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2007.02.28 13:45 |  お金 / 株  |  新型インフルエンザ  |  murajun  | 推薦数 : 0

中国発パニック

本日は『中国発の世界同時株安』とかで、「ライブドア暴落」以来のパニック状態に市場はなっています。特に値上がりしていた株ほど下がりもキツイようですから、株の場合には理論も業績も無関係・・・というのが改めて証明されたような気がします。科学とは無縁の博打の世界でしょうか、株は?勿論、博打にも博打の理論が経験的に存在してるんでしょうが、科学的ではありませんね。

 

さ~てと、日本人に限らず世界の人はパニックをすぐ起こしますよね。命までは取られない?株価暴落でもこうですから、新型インフルエンザ流行時の日本のパニックは一体全体どうなるんでしょうか?

タミフルの副作用?らしき錯乱行動は、どう対応するんでしょうか?お得意の自己責任で逃げをうつんでしょうか?新型インフルエンザが出れば、厚労省ガイドランでは封じ込め目的で強制的に周囲の人まで全員飲ませるんでしょ?それで備蓄推進ですよね。自己選択性にすれば封じ込めは不可能ですよね。まさに、『ウイルスで死ぬか、薬で死ぬか』の究極の選択でしょうか?

2007.1.19の『史上最悪のウイルス』、『パニック必至だ、これじゃ』などにも書きましたが、株価暴落だけでなく、新型ウイルスも中国発世界同時恐怖パニックになるんじゃないかと感じますね。

中国発・・・中国発・・・  花粉だけじゃなく、もう「黄砂」まで飛んで来てますね。そいつに、ウイルスが付着してなきゃ良いんですが・・・ 心配ですね。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.27 17:41 |  診療  |  murajun  | 推薦数 : 0

ジェネリックには困らされる

2007.2.14に『患者の涙』、2.19に『ジェネリックへ変更可ですか?』という記事を当ブログに投稿した。先日、その患者さんのジェネリック薬の事で混乱する事態が生じたので覚書として残しておこうと思う。ただの一例報告だし、個人情報の絡みで少し脚色変更も加わっていますが、色々問題がありますね、ジェネリックさんには・・・

 

あの涙を流した脳梗塞の患者さんは、その後も非常に不安定な血圧の状況が続いた。前医処方のACE阻害剤を外したら頑固な血管拡張性の頭痛は軽減されたが、今度は夕方からの血圧上昇に伴う別の頭痛が生じた。既に、第一のアーチスト10mgを朝夕に2回に分けて5mgずつ当院で投与開始していて、頭痛もなく夕方も血圧体調ともにOKになったが、午前中に少しフラフラしだしたという。前医処方の住友のアムロジン5mgが原因だと信じていたのでしょうが、同一製剤の(この場合はジェネリックではないが)ファイザーのノルバスク5mgに何故か変更希望(ずっと以前に当院で処方してた)で、プラシーボ効果を期待して変更してあげたが流石に改善はしなかったので、半量の2.5mgへ減量した。そしたら、今度は夕方の血圧が上昇しだして、アーチストを一旦夕方10mgに増量した。これで、全てが解決したかに思えた。

次に外来に奥さんと来た時に、『今はとても体調が良いので今飲んでるように処方して欲しい』と患者さんがいきなりいうではないか。「流石に名医だなあ・・」と自画自賛しようとしたところ、話が全然かみ合わないことに気付いた。

どうやら、何も私が指示しないのに、患者が勝手にノルバスク2.5mgを中止して、「黄色い今度の」を朝飲んでいるという。そして、余っている「以前の黄色いの」を半分ずつ夕方飲んでいるという。今度のは割れないのでしょうがない・・という。基本のARBは、途中変更していないという。

非常に体調が良く、血圧コントロールとしては最高みたいではあるが、一体全体???・・・である。

今度の黄色は割れない・・?以前の黄色は割れる・・?何それ・・?なのである。

話がチンプンカンプン、勝手に服薬内容を自己調節してしまった患者の血圧管理能力が私より上手だった事に少々嫉妬しつつ、主治医の威厳を保てない危機に直面している恐怖と戦いながら、患者から薬品の形態情報をテストされている苛立ちが重なり合って、診察室の中は一触即発のパニック症候群寸前であった。

