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私は今日やっと年賀状を書いた。
今度の日曜日がお年玉抽選日なので土曜日までに着けば間に合うとは言いながら、ちょっと今年は遅すぎたかな・・と反省している。なにしろ、年賀葉書は昨日が最終発売日だったらしい。
数年前から私は新年が明けてから年賀状を書くようにした。何事もギリギリにする癖があって、明日できる事は明日する・・という訳でもないが、昔から「本来は新年が明けてから新春の抱負などを書くのが年賀状だ・・」と誰かが言っていたのに怠けてのっかかってしまったというのが正解に近い。確かに、新年をどこでどう過ごしたかや元旦の気持ちを書く様になってから、逆に年賀状に気持ちを込めるようになった。
問題点も当然ある。まず、基本的に頂いた年賀状に対するご返事のスタイルになるので年々減ってくる。きっと礼儀知らずの失礼な奴だと思われているだろう。新規開拓などという事は無いし、返事を頂けそうもない方には出さなくなるので当然といえば当然だ。その分、頂いた方には有難うの気持ちがより一層強くなる。また来年も頂ける様に書く。ただし、患者さんや親しい業者さんには返事を出そうか悩んでしまう。業務用年賀には返事しないが・・。
また十二月には次々に喪中葉書が届くのだが、不幸があったにも関わらず喪中葉書が届かない人も居たり、葉書を無くしたりして誰に出したらダメかが段々分かりにくくなってきているので、念のため出さないことが年越しになったかもしれない。
だんだん年賀状を書かなくなってきている人も多いようだ。留学前後では私も書かなかったが、年賀状が嫌いなわけではなく、手間さえかからなければ好きである。
今の若い人はメールで済ますみたいだが、思春期の頃には「恥ずかしくてラブレターを書けない代わりに年賀状を書いていた」事を懐かしく思い出す。返事をもらうと飛び上がるように嬉しかった。
そんな訳で多分来年からも、新年になって書くと思う。
ところで、書いていて感じた事がいくつかある。
最近読み方の分かりにくい「当て字を超えた超当て字」の子供達が非常に多いが、医師仲間の子供達には「**子」ちゃんが非常に多い。男女とも昨今の名前ランキング上位に出ている読み方不明の名前の子供は皆無だったので何故かホッと安心した。
市町村合併のために住所が様変わりした。昔からの歴史ある来歴の豊かな馴染みの名前が消えて、機械的にくっ付けたどこか分からない名前が増えて悲しい。ひらがな市は何をかいわんや・・である。私の住所も平安時代からあった名前が今年消えてしまう。民主主義は多数決だから仕方ない・・のか?
医局崩壊などと言われ市中病院の研修が増えて大学病院が敬遠されているらしいが、この歳になると医局の仲間や先輩達の年賀状だけが続いていると感じる。学生時代の運動部や親しい友人と同様に、医局生活というのは一種の共同体だったからだろう。あれ程叱られ、間違いを徹底的に指摘され、度々こき使われ下働きをしてきた医局時代なのだが、当時の教授も助教授も講師も医局長も、既に20年以上経過しても年賀状を頂ける。非常に有難い。多くの病院で必死に働き、他の科の先生方とも寝食を数年共にした事はあったし、一時的には非常に仲が良くなったりするが、医局の仲間達の様に一生?家族の様な?気持ちで付き合う事は、果して今の研修制度や市中病院での就職では可能であろうか?必要ない・・と思われる若い医師が多いだろうと推測するが、歳とってみると大学医局の良さが思い出される。学閥とかでなく、人間同士の心の通じ合い・・・新研修制度ではなかなか母港が見つからずに淋しく彷徨う医師が増えてしまうのではないだろうか?
今頃届けられる年賀状に驚かないで欲しいが、深くはないけど気持ちを込めて書きましたので今年もよろしくお願いいたします。
読んでくれてどうもありがとう。
正月明けの連休明け。ただでさえ外来が多そうな予想が出来たのですが、案の定100人を超えてしまいました。内科で100人を超えますとなかなか席を立てません。昼休みを40分取る間に食事してオシッコして他は座りっぱなしでした。もち、レントゲンの曝射ボタンだけは立って自分で押しましたが・・・
そんな中でも話を充分に聴くことが開業医には肝要で、休養充分な事もあって本日は丸一日中笑みを絶やさず診療可能でした。今週一杯は、新患以外には「明けましておめでとう」と入室時に挨拶していますが、ちょっと反省した事があります。
長く定期受診されている奥さんに当院を奨められ、定期受診を開始された男性があります。胸部大動脈解離後の管理をするなか、早期胃癌をGIFで発見しEMRを大学病院でして頂いた方ですが、挨拶後に「私は良いですが、妻が倒れました」とおっしゃった。高血圧管理中だったのだが、60前半で元気で血圧管理もほぼ良好だったので全く信じられず驚きました。最初は転んで倒れたのか?と本気で思ったほどです。
私達が京都で除夜の鐘を突いていた正にその時、緊急手術をされていたそうです。大晦日で日曜日でもありましたから私の携帯へは連絡せずに救急車を呼ばれた様で、結果的には早期搬送で正解だったようですが、脳動脈瘤破裂によるSAHだったそうです。幸い既に会話可能の様で救急病院の担当チームには感謝していますが、「おめでとうございます」と言った後でしたので気まずくなりました。
この女性、実は血圧管理は相当良かった方でした。EHで二週間毎に真面目に来院され、服薬コンプライアンスは良好。院内での血圧は、収縮期120台ばかりでした。正確に言うと10月に一度院内血圧が160台になった事があります。また、12月中旬に自宅で一度だけ何故か220程になったことがあり、一錠追加投与してもらい翌日の来院時は140台でした。その後は再び120台で安定し、師走を忙しく正月準備をされていたのでしょう。大晦日にくも膜下出血で救急搬送されたそうです。
発症前数日間の血圧は夫も私も知りませんが、高すぎると早めに報告される方でしたから通常程度だったのではないでしょうか?小さな脳動脈瘤が2個あったそうですが、頭痛なども訴えが無く、脳ドッグなどしてはおりませんでした。
無症状の高血圧管理中の患者さんでMRAを積極的にすすめる方は多くはありません。管理充分と判断している限り、MRIは過剰診療の批判を浴びますので少なくとも保険診療をお奨めはしていません。数週間前に220という数字がありましたが、それ以外は常に130以下で、仮に脳動脈瘤が判明していても血圧コントロールとしては充分だったのではないでしょうか?
これでSAHになるようでしたら全例にMRAが必要になりますが、保険診療では許される話ではありません。開業後8年で恐らく4例の血圧管理中の患者にSAHを生じさせてしまいましたが、今回の患者さんが血圧管理としては最も良かったと思います。残念ながら、4例とも発症前にMRAはしてません。多分、2000症例程の高血圧患者管理を行ってきましたので0.2%の発症率で多いのか少ないのか?2000例の中には相当数の未破裂脳動脈瘤が存在しているでしょうから、脳ドッグをした方が望ましいのか、寝た子を起こすのは避けるべきか?
結果論からいえば、脳動脈瘤を脳ドッグで早期発見して幾ら小さくてもインターベンションしておれば発症は未然に防げたわけですね。非常に元気な問題点の少ない患者でしたから、夫に報告をお聞きして少し反省をしている次第です。後遺症が残らずに回復されるように願っています。
読んでくれてどうもありがとう。