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2007.01.31 21:05 |  診療  |  新型インフルエンザ  |  murajun  | 推薦数 : 0

奇妙なインフルエンザの話(1)

今季のインフルエンザは結局、当院では今のところゼロだ。一月末の時点での発生ゼロは、ここ10年間で初めてではなかろうか?これも地球温暖化・暖冬のせいとすれば、人々の健康や医療費対策には暖冬は良いことなのか?・・と、ひねくれてチョッと言ってみる。ただ、隣の市から通う看護師の子供のクラスメイトに遂にインフルエンザが出たそうだから、2月早々には当院にもボチボチお出でなさるであろう。本音では絶対ご遠慮したいが、今月の売上はガタガタと激しい音をたてているので・・・少しだけなら、ウエルカムデス~(境正章の口調で)。

 

ところで、2002年もまたインフルエンザの流行にとって特異なる年であった。忘れもしない、当番医をしていた2002年11月23日(祝日)、翌日は日曜日で連休だった。まだ時効ではないでしょうし、もしも特定されて関係者に迷惑がかかるのは困るのですが、新型インフルエンザ等の流行時の参考になればと想い、忘れないうちに書き残しておきたいと思う。参考になれば・・というのは、予期せぬ感染症の「グラウンドゼロ」にあなたが該当してしまった時の話である。

一応、内容的には相当程度の事実を含み、(迷惑を被る人がいるといけないので)相当程度の変更を加えているので、話半分に聞き流して、事実関係を深くは追求しないで欲しい。とりあえず、フィクションということにしておこう。

2002年秋には中国やアジア各国で鳥インフルエンザが小規模流行し、早くから強い寒気が日本列島に迫ってきて、11月中旬には既に西日本でも初雪が降る年であった。朝鮮半島でも鳥インフルエンザ流行の話の他に、人のインフルエンザも寒気の影響からか早くから流行していた模様であるが、他国での流行を伝える日本のマスコミは殆どなかった。また、イラク戦争前の緊迫した時期でもあり、炭素菌を始めとした生物兵器の使用の噂もチラホラと・・全くなかった時期ではない。

あとで検証されたところによると、韓国でのインフルエンザの流行が11月中旬以降に小規模ながら見られ、中国では11月にSARSの第一号患者が発生していた模様である。ハクシビンが最初の感染源だったが、最近では関東で相次いでハクシビンが目撃されているとの情報もある。この様な他国の感染症流行情報は、一般の開業医にとってはなかなか知りえないことである。私は当時から医師会のHPの感染症流行情報グラフの存在を知っていたので、時折勉強のつもりで眺めていたが、当然ながら全国のどこにも前日まではインフルエンザ流行の報告はまだなかった。しかし一週間遅れの集計情報しかアップされていないようだ。本当に、この日のように祝祭日に当日の流行情報を知ろうとしても無理だった。 

 

その11月は、私は専門医試験や医療法人化や医師会旅行の幹事役などで非常に忙しく働いていた。11月の気候の良い時期の当番医は楽勝なので、日頃やれない残務処理をして次の日の日曜日に体力を温存しておこうとクリニックにおっとりと出向いた。 

天気もいいのに、朝から次々に親に抱きかかえられて小学生達がやって来る。みんな同じ位の年齢で、高熱を出しグッタリして、あたかもインフルエンザの様相だ。しかし医者になって以来、はやくても当地での流行は12月中旬だと思っており、当院でのインフルエンザ予防接種も11月中旬にやっと開始したばかりであった。私も職員も、まだ予防接種は受けていなかった。前年から手に入るようになった特効薬タミフルも、まだ調剤薬局自体が今季は仕入れていなかったし、たかだか10名分程の在庫を抱えていただけだった。迅速判定キットもその年に普及しだしたばかりで、卸さんが2個だけ試供品を置いていったのを持ってはいたが、それらしき患者も来ないので、その日まで一度も使った経験がなかった。

患者はみんな小学生で、4、5年生が殆どだったが、兄弟発症の場合には例外もあった。町内にある5つの学校にまたがり、塾で一緒になることはあっても、各校が直接交流があった訳ではなさそうだった。隣接の市町からの患者はいない。

