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2007.01.17 19:57 |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 1

光文社ペーパーバックス

最近では新書版の本が多くの出版社から出されるようになっているが、タイトルの割りに内容のある本は非常に少ないと思う。岩波新書や中公新書などしか無かった時代には、新書版であっても名著が多くあって、版を重ねる価値のある書名は皆さんも幾つも思い浮かぶ事だろう。

しかし、最近の新書は週刊誌ほどの迫力もないし、雑誌程の情報量もないし、ハードカバー本ほどの熱意も感じないし、素人ブログ程の速さもないし、ただ「私も書籍の著者になってみました・・」っていう程度の内容を、タイトル屋がカモフラージュしている気がする・・・と言えば言いすぎだろうか?

 

そんな中で、私が最近よく手にして読むのは、『光文社ペーパーバック』シリーズだ多文化主義 : 事実は一つでも、その見方は文化の数だけある」と謳う最先端のノンフィクションシリーズという広告文。あながち外れてはいないようだ。

平均250~300ページ、1,000円で再生紙に横書き。最大の特徴は、主要な単語には名詞・動詞を問わず英語の同義語が併記されていること。ニュアンスが日本語単独に比べより伝わりやすく、英語の勉強にもかなりなると感じる。2ヶ月前くらいの内容は書かれているので新書より速く、情報量は倍以上、主観的な内容を何とか納得させるには、この程度の文章量は必要だろう。

それにしても、タイトルが面白い。内容は・・充分にある。多少、右左に傾いた感の本もあるが、概して右左を自覚していない憂国派の知識人の手になるものが多い。若干は現政権に批判的な反骨精神の表現みたいな割合が多い気はする。

100%信じてはいけないが、無視できないレベルの内容を著者が必死に訴えかける内容で、多くは心地好く響く。「ダメだな~こりゃ」と感じるものも少ない。

この1年間で読んだ本のタイトルを並べてみると・・・

泥棒国家の完成   患者見殺し 医療改革のペテン   起業バカ   小泉純一郎と日本の病理   高学歴ノーリターン   日米永久同盟   亡国マンション   老人駆除   さらば小泉 グッバイゾンビーズ   財務省支配の復活   主権在米経済   サラリーマン 絶望の未来

この他にも面白そうなタイトルが並ぶが読む暇が少ない・・・

低度情報化社会   買収現場から見たファンドビジネス   中国が月着陸に成功すると何が起こるか   タイゾー化する子供達   家族に伝える牛肉問題   技術空洞   はめられた公務員   2015年のサムスン   豆腐バカ 世界に挑む   社員監視時代  などなど

毎月2~3冊のペースで出ており、既に100冊に近いが、刺激のタップリ詰った気軽に読めるこのシリーズを、厚労省や財務官僚にやられ続ける医師の皆さんにも お奨めしたい。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.01.17 13:25 |  趣味  |  murajun  | 推薦数 : 1

ひょうたん村の巻

一昨日から小浜島の話を書いていたら、石垣のひょうたん村の事が懐かしく想い出されて(夏まで待てずに)今すぐ書きたくなってしまった。

大学1年の冬に初めて石垣島の川平湾を見てからというもの、熱病にかかった様に3~6年まで毎年夏休みになると、一人でひょうたん村を訪れていた。大体8月に1~2週間、大学のクラブ活動の合間に飛んで行っていた感じだった。実家には帰らず石垣に里帰り・・みたいかな。

しかし、インターネットって便利ですね。ひょうたん村を検索したら少しだけだけど判った。PCは勿論、携帯もデジカメも無かった時代の旅をこうやって振り返られるのは素晴らしい。全くタイムマシーンの様だ。

まず、今もひょうたん村は存在していて、民宿はしていないけどトオルさんという女性が住んでいて、ダイバー仲間の溜り場になっているらしい事。トオルさんの前は、彼女の友人のパパさんという関西からの人が住んでいて今でも石垣に居られブログをされているらしい事。その前まで私の知っている村長さんが、少なくとも1990年頃までは「旅宿」を経営していたらしい事。

