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ご承知のように僕は佐野元春が大好きだが、物心ついた時から「佐野ファン」ではない。当然、その前の経過がある。皆さん全然興味は無かろうが、今日は勝手に「僕の音楽趣味」について書き残しておこう。一応、幼稚園や小学校で奨められる音楽や映画を除いた話にここでは限定する。

 

最初に覚えているのは、残念ながらビートルズではない。僕は少し遅れた世代だった。最初に買ったレコードはタイガースのレコードで、最初に見た子供向けでない映画もタイガースの映画だった。

1968年のタイガースの第2作目の映画 【華やかなる招待】を地元の映画館で観たときの興奮と感動を今も忘れない。僕は小学校の3年生の頃で、自作の学生ズボンを縫製しなおした黒い「らっぱズボン」をはいて親戚のお姉さんと観に行った。そのズボンは母が作ってくれたが学校には穿いていけない代物だった。

映画でもっとも好きなのは、京都の高校生素人バンドが東京に出るシーンである。タイガースには他に数本の映画があるが、第1作目よりこちらが素敵だ。僕の「京都好き」もこの時にスタートしたと思う。京都はフォークソングのメッカでもあるが、同時にGSの故郷だとも感じている。

その映画が今月26日にDVDになるらしい。さっそく注文してしまった。家族が知ったら笑われそうだし、スタッフからもわらわれるかもしれない。でもスタッフも同年代が多いので、案外見せて欲しいとせがまれるかもしれない。

60spunk.m78.com/tigers.html 

タイガースの記事を書こうとしていたら上のサイトを見つけた。これ以上のタイガースの記事はかけそうも無かったし、僕もそっくり知っておきたかったのでリンクさせてみた。良かったら見て欲しい。

 

タイガースの何が良いのか? 69年の3月にトッポが脱退してからは急速に人気が落ちて 71年には解散したが、岸部シローを恨む気持ちは今はない。でも、「花の首飾り」を歌えなくなったタイガースは終わったと小学生なりに感じたものだし、シローとサリーは正直憎かった・・・

ベスト曲を選ぶのも難しい。【君だけに愛を】が小学2年生の僕にはベストだったが、3年生になると【青い鳥】、4年生になると【花の首飾り】がベストと感じるようになった。【銀河のロマンス】も捨てがたい。でも、「京都から上京してスターダムに昇る高校生の姿」こそが僕にとって最も大切な要素だったと思う。

 

その後はフォークソング、映画音楽、歌謡曲、クラシック、ニューミュージック、カントリー、フォークソング・・・・と戻った末に「佐野元春」に行き着いたわけである。それで、基本は「フォークロック」が僕の興味の中心だった・・・と今は感じる。

 

一人だけ、どうしても歌謡曲歌手で好きだったのは 【1973年の百恵チャン】である。まだ流行直前の「百恵ちゃん」の写真を雑誌から切り取って教室の掲示板に掲示したことがあった。僕の【14】に雰囲気が似てたので・・・が好きな最大の理由だったが、あれ程の人気になるとは思わなかった。でも、75年が近づく頃には・・・現実の世界が忙しくなって、「百恵ちゃん」などどうでも良くなってしまった。

 

今は・・・・また「フォークソング」に僕の興味は回帰してしまった。子供たちに聴かそうとするが、ノーサンキューらしい。ちょっと残念だ・・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.10.10 01:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 1

14・・・僕の神様と女神様

もうじきブログ開始後一年になる。その後も続けるかどうか決めてないが、その前に書いておきたいことがある。

一年で600近い記事を書いてきたが、僕の「投稿した時刻」を気にしていた人は皆無だろう。もし貴方が暇人だったら数えて教えて欲しいが、僕の記事の多くが【@@時14分】に投稿されているはずだ。僕には、それこそ14歳の頃から 【14】という数字には非常にこだわりがある。そんなこだわりをブログ記事の投稿時刻に使うなんて 僕は変人なのかも知れないが、どうしても【14】が好きなのである。

 

別に秘密にしてたわけじゃないが、僕は 【ヨハン クライフ】の大フアンなのである。他にも、【14】に縁のある名前の女性を今もず~っと片思いしているし、彼女に初めてラブレターを書いたのも14歳の頃で・・・ そう、僕の神様と女神様なのだ。

 

野球の季節にサッカーの話とは変な感じだが・・・ 実はこれが僕の初めてのサッカーの記事でもある。良いタイミングが見つからずにタイムアップ寸前の投稿になってしまったが、まあよかろう。

僕の高校はサッカーが盛んで、全員参加の「三日間のサッカー大会」と同好チームの「土曜マッチ」というのがあった。これは土曜の午後に毎週行うリーグ戦形式のサッカー大会、クラスもクラブもバラしてのチームで戦う。先に書いた「三日間の体育祭」にもサッカーが組み込まれていた。僕のチームは「土曜マッチ」で優勝したが、これが高校時代の最大の思い出かもしれない。

 

「空飛ぶオランダ人」の天才クライフの絶頂期は恐らく「1974年のワールドカップ大会」であろう。準優勝ながら最優秀選手賞を彼は取っている。71年、73年、74年と立て続けに欧州年間最優秀選手に選ばれているが、ちょうど僕が中学から高校にかけての時期で、寝ても冷めても「クライフ クライフ クライフ・・・・」だった。僕にとっては ドイツのヒーローであるミュラーやベッケンバウワーは悪役で、クライフこそがサッカーの神様だったのである。

今やアヤックスの永久欠番である【14】は、天才クライフに実によく似合っていた。176cmとあまり大きくはなかったが、たった一人で大国ドイツを翻弄してしまう王子のようなクライフ・・・ サッカー狂いの中学生に 単なる数字の【14】を 30年以上も胸に抱き続けさせる「僕の神様」である。

 

もう一人の【14】、永遠なる「僕の女神様」の事は 恐れ多くて こんなブログでは書けそうもない。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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