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2007.07.03 17:01 |  趣味  |  murajun  | 推薦数 : 1

BEAT CHILD ②

ちょうど今年の夏で20年になる。1987年8月22日の夜、日本の野外ロックフェスティバルの草分け的な存在が、九州で行われた伝説の【ビートチャイルド】 だった。

このコンサートに関しては意外に資料が少ない。完成されたビデオ映像もどうやらなさそうだ。出演者リストを見てもらうと判るように、20年前のほぼ「オールスター全員集合」にちかい豪華な顔ぶれだった。数名の方がブログ等に書かれているが、年齢や職業さらには住まいなどで色んな見方があって面白い。あの凄まじい一夜を共に明かした我々には共通した想い出とともに、夫々の切ない思いがあろう。僕も素直に、「僕の」想い出を書き残したい・・・・

 

僕は当時、大分の病院に勤めていて、音楽好きな看護婦さん達と四人で南阿蘇の野外イベント施設(アスペクタ)へ行った。阿蘇外輪山の北向き傾斜を利用した自然のままの施設で、雨にはメッポウ弱いハズ・・・主宰者も判ってたはずだが豪雨・雷雨までは想定してなかったのか?

「アスペクタ」に近づくと、全国各地から集まってくる観客の自動車やバスで道路が大混雑し、6時の開始時間を過ぎてもなかなか会場へは近づけない。遥か彼方、多分5km手前くらいから「絨毯みたいに見える群集」のいる会場から湿った暖かい風に乗って聞こえてくるビートのきいた音楽や黄色い歓声が僕らに響いてくる。しかし、大渋滞は全く解消せず、車は停止したままで会場にはなかなか近づけない。結局、僕らは開始後 2時間くらいしてやっと会場に到着したが、駐車場からもどれだけ歩いたか・・・とにかく場所が凄かった。着いた時には・・・サッサと帰りたかったほどだ。

 

夏の夕方、まだ明るい時から降り出した夕立はそのうち本降りとなり、いつの間にか嵐の様相を呈してきた。何度も何度も中断し、主宰者からの注意を呼びかけるメガホンで、音楽を楽しむどころではなかったが、スター達はその雨を楽しむかのような派手な演奏を繰り広げてくれていた。ハウンドドッグ・久保田敏伸・尾崎豊なんかは雨の中をニコニコ走り回っていたな・・・。ビデオの模様がなつかしくなる。

そのうち止むかなあ・・・と思っても、逆に雨は嵐のようにひどくなるばかり・・。このままじゃ大変だ、朝まで身体もコンサートも持つのかなあ?と思っても、お目当ての佐野さんは最後らしい・・・だから絶対に帰れない。

 

主宰者がステージ上から繰り返し叫ぶ・・・『医師や看護師のかた、救護室でお手伝いしてください・・・』 

渡りに船というわけではないが、雷雨を避けるように泥沼を滑りながら僕は救護室に向った。笑うかもしれないが、僕の医者になったときの夢は、【佐野元春のツアードクターになること】だった。楽屋裏では佐野さんには会わなかったけれど、生涯でたった一度だけ夢を実現した気分だったな。

 

楽屋横の救護室は想像以上に大変だった。毛布に包まってガタガタ震える人々で足の踏み場も無かった。ステージで見た尾崎豊もバスタオルで頭をゴシゴシやりながら寝てる人の間を歩き回る。非常に「ハイ」だったようだ。あの日、本当に死にそうだった皆には悪いけど「ラッキー」だった。

救護がひと段落して仲間が待つ場所に戻ると3人はヒドイ有り様。みんな看護婦だったし、ガタガタ震える3人を連れて救護室に戻り皆で再び手伝った。朝が近づくにつれて次第に雨も小降りになって新たな病人も減ってきた。多分、弱って参った人は早めにくたばったか帰途についただろうと思う。

係りの人が 『後はいいですよ、ありがとう。これ(お土産)どうぞ・・。良かったらココからどうぞ観て下さい、佐野さんが好きなんでしょ? ありがとう・・』と言って、僕らをステージ直下のスペースに案内してくれた。

 