結局、薬局にも問い合わせて総合的に振り返ると・・・・

前医処方のエースコール2mgで気分不良があり、当院で中止指示して、代わりにアーチストを5mgを朝夕2回投与開始。前医のアムロジンが不安な患者の要望で変えた以前のノルバスク5mgを午前の低血圧で2.5mgに減量して夕方の血圧上昇傾向出現。それじゃあと、夕方のアーチストを血圧上昇時に追加して10mgにしたら?と言ったところ、薬局で加山雄三の大洋のジェネリック薬であるアテノート10mgが処方されたようだ・・・が、主治医の私はジェネリック処方の詳細は一々知らされない。門前薬局なら良く知らせてくれるが、薬局によっては沢井の別名ジェネリックを入れたりしているし、主治医は何という会社のジェネリックが投与されたかまでは把握しづらい。色や形や割線や名称は混乱のもとである。

患者が何故か自己判断で、ノルバスクを中止して夕方処方の(アーチストのジェネリックである)アテノート10mgを朝に飲んで、朝の本来のアーチスト5mgを夕方にまわした・・・という事が判明した。基本にはディオバン40mgが変更されずに入っている。

当院では、全ての処方箋を「ジェネリック変更可」にしていたし、薬局で最近変更していた時に知らないと話が混乱する。今回は、アーチスト10mgは割れるが、アテノート10mgは割れない事も知らなかった。少し前まではアーチストも割れなかったが、色は同じ黄色で大きさが少し違う。結局、色で推測しても割線の有無までは知らないものだ。ついでに、正式名はカルベジロールで1.25, 2.5, 10, 20mgの4種類が第一にはあるが、沢井のアーチワンと東和のアニストに全部揃っている訳ではない。適応病名が異なるケースも存在して、アーチストも慢性心不全に用いる際は、ジェネリックは使用できない決まりだろう(これも何時変更になるか判った物ではない)。一々全部の薬を知ってるはずありません、絶対に・・・。

結局は、日頃の患者指導が上手なのか、患者自身が高血圧のコントロールの天才だったのか、多少の混乱があったものの今では解決して皆ハッピーなのですが、薬局だけはいまだに混乱気味であす。つまり、同じカルベジロールなのに、割れる割れないの理由で、アテノートを朝に10mgとアーチストを夕方に5mg処方しています。

これだからジェネリックは普及しないんですよね。現場では混乱するんです。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.27 13:27 |  研究  |  murajun  | 推薦数 : 1

学会日程

私の様な田舎の開業医であっても、数種類の専門医資格を維持し、頭のレベルを維持リフレッシュ(可能ならレベルアップ)するためには、毎年の「学会」に参加する必要があります。以前の研究仲間に会って「落ちぶれた借金まみれの開業医姿」を晒すのは少々辛くもありますが、過去の自分の研究の「その後」を確認するのは子供の成長を見守る様で楽しくもあります。「その後」については、「こいつは教授になるだろうな・・」と目星をつけてた若手研究者が登って行ったり転落して行ったりする様を遠くから確認することも、波乱万丈の人生模様を見るようで感慨深いものがあります。

勿論、開業医にも硬軟・貧富・閑忙・急慢など色々いますから、研究主体の学会から縁遠い人も居るかもしれないが、最近の学会日程は「開業医無視」で少々怒っています。というのも、「平日のみの開催」が非常に増えているのです。開業医の殆どにとって土曜日も平日同様でありまして、日曜日が組み込まれていない開催日程では、まず休診しないと参加できないのです。適当な信頼できる留守番代診医さえ、学会中は絶対みつかりましぇ~んから・・・

今年の場合には、私に関係する内科が火水木、循環器が木金土、透析が金土日でした。さすがに透析は専門医の開業医比率が多いし、絶対休診不可能なので日曜日を組み込んでいるが、内科や循環器学会は・・・・開業医を舐めとるのか? この辺が、大学にいると「医師は世間知らず」と社会の人々から批判される理由だろう・・と学会関係者に対しチョコッと批判めいた事を怖々と言ってみる。

 