その村長さんは、スーパーマリオみたいに小柄で口ひげを蓄え、器用で自己流ながら水中写真に凝っていて、奥さんと二人で始めた民宿とダイビングサービスには毎年本土から常連さんがやってきて、そのうちの数人は客だけどインストラクターの役割をしていて、僕のお気に入りはラモス風の人で、その人も写真に凝っていたことを思い出す。

ネット検索に村長さんの名前が引っかかった。山本さんという名前、微かに覚えているが、村長さんとしか呼んだ記憶しかない。2001年に念願の写真集を出されたようで、アマゾンで衝動的についさっき購入してしまった。あの村長のお写真が掲載されているといいのだが・・・広告文には、次のようにあった。『やまもと ひでき 沖縄復帰の翌年あこがれの沖縄を放浪。訪れた八重山の海に魅了され、翌1974年石垣島、川平に移り住む。独学でダイビングと水中写真を学ぶ。「旅宿ひょうたん村」とダイビングサービスを経営。十五年間石垣島の珊瑚礁、海の生物を撮りつづける。現在、大阪在住。沖縄・八重山への情熱は熱く、現在も八重山の自然を撮りつづける・・・』

大好きなコブシメ親子の写真集を出されたみたいで嬉しく思う。ひょうたん村にも村長や仲間たちの美しい写真が沢山飾られていた。とっても純粋な世代の人だったと思う。だから沢山の常連さんが居候風に集まっていたようだし、浮気性の私も4年連続お世話になったのだと思う。

でも、ひょうたん村は凄い場所にあった。観光地である川平湾や底地ビーチに向う幹線道路から車がヤット通れる幅の狭い道を200m程奥まった所にポツンと孤立してある。苦労して何年もかけて切り開いたのだろう。両側は雑草というか畑というか、舗装はされておらず、ハブがウロウロしてない方が不思議なほどで、バスを利用するため幹線に出るには、根性決めるか無神経になるかのいずれしか選択の余地は無かった。つまり、普通の感覚だとハブが怖くて歩けない。その奥を切り開いて作ったひょうたん村には、もちろん沢山の虫や両生類や爬虫類がいて、普通の上品な観光客は寄り付かない「村」だったのだ。上品なお客は、石垣市のホテルか底地のシーマンズクラブに泊まっていた。シーサイドやクラブメッドは当時もちろん無かった。

なぜそこにたどり着いたかと言うと、ただ客引きに連れて行かれたのだが、名前にも惹かれたし、一番若者風だったのが良かったのだろう。たまには客引きも大正解があるものだ。その村で僕はダイビングの手ほどきを受けた。潜水病に詳しい僕を、皆さん「ドクター」と呼んで歓迎してくれた。グラスボートが浮かび観光客が集まる美しい川平湾も、奥の方はかなり入り江が広がっていて、黒真珠の養殖筏が設えてあり、その他の場所は「ひょうたん村専用」だった。朝から奥でウインドサーフィンやって、皆でボートで川平湾からリーフ外に出て、石崎や御神崎や底地沖などにマンタを見に出かけたりしていた。米原沖のアウトリーフのナイトダイブなどは初心者には危険だったので、浜で懐中電灯係りをしながら夜空の星を眺めていた。ここで流されたら尖閣まで行っちゃうぞ~とか冗談を言いながらも楽しい毎日だった。もちろん釣った魚を食べて、夜は泡盛で話の花が咲いた。

当時は勉強よりも大切だった遊びの時間。6年の時には、沖縄中部病院に二週間ハードな研修に行った後に石垣へ行き、最後の憧れ波照間島へ一人渡った。その夏、底地ビーチで金沢から来ていたある美しい女性と出合ったのだが、どこかで幸せに暮らしているだろうか?

村長さんもラモスさんもまさかブログを見ることは無かろうが、もし眼にとまったら・・・・写真集、買いましたよ。元気ですか?

 

読んでくれてどうもありがとう。

 

PS

なんと、検索するうちに 村長のホームページが見つかった。さっそくリンク先にあげさせていただいた。本も2冊だったみたいで、毎月写真集を更新されていて5年以上になるようだ。決して商業的にならず、石垣をホームグラウンドにし続けてあることが潔い。写真も石垣の風俗も取り入れ美しく、皆さんにもリンク先を訪問して頂きたいと思う。メールしておきたいが、お元気そうで何よりだ。

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