「先生、試供品使ってみますか?」との看護師の言葉に促され、キット出ないよ・・とオヤジギャグを飛ばしながら、説明書を見ながらやってみると・・・15分待ちどころか3分程で・・・青い陽性反応が出た。「先生、なんか早々にスジが出たんですが、これA型が陽性なんじゃ?」と一発目で衝撃を受けた。「まさか、インフルエンザがもう発生したの?じゃあ、もう一人の子はどう?」と聞く矢先から「もう一人も、出てるみたいですよ。でもこっちはAだけじゃなく、Bのほうもウッスラ・・」とのお答えにしばし呆然。ビギナーズラックという御目出度い話ではなく、なんたる現実。

キットは二人分しか試供品を貰っていない。もっとガメツク貰っとくべきだったが、日頃の薬品代の支払い遅延が祟ったのか既に使い果たしてしまったが、次々に小学生が高熱をだしてやって来る。最初の2人にはタミフル5日分ね・・といって気前良く処方したが、直ちに在庫の底が見えてきた。キットで調べもしないのにキットそうだと、3人目からは4日分ね、5人目からは3日分ね、7人目からは2日分ね、9人目からは1日分ね、11人目からはゴメンネ・・・年寄りのパーキンソン病の薬をアゲルネ、となってしまった。薬品卸の会社に電話しても誰もデンワ・・とオヤジギャグにも疲れた頃、ハテサテなぜ?と考えた。その前に、計算が合わないのは、僕と看護師と受付と薬局の皆が院長命令で2カプセルずつ拝借服用したからだったが、押しかける患者を目の前にしても、それ位なら許されるだろう。

問診では患者相互の接触は兄弟発症以外なかった。夫々の学校には昨日から数名ずつ発熱患者がいるという。ある母親の話では、近所の小児科で昨日インフルエンザを疑われた同級生がいたという。

私は直ぐにインターネットで全国での今季のインフルエンザ流行状況を調べたが、2箇所ほどで散発ウイルス分離があっただけで、流行注意報は一箇所もなかった。しかし、間違いなく、当地では多数のA型インフルエンザ患者が出ている。でも、どうして?明日は日曜日、どこも判定キットやタミフル在庫はあまり無いはずだ。兎に角、情報収集だ・・と保健所に電話をして確かめようとしたが、やはりデンワ・・ではなくて、今度は出た。さすが、保健所・・と感心したが、県庁の担当電話番号が自動的に流れただけだった。「お急ぎの電話は、県庁***番にお電話下さい。」

で、私は県庁に電話したが、留守番役は「今日明日は休みですから・・・一応、@@保健所長に連絡は入れてみます。そちらの番号を・・」との事だった。保健所は怖い・・というのが私の先入観だが、今度の件は一応問い合わせとかないといかんだろう・・と直感が働いた。

その上で、診察したお母さん方に再度電話連絡をして、感染経路を出来るだけ聞きだそうとした。そうしたら、ある事実というか可能性が浮かび上がった。考えれば考えるほど・・・間違いない(売れなくなったピン芸人口調で)ということで、なおの事被害が拡大する前に保健所に伝えなければ・・と思っていたところに、電話が入った。夕方6時近く、@@保健所長さんが自宅から電話をかけてきた。ここから時ならぬ大流行、久々の大騒動が始まった。

(ちょっと長くなったので、続きは後で・・)

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.01.31 00:39 |  海外留学  |  murajun  | 推薦数 : 1

セクハラ か 蔑視 か ?柳沢大臣

遅ればせながら、柳沢厚労大臣の件について一言。

ふっくらとして随分大人しくなった辻本代議士も指摘するように、女性を出産のための機械や装置に喩える大臣の発言は、欧米なら大臣辞職だけでなく議員辞職ものであろう。

LA正規?留学経験のある国際派の安倍首相にはそれ位充分に判っているはずだから近日中の罷免は当然であろうが、またまた得意の減給30%処分で乗り切るつもりかもしれない。自分の給与もついでに30%減俸か?いっそのこと、総理大臣給与は今後受け取らない・・とやれば、少しばかり支持率も浮上するかもしれない。

首相も色々、大臣も色々、会長も色々、建設会社も色々、安晋会会員も色々、セクハラも色々、事務所も色々・・・小泉流責任のとり方がイマダニ自民党内では伝統とされている様子だが、このままでは統一地方選挙も参議院選も自民党には逆風だ。そのまんま東のTV人気から考えると、4月の福岡県知事選挙には、タモリも武田も郷も健さんも聖子もアユも出れば勝てるかもしれない・・・・・冗談。

