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m3の医師限定掲示板の今月の話題ランキングの断トツ一位は、『開業医の昼間の初診料再診料を減らして、夜間診療加算を少し増額したり、病院側にまわしたり・・』という事らしい。
ブログを始めてから掲示板に書き込むことは止めた。匿名性が高い場所での発言も本音が混じっていて参考にしているが、『開業医vs勤務医』の対立を煽る厚労省の役人根性と低脳マスコミのいい加減さには辟易している。日本医師会の脳天気さにも当然呆れているが、医局生活を知らない若い医師の考えにも危険性を感じてしまう事が増えた。
最近、厚労省の役人事情に通じている人の話を聞いた。情けなくなる暗澹たる将来像が浮かび上がりますね。知らなかったのは、「厚労省では医系技官の方が実務的な力を文官より持っていて、医療政策への影響力は大きい。しかし、進むレールが大多数の医師と異なるために敵対的行動も苦にはならず、ピントが相当ずれてしまっていて、現場の全体像が見えていないようだ・・・」という点だった。これ程のピントハズレな医療政策を繰り返すので「きっと文系の門外漢が頓珍漢な政策を繰り出す」のであろうと信じていたが、医系技官の仕業も少なくなさそうだ。正直、これには参った。
医系技官の姿や生態は海堂 尊さんの小説などにも登場し、不正請求で摘発されたSクリニックチェーンや最近のレインボー汚職技官の風貌から察するに、かなり屈折したものがあるのだろうか?暗黒の帝国に蠢くアンチヒーローやヒールが性に合っているのだろうか?なんとも嘆かわしい厚労省よ・・・
さて、問題の試案「昼間の価格を下げて、夜間を増やす」については多くの正当なる反論が掲示板ではなされている。一般諸氏に御覧に入れられないのが残念だが、不正に覗き見ておられるであろうマスコミ関係者と厚労省のお役人さんのオムツの中を覗いてみたいものだ。あ、オツムの方・・・
私は、夜間診療は少しだけしている。但し、深夜の新患はお断り。理由は、強盗や不審者と区別がつかないから・・・
開業医は事業主。多額の借金を抱え、多くの職員とその家族の面倒を見る責任がある。開業医はお金持ち・・といまだに信じている強盗や外国人窃盗団から身を守るリスク管理をしなければならないのは当然だ。
僕は職住別である。新患には携帯電話番号を教えていないが、他の患者さんから聞いた携帯番号にかけてくる新患さんもタマにいる。新患じゃなくても、1年以上診察してないと名前を聞いても普通思い出せない。一応、発信番号が判るように携帯電話にかかる様に工夫している。携帯番号ではなく、固定電話番号でかかってくれば一応人物特定が可能であろうが、携帯や非通知だと不審者を否定できない。
一番危険なパターンは、不審者や強盗が深夜に診療依頼を装って電話をし、開業医がたった一人で診療所に車で到着した際に、復讐のつもりで刃物で襲ったり、鍵を開けさせて一緒に診療所に押し入って金品や通帳や薬品類を強奪する場合でしょう。なにも深夜に限ったわけではないが、「よく知らない誰かに呼び出されて、たった一人で対応する」のは現代社会では非常に危険になりつつある・・のが社会の常識です。殆どの内科開業医は今も性善説で働いていて、時間外の診察依頼を笑顔で受けるのが普通であるが、もし本気で悪い人に狙われたら完璧に危険な状況に簡単に遭遇します。強盗殺人・・・には時間外診療依頼偽装は最適です。
ですから、僕はルールを決めています。
当院の受診歴のある患者さんには全員に転送用の電話番号は知らせる。医師一人だけの時は、時間外電話は着信記録の残る携帯電話で基本的に受ける。これで、時間外初診の人は激減する。非通知の人は受信しないか、出てみて名前を思い出す人だけ対応する。携帯からの場合は、出てみてヤハリ名前を思い出す人だけ対応する。名前を聞いて顔を思い出さない場合は、相当期間診療していない患者さんで「かかりつけ患者」では無い事が多い。つまり、時間外初診と大差が無く、不審者からの偽装呼び出しと区別は出来ない。
