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今日はず~っと僕の股間が硬直して大変な事になっている。昨日、朝っぱらから妻の願いをきいて大胆に腰を使いすぎたのか、夜になって歩くのも痛むし、下半身がが恥ずかしながらガクガクしている。
下手くそな「釣り」に釣られる変態読者はm3にはいないでしょうが、今日は大上段に構えての壮大なタイトルでエントリーをいたす。実は昨日僕は我が家の庭の落ち葉拾いを行った。そのために足腰の筋肉が悲鳴を上げているのである。間違っても誤解をしないように・・・。
すっかり紅葉も終わり、玄関先から裏庭の方へ沢山の落ち葉が積もっていたのである。自然愛好者の僕としては落ち葉は風景の一部であり、木枯らしとともに遠い彼方へ飛び去っていく旅人のようだと思っているので「落ち葉拾い」などをする必要性を普段は全く感じてはいないのだ。
そもそも【落ち葉はゴミではない・・】と僕は思うが、世間には「燃えるゴミ」扱いにする人々が実に多い。僕の故郷などは落ち葉は土に還るのが当然でアスファルトやコンクリートの表面で朽ち果て舞い上がる様などはかつて見なかった。しかし、週末僕が過ごしている都会には土の表面が実に少ない。我が家の狭苦しい庭にも土の部分には木が植わっているか芝生が這っているかのどちらかで、用もないのにむき出しの土の部分が申し訳ない程度にしかない。
落ち葉は腐葉土として貴重で、たい肥化作業もこまめに行えば可能である。それくらいは知っている。町田市の様に自治体によっては補助金を出してたい肥化容器の導入を促進しているが、使用方法が結構手間が必要なので普通の性格の人にはむきそうも無い。
一応、リンクを上げておく。
www.city.machida.tokyo.jp/.../index.html
色んなタイプがあるようだが、自治体によっては公園の木の元に積み上げてたい肥化としているところがあるが、落ち葉の量は普通の家庭でも半端じゃない。
我が家の狭い庭でも(有料)ごみ袋が20袋あっても落ちている半分も集められない。チョット前まで無料だったが、ゴミ袋が有料になると「なぜ落ち葉を有料で捨てなきゃいけないのか?」と感じてしまうのは庶民の浅ましさであろうか。とにかく20袋でも1000円もするので落ち葉を見ると恨めしくなってくる。
さらに、この「燃えるゴミ」の袋に納まった落ち葉が焼却処理されるのも実に情けなくはないか?地球温暖化のために有用なはずの樹木の落ち葉が燃やされて温暖化を促進する・・・変な話である。
COP13という環境会議が行われたインドネシアでも広大な森林がドンドンと伐採されている。バイオディーゼルの原料になる植物を植えるため欧州の需要がアジアの環境破壊を生んでいる。森林が伐採されると地下の堆積層からCO2が放出されるという。バイオ燃料が生み出す別の環境破壊・・・リサイクル用の燃料も大きな矛盾を抱えているという。
各自治体も悩んでいるだろう・・・ 上のフローチャートでも落ち葉は腐葉土にするモデル事業には採算性で追いつかないようで、結局は「燃やす」しか無いという大いなる矛盾を抱えている。田舎の自然な森林は良いと思うが、都会の樹木を見る眼が今後大きく変わるかもしれない。出来るだけ落葉樹ではなく常緑樹を都会には植えた方が良いのではなかろうか?
ちなみに、僕は「地球温暖化」説は胡散臭く感じている・・・
読んでくれてどうもありがとう。
先日、当ブログに「拳銃を持つ患者」の話を書いた直後に偶然にも痛ましい佐世保の乱射事件が発生した。東京の医師の息子達が加害者と被害者になるという悲劇とはまた違った事件だったが、武雄市の病院内での人違い殺人、大牟田市の病院玄関前での銃撃など医師や医療機関も銃社会を意識せざるを得ません・・・
この佐世保の痛ましい事件は現代の世相を反映した、まさに「犯人の生活の軌跡」が良くあるミステリー小説のようでした。詳しくは書きませんが、体格に恵まれながらも安定した就労に付かず親の退職金を使い続けるパラサイトシングルが、車や船や銃などの贅沢を知り、働かずとも保護される現代社会の何不自由ない生活の果てに、やっとテレビドラマの様な恋を知るも、当然なる失恋と未来への閉塞感から、理屈の通らない復讐ともいえる殺人を派手に起して無責任にこの世を後にする・・・このママのプロットで小説が書けますね、きっと。
今の日本には30万丁の散弾銃と4万丁のライフルが登録され存在しているようです。結構すごい数ですよね・・・ でも我が家にも4~5丁の散弾銃が存在していた時期がありました。あれから30数年・・・またまた想い出話にお暇な方はお付き合い下さい。
ちょうど父が今の僕の年齢の頃を中心にしばらくの間、猟銃を鴨や雉の狩猟目的で所有していた時期があった。