外は既に明るくなり、雲も減り霧の中を日の光すら差し込もうとしていた。僕らはステージ直下から 5万人以上の観客がずぶ濡れで立ちすくむ観客席を眺める事になった。

グッタリして放心してうな垂れてた人々が急に明るく元気を取り戻している。ザワザワと、ステージ上に誰かが登場したようだ。僕らは観客の笑顔と歓声を真正面から受け止める事ができた。振り返らなくてもステージ上にいる人が誰だか僕にはハッキリと判っていた。このチューニングの音とリズム。聞き間違うはずは無い・・・ 最後のアーチストは、僕のお待ちかね・・・【佐野元春】だった。

 

僕は、ステージ上の佐野さんと、佐野さんを見つめるずぶ濡れの観客達を何度も何度も交互に眺めていた。豪雨の中を一晩中奮闘したスタッフの一人になったような気分だった。【特別の場所に特別の時間】 佐野さんの傍で大観衆に向って佐野さんと同じ歌を歌う感動・・・ 僕らの顔は雨と涙でグシャグシャだった。

【 あの光の向こうに 突き抜けたい 夜の向こうに 突き抜けたい 】

 

あの場に居た誰もが感じた事だが、佐野さんの登場と共に【嵐が去り夜明けがやってきた】不思議な爽やかな感じがしたものだ。アメリカ帰りの彼が歌う歌は、それはもう爽やかに僕らにストレートに入ってきた。会場に残った多くの若者達の心が一つになる瞬間・・・誰もが一生忘れないと思う。僕は、上の写真で彼が身につけていた革のダウンベストが心底欲しくてたまらなかった。

アレから20年、世界中の色んな場所で色んな体験をしてきたが、あの朝の感動を越えるものには未だ出会わない。

 

コンサートの終わり・・・会場を後にする若者達の表情は様々だった。グッタリしながらも一様に満足の表情が浮かんでいたようだ。

しかし、帰りの運転は居眠りで・・・正直危なかった。居眠り防止の為に、眼一杯の音量でカーステレオを鳴らしながら僕らは大分へと帰っていった。

 

『ある人のブログ記事を見つけた。2年ほど前の記事のようだが、よくかけているので無断で(失礼、ゴメン)拝借させて頂く。以下、コピペ・・』 

ブルーハーツの終わり頃からポツポツ降り出した雨は、夜が更けるとともに本格的になってきた。風も強まり、気温も急激に下がって、TシャツにGパンの僕らは寒くてがたがた震えだしていた。汗をふき取るはずだったタオルは、頭の上でびしょ濡れになり、ブーツの中に雨水が入って足元は重たくなり、Gパンは水を吸い込んで身体にぴったりと巻きつく・・・それでも何とか踏みとどまり、ボウイ、スライダース、そしてラストの元春のステージを待っていたのだ。

・・真夏なのに極寒、僕らの肉体は悲鳴を上げ始めていた。まず一人脱落。「もうアカン・・・、救護室行ってくる」、続いてもう一人「俺も・・・」。僕とYは、「せっかくここまで来たんだから、最後まで見てえよなあ・・・」と震えながら言っていたのだが、スライダースを待っていたところに、ハウンドドッグが出てきてギブアップ、ステージ裏の救護テントへと向かった。

救護テントも大混雑。具合の悪そうな人々が溢れていてまるで野戦病院状態。僕らは毛布をもらい、ストーブのそばで冷え切った身体を温めた。時刻は真夜中過ぎ、帰りたくても、駐車場まではバスで小一時間かかる。一度温まってしまうともう、土砂降りの客席には戻れない・・・。僕らは、その後ず~っと、ステージ裏で音だけを聴いていたのだった。その間、救急車は何度も往復を繰り返していた。僕らと同じように山と自然を甘く見た奴は結構たくさんいたらしい。

・・・夜明けとともに、一番の連絡バスが出るというので、バス乗り場へ向かった。死人の行列のような静かな行進、僕らは疲れ果てた身体で満員のバスに乗り込んだ。その時、ステージにはちょうどラストの佐野元春が登場していた。尾根を行くバスの窓から遥か遠く見えたステージの後ろに、真っ赤な朝日が現れて、それはそれは美しい風景だったのだが、皮肉なことに、これを見ることができたのは最後まで客席にいられなかった敗北者たちだったのだ・・・・

 

色んな思いがみんなの心に残っただろう。20年後の色んな声をあらためて聞いてみたい。あの夜一緒に居た人たち・・・コメントして欲しいな。

佐野さん、DVD作ってください。お願いします・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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コメント