そもそも、少子化対策が年金対策にリンクしてるのがおかしい。先日ブログに日本の将来像に関して持論を少し述べたが、少子化はスリム化であって、日本の構造改革には願ってもないチャンスだ・・という考え方が出来ないのだろうか?少子化対策より大切なのは、子供の人間力の底上げ対策なのである。世話される側に安易にまわる人間に落ちこぼれさせない事が出来れば、狭い日本での少子化社会は大歓迎だ。

さて、今回の発言、絶対にセクハラなどではない。紛れも無く女性蔑視だ。子供を産まないアッキーはカンカンに怒るべきだ。アッキーのブログに書くべきだね。人気凋落の旦那に起死回生のアッキーの一言を期待したいが・・彼女にはやはり無理か?ヒラリーならビルの*玉を思いっきり蹴飛ばすね、きっと3mくらい。

アメリカ留学中の同じラボに、デイビット君という風采のあまり上がらないブロンドヘアーの小太り君が入ってきた。少し暗い表情で研究に勤しんでいたが、シバシバ途中で消えてしまう。みんなから同情の眼で見られていたが、ブロンドのキャシーやブルネットのエミリーや黒髪のリンにはキツイ目で見られて同情は一切なかった。きっとラボに居辛かっただろう。ポスドクのデイビット君は医者ではなかったが、前のラボでセクハラ問題を起こして居辛くなって移動してきたらしい。

女性人の眼が厳しいはずだか、私からみると「その程度でセクハラか?」という感じであった。私は臆病でアメリカ娘をとうとうデートに誘えないままに帰国したのだが、家内を恐れる以上にセクハラ誤解を恐れたためだ。ブロンド達に随分気に入られていたと自分で勝手に解釈していたが、アメリカでのセクハラ認定は怖い。日本の痴漢冤罪以上に怖い。デイビット君は研究の合間に月に数回、弁護士の所に通っていたようだ。

それにしても柳沢大臣の発言は、OUTですね。これで辞めなくていいなら今後誰がどうやって辞めるの?辻本辞任理由なんか可愛い~ものですね~(ひばり口調)。一発 免許取り消し。レッドカード 3試合出場停止。何と言っても、セクハラじゃなくて女性蔑視を厚労大臣がするんだから。労基法無視発言をしただけでも??なのに、女性?の代表たる南野大臣の意見を聞いてみたいもんですね、マッタク(小嶋口調で)。

まあ、デイビット君が移動してきた我らがラボのボスは、教授会で男にセクハラする位の豪胆な女性教授だったので、サッパリと擁護してくれていたのが彼のオアシスになっていた理由かもしれない。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.01.30 16:20 |  生活 / くらし  |  murajun  | 推薦数 : 1

宮崎出身 石井十次さんのこと

今日は、鳥インフルエンザに悩まされている宮崎と岡山の両方に縁のある偉人、石井十次さんが宮崎で1941年に48才で亡くなった日だそうだ。恥ずかしながら今日まで私は石井さんの事を全く知らなかったが、お昼の「みのもんたの番組」を見て涙がでてきた。みのもんたの栄養医療コーナーはさすがに見ないが、「今日は何の日」のコーナーでは時に感動で涙が溢れる様な話が混ざっており、チャンネルを合わせることもよくある。

1865年の日向の生まれ、ちょうど私の父の母の父が生れた頃だ。16才で宮崎で小学校教師になり、17才で岡山甲種医学校に入学。きっと秀才だったのだろう。この頃、天主教に入信したそうだ。1887年、22才の時に岡山の阿知村の「太田診療所」で実地訓練(医師の代診)を行っていた際に、たまたま隣接する(弘法)大師堂に泊まる親子が「巡礼の途中で父親が死亡したので、息子を引き取ってくれないか」とすがられ、一人の男児を世話するようになったのが生涯を孤児の救済に捧げる始まりなのだそうだ。TVでは触れなかったが、てっきり弘法大師の真言宗かと思ったが、実はキリスト教の精神だったと後で知った。

「人は二主に仕うること能はず」との聖句に従い、その後十次は医学書に火を放ち、雑念を断ちきって岡山孤児院の設立に向けまっしぐらに走り始める。「医師になる人は多いが、孤児を救えるのは自分しかいない」との思いだ。十次はこの時の心境を日記に、「6カ年学びたる医書に石油を注ぎ火を放ち焼き尽くし、全身を孤児院事業にあてり。これにより心衷に一の苦悶なく外友人の忠言を止み、全力を天命の事業に傾注することを得るに至れり」と記している1887年(明治20年)十次は孤児教育会を作り、岡山市門田屋敷の三友寺の1室を借りて20人の孤児を集め学校を開く。後の岡山孤児院の前身だ。