現在の医療情勢の問題点の一つは、『開業医と勤務医の対立』だろうと思います。対立といっても、政策的に医療経済的にワザと両者対立させられているのに、それを知ってか知らずか簡単に乗せられて、医師同士が互いを批判しあう不幸な状況が既に存在するようです。ただ、どちらかと言うと勤務医から開業医への一方通行の批判のようであり、開業医から勤務医への反論は、たとえあっても直接の批判ではあまりなさそうです。というのも、開業医は自分が永く勤務医を経験していますから、両方の視点から批判を受けても「当っているか当っていないか」がわかりますし、開業医といっても勤務医以上に幅広い勤務体系がありますから、いわれのない的外れな批判も少なくないようです。

私は、「学会」が勤務医と開業医を分けている理由の一つだと感じます。勤務医でも学会に参加・発表しない人が非常に多いし、今後研究志向から臨床志向に変わって行く過程にあるようですが、開業医でも学会に参加したがってる人は相当数居るんだということは勤務医の皆さんにも知っていて欲しいと思います。学会に出れる立場の勤務医から見ると、参加してない医師が非常に不勉強で甘いように感じられる事でしょう。しかし、「出たいけど出れないほど縛られている人」も実際には少なくないのです。

各学会の理事の皆様、開業医も出やすい日程にして頂きたいと思います。お金だけとって参加できないようじゃ・・・馬鹿馬鹿しいですよね。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.27 09:20 |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 1

不都合な真実

アル ゴアの映画、『不都合な真実』が今日 アカデミー賞を受賞しましたね。映画はまだ観に行けてませんが、今日たった一日で「本」の方を読了しました。ま、それだけ外来がヒマだったということであります。

さて、マグマ大使の研究者であらっしゃいますゴア様の激太り様は松坂様も真っ青・・・というかドッコイドッコイでありまして、これもまた「不都合な真実」でありましょう。もっと痩せないと、省エネ重視のデータの真実味が失せてしまいますので、ご注意下さい。食べ過ぎは世界の食料事情に悪影響をもたらす事を知らないといけません。自転車に乗ってやせましょうね。

映画も素晴らしいのでしょうが、本の方も良く出来ていました。非常に読みやすく、予想以上の出来栄えでしたし、バイオ燃料などに興味を持ち始めている子供達にも与えて読ませたい本だと思いました。

この本を読んで、もっとも感じるのは、ゴアも繰り返し繰り返し述べているのですが、地球温暖化の原因が『人口爆発』と最も大きな相関性を持つということです。人口爆発が最も大きな要素である事を、ゴアの記述を読むことで再認識しました。彼は、「先進国では人口問題は成功した」というのですが、アメリカでは人口は増加中ですし、日本も他の先進国も人口を増やそうと必死になっているようです。少子化問題にゆれる日本だけが成功して世界の環境問題に寄与している「環境先進国」なのですがね。

キリストの時代には2.5億だった世界の人口は、1776年には10億となり、1945年には23億、2000年には65億人に達しました。2050年に日本の人口が9000万人に減りそうでも、その時の地球の人口は91億人にも達する予想だ・・と「不都合な真実」には記載されています。この本の中に存在する最も激しい変動を見せる温暖化要因でしょう。それに比べれば、CO2の変動など他の要因の変化率は可愛いものです。

しかし、先進国は決して発展途上国に「人口爆発が温暖化の最大要因だから人口が増えないようにしろ・・出来れば減らせ・・」とは言えないんですよね。人口が減れば多くの問題が解決する・・とは決して口に出来ないんですよね。

戦争が少なくなり、医学の発展や権利意識向上が人口減少を無縁のものにしているのですね。いい事だと思うんですが、「地球の環境問題」にとっては少々考えさせられますね。

これが、最も大きくて深刻な地球の『不都合な真実』なんだと・・言うことは政治的には『不都合』なんですよね、きっと。

追記) 本の中で、ブッシュ・チェイニー政権の悪口が沢山かかれています。先日、安倍首相はチェイニー会談直前に『不都合な真実』を観に行っていたようですが、意図的な行動とすれば安倍首相の勇気を称えたいと思います。知らずに行ったとすれば、お目出度い鈍感な人かも知れませんね。いずれにせよ、チェイニーは『911』と『不都合』の2本の批判映画の主人公だから会わんで良かったのに・・・と感じます。ヒラリーとオバマに今のうちに会談申し込んだら・・・天才かも?

