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2007.07.14 16:33 |  趣味  |  murajun  | 推薦数 : 1

宵々山コンサート

大型台風4号は鹿児島から四国・本州方面に向っている。明日の夜には関西への影響は抜けていると思えるが、明日15日(日)の夕方には京都円山公園の野外ステージで伝統の【宵々山コンサート】が開催されるので影響が心配される・・・

 

1973年7月15日(日)に第一回の【宵々山コンサート】は始まった。京都【祇園祭の宵山】に引っ掛けたネーミングである。

当時の高石ともやは31歳、38歳の永六輔と二人三脚で作り上げたコンサートに「仲のよいゲストを呼ぶ」というスタイルだったと思う。

 

第一回の宵々山には、永のツテなのだろうが、なんと渥美清が出演している。この「笑いの路線」はその後も大事にされ、第二回には小沢昭一や桂米朝、第四回には黒柳徹子も出演している。

 

高石は当時の優秀なメンバーを集め【ナターシャセブン】というバンドを結成しつつ、【宵々山コンサート】を京都の名物に盛り立てていった。

 

第五回の1977年になり、ナターシャセブンに加え【杉田二郎】と【自切俳人(北山修)とヒューマンズー】という京都を代表する強力な助っ人を得て、宵々山コンサートは一気に絶大な全国的人気を博し出した。杉田と北山のコンビは70年に【戦争を知らない子供たち】を生んでいる。その年にはミヤコ蝶々と赤塚不二夫、第六回には坂本九、第七回には淀川長治、谷啓がゲストとして出演している。この語りとセッションもライブは最高だと思う。

この【1979年】のレコードは僕の愛聴盤であり、多分【最高に宵々山らしいコンサート】だったと思う。この年、高石37歳、永44歳、まさにこの頃が「ピークの時期」だっただろう・・・

 

 

しかし、80年に「ナターシャ・メンバーの木田たかすけ」が交通事故死し、81年に杉田が抜け、82年には北山も抜けて「宵々山の趣き」が急速に変わりだした。その流れは残念ながら止められず、1985年の第13回で一旦休止となる。

 

94年に、高石と永は第14回を10年ぶりに開催したが、98年にナターシャセブン、99年に杉田二郎が再度加わるまで以前の雰囲気は戻らなかったようだ。

その後も苦労し工夫しつつ、毎年この時期に高石と永は【祇園祭】にあわせて円山公園野外音楽堂でのコンサートを続けている。ことしも明日の15日に行われるが、台風の風雨が心配だ。雨天決行とされているが、高石も永も昔の若さは無いだろうから降らないで欲しい。

しかし、月日の流れは残酷だとつくづく感じる。

どんなに頑張っても1977年~80年頃の全盛期は二度と甦らないと思う。僕は、78~79年のピーク時に京都に居れた事を今では凄く幸福に思う。京都フォークを肌で感じることが出来た思いがする・・・

高石の音楽活動は尊敬に値するし、僕は今でも高石のコンサートには足を運ぶが、【宵々山コンサート】としては素直に受け入れにくいなあ~と感じだしている。

 

「年老いていく悲しさ・・・」 永にも高石にも頑張ってほしいが、『長い間 お疲れさん』 とも言ってあげたい。

そんな複雑な心境を毎年この時期になると感じてしまう・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.07.14 00:38 |  旅行 / 宿  |  murajun  | 推薦数 : 2

モン・パリ  7月14日

日本は梅雨と台風がいっぺんに来て大層鬱陶しい季節であるが、我らが【ツール・ド・フランス】も本日、7月14日からはモン・ブランに程近いフランス・アルプスの2700m級の山間を走る「山岳ステージ」突入になります。きっと青空と爽やかな風が選手達を励ましている事だろう。スプリンターが活躍したこれまでの平坦ステージのみではマイヨジョーヌを最終的に着る総合優勝者の予測はまだつかないでしょう。いよいよこれからが【ツール・ド・フランスの本番】です。

 

さて、その【7月14日】は云わずと知れた【巴里祭】の日ですね。フランス語では単に「7月14日」と言うだけなんですが、同名映画の影響もありまして日本人だけは【巴里祭】という言葉が大好きなようです。ご他聞に漏れず、僕も「7月14日の巴里祭」がズ~ッと大好きなんであります。ホントの理由は別に有りますが・・・ブログでは明かせません。

 

私の巴里・・・【モン・パリ】という映画が1973年にありました。【モン・ブラン】のモンは「マウンテン」でしょうが、【モン・パリ】のモンは「マイ」なんでしょうか? フランス大好き人間ですが、才能に見切りをつけて「NHKのフランス語講座」は二週間で諦めました。

 

「男が妊娠してしまう・・・」という少子化対策にはピッタリの映画でした。もちろん想像妊娠で生む事は出来ませんが、当時まだ中学生で、どうしたら子供が出来るかも知らない初心だった僕チャンは、『男も生めるようになるんだな』と感心したものです。コミカルな【マストロヤンニ】も全盛期の【カトリーヌ・ドヌーブ】も素敵でしたが、シャンソン歌手の【ミレイユ・マチュー】の歌唱力に参っちゃいました。

 

でも、パリって素敵ですよね。僕も何度か行かせていただきました。でも一人だと少々楽しめません。最初の旅行中には、親しくなった美しい素敵な日本人女性とパリ中を満喫しました。@@チャンお元気ですか?オペラ座前の階段で過ごした時間、沢山の人に見られてたようですが楽しかったですね。まだ覚えてますか?どこで暮らしてますか?あれから数年後に一人でまた一週間ほど滞在しましたよ。自由気侭なパリ・・・それが僕の「7月14日」でした。

前に書きましたが「nonno」のツール読者取材班募集に落選して落ち込んで・・・それなら自分一人でツール見学に行こうか・・・と旅立ちましたが、あんまりパリが素晴らしいんで「ツールはTV観戦」しちゃいました、わざわざフランスまで行っておきながら・・・

とにかく僕は「その日」にシャンゼリゼに居たかったんですね。それだけ・・・ ただの「軍事パレード」でフランス人の為の「7月14日」なんでしょうが、一度は経験したかった巴里祭でした・・・

 

でも、実はあんまり良くは覚えてはいないですね。

一番覚えてるのは・・・「シャンゼリゼのバーガーキングで、行きに乗ったJALのスッチーと再開してお話した事・・・」かな。でも悲しい想い出だった。相手も客の僕を覚えてくれていて、『今から郊外の教会を観に行かない?』と笑顔で誘われたのに・・・・・・、なんと僕は硬派の振りして『いや、ここで俺はパレードを観ていたいから・・・』と断っちゃった。凄~く好みのスッチーだったし、もしそのまま付いて行ってたら・・・僕の人生も変わってたかもしれないな。時間も一週間空いてたのに・・・残念至極、後悔先に立たず、グヤジ~

その日の午後から、『あ~ついて行きゃ良かったな~』とグダグダ一人で後悔しつつ、巴里の空の下セーヌは流れる・・・

それが僕の巴里・・・【モン・パリ】

 

読んでくれてどうもありがとう。

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