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北海道の当時31歳の小児科医が突然死され、やっと「過労死」が認定された。ご本人、ご遺族、関係者には大変お気の毒だが、医師も「労働者と平等に扱われた」という点では画期的なことである。
医師としての脂が乗ってきた31歳という前途洋々な年代に、使命感や責任感から過労を余儀なくされ、家族を残し突然死された事は、多くの医師にとって決して他人事ではない。過労死認定をしてくれ・・というより、過労死をしないでいいような労働条件を考えてくれ・・と、労働行政を司る厚労省には申し上げたい。
さて、自分が31歳の頃、どんな「医師としての勤務」をしていたのだろうかを振り返って考えてみた。ちょうど、循環器内科医として、救急も入院も外来も研究も全てにガムシャラに全力投球していた時期だ。「結婚や恋愛は医師修行には邪魔だ」と先延ばししていた時期だ。
卒業してず~っと凄い勤務時間をこなしてはいたが、その中でも31歳の頃は、特別にガムシャラな勤務をしていた。今回の過労死認定を受けた小児科医の勤務状況は、「月3回当直、月平均100時間超の時間外勤務、加えて頻回の夜間呼び出し(時間外込み?)」だったという。私が31歳時に勤務した@@総合病院循環器科での7ヶ月間は、仕事が趣味としかいえない無茶苦茶なもので、異常な時間数を病院内で過ごしたことになる。当時も他の医師や看護師に少々呆れられていたが、自分では最善の「修行環境」だった。
基本的に、月曜朝に出勤したら土曜夕方まで一歩も病院を出ず、下着と手術着と白衣以外には全く身に着けない生活。土日も月に1回は当直はあるので、二週間全く病院を出ない事もあった。風呂もクソも食事も欲求不満解消も全て基本的に院内。ただ、講演会や研究会、留学に備えた週2回の英会話教室とかは事情が許せば抜け出していた。ときおり、外食に連れ出してくれる先輩もいた。
普通の労働基準では月170時間くらいだろうが、先ほど「時間」を計算したら、院内滞在時間は月に550時間、時間外の院内滞在時間は月に380時間、正式な当直は月に5回、自主的当直は月に18回・・・といったところか。勿論、TV見たり風呂や食事の時間も含まれており、救急病院だが、全然寝れないわけではなかった。専門書を読む時間も、病棟の深夜勤務の看護師を冷かしに行く時間も含まれるが・・・、無茶苦茶でした。
「自主的当直」の際は、他の当直医の補助的業務をしたり他科当直医の補助的業務や見学研修をしていたので気持ちは楽だったが、遊びでは当然ない。「独り身の自由さ」と「留学したら臨床を離れるので今のうちに頑張ろう・・」という気持ちで@@病院での7ヶ月間を楽しく有意義に乗り切った。まさに、後期レジデント生活みたいだった。
しかし、過労死しそう・・とかは全然感じた事は無かった。今の時期に勉強や研修せずにどうするの?・・と、夜の街に繰り出す他の医師やガールフレンドを持つ医師を眺めていたのも嘘ではない。
馬鹿げた生活なのだが、結婚していない31歳の医師にとっては「当然の修行生活」だった。「坊さんの修行」や「落語家の修行」みたいなもんですかな?
読んでくれてどうもありがとう。
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はっきり言って、時間外労働 月100時間なら、むしろ少ない方ってイメージしかないんですが・・・ でも、「認定された時間外労働時間」が月100時間なんでしょうから。まだまだ働いているんだとは思いますが。
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