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.26 20:39 |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 2

A Thousand Winds

先ほど、NHKの国谷さんの番組で、『千の風にのって』の訳詩と作曲を担当された芥川賞作家の新井満さんが登場された番組を見た。

この歌が流行していたのは紅白前の宣伝から知ってはいたが、最近まで歌を通して聞いたことは一度もなかった。イケメンらしい声楽家の歌唱スタイルや声質が私のナイーブな肌に合わない・・というより、単なるオヤジの嫉妬心からだが、今日の番組を観て感動を新たにした。

「新曲」かと思っていたが、古い作詞者不詳の歌なんですね。知りませんでした。著作権切れでしょうから、原詩をのせます。これだけで充分に感動です。「911」を始め、色んな追悼の場面で朗読された有名な詩だそうですね。全然知りませんでしたが、その理由は何となくわかります。

先月のこと、娘と一緒に静かな山道をドライブ中に、私はこの歌を始めて通しで聴きました。ハッとグッとピッと来て、FMの音量を上げて耳を傾けるうちに自然と涙が溢れてきて、前が霞んで崖にぶつかってしまいそうでした。多感でおマセな娘に涙を気付かれたら恥ずかしい・・と思って横目で眺めたら、娘はスヤスヤと眠っていました。

正直なところ・・・私は、その娘に自分が空から歌っている気持ちになってしまいました。 ほんとにいい歌ですね。

オペラ歌手が艶やかに歌うより、普通の人が死ぬ前に録音してCD化して家族に残せたら・・ あるいは、死んだ人の声の音質から再現して、本人が歌っているように調整加工して家族に残せたら・・ 写真やビデオの映像と共に本人の声で流れてくる『千の風』があれば、私は安心して死んでもいい・・かも、と感じてしまいました(ちょっと極端ですね)。

新井さんの訳詩と曲も素晴らしいですが、原詩もシンプルで素敵です。

 

Do not stand at my grave and weep

I am not there, I do not sleep

I am in a thousand winds that blow

I am the softly falling snow

I am the gentle showers of rain

I am the fields of ripening grain

I am in the morning hush

I am in the graceful rush

Of beautiful birds in circling flight

I am the starshine of the night

I am in the flowers that bloom

I am in a quiet room

I am in the birds that sing

I am in the each lovely thing

Do not stand at my grave and cry

I am not there I do not die

     (1932年にメアリーが書いたオリジナルバージョン)

 今の正直な気持ちを ちょっと、書き残しておきたかっただけです・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

 

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2007.02.24 17:11 |  研究  |  murajun  | 推薦数 : 0

しゃっくり少女

NBCテレビに登場したしゃっくり少女の「動画」をヤフーサイトで見た。米南部フロリダ州セントピーターズバーグに住む15歳の少女が、4週間以上にわたりしゃっくりが止まらない「奇病」に苦しんでいる、とのこと。

1月23日に始まったしゃっくりは1分間に約50回と頻繁で、少女の元には全米からしゃっくりを止めるためのアドバイスや励ましの声が寄せられているらしいが、全く無効?で、とうとうNBCのスタジオ番組に本人が登場して、ヒクヒク言いながらキャスターのインタビューに答えていた。「しゃっくり少女」として全米に報道されたのは、高校生のジェニファー・ミーさん。血液検査やコンピューター断層撮影装置(CT)スキャンでもしゃっくりの原因は不明らしい。ミーさんはあらゆる民間療法を試したものの、ハイペースのしゃっくりは止まらないという。その、民間療法のいくつかを試している映像が流れていた。

「奇病」とのことだが、TV映像は「奇異な感じ」だった。私達が普通に体験する「しゃっくり」とは一味違う。ちょっと太めでアメリカンな雰囲気の漂う彼女はしゃっくり中?も言葉数が多く、インタビューには(しゃっくりで特別妨げられるわけでもなく)すらすら数十秒間も連続して答えていた。それは、首相や助産師大臣の答弁より遥かに澱みないものだった。発言後にはしゃっくりの程度がハッキリ増していたが、本当に止まらないのだろうか?