固定電話からの場合には、まず100%24時間365日、トイレの中でも風呂の中でも、Hなお取り込み中でも、映画館でも、高速道路でも一応電話に出てみる。例外は飛行機のなかだけ。そして名前を聞いて顔を思い出さなくても、僕が診察可能な状況にあって、対応出来ないほどの重症患者ではなくて、僕の機嫌が良ければ万難を排して診察している。でも、最近は「機嫌が悪い」ことが増加中である。ただ、深夜に診療所に出かける時は万が一を考えて、「電話をくれた患者さんの電話番号」をメモに残して、家族を起こさないように娘の寝顔を見ながら一人静かに出かけていく。
最近は、深夜に呼び出しといて現れないクソ患者も増えたが、電話番号さえ判っていれば、ノーショーの理由を聞くことが出来、朝まで待ちぼうけを喰らう心配もない。リスク管理に患者さんの固定電話番号をメモする事は大切な事だ。
そうやって、出来るだけ不審者排除と患者利益を両立させて現在は頑張っているつもりであるが、今回の夜間診療加算案を聞くと逆に気持ちが萎えてくる。金のために働くとみなされた場合には、時間外電話を受けること自体を止めるかもしれない。
アメリカに限らず、多くの外国では時間外に開業医が一人深夜に呼び出されて出かけるなんて、「どうぞ、殺すかレイプするか盗むかご自由にしてください・・」と同義である。
そんな社会にもうスグなるんじゃないか?というのが昨今のニュースを見ていると感じられて、冬の夜空が余計寒々と感じられる今日この頃である。
開業医の皆さん、命は一つ、職員や家族の生活を守るのは貴方です。リスク管理を充分にして、安全な時間外診療を行いましょう。
読んでくれてどうもありがとう。
今週は「タミフル騒動」もあり、久しぶりに非常に忙しかった。21日の休日当番の超多忙さが精神的にも更に重たい印象をもたらしたようだ。毎日、外来患者が80~90人来院されて収入も少し改善したが、インフルエンザ流行での患者増はスタッフや常連患者への感染が容易にみられるので正直なところ歓迎しない。
22日は夜7時から地元医師会講演会の座長をやることになっていたが、直前の6時半までインフル患者で忙しかった。演者である古い友人のM君とは、開業医になって会うのは多分2度目、当診療所のある街で会うのは初めてだ。M君は予定より早く6時35分に当院に到着したが、まだ僕の着替えは完全には終わってなかった。
読者諸氏も多分ご存知のM君は既に超有名な教授になっていて、その他にも色んな分野で大活躍をしている。現在の最大の力点がどの領域に置かれているか判らない位の八面六臂の活躍だけに、一介の田舎の開業医に成り果てた僕には、正直やや遠い存在に感じられるようになりだしていた。
数ヶ月前、ある製薬会社のMRがやって来た。医師会の講演会担当医に言われ、僕に座長をやるように頼みに来たのだ。こんな時は大概、循環器系の講演内容で、地域で数少ない専門医の僕を立ててくれる先輩開業医の親切心なので断りにくい。しかも、日にちが当初、夜間透析と重なる金曜日だったので、不在時の医療事故のことを考えると断りたかったのが本音である。しかし、演者がM君と聞いて・・・・・正直、「驚く」と同時に非常に「心配」にもなった。(幸い、後から木曜日に変更になった。)
医師会の担当医がM君に依頼した訳ではなく、後援企業がM君を医師会に推薦したらしく、誰もM君と僕との関係を知らずに座長を依頼しに来たようだ。
「驚いた」のは、M君がこんなド田舎の医師会に何故講演に来るのか?ということだった。我が弱小医師会には、100km以上離れた大学から演者が来る事は数年に一度位しかない。開業以来、「飛行機に乗ってやって来た教授」となると全く記憶に無い。だから、僕は近郊の都市の講演会に足繁く行かざるをえない。M君がかつて来てくれた僕の家は当院から少し離れた街にあるので、僕が当医師会にいる事も知らずに講演依頼を受けたようだ。
「心配」は沢山あった。まず、聴衆の数だった。いつもの内科講演会は10~15人の出席者で、20人だとカナリ多い方だった。タクシーで来れる近くの大学の先生だと「実情」を既に知っているので問題ないが、「飛行機に乗ってやってくる多忙な有名教授」に僅か10数人の聴衆というのは失礼な問題だろう。しかし、どう解決するか・・・
