて約10日、やっと愚息も朝から元気を取り戻すようになって正直嬉し恥ずかし・・・でもとにかく良かった。

 

昨日の朝も4時半頃、そろそろ明るくなる頃に眼が覚め、なかなか寝付けなくてNHK第一放送を聴いた。

http://www.rakuten.co.jp/arekore/573984/591957/577612/ 

なにやらインタビュー放送のようだった。「牛乳」の話。

最後まで聴いて分かったのは、岩手県宮古市で50ヘクタールの完全放牧自然牧場を経営している中洞 正さんのこれまでの変遷と酪農にかける持論だったようだ。東京農業大学非常勤講師をされている中洞さんの話は実に面白く、示唆に富んでいた。

 

かつては他の酪農家のような手法を取っていた中洞さんに転機が訪れたキッカケは、農協の「脂肪濃度3.5%以上」を推奨する政策だったそうだ。いまでこそ低脂肪が見直されているが、かつての農協では3.5%以下では買い取り価格が半値とされ、農協の販売支給する「配合飼料」で乳牛を飼育しないと難しくなったそうだ。

今のバイオ燃料でも矛盾が指摘されているが、世界の食料危機をもたらしている穀物不足。本来完全に草食の牛に、濃い牛乳を効率よく得るために人間が食べる穀物を沢山食べさせる・・・これに彼は疑問を持ったそうだ。自然放牧では季節変動があり低脂肪で採算が合わない。しかも、農協が買い取る牛乳は高率優先の高温殺菌で、栄養素などの破壊が心配される。

 

酪農家としては悩んだ末に7千万円もの個人借り入れをして自前の加工工場をつくり、低温長時間殺菌という非効率ながらも品質第一の牛乳を提供するようになった。勿論、山間地を利用した完全放牧、配合飼料は用いず、365日24時間の自然放牧の牛乳は他の3倍近い価格ながらも消費者マインドを捉えたのは当然のことであろう。

狭い日本、しかし有効利用されない山間地が放牧の適地と考えて、植林地の下草刈りを牛の舌で刈らせる「舌草刈り放牧」を全国に広めようとしている。

 

50年近く研究を重ねて、生産~加工~販売まで・・・従来の農協の方法とは一線を画した自然放牧牛乳・・・美味しそうだ。

 

「医療崩壊」と並ぶ日本の危機的「農業崩壊」・・・為政者の長期的国家ビジョンを期待したいが、福田じゃね~と諦めムードの狭い落日の日本に輝く光を見つけた思いがした。

時には早起きも良いものだ・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

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