| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
先に森見登美彦さんの【四畳半神話大系】なる京都本を読んで、夏の暑い京都を思い出したと書きました。僕は四畳半どころか窓も無い【三畳一間】の京都暮らしを予備校時代に体験してますので、四畳半というと狭いというより広いとさえ感じます。もっとも、僕は【四畳半】という言葉からは、何とも言えぬ和風の「艶かしさ」や「エロさ」を感じてしまいます。若い人には分からないでしょうが、そのむかし【四畳半襖の裏張り】なる猥褻の名作?がありました。
しかし、僕の京都の想い出に女性が登場することがあっても全てプラトニック・・・猥褻の欠片もありません。あの~今どきプラトニックという言葉は死語ですか? さて今日は冷房も使わずに予告通り、爽やかに?【真夏の夜の夢 ②】を書こうと思います。
かつて僕が身も心も清らかな医学部二年生だった頃、京都に近い大阪の街からとっても綺麗で大人の香りのするキラキラした美しい関西弁の女学生が後輩として入学してきました。Kチャンは少なくとも12人の2年生と11人の1年生に好意をもたれていました。勿論、僕もその一人でした。僕は彼女のアパートに時おり上がれる特権を得ていましたが、あまりにも競争相手が多くてなかなか一人抜け出せず、夏休みになっても誰もKチャンの心と身体を射止めたものは現れませんでした。
僕は思索しました・・・
そしてお盆の時期に第二の故郷の京都に出かけました。そして心拍数が138位まで上昇した状況で憧れのKチャンの実家に電話しました。まだ携帯電話など無い時代のお話です。
『今、用事で京都に来てるんだ。偶然、今夜は大文字の送り火らしいんだ。よかったらKちゃん、京都に出て来れない?』
「用事」とは彼女に一人で接近するため、「偶然」は計画的な偶然・・・と、賢い彼女は悟っていたようですが、一応優しくOKでした。ただ彼女は、『私も観たいわ。でも、うちの親とっても厳しいから、観終わったら直ぐ帰らなくっちゃいけないの・・・それでも良い?』という返事でした。が、僕にはOK以外の返事は探せませんし、心拍数は146のターゲットHRに達していました。今どきの若者と違って「性道徳の塊」の様な僕でしたから、不純な願望なんてあっても表に出せませんでした・・・

彼女は当時地上を走っていた京阪電車で三条にやってきました。僕の期待通りに関西弁の彼女は京都で会うと一層綺麗で可愛くて僕のハートをグリグリします。僕は熱気にヤラレテぼ~っとしています。今日こそは沢山の恋のライバルも半径100km以内には多分居ないハズですから、彼女は「僕だけのもの」です。
僕らは久しぶりの再会の挨拶もそこそこに「送り火」のベストポジションを探します。タダでさえ鴨川の河原のカップルは多いのですが、送り火の夜は【等間隔の法則】なんて成り立ちません。僕らは「ホテルフジタ」の前から送り火を眺める事にしました。「京都ホテル」の少し北側です。

そこは沢山の人々が集まっており一層暑苦しかったのですが、Kチャンと独占密着出来て混雑は望むところ・・・でした。僕もKチャンも京都が大好きでしたから、しばし京都の話で盛り上がり、田舎の大学生の中で僕の数歩リードを感じました。

今どきの若者ならホテルの部屋から眺めて、そのままイチャイチャ楽しく過ごしてしまいそうですが、当時の僕の性道徳は確固たるものでしたから、彼女が『もう帰らなきゃ・・』って言っても「しかたない」と悟りの境地でした。僕は三条京阪までの混んだ道のりを出来るだけユックリ歩いて楽しみました。手を繋げたか?それさえ覚えておりません。ただ、Kちゃんの「香り」は覚えております・・・

夏休みも終わり、再び彼女は多くの恋敵の待つ地方大学に戻っていきました。僕以外に夏休み期間中に彼女に接近を試みたフトドキな医学生が何人いたか知りませんが、9月になるとライバルは2年生に2人、1年生に3人にまで減りました。僕を入れて6人です。僕は秘かにお盆の京都の出来事を反芻してほくそ笑んでいましたが、そのリードは不十分で半年も持たずに簡単にひっくり返されてしまいました・・・
その後の僕はクラブ活動と医学の勉強に邁進しました。しばらくクラブ以外の「友人関係」と言うものを信じなくなりました。二度と恋などするものか、関西弁の女性に二度と惹かれるものか・・と悩み苦しみました。それから僕の身も心も次第に穢れていきました・・・
それから四半世紀以上が経過して、そのKチャンは僕の診療所からたった10kmも離れてない某総合病院に勤務しているようです。医師案内の顔写真が今も可愛いKチャンです。専門が違うので紹介状をやり取りする機会はありません。研究会や講演会でも会いませんが、空港で一度だけ姿を見ました。一度は競争に脱落したハズの後輩と最終的に結婚したようですが、今もカワユク関西弁を話しているんでしょうか?

お盆の16日になると僕はいつも彼女を想い出してしまいますが、彼女の記憶には【大文字の送り火】の想い出が今も残っているのでしょうか?
読んでくれてどうもありがとう。
コメント
コメント一覧
でもわかります。あの頃はまだ古い道徳観の先っぽが残っていました。エリも初めて彼氏ができた時は、そうなるのに4年もかかりましたよ。もちろん結婚する予定でした。(ドタキャンしましたけど・・)
その後の乱れぶり(まあ大した事はないけど)を考えると真面目でウブな時代の自分がなつかしいです。
京都の【祇園祭】には思い出があります。
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
エリさんのコメント、ますます暑くなります。
意外とオクテだったんですね。でも、乱れぶり・・見てみたいです。【祇園祭】・・・人に言えない程の「想い出」ですか?
ドキドキする良い思い出です。
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
あれ~、初心な僕には刺激が強すぎ・・・ 想像すると興奮します。
まるで【祇園】舞妓の水揚げ・・の世界みたいです。【町家の奥深く】での秘め事でしたか? 暑くて汗だくだったでしょう?
Taichan・・そうです。先生のブログにもたまにコメントしていますよ。先生は長崎出身でしたね。先生のデートコースはどこだったでしょうか?
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
エリさんのあからさまな告白、聞いてるこっちが想像して恥ずかしくなります。あの当時だと、都ホテル? 新都? 京都ホテル? ロイヤル? 国際? 東急? ギンモンド? 多分、どこかですね。
僕の好みは、俵屋みたいな町家作りの旅館や祇園の奥の坪庭に面した座敷で、風鈴の音と祇園バヤシの笛の音を聴きながら・・昼下がりに@@を汗をかきながらイタシテ、柔らかな膝枕をして団扇で扇いで頂く・・ そして、暗くなって眼が覚めてもう一度@@をイタス・・という京都風が好みです。
コメントを書く