私のところにも当然しゃっくり患者は来る。一応、100%止めて帰す。方法は秘密だが、WEB上のサイトで類似した方法を書いてあった。私は娘に習った。娘は中国人に習ったそうだ。それで止まらなければ医学的停止方を試みるつもりだが、中国方で今のところ間に合っている。

私自身がしゃっくり持ちであり、数年に一度、ヒドイしゃっくりが起こる。一旦納まると、当分出ないので器質的疾患とか考えていない。20年以上も前の大学生の頃からで、試験勉強の徹夜が続いたり、失恋したり、教授に怒られたり、研究が上手く行かなかったり、借金に苦しんだり、早くイキ過ぎると批判されたり、浮気を隠したりする(最後の二つは、・・・冗談です)と突然懐かしく「しゃっくり」が出てきて、3~4日連続で起こり易くなる。寝てる時は止まるが、起きて3歩ほど歩くと再出現する。診察中は出るが、止めようと試みると100%一旦は止まる。でも、また花粉症の鼻水のように出だしてしまう。

しかし、数日も続くと苦しいので喋れなくなり、食べれなくなり、痩せてくる。これが大切なポイントで、痩せるためにワザと停止させないこともある。さすがに、しゃっくりの最中にしゃっくりの患者が来ると格好悪いので、一応停止させてから診察する。だから、アメリカ少女は、『痩せてなく、喋りすぎで、悲壮感がなく』、重篤感が見られない。止めない方が都合がいいのではないか?ワザととは言い切れないが、あの体型なら「あるある納豆」に見える。

ただ、あまり知る人は少ないが、しゃっくりも心室性期外収縮と同じで、単発性だと頻発しててもOKだが、連発しだすと非常に怖い!!のも確かだ。「連発」とは、間髪を開けない連続で、VTとかPSVTとかを連想して欲しい。途中で、呼吸は不可能なケースだ。

相当なストレス時には、2~3日「連続」すると『連発』が生じだす。まずは2連発や3連発。ちょっと普通はないが、出たら普通の人は青ざめる。死の恐怖が襲うのは、5~6連発以上の時だ。心室頻拍と同様で、呼吸機能が一時マヒする。さすがに10連発ともなると専門家が居ないかと探し出すが、しゃっくり研究家は大学病院にもあまり居ない。

しゃっくりの重篤度は、1)持続期間、2)会話と食事可能性、3)悲壮感と痩せ、4)連発回数、5)起床後の出現歩数、6)再出現までの時間 などで規定されている。(私が勝手に体験で決めただけですので誤解なきよう・・)

この少女の場合、1)以外の条件が不明であるが、2)3)4)は軽度と判断されるため、単なるTV出たがりのモニカ・ルインスキータイプの夢見る少女かと想う。5)6)は止まらないと計測できないが・・・。

以上、参考になっただろうか?この少女も私の診察室にきたら止めてあげるのに・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.23 18:32 |  仕事 / 職場  |  murajun  | 推薦数 : 0

31歳医師の過労死に想う

北海道の当時31歳の小児科医が突然死され、やっと「過労死」が認定された。ご本人、ご遺族、関係者には大変お気の毒だが、医師も「労働者と平等に扱われた」という点では画期的なことである。

医師としての脂が乗ってきた31歳という前途洋々な年代に、使命感や責任感から過労を余儀なくされ、家族を残し突然死された事は、多くの医師にとって決して他人事ではない。過労死認定をしてくれ・・というより、過労死をしないでいいような労働条件を考えてくれ・・と、労働行政を司る厚労省には申し上げたい。

さて、自分が31歳の頃、どんな「医師としての勤務」をしていたのだろうかを振り返って考えてみた。ちょうど、循環器内科医として、救急も入院も外来も研究も全てにガムシャラに全力投球していた時期だ。「結婚や恋愛は医師修行には邪魔だ」と先延ばししていた時期だ。