この時代のフィルムが放送されたが、考えてみると明治20年代の「孤児院」の映画フィルムが残っているというのは凄く不思議だった。この明治時代を代表する社会福祉事業家が、孤児たちの生活ぶりを映像(フィルム)で記録し、孤児院に寄付を募るための宣伝に使う、という実に“先駆的”な活動もしていたことはあまり知られていない。そういえば、活動費を賄う寄付金名簿には大隈重信の名前も認められた。 

1891年の濃尾大震災の孤児400人を引き取っただけではない。1905年(明治38年)東北地方が夏の冷害で稲が実らず大凶作に見舞われた。冬になり農家の貧民の飢えは凄惨を極めた。十次はその東北に出向き、6回にわたって825人の孤児を岡山孤児院に引き取っている。彼の目は岡山に留まっていなかったのである。やがて岡山孤児院は孤児の数が1200人に膨れ上がり、1カ月の生活費が現在のお金で6000万円も要することになった。公的な福祉制度などない時代、十次は費用のすべてを寄付で賄わなければならない。寄付は約束されたお金ではない。もしお金が集まらなければ、1200人の孤児は餓死してしまう。
そうした寄付集めの手段の1つに思いついたのが、当時まだ珍しかった活動写真の上映だった。十次は孤児院の子どもたちを撮影した映像を持って全国を駆け回り寄付を集めた…。
十次は当時エジソンが発明したばかりのカメラをアメリカから輸入し撮影に使った。その映像がとにかくおもしろい。明治の日本はとても貧しく、飢えと隣り合わせだった。しかしフィルムに映った子ども達は天真爛漫で、必死に生きようとするエネルギーに満ちあふれている。

かつて日本にも凄い人がいたんですね。一人の医師としていきるより数十倍も価値ある仕事を成し遂げた人なんですね。この人を知らずに育った私は幸せだったのか、不幸だったのか。多分、境遇として考えれば幸せだったんでしょうが、学ぶべき事は非常に多いですね。今なにかと注目の宮崎出身と聞いて、東国原知事にも郷土の偉人に負けぬよう、勇気をもって頑張って欲しいと思います。

読んでくれてどうもありがとう。

 

 

以下、ある人の「石井十次に学ぶ」というタイトルの文章のコピペ 

 石井十次は、明治の初期に日本で初めての孤児院である岡山孤児院を作り、孤児の父と言われている人です。晩年は郷里である宮崎県児湯郡の広大な茶臼原に孤児院を移転し、そこで亡くなりました。彼は単なる慈善的孤児養育ではなく、自主独立の精神に則った孤児教育を目指しました。

 彼はその点をこう述べています。
「単なる慈善事業ということで事が経過しておれば、苦心も困難もなかった。困ったら人に訴えて寄付金を募り、ただ小学教育だけを施す、それで済ませたであろう。ところが、単に学問教育のみを授くれば、遊情におちる恐れがあり、実業教育を主とすれば学問教育を軽んずる恐れがある。半労働、半学とすれば、一もとらず、二もとらぬ的となる。昼労夜学とすれば、学問遅々として進まないばかりでなく、少年児童だと、幾分健康障害を来す恐れがある。」

 かつて医学を志した十次にとって、少年期の健康を害することには相当警戒したものと思われます。この様に彼が苦心の末考えたのが、成長年齢に応じた教育方針である「時代教育方針」でした。それは次の様なものです。

 ①幼年時代(6歳~10歳まで)は遊ばせる。
 ②少年時代(10歳~16歳まで)は学ばせる。
 ③青年時代(16歳~20歳まで)は働かせる。

 この教育方針に基づいて、孤児院内に私立の幼稚園と尋常高等小学校を付設し、また小学校卒業者には中学校、女学校に行かせる者までいました。これは当時とすれば、常識を越えて孤児の能力を尊重したものでした。

