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この一週間、僕は久しぶりの熱にうなされながら色々な事を考えていた。不思議と先のことは全く考えられず、遥か昔のことばかり・・・ 病がそうさせたのか、貴重な時間だった。
深夜のブログに寄せられたコメントに、「病が治れば、ゲーテ特集を書こうと思います」と書いてしまった。何気なく書いた言葉に別の女性から「期待してます」と書かれてしまい、自分が熱にうなされて書いたことを少し後悔した。僕は実はゲーテの事を何もよく知らないのだ・・・
僕はかつて「ゲーテ熱」に強烈に病んだ時期があった。中学2年生から高校1年生にかけて・・・ 医師になる希望をまだ抱く前の時期だった。東大文系に進学して、外交官か商社マンか、さもなくば司法関係の仕事をするのかな?と漠然と夢見ていた時期のことだった・・・
今の中学生にゲーテがどう教えられ受け入れられているか僕は知らないが、中学生の娘との会話にゲーテが登場することは全く無い。ただ、ゲーテは恐らく男性の方に好まれるだろうと思うので、現代の女子中学生にゲーテが省みられないことは悲しいとも感じない。ただ男子中学生や男子高校生にはどうだろうか? ゲーテ詩集を学生カバンに入れて持ち歩く中学生や高校生はどれくらいいるのだろう?
携帯電話やメールのせいで、「恋文」を書いて好きな女性に秘かに渡すという習慣は既に無いのかもしれない。ましてや、古い作家の「恋愛詩」をプレゼントするなんて・・・昔だって少なかったのに。
最近、ゲーテの本、数冊に出合った。
おいおい紹介していきたいが、僕がゲーテ熱に冒されていた頃にかような本にもし出会っていたら、僕はきっと医者にならず他の道に進んだに違いない。そんな素晴らしい本、今回の病の中で少しずつ読み進んだ。
中学2年生~高校1年生の頃、僕は何をどこまで読んだか・・・実は忘れてしまった。そう沢山読んだとは思えない。ドイツ文学としては、僕は「ヘルマン・ヘッセ」の方を遥かに多読している。ゲーテで確実に読んだと記憶しているものは、<詩集> <若きヴェルテルの悩み> <詩と真実> <ファウスト> 位であろう。<イタリア紀行> <ヴィルヘルムマイスターの修行・遍歴時代> などは、早々と数ページで諦めたかと思うし、読んだものすら実は断片的にしか覚えていない。
何しろ、僕の「ゲーテ熱」が冷めてから既に30年が経過している。今回、数冊の素晴らしい本を通してゲーテとの再会を果せた僕は、当然ながら「あの頃の僕自身と 淡い恋」にも再会を果したわけである。「淡い恋の相手」として数名の少女の顔と名前が浮かんでくるが、ちょうど「恋の病」と「ゲーテ熱」に冒されていた時期は重なってしまう。
ゲーテには様々な顔と肩書きがあるが、僕にとってのゲーテは何よりも「恋の先達」であった。文豪というより「詩人」としてのゲーテが一番シックリとくる。その証拠に30年以上たってもゲーテの詩が10編以上甦る。詩集を読んでいる中学生の僕の姿など簡単に思い出せる。そして、難攻不落の「ファウスト」を心に片隅に抱えながら、複雑で猥雑な夢多き恋多き「大人」になっていったように思う。
やっと少しずつ元気になってきたので、明日から「30年ぶりに再会したゲーテへの感謝の想い」を書き残していければいいなと思う。ナルシスト・完全な自己満足の世界・・・ゲーテもそんな自己満足の上手な人だった。
読んでくれてどうもありがとう
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