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これが恐らく 僕の「とりあえず最後」の記事になると思う。最終日の明日19日は「今後の願望」を書こうかな・・と思う。
暇があったら読んで欲しいが、今日は 1978年3月の旅立ちの記憶である・・・
その前に、実は カウントダウンの「三回の旅立ちの記憶」を書こうとした後で、どの三回を選ぼうか相当迷ってしまった。最初に進路を自分で決めたのは「どこの中学に進むか」だったし、医学部に進路を定めた後も、「どこの医学部に進むか」も実に大きな決断を要したわけである。それなりにスンナリ決まらずに家族との対立も経験した。でも、僕に最も相応しいだろう・・と、最後の記事は「高校卒業」をテーマに選ぶ事にした。
何度か書いたことがあるが、僕は一年間の予備校生活を送った。別に恥だとも思わないし、実に多くの実りを人生にもたらしてくれた一年間だったと思う。
僕は高校2年の途中まで文系志望だった。最初は政治家、次は外交官、その後は検事か弁護士になりたいと思っていた。今でもそんな仕事が出来るなら してみたい。
そのせいだと言うと言い訳がましいが、僕は理系教科を怠けて仲間に遅れをとって受験に失敗した。旧制高校の名残のある大学医学部の受験が終わった時、「受かりそうだ・・」と感じたがダメだった。人生そんなに甘くは無かった。合格発表に名前を見出せずに、列車にのって家に帰り着くまでの長く苦しく悲しかったこと・・・合格して喜ぶ友人達と顔を合わせるのが辛かった。
進学校だったが、浪人生の多くは校内の「補習科」と称する学内予備校に通うのが普通だったが、僕には耐えられなかった。環境を新しく変えたいと感じたし、進路をもう一度考え直したかった。そして僕は仲間から離れて予備校に行く事にした。
予備校にも難しい受験があった。何たることか 駿台予備校のトップクラスには合格できず、再びショックが襲ってきた。何で予備校まで落第するの? 駿台の2番目のクラスに入ろうとして寮を見に行ったが、紹介された板橋区にあった寮への満員電車に乗ったら 気力が一気に失せていった。ここ板橋では僕は耐えられそうも無い・・・ そして、代わりに京都駿台のクラスを選ぶ事にした。それが僕にとっては良かった事だと今では確信している。
京都の予備校の【東山南寮】の話は以前ここで記事にしたと思う。憧れだった旧制高校の寮生活を髣髴とさせる古都の寮生活だった。
しかし、一度受験に失敗すると色んな事を考えてしまう。「このまま医学部へ進むべきか」 「次回は安全策へランクを下げるのか」 「どこの街で大学生活を送ろうか」 などなど、考える時間は勉強時間を削りさえすればタップリあるようで、京大へ進学した先輩などを訪ねながら 受験勉強そっちのけで思索にばかりふける困った予備校生だった。
実は予備校生も五月病にかかる。僕は「医学部進学コース」に籍は置きはしたものの、かつての文系への想いが再び甦ってしまった。東大文系に進むほうが幸せか? この答えはまだ出ていないが、医学部進学への決意が再び定まった時には既に季節は夏だった。ず~っと悩んでいた僕は、ある日 予備校をすっぽかして、金沢へ列車で向った。そして、一日かけて金沢と内灘を巡った。
志望校の一つであった金沢大学附属病院を見学したが、実は四高で学んだ井上靖の跡を辿りたかったのである。井上は漱石と共に僕が中学高校で最も好きだった作家の一人だった。あんなバンカラな旧制高校の生活に憧れていたわけである。
日本海を見下ろす内灘の丘の上の「井上の碑」を訪れて、僕は不思議と素直な気持ちになった。そして「迷い」が吹き切れた・・・ 「やっぱり医者になろう・・」と想いながら京都へ戻った。
その後、僕は金沢大学を受験はしなかったが、金沢は僕にとって色んな意味で大切な街になった。昨年の夏、僕は医者になって初めて金沢を訪れた。妻を連れての日帰り旅行だったが、僕の心を全て伝えることは簡単じゃない。この記事を妻が将来もしも読む機会があれば、僕の事を今より少しくらい判ってくれるかもしれないが・・・
さて、この一年間 駆け足で過去を振り返ってきたが、本当に楽しかった。僕の人生はこんなだったかな・・と子供たちには伝えたかったし、薄れ行く記憶を定着させるには貴重な作業だった。
小説家・詩人・音楽家・映画製作者などなど 自分の軌跡を鮮やかに残せる仕事の人が羨ましかったが、普通の医者である僕も、今回の一年間のブログ活動が「自分自身の再発見」には繋げられたかと感じている。川の流れをのぼり下って歩いて辿る様に人生を振り返る・・・ 実に楽しい作業だった。
最終回の明日は、今思い描いている「ブログ活動の今後」を書いてみたい。
みなさん 一年間 読んでくれてどうもありがとう。
コメント
コメント一覧
このブログが終わるのは残念ですね。よろしかったら実名ブログのURL、メールででも教えていただけますか?
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
興味を持っていただいており感謝しています。実名ブログの件ですが、もっか53日連続更新中です。実名は実名なりにスタッフや患者さんなども巻き込んで楽しいですが、こことの関連がばれるといけません。いまだ周囲の人にも(ここは)完全秘匿状況ですので、(関連がばれるので)お教えできません。申し訳ありません。
それと、このブログは・・趣向を変えて 最終記事に書いたように 恥ずかしながら継続します。
それと、開業は・・・想像以上にストレスかかります。僕も白髪が増えました。
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