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今季のインフルエンザは結局、当院では今のところゼロだ。一月末の時点での発生ゼロは、ここ10年間で初めてではなかろうか?これも地球温暖化・暖冬のせいとすれば、人々の健康や医療費対策には暖冬は良いことなのか?・・と、ひねくれてチョッと言ってみる。ただ、隣の市から通う看護師の子供のクラスメイトに遂にインフルエンザが出たそうだから、2月早々には当院にもボチボチお出でなさるであろう。本音では絶対ご遠慮したいが、今月の売上はガタガタと激しい音をたてているので・・・少しだけなら、ウエルカムデス~(境正章の口調で)。
ところで、2002年もまたインフルエンザの流行にとって特異なる年であった。忘れもしない、当番医をしていた2002年11月23日(祝日)、翌日は日曜日で連休だった。まだ時効ではないでしょうし、もしも特定されて関係者に迷惑がかかるのは困るのですが、新型インフルエンザ等の流行時の参考になればと想い、忘れないうちに書き残しておきたいと思う。参考になれば・・というのは、予期せぬ感染症の「グラウンドゼロ」にあなたが該当してしまった時の話である。
一応、内容的には相当程度の事実を含み、(迷惑を被る人がいるといけないので)相当程度の変更を加えているので、話半分に聞き流して、事実関係を深くは追求しないで欲しい。とりあえず、フィクションということにしておこう。
2002年秋には中国やアジア各国で鳥インフルエンザが小規模流行し、早くから強い寒気が日本列島に迫ってきて、11月中旬には既に西日本でも初雪が降る年であった。朝鮮半島でも鳥インフルエンザ流行の話の他に、人のインフルエンザも寒気の影響からか早くから流行していた模様であるが、他国での流行を伝える日本のマスコミは殆どなかった。また、イラク戦争前の緊迫した時期でもあり、炭素菌を始めとした生物兵器の使用の噂もチラホラと・・全くなかった時期ではない。
あとで検証されたところによると、韓国でのインフルエンザの流行が11月中旬以降に小規模ながら見られ、中国では11月にSARSの第一号患者が発生していた模様である。ハクシビンが最初の感染源だったが、最近では関東で相次いでハクシビンが目撃されているとの情報もある。この様な他国の感染症流行情報は、一般の開業医にとってはなかなか知りえないことである。私は当時から医師会のHPの感染症流行情報グラフの存在を知っていたので、時折勉強のつもりで眺めていたが、当然ながら全国のどこにも前日まではインフルエンザ流行の報告はまだなかった。しかし一週間遅れの集計情報しかアップされていないようだ。本当に、この日のように祝祭日に当日の流行情報を知ろうとしても無理だった。
その11月は、私は専門医試験や医療法人化や医師会旅行の幹事役などで非常に忙しく働いていた。11月の気候の良い時期の当番医は楽勝なので、日頃やれない残務処理をして次の日の日曜日に体力を温存しておこうとクリニックにおっとりと出向いた。
天気もいいのに、朝から次々に親に抱きかかえられて小学生達がやって来る。みんな同じ位の年齢で、高熱を出しグッタリして、あたかもインフルエンザの様相だ。しかし医者になって以来、はやくても当地での流行は12月中旬だと思っており、当院でのインフルエンザ予防接種も11月中旬にやっと開始したばかりであった。私も職員も、まだ予防接種は受けていなかった。前年から手に入るようになった特効薬タミフルも、まだ調剤薬局自体が今季は仕入れていなかったし、たかだか10名分程の在庫を抱えていただけだった。迅速判定キットもその年に普及しだしたばかりで、卸さんが2個だけ試供品を置いていったのを持ってはいたが、それらしき患者も来ないので、その日まで一度も使った経験がなかった。
患者はみんな小学生で、4、5年生が殆どだったが、兄弟発症の場合には例外もあった。町内にある5つの学校にまたがり、塾で一緒になることはあっても、各校が直接交流があった訳ではなさそうだった。隣接の市町からの患者はいない。
「先生、試供品使ってみますか?」との看護師の言葉に促され、キット出ないよ・・とオヤジギャグを飛ばしながら、説明書を見ながらやってみると・・・15分待ちどころか3分程で・・・青い陽性反応が出た。「先生、なんか早々にスジが出たんですが、これA型が陽性なんじゃ?」と一発目で衝撃を受けた。「まさか、インフルエンザがもう発生したの?じゃあ、もう一人の子はどう?」と聞く矢先から「もう一人も、出てるみたいですよ。でもこっちはAだけじゃなく、Bのほうもウッスラ・・」とのお答えにしばし呆然。ビギナーズラックという御目出度い話ではなく、なんたる現実。
キットは二人分しか試供品を貰っていない。もっとガメツク貰っとくべきだったが、日頃の薬品代の支払い遅延が祟ったのか既に使い果たしてしまったが、次々に小学生が高熱をだしてやって来る。最初の2人にはタミフル5日分ね・・といって気前良く処方したが、直ちに在庫の底が見えてきた。キットで調べもしないのにキットそうだと、3人目からは4日分ね、5人目からは3日分ね、7人目からは2日分ね、9人目からは1日分ね、11人目からはゴメンネ・・・年寄りのパーキンソン病の薬をアゲルネ、となってしまった。薬品卸の会社に電話しても誰もデンワ・・とオヤジギャグにも疲れた頃、ハテサテなぜ?と考えた。その前に、計算が合わないのは、僕と看護師と受付と薬局の皆が院長命令で2カプセルずつ拝借服用したからだったが、押しかける患者を目の前にしても、それ位なら許されるだろう。
問診では患者相互の接触は兄弟発症以外なかった。夫々の学校には昨日から数名ずつ発熱患者がいるという。ある母親の話では、近所の小児科で昨日インフルエンザを疑われた同級生がいたという。
私は直ぐにインターネットで全国での今季のインフルエンザ流行状況を調べたが、2箇所ほどで散発ウイルス分離があっただけで、流行注意報は一箇所もなかった。しかし、間違いなく、当地では多数のA型インフルエンザ患者が出ている。でも、どうして?明日は日曜日、どこも判定キットやタミフル在庫はあまり無いはずだ。兎に角、情報収集だ・・と保健所に電話をして確かめようとしたが、やはりデンワ・・ではなくて、今度は出た。さすが、保健所・・と感心したが、県庁の担当電話番号が自動的に流れただけだった。「お急ぎの電話は、県庁***番にお電話下さい。」
で、私は県庁に電話したが、留守番役は「今日明日は休みですから・・・一応、@@保健所長に連絡は入れてみます。そちらの番号を・・」との事だった。保健所は怖い・・というのが私の先入観だが、今度の件は一応問い合わせとかないといかんだろう・・と直感が働いた。
その上で、診察したお母さん方に再度電話連絡をして、感染経路を出来るだけ聞きだそうとした。そうしたら、ある事実というか可能性が浮かび上がった。考えれば考えるほど・・・間違いない(売れなくなったピン芸人口調で)ということで、なおの事被害が拡大する前に保健所に伝えなければ・・と思っていたところに、電話が入った。夕方6時近く、@@保健所長さんが自宅から電話をかけてきた。ここから時ならぬ大流行、久々の大騒動が始まった。
(ちょっと長くなったので、続きは後で・・)
読んでくれてどうもありがとう。
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