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暑い夏の日の夕方、もう診療所を閉めようとしていた時にM医院の電話がなった。外は厚い雲が出てきて夕立も予想される。M先生は近くの街に「夜の学術講演会」を聴きに行く仕度をしていたところだった。勿論、勉強の話だ・・・
事務嬢が受けた電話の相手は全く知らない人だった。それもそのはず、その人は『自分は通りすがりの者ですが・・』と言い添えて次のように話した・・・
『@@地区の堤防に80歳位の老婆が一人で座り込んで、ボーッとして汗をジックリかいています。心配で名前を聞いてもハッキリせず、身元を知るため手提げの中をみてみると、M医院の診療カードが出てきたので一応お電話してみました・・・』
その親切な女性は、具合が悪そうな老婆をどうしたものか、相当悩んでM医院に電話してみたようだった。M先生達は老婆の名前にはもちろん聴き覚えがあったが、最後の受診日からは既に5ヶ月程が経過していただろうか?
永らく独居老人だったのを、息子夫婦が一年ほど前に同居してくれたと喜んで引っ越されたと思う。感心して聴いた覚えがある。しかし、ここ数年は認知症の進行があって通院コンプライアンスが非常に悪く、継続的な診療は出来ていなかった。さしたるリスクを抱えた老女ではなかったが、ときおり入院を必要とする事態も見られた事があり、暑い夏の堤防に一人佇んで汗を沢山かいているとすれば熱中症の危険性はもちろん付きまとうだろう・・・
M先生達はどうしたものかと非常に悩んだ。数ヶ月も来院していないし、通りすがりの人からの電話である。しかも夕方で外出直前の電話である。電話の主も本音としては、M医院に後を全て任せてしまいたいようだった。それもそうだろう、関わった全くの他人が具合悪そうだったのだから・・・
だが、どうしたものか? M先生はその光景を想像することは難しくなかった。認知症の進んだ老人相手は一般の人には簡単ではないだろう。ましてや辺鄙な場所に訳も判らず佇む老婆は具合まで悪そうで口数も少なかったのだろう。
M先生は一旦電話を切って、家族がいるはずの自宅に何度電話しても誰も出ない。診療所といえども家族の携帯電話番号まではきちんと控えていない。無床診療所に家族と連絡付くまでケアしながら保護するべきか? 通院歴はあっても生活の責任まで診療所が負うべきか? 認知症があることは確かだし、体調もどうかわからないのでM先生も相当に気にはなったが・・・入院施設も無いのに家族に連絡が取れるまで預かれるのだろうか? 総合診療医とか在宅医というのは全てを面倒みるベキと想定されているのか? 独居老人は多くの問題を抱えている、医療の他にも・・・・
結局、スタッフとも相談して・・・・M先生は警察に「老婆の保護」を依頼した。保険証の情報や家族の情報をわかる範囲で提供して学術講演会に出かけたM先生。帰宅してみると再び警察からの電話・・・
『まだ家族とは連絡が取れないんです。本人の話では息子夫婦は**市に最近引っ越したとか言うんですが、相当ボケがあるみたいで・・・息子さんの引越し先の電話番号とか住所とかM医院ではわかんないんでしょ?』
あ~、ヤッパリ保護しなくて正解だったなあ・・とM先生は胸をなでおろしたが、『なぜ、一人であんなに遠い場所に出かけて座り込んでたんだろう?』との疑問が逆に湧いてきた。
まさか・・・・・?
それ以上の想像をする気にM先生はなれなかった。
読んでくれてどうもありがとう。
昨夜の【あみん】の記事を書いていて古い音楽の想い出が甦る・・・ちょっと忘れない内に書いておきたい。
Amingの【待つわ】というのは、ヤマハが主催した1982年の「ポップコン 嬬恋コンサート」のグランプリ曲だったと思う。ポップコン自体はその後しばらくして、役目を終えて今は続いてはいない。しかし、相当凄いメンバーが次々に育っていった価値あるコンテストだったと思う。
最初は合歓の郷で始まったのだが、僕が小学生の時に既に上条恒彦の【出発の歌】などの傑作を生み出していた。僕が【コッキーポップ】という深夜放送を勉強しながら聞き出したのは中学生になってからだが、その頃ラジオから流れてきていた「お兄さん・お姉さんの歌」は今も忘れない。思春期の先にある青春を一足先に覗く様な興奮と感動を毎週感じたものだ・・・
その中でも僕のお気に入りの代表曲は、・・・・
1973年(第5回)の高木麻早の【ひとりぼっちの部屋】、
同年(第6回)の小坂明子の【あなた】、
74年(第7回)の谷山浩子の【おはようございますの帽子屋さん】 、 そして・・・
1975年(第10回)に途轍もなく大きな存在として登場した 中島みゆきの【時代】・・・などだった。
その後も、長渕剛、世良正則、クリキン、あみん、八神純子など・・多くのスター達を輩出していったのであるが、75年の中島みゆきをもって、真の【POPCONの時代】の幕は降りたんじゃないか?と僕は感じたし今も感じている。
僕の神様【佐野元春】ですら、1978年(第15回)に【Do what you like】で優秀曲賞を受賞してデビューのきっかけとなったのだが、これも75年までのPOPCONが偉大だった影響にしか過ぎないと感じている。
80年を前にして、時代は少しづつPOPCONから離れてた場所で動き出したように感じる。若者も多様なジャンルの音楽を求めるようになった・・・
が・・・・・、
【POPCON と コッキーポップ】は、永遠に僕らの心に残るんじゃないかな?