 10歳までは伸び伸びと遊ばせて、10歳からはしっかりと学ばせるという彼の考えは、子供が労働力と考えられた当時においては、驚くべきものでした。現在の日本でも、小さいときから塾通いが当たり前となり、子供を伸び伸びと遊ばせるなど考えもよりません。経済的に発達したにも関わらず、日本の子供達の現状は、十次が考えた人間教育には到底及ばないと言えます。

 彼のヒューマニズムの精神は、岡山孤児院十二則にもよく表れています。有名な「満腹主義」は、孤児の悪習を除くのために空腹感を満たすことから始めたわけですが、医学的な発想だけでなく心理学的な直観もあると思います。彼は年齢や体格による食事量制限をせず、各自が欲するままに食事させました。また「非体罰主義」では、子供が嘘をついたり、喧嘩をするのは父母教師が体罰をすることに発すると考えています。

 「密室主義」とは「善行あらば賞し、悪為あれば戒む、而してこれを為すに無人密室の内において為す」というもので、みんなの前で誉めるのは偽善に陥りやすく、また嫉妬も受けやすい、衆前で悪事を戒めるのも反抗心を招きやすく、本当に素直な改心をさせることができないというものです。

 我々教師はえてして叱るのは密かに、誉めるのはみんなの前でと思いがちですが、よくよく考えると名誉心と良心とは本来関係のないものです。衆前で誉めると却って他律的な善行の傾向が生まれ、陰日向ある傾向を強めてしまったり、現代では嫉妬からいじめの原因にもなりかねません。聖書にも「みんなの前でラッパを吹き鳴らすな」と、内なる神に対してのみ善行は行うよう記されています。

 石井十次は、ペスタロッチやルソーの教育理念にも大きく影響され、彼の鍬鎌主義は、労作教育と自然主義教育の反映だと言われています。石井十次の死後、大正15年に財団法人岡山孤児院は解散しましたが、昭和22年に石井記念友愛社が設立され、児童養護施設や保育所等を設置し、児童福祉活動などの数多くの福祉活動を行ってきました。

 現在でも友愛園には、石井十次の精神が生き続け、院生達は鍬鎌主義に則り、野菜栽培や家畜の世話・炊事・薪拾い等の多くの労作を続けています。そして茶臼原の自然豊かな院内の中庭で、各自が自分だけの花壇を作り、自分の好きな草花を育てています。宿舎の木製の階段や手すりはつるつるになるまで磨かれ、多くの院生が育った長い歴史を感じさせます。院生の机上や本棚はきちんと整理され驚くほどです。確固たる自治の精神にも感心させられました。

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2007.01.30 00:22 |  開業 / 病院経営  |  murajun  | 推薦数 : 1

零細開業医の悲哀

ホワイトカラーEなどどうでもいい開業医であるが、昨今の診療報酬ダウンのなかで悩ましいものの一つに労務問題がある。開業医は一応経営者であるが、他の職種と異なる事が幾点かある。

そのなかでも、職員の休暇があると補充しないと運営が出来なくなることは大きな問題だ。つまり、誰かが暫らく休むといっても患者さん達は待ってくれないから、職員数を減らしたり業務縮小や時間短縮や季節変型労働では対応出来ない場面も多い。

この時期、風邪やインフルエンザで患者数が増加しがちであるのでなおさら休まれると困る。零細開業医だと常勤が一人休むと10%以上のマイナスになり、影響は大きい。当院では利益度外視で常時一名多めに雇用して危機に備えているが、今日はちょっと重なって困りかかっている。

まず、金曜日に看護師の一人が「小学生の子供が膝の股関節の手術をしなければならなくなった。母親の付き添いが必要で暫らく休ませてもらいたい。」2~3週間以上にはならないだろうし、一名ならなんとか・・とOKサインを出した。

翌朝、別の職員の実父が旅先で急死したと連絡が入った。全くの突然死であり、忌引きで1週間の突然の休暇入りとなったが、NOと言える話ではない。

そして今日の月曜日の夕方、別のガンバリ屋の有資格職員が「個人的な事だが、先生に話がある・・」と言ってきた。このパターンは退職願いが少なくないので、気分が重かった。この人が休んだり辞めると、零細介護施設の運営の際の人員規定に引っかかり大幅減算となってしまい影響が大きい。うちの給料が少ないので他施設への転職が望みなのか?心配しながらだったが、話を聴くと・・・「妊娠してしまいました。」との事。なんだ、そんな事か?・・と簡単には行かない。