僕の家の裏手には今でこそ家が増えてきたものの、当時は道路の整備もなく自然環境もよく、毎年沢山の鴨がこの時期になると渡ってきていた。父は一人で出かけたり知人と数人で出かけたり、時には小さかった僕を誘って鴨撃ちに出かけることを趣味としていた。
稲刈りが終わった田畑の中のクリークと畦道を 時には急ぎ、時には静かに、飼っていた数頭のイングリッシュポインターと白い息を吐きながら僕は父の後に続いた。早朝と夕暮れ時が主な狩猟の時刻であったが、僕はクリークから飛び立つ鴨を仕留める父の姿を今でも良く覚えている。
ポインターも僕らの家族のようで、クリークに潜む鴨を追い出し、撃ち落された獲物を加えて静かに戻ってくる姿にも野生の感動を覚えたものである。
我が家には厳重に鍵のかっかる猟銃保管庫があって、そこに銃は保管されていたが長期間使用しないときは銃砲店に預けていたようだ。狩猟の期間が始まるのは11月1日だがその前には父と度々銃砲店を訪れ「将来は僕も狩猟をするのかな~?」と漠然とした想いを抱いていた。
結局、僕自身が成人した頃には我が家の近くが猟場としては魅力が無くなり、僕は狩猟を趣味とすることも無くなった。父も僕が医学部に上がる頃には狩猟を止めたようだ。仲のいい狩猟仲間が亡くなったことも影響したと想う。あるいは生命を奪う趣味を医学生の僕に配慮して止めたのかもしれない。そう言えば理由を聞いたことは無かった。
あの頃の狩猟解禁日「11月1日」といえば今より確かに寒かったような記憶がある。日の出の時刻になると、我が家の裏手の方で「ダン、ダ~ン、ダン」という音が鳴り響き、僕はそれで眼が覚めていた。「あ~、今年もオヤジが出かけていって鴨を仕留めたのだろうか?」という事を想いつつ暖かな布団の中で再び眠っていた。小学校から帰宅すると準備万端の父が猟銃を片手に僕を待っていて、「さ、行こうか・・ こっちを持て・・」と散弾を込めていない猟銃を僕の方に掛けて、母に見送られて二人して陽が傾きだした裏の方に駆け出していった。猟銃は子供の肩にはあまりにも重たかったのであるが、その重さを父は僕に背負わせたかったのであろう・・・
今では新興住宅地として沢山の家が次々に建ち、全く渡り鳥も近づかない可哀想な土地になってしまった。開発によって確かに道路もよくなり便利にはなったが、あの頃と今とどちらが良いかと問われれば、躊躇無くあの頃の自然が残る田舎の風景が好ましいと僕は思う。移り住んできてくれる人たちには分からないだろうが、猟銃を肩に親子で走り回っていた田舎の姿がもう近所で甦る事はありえないだろう・・・
猟銃乱射事件を見ると、僕も物騒だったアメリカ留学当時を思い出すのであるが、当時の父の年齢になった僕は少し父の気持を分かりかけてきたようで、「目的外使用」に対する悲しさも胸に秘かに感じている。
読んでくれてどうもありがとう。
今日も高熱の患者が数名やってきましたが新型インフルエンザではなさそうです(あたりまえ?)。その中に近所の大学生がいましたが、昼休み直前の受診です。以前も何度か診察経験がある患者です。
確かに38度ありまして体調が悪かろうと思いますが、診察室に入ってきた後も両手をポケットに突っ込んで会話も小学生並みです。
さあ診察しますよ~と聴診をしようとしましたが、だらしない格好で両手を一度出して前をはだけて、再び両手をポケットに突っ込みました。分厚いダウンジャケットを着たまま・・・
別に昼休みだったからではないのですが、カチンと来まして僕は患者を叱りつけました。
『オイ、手はポケットから出してしゃんとしなさい。仮にも@@@の**なら立派な態度をとらんかい。そんなんじゃダメだぞ』
患者は僕の眼に怒りを敏感に感じ取ったようで、ダウンを脱ぎ、背筋を伸ばし、言葉遣いも改善し、診察に協力的になり、もちろんポケットを手から出しました。呼吸器系の基礎疾患をもつ患者でしたので聴診のコンディションが大切なんですが、叱った後は診察条件も良好になりました。
いかに腹が立っても、さすがに僕も誰にでもは叱りません。どんな患者がいるか恐くてわかったもんじゃありません。逆切れ殺人とか新聞で報道されてますし・・・。やっぱり刺青の893には静かですし、美人にも弱いです。めったに来ませんが、態度が悪い(でかい)議員とかマスコミとか社長とかには強いですよ。でも学生にも腹が立ちます最近は・・・。
で、今日の「仮にも@@@の**なら・・」は何かと申しますと・・・
「仮にも医学部の学生なら・・・」でありました。
な~んだ、でしょうが、良質の診療には「患者教育」が非常に大事だという事を医学部学生はもっと知るべきです。政府もTVで「受診時のマナー」をもっと広報すべきでしょう・・・ マナー無き政治家とかマスコミに言っても糠に釘でしょうが・・・
読んでくれてどうもありがとう。