卒業してず~っと凄い勤務時間をこなしてはいたが、その中でも31歳の頃は、特別にガムシャラな勤務をしていた。今回の過労死認定を受けた小児科医の勤務状況は、「月3回当直、月平均100時間超の時間外勤務、加えて頻回の夜間呼び出し(時間外込み?)」だったという。私が31歳時に勤務した@@総合病院循環器科での7ヶ月間は、仕事が趣味としかいえない無茶苦茶なもので、異常な時間数を病院内で過ごしたことになる。当時も他の医師や看護師に少々呆れられていたが、自分では最善の「修行環境」だった。

基本的に、月曜朝に出勤したら土曜夕方まで一歩も病院を出ず、下着と手術着と白衣以外には全く身に着けない生活。土日も月に1回は当直はあるので、二週間全く病院を出ない事もあった。風呂もクソも食事も欲求不満解消も全て基本的に院内。ただ、講演会や研究会、留学に備えた週2回の英会話教室とかは事情が許せば抜け出していた。ときおり、外食に連れ出してくれる先輩もいた。

普通の労働基準では月170時間くらいだろうが、先ほど「時間」を計算したら、院内滞在時間は月に550時間、時間外の院内滞在時間は月に380時間、正式な当直は月に5回、自主的当直は月に18回・・・といったところか。勿論、TV見たり風呂や食事の時間も含まれており、救急病院だが、全然寝れないわけではなかった。専門書を読む時間も、病棟の深夜勤務の看護師を冷かしに行く時間も含まれるが・・・、無茶苦茶でした。

「自主的当直」の際は、他の当直医の補助的業務をしたり他科当直医の補助的業務や見学研修をしていたので気持ちは楽だったが、遊びでは当然ない。「独り身の自由さ」と「留学したら臨床を離れるので今のうちに頑張ろう・・」という気持ちで@@病院での7ヶ月間を楽しく有意義に乗り切った。まさに、後期レジデント生活みたいだった。

しかし、過労死しそう・・とかは全然感じた事は無かった。今の時期に勉強や研修せずにどうするの?・・と、夜の街に繰り出す他の医師やガールフレンドを持つ医師を眺めていたのも嘘ではない。

馬鹿げた生活なのだが、結婚していない31歳の医師にとっては「当然の修行生活」だった。「坊さんの修行」や「落語家の修行」みたいなもんですかな?

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.22 17:24 |  生活 / くらし  |  murajun  | 推薦数 : 1

親の介護・・・出来ますか?

昨日、千葉県の無届け有料老人ホームでの入所者への虐待事件が報道された。25人の入所者を職員四人で担当しているそうだ。「同時に四人」かと思ったら、「一日で四人」との事で凄過ぎる・・と思った。そこは少なくとも「介護施設」ではありえない。恐らく「預かり施設」なのだろう。「通所介護:デイサービス」では、25人の利用者には確か同時に8人程の最低人員基準がある。それでも職員達は眼が回るほど忙しがっている。

その後のマスコミ調査では、少なくとも625件の類似した無届け施設が存在するのだという。都道府県によって把握が充分出来ていないところもあり、実態は無認可保育所に近いのであろう。預ける側が親である保育所のほうが、遥かに緊張感のある運営をしているに違いない。それらの無届け施設の中には、不衛生なドッグパークやペットホテルと同じ匂いがする施設すらあるかもしれない。

そのTV報道を見ながら、久しぶりに両親と『親の介護問題』の話をした。毎日多くの要介護老人と接触して、それぞれの家庭事情などにも詳しい両親であるから、私よりよけい身近に感じたに違いない。

あまりにもシリアスな話になりかかったので、私は避けるようにもっぱら聞き役になったが、周りを見渡しても幸せな老後や終末期を過ごしている老人は少なそうに感じる。実際、患者さんのなかには独居老人が年々非常に増えている。当院の場合には、ほとんどが一人で通院出来る程度の患者さんなので何とか独りで暮らしていけるのだが、発熱や血圧上昇時などで毎晩・毎週末に不安が増大していて気の毒に感じられる。