読んでくれてどうもありがとう。
台風4号の来よるげなバイ。こら 困ったバイ。
日曜日の【ヨット】はどげんでん良かバッテン、山笠ん【追い山】は・・15日の早朝 【4:59開始】に昔から決まっとっと・・・ そりけん、そん頃に台風の直撃になるげっと どげんしたもんやろか? あたしゃ直接関係なかバッテン、悩まんとでけんとですたい・・・
今まででん、どうせ水ばひっかけられて濡るるし 梅雨の末期やけん大雨の中では何べんでんしたこつはあるバッテン、ここ50年は台風の直撃のごたこつは 一遍でん無かったけん、【追い山】ん中止になったこつは記憶に無かですたい。前ん日の14日に来たっちゃ やっぱ困るとたい・・・
博多ん街ん中のどこにでん 写真のごた フト~か【飾り山笠】の飾ってあろが~? あれの台風でうっ倒れんかどうか、もの凄~心配になってきたとバイ。風速40mにはどげん考えたっちゃもたんやろ~ち思うとですたい。もしフ~トか台風のまともに来たなら、どげんなるとやろかね? のかすとやろか? 崩すとやろか? そんままなら飛んでいくバイ・・・
ま、来たら 【しょんなか】 やろね? ばってん、【しょんなか】ち言うたら 「原爆」のごつ博多ん人におごらるるかもしれんね。風速50mの中ば【追い山】さっしゃったら ちっと見直しても良かかもしれんバッテン・・・ そんときゃ中止やろかね? このご時勢じゃ・・・
読んでくれらっしゃって嬉しかバイ。
NHKの【SONGS】という番組を先程見せていただいた。先月に「佐野元春さんのSONGS」出演があったので「気になる番組作り」をしているな・・と感じていた。
今回の出演は【あみん】、昼の「いいとも」にも出演したようだが見なかった。25年ぶりの再結成ということで色々プロモーションしているのかと思われるが、SONGSで初めて新しい【Aming】を観たことになる。感想は・・・・観ることができて大変嬉しく思った。

【あみん】がたった1年半の活動に終止符を打ったときには、僕は大学の勉強やクラブ活動、恋愛活動などで大変忙しくしていた。「待つわ」という大ヒット曲は勿論今でも歌えるのだが、左側の岡村孝子の右横のペアの名前は全く知らなかったし顔も覚えてないほどに気にした事もなかった。当時の【あみん】は「岡村孝子が全て・・」といったアンバランスな2人グループだったと思う。誰から見ても岡村孝子は可愛くて、ソングライティングの才能にも恵まれており、先頃亡くなったZARDにも相通じる雰囲気を持っていた。今まで息永く歌手活動を続けてきた事はその証明であろう。
しかし、今夜・・・僕の眼を魅了したのは「もう一人のあみん」である加藤晴子さんの方だった。解散直後から別々の道を歩んだそうだが、ずっと友人として互いを感じていたようだ。そして今年、25年ぶりに2人で歌う機会を楽しんでいるようだ。
まだ若い人たち(40歳以下かな?)には、25年の歳月が人をどのように変えて育てていくのかと言う事が「自分の事として」は実感が湧きにくいと思う。医師の場合には何となく患者さんの変化を感じもするが、それでも長い臨床経験が必要かもしれない。
僕は【あみん】の2人よりは少しだけ歳なのだが、最近 25年間の年月という時の流れを実に強く感じるようになってきた。このブログを書き続けているのも、若い時の生活が今の僕にどのように連なっているのか・・・と言う事を自分なりに探ってみたいと思っているからに他ならない。『自分の生き様を子供に見せることも子育てには欠かせない大事なことだ・・・』という加藤さんの番組中の言葉にも素直に頷ける。
【キャンディーズ】の「スー」ちゃんと「ランちゃん」の変化も興味深いが、ミキちゃんも見てみたいきがする。ま、今日は脱線はよそう。
【加藤晴子】さんは写真のように実に美しくなられていた。未だに可愛らしさをヤットの思いで保とうとしている少し老けた岡村孝子に比べ、爽やかに吹ききれた気品の様なものさえ感じた。普通の人生だったんだろうけど、どんな人生を25年間過ごしてきたんだろう・・・と興味を抱く。
多くの復活グループというのがTVに登場するが、どの人もオジサン顔だったりオバサン顔だったりで、現役に比べると残念ながら見劣ってしまう事がほとんどである。しかし、加藤さんのほうが岡村さんよりも輝いて見えてしまう。どっちがスターなのか間違ってしまいそうだ。由紀さおり姉妹やハイファイセット風になるのかどうか?加藤さんは今とっても輝いていて幸せそうだ。それに・・・岡村孝子にとっても強力な助っ人になりうるんじゃないか?って思う。なにしろ今までの岡村路線にも少し無理がきかかっていそうだし・・・
TVを観ていて、『僕もあんな風に歳を取れればいいな・・・』と思った。若い頃より随分と素敵だ、ドンドン素敵になっていくな・・って周囲の人から評価されるような人が理想だ。
しかし、なかなか人間というのは成長はしない。普通は・・・疲れた姿を晒し、だんだんとツマラナイ大人になっていってしまう。子供に「生き様」を見せようにも、恥ずかしくなる生き様など見せるわけにもいくまい。
なんとか輝く大人になっていきたい・・・そんな気にさせてくれた素敵な加藤さんの【SONGS】でした。岡村さんも加藤さんも 良かったですね。
読んでくれてどうもありがとう。