コメント一覧

はじめまして、ブログ拝見させて頂きました。
先日TV番組で80年代名曲特集を見て、ふと「ビートチャイルド」を思い出し検索していたところ、こちらに辿り着きました。
あの夜から21年が経つのですね。当時 高3の17歳でした。
そうそうたるメンバーが集まる夏のオールナイトの野外コンサート。私達はお祭り気分でした。自然の怖さ、山の天気の怖さ・・・何も知らないまま参加しました。
『寒い・・・』 今まで経験した事がない寒さに襲われ、座ることも出来ずに、雨にうたれ続けて立ちっぱなしの現実に参加前のお祭り気分を全て打ち砕かれました。
大好きなアーティストが目の前で歌っていても、ただただジーッと「歌ってるんだな・・・」位の気持ちでしか見てられなかったです。現に何を歌ったのか殆ど記憶にありません。
山の斜面に作った客席は上から流れてくる雨水により私達のいた「Bブロック」は川のようになっていました。
確か尾崎豊さんの時だったと思います。体力の限界のため客席を出ました。

雨水を・・いえ、泥水を吸収しきったパンフレットはとても重くそれを持ち運ぶ事は体力、気力を消耗しっきた私達には無理でした。トイレに行きそこに置き去りにしてしまいました。ごめんなさい・・・。あの時意地でも持って帰るべきでした。泥だらけになったパンフレットこそ記念になる物はないのに・・・。

佐野さんの歌声をやっとベンチに座れた客席の外から聞いてました。空が明るくなり「やっと夜が明けた」と感じながら・・・。
「ビートチャイルド」は一生忘れられない、最高のまさに伝説のライブです!! そんなライブに参加できた事を誇りに思います。21年経った今、あの夜あの場所に居た方々の思いが知る事もとても素晴らしいです。

映像を譲って頂くのはまだ可能でしょうか? @@在住なのですが・・・。勿論「匿名」は絶対絶対守ります!

@@便乗コメント失礼します  by murajun@@
う~ん、少々近いですね。でも貴方の「ビートチャイルド」への熱い思いに対して無料でDVDを送りましょう。上記の人々の例の様に、送付先の基本情報を書き込んでください。そして、匿名はお守り下さい。
written by ちょび / 2008.05.02 17:44
ありがとうございます!!!
ビデオ化されていないため一生「ビートチャイルド」を映像で見ることはないと諦めていました。自分の中に残っているあの夜の出来事と雨ごしに見る素晴らしいアーティスト達の姿のかすかな記憶のままで終わるものと思ってました。
まるで夢みたいです。

@@便乗コメント失礼します  by murajun@@
多分映像を見て冒頭から感激されると思います。「豪雨」が主役の映像ですよ。あの日のマンマです・・・
連休明けに送れるでしょう。楽しみに待っていてください。着いたら連絡を・・・ 無料でOKです。近いので秘密厳守です。
written by ちょび / 2008.05.02 19:25
本当に有難うございます。お忙しい中お手間を取らせてしまい、時間をさいて頂き申し訳ございません。
今からワクワクしてます♪ 「あの日のマンマ」見れるなんて・・・あ~どうしよう・・・まだ夢のようです。
着いたら連絡させて頂きます。秘密厳守!約束します。
都合がいい時で構いませんのでよろしくお願いします。
written by ちょび / 2008.05.02 21:54
DVD今日届きました。こんなに早く届くとは思ってもなかったので驚きました。有難うございます!
早速拝見させて頂き、もうーー!!感動です。冒頭から涙が出ました。あの寒さが蘇ってくるようでした。改めてすごい所に居たのだなあ~と・・・。本当に「豪雨が主役」の映像ですね。宝物がひとつ増えました♪ なにかお礼でもと思うのですが無理ですので、貴方様への感謝の気持ちをこれからもずーっと忘れません。そして約束は守ります。本当に有難うございました。感謝です。

@@便乗コメント失礼します by murajun@@
凄かったでしょ? 泣いたでしょ? 演奏なんてドウでもいいですよね。近くなので自分で配達しようかなと思いました。知り合いや家族にも見せてあげてください。他の記事も読んでみてください。
written by ちょび / 2008.05.07 21:47

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