幸いにして私の両親は元気に、「デイサービス」で自分達より若い老人達のお世話をしているが、「果してあと何年ほど今の様な暮らしが出来るのか不安に思っている」と初めて私に口にした。夫婦二人だけの時には色々話しているに違いない。父は既に80歳、「これからは、一年一年が無駄に出来ない貴重な日々だな・・」と苦笑いをしていたが、やはり眼は悲しそうであった。母は父に、「お金を子供に沢山あげても、最後まで優しく世話してくれるとは限らないわよ。自分達が子供に捨てられそうになっても、お金をある程度持っていないといけないわよ。少なくとも3000万円くらいないと安心できないわね。子供に先に全部あげちゃダメよ・・・」と諭していた。

つまり、私や妹に「将来を託してお金を渡しても介護してくれるとは期待していない・・」ようだ。確かに、私達夫婦には親の直接の介護は実際のところ無理かと思うが、そろそろ親の介護を考えなければならない時期だと感じている。私が自宅横に「デイサービス」を開設したのは将来の親の介護を見据えてのものであったが、泊まれる入所施設があるわけでない。しかし、入所施設に親を入れなくても何とか住みなれた自宅で最後まで暮らさせてあげたいと切に願っている。

かつては『姥捨て山』の概念が全国に多くあったようだ。何時の時代にも「親の介護」は難しい問題だが、いつかは直面する大切な問題であり、年老いた親を持つものは誰も避け続けることは出来ない。

 

両親とのこの様な会話は、まだまだ私には恥ずかしい。介護の問題、死別の問題、お墓の問題・・・変わり行く時代の日本の社会。昔の伝統を踏襲するだけでは難しい問題だし、各自が夫々の想いを胸にその時を迎えていくのであろう・・・

あした、父は娘夫婦の引越しの手伝いに独りで飛行機に乗って遠方に出かけていく。蓄えた中から少なからず、家の購入資金を援助してあげたに違いない。老後の世話を期待しているわけではないだろうし、当地を離れる気持ちも全然無いだろうとは思うが、ひょっとして『私が壊れた時の保険』をかけているのかもしれない・・・

私としては、元気なうちに出来るだけ親孝行をしておきたいと思う。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.21 01:30 |  その他(医療関連)  |  murajun  | 推薦数 : 2

あれで良かったのか?

『家族へのムンテラ』、最近の個人情報の問題で中々難しくなっていますね。今日は、チョッと??という事があり、「あれで良かったのか?」と今になって心配しています。

患者さんは70代前半の男性、3年近く外来で慢性C型肝炎と肝硬変を管理、定期的にエコーをやっています。これが国保でよく最近は削られてしまって、「エコー検査頻度」が訴訟との関係から悩みの種です。しかし、幸か不幸か径15mmのSOL発見し、肝癌疑いで直ぐに基幹病院に紹介しましたが、診断が中々難しかったのか、結局紹介後2ヶ月目に生検でやっと肝細胞癌の確診を得ています。しかし、ラジオ波治療を奨めても「今すぐは入院できない」との患者側の理由で退院して自宅にいたようです。診断後、私はまだお会いしていませんでした。

その患者さんが、転倒打撲内出血して別の初めて行く救急外科病院に搬入されました。病歴や肝癌の存在を知らない救急病院では、血小板減少と内出血とを過度に心配したようで、症状は皆無なのに なかなか退院許可が出ないようです。

それを聞いた遠方在住の娘二人が「話を聞きたい」と午前中の多忙な時刻に(今しか時間が取れないからと)来院されました。どうやら全く初めて肝硬変と肝臓癌の事を父親ではなく母親から聞いて心配になったようです。当然ながら、基幹病院の担当医に連絡したのですが、既に退院していたためか、当院からまず聞きなさい・・と言われたそうです。でも、自分で説明してくれた方が詳しいでしょうし、なぜ、当院に聞きにいけ・・と言ったのでしょうか?