次に、講演会場も問題だった。他の街では講演会は「綺麗なホテルの大広間」と相場は決まっているが、当医師会では基本的に「医師会館の講堂」で行う。これが、建て替えを考慮中の古い建物で、タイル床にパイプ椅子の並ぶ殺風景な小講堂で、「東大・京大・阪大クラスの教授」に講演してもらうには恥ずかしくなる場所だったが、僕に話が来た時には場所も決定していて、予算の事もあろうから「ホテルに変えてくれ」とも言えない雰囲気だった。担当のMRはその会場を見たことが無く、僕の指摘を受けて「顔が引きつっていた」のを覚えている。
次に、講演内容も心配だった。過去の例から、降圧剤等のありふれた話を普通にしても、多分10人位しか集まらない事は判っていたので、座長が決まって僕からM君に講演内容の工夫を注文した。「内科医以外、医療関係者の多くに関心を持ってもらえる様なタイトルにしてくれ。ありきたりの降圧剤の話は全くしなくて結構・・」と強くお願いした。後日MRから、「ほんの少しだけは当社の薬の話も入れさせてください。」と泣きが入ったが、後援企業に配慮しつつも充分に私の希望を聞き入れてくれて、こんな田舎では滅多に聞けない話をハイテンションでやってくれた。
しかし人数の方は、待ちの姿勢ではやはり厳しかった。当院の看護師や薬局の薬剤師、職員の子供の医学生にも出てもらい、常連の10人と合わせて25人位は事前に見込めたが、何とか一人でも多くの参加を・・・と、恥ずかしながら「異例のお誘い」を葉書でしてみた。案内を受け取った皆さんは多分、僕が友人のM君を遠くから呼んだと勘違いされていると思うが、出席数が全然期待できない事は毎度の事で判っていたので、逆に「僕なら恥ずかしくてM君を呼べなかった」と思う。しかし幸いにも、内科医以外にも20名程は来て頂けたようで、全部で50人程となり、なんとか体裁も整い淋しく感じられずに、出席いただいた先生方には感謝している。
もう一つの「心配」は会食の事だった。近郊からの演者は講演後には直帰されることが多く、会食が行われる事は当医師会ではあまり無い。特に、「国立」の場合には最近非常に厳しく、会食をMRが設定する事すら抵触するらしい。お金を出す事も、会食に同席する事も「公務員」はダメらしい。
しかし、久しぶりに会うM君は飛行機に乗って僕が座長の講演会にやって来る。この田舎の街には二度と来ないかもしれない。そのまま帰すわけには絶対に行かない・・・・という事で僕が会食の席を設定する事にして、他科の医師会長や話好きの内科の先生方にも同席いただくことにした。場所も田舎の特等席、旧藩主別邸の徳川の血を引く女将さんに「部屋も料理も時間」も無理言ったが、郷土の珍味オンパレードを気に入ってくれただろうか? グルメのM君にはゲテモノ珍味は必ずしも美味しくはなかろうが、この日の事が記憶に残ればいい・・・と思っている。
M君とは留学の最後の年にアメリカで知り合い、ほぼ同時に帰国したから既に13~4年になる。当時、遺伝子治療を手がけていた日本人は留学生でも非常に少なく、「帰国したら一緒に頑張ろうね・・」と、云わば同志の心境だった。いまだにM君が僕を「友人」と思っていてくれるようで非常に嬉しく、講演に来てもらって大変良かった。これを機に友情が再び強くなるような気がしている。まさに『友あり 遠方より来る』の心境だ。
考えてみれば、留学中の研究仲間にこそ心から信頼関係を築くことが出来た人が僕には多いようだ。全国に散らばって活躍していて、僕のように田舎の開業医で燻っている人間は少ないが、M君のように常に刺激を与えてくれる存在は貴重だ。「あの頃、もう少し頑張っていれば・・」とか、「もう少し研究センスがあれば・・」とか、「留学前の基礎的準備や英語力が不足してたな・・」とか反省する事も少なくは無いけれど、論文としては実り少なき留学時代も、今の僕にとっては「宝の時代」だったと感じられる。これからも、そんな「友人」を大切にしていきたい。
読んでくれてどうもありがとう。