私には特にヤマシイ事もなく、基幹病院側にも問題点は無かったと判断していましたので、包み隠さず全部お話いたしました。しかし、患者である父親と母親は、娘達には慢性肝炎・肝硬変・肝臓癌の事はほとんど話していなかったようです。というより、母親にも詳しくは話をしてなかったようです。それで、自分勝手に「ラジオ波治療をせずに退院」して家族には隠して?家でブラブラしていて転倒の後に初めての病院に入院になったようです。

現在入院中の救急病院と、先に入院した期間病院間の連絡が上手く取れておらず、どの医師をセンターに持ってくるかなど「難しい状況」になっていて、娘達が混乱しているようでした。最初は当方の「癌発見の遅さ」を疑うかのような雰囲気もありましたが、最終的には当方の「発見の早さ」を驚いていたようです。その時点で当方に対する疑念は晴れて、全面的に当方に今後の方針の指導を求めてきました。

しかし、??なんです。

なぜ、患者は、妻にも娘達にも本当の病名や病状を伝えていないのか?なぜ、入院して肝臓癌の治療に専念しないのか?なぜ、娘達は両親に黙って基幹病院や入院中の救急病院ではなく私の診療所に話を聞きに来たのか?なぜ、基幹病院は、紹介から診断までに2ヶ月以上かかっているのか?なぜ、現在入院中の病院は肝臓癌を指摘できず?に、血小板輸血を繰り返そうとしているのか?

まさかとは思いますが・・・

娘達は本当に娘達か? 娘と父親の間には利害関係は存在しないのか? 患者は、将来的にも「自分が肝臓癌であること」を家族達にも隠そうとしているのではないか? そうとすれば、理由は何なのか?経済的理由なのか?

そして、一番の??は・・・

そんな疑心暗鬼の娘達に、私が洗いざらい父親の事を(父親の許可無く)説明しても良かったのか? という事です。今になって悩んでます。『僕が話をしたと聞いてお父さんに怒られちゃいますよね・・僕に詳しく聞いたとは言わないでくださいよ』と念を押して帰って貰いました。

今では銀行や郵便局での送金などの際に、免許証や保険証を提示を求められる時代です。医療だけどうして身分確認をしないんでしょうね。個人的には確認の必要性は無さそうとおもいますがね・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.02.20 14:45 |  医療制度 / 行政  |  murajun  | 推薦数 : 0

生活保護と更生医療と透析室

「障害者自立支援法案」の成立を受けて、「生活保護を受けながら透析治療を受ける」場合に、更生医療制度への組み込みが行われる事になった。そのための書類が沢山あって、もともと生活保護の患者では書類が多かっただけに、追加でウンザリするほど多くなった。タダでさえ忙しいのに、変な雑用を増やさないで欲しい。事務屋のお役人さんじゃないんだから・・・

2006.11.25に『無駄な申請書類』というタイトルでブログに記事を書いた。更生医療の施設基準を得るための書類を「法律が変わったためだけに書き換える手間が非常に無駄だ」と書いたものだ。その怒りは収まっていないのだが、またまた「馬鹿タレ施策変更」が行われて、なんじゃこりゃ?の気持ちである。

これまで、透析施設では更生医療の施設認定を受けてないところも多かった。特に、外来透析だけだと何のメリットも無かったようなものだ。腕に自信があれば無くてOKだったのである。どちらかと言うと、医療費を出す方の自治体側に少しメリットがあったので、メンドクサイけど郷土の自治体のために「更生医療」を申請しよう・・という感じだった。

ただ、施設認定を受ける事にはそれなりの意義もあった。まず、透析経験の少ない医師しか常勤でいないとか、透析関係の研修や研究や発表をしていないと申請書類が書きにくかった。博士号もあったが良いし、経験のある専属医がいないのに透析室を看護スタッフのみで(儲けのために)開設しようと言う不届きな病院を排除する効果があった。勿論、病院によっては、認可申請時のみ専門医を一時的に配置し、認定後には無医村化するところもあったかに聞いている。

それなりに役割を果たしていた「更生医療施設認定制度」であるが、「生活保護患者は今後更生医療指定施設でないと透析が出来ない」と変更されたため、今までの施設で透析継続出来なくなる透析患者が続出する事になった。

問題はその対処法で、施設救済のために現在透析を行っている施設の場合、「更生医療の認定基準を大幅に簡略化」して、一定の要件を満たさない医師でもOKになったことである。つまり、施設基準のハードルを事実上無くしてしまった訳です。

これでは、経済優先で専門医不在のままスタッフ任せで透析室を運営する病院を認めた事になります。

折角あった良い自浄作用制度を、法律変更に伴い無くしてしまうのはどうか?・・・・と思うのであります。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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