妊娠には院長の許可は不要とはいうものの、長期休暇が関係し、優秀な人材を急に雇用確保するのは困難なので、出産予定日に向けて労務軽減や代用職員の臨時雇用などを今後悩む事になりそうである。少子化のおリ、頑張ってドンドン出産休暇を取ってくれ・・と行かないのが零細開業医なのである。

小さい組織なので2人以上が急に休むと非常に厳しい局面になってしまう零細開業医。労務管理は悩みの種である。もし、明日にでも誰かが「ノロウイルスにやられました」とか「インフルエンザでダウンしました」とか言ってきたら・・・どうしよう?この時期、ありえない話ではないので怖い。

しかし、最大の問題点は・・・院長(私)の休み(ダウン)である。私が突然の病に倒れて入院でもしてしまったら・・・OUTである、きっと。医師不足と言われるご時勢、急に代診を探すのは至難の業。医局も以前ほどあてにならない。家族の突然の不幸の際にも対応出来るのか?・・非常に不安である。美男子薄命というから私も用心しておかねば・・と考えている。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.01.29 19:23 |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 1

DOGVILLE の感想

何で今さら ドッグヴィル?と問われそうだが、昨日の未明に某BS放送で観て、打ちのめされる様に非常に感動してしまったからしょうがない。2003年の発表当時から非常に観たかったが、あの頃は本業の仕事が今と違って忙しく、世間ではSARSやらイラクやらTVニュースが騒がしく、ゆっくり映画をあまり見てない時期だったと思う。

いつの間にか忘れていたキッドマンの映画だったが、NHK BS2のCOMBAT終了後に替えたチャンネルで、壁もないセットの中の緑の眼のキッドマンがパッと画面に映り、アレダっ・・と一気に甦ってきた。セットの件は以前から知っていたが、監督の他の作品も知らず、先入観はゼロ。もし177分の映画という事を知っていたら、いくらキッドマンが好きといっても深夜2時近くから観始めるハズがないので、ついていたのか?しかし、翌日の日曜日は眠くて眠くて・・・  
 

詳しい内容や感想は別の人のレヴューを見てください。私は色々チェックしてみて、他の人が全然書いてない事だけを書きましょう。

まず、ニコール キッドマンの英語(の発音)は美しい。お顔と同じ位美しい。オーストラリア人らしいが、彼女の言葉を聞き逃さないように注意しながら、それ程台詞の多くない舞台劇風映画を楽しんだ。台詞の表現が感情を本当によく表現していて感心した。

次に、ニコール キッドマンのレイプシーンには驚いた。何度も何度も誰からもレイプされて可哀そう。特に最初のシーンは「そこまでリアルにやるの?」と観ていて悲しかった。女性と一緒には絶対観たくない、男の本性を暴露されそうで。抵抗できない状況でのレイプなので静かなレイプなのだが、オヤジの奴、捲ったケツの間から確かに金玉が垂れてのぞいていた。「ウソッ、本物のタマタマ?じゃ、キッドマンは・・大丈夫?」と思って眼を凝らしたが、こちらはキチンとお隠しになっておられた。そこまで見せなくてもいいのに・・と思ったが、このリアルさがこの映画のヤルセナサを別格にしているのではないか?DVDで確かめてみて・・

最後の場面は、驚きの展開で・・・申し訳ないが、ニコールだから許してやる、という感情が自然に出た。辛いよね、多分一人でも村人が生き残っていたら・・でも、これが世の中の復讐劇の本当の姿なんだろうね、辛いけど。

そうするとイラク問題はとめどないね。多分、中国人や韓国人も類似する感情を潜在的に持っているのだろうね、日本人に対して。

この映画、映画の場面が終わってから、多分100枚くらいの写真がクレジットの背景に次々に出てくる。アメリカの汚点、不名誉な現実、隠せない悲劇、どうしようもないケダルサ・・・ 僕が最も気に入っているシーンは実はこのラストの写真集だ。セットだけの映画とは完璧に正反対の汚らしい猥雑なアメリカの日常シーンを映すスチール写真の連続。

これらを見せたくて、三時間ものプロローグが有ったのではないか・・とさえ感じる。感想にそこを書いている人は見出せなかったが、そこを観ないと全く違った感情が残るのではないか?

 

読んでくれてどうもありがとう。 

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2007.01.29 19:14 |  その他(医療関連)  |  新型インフルエンザ  |  murajun  | 推薦数 : 0

Are you ready ?

史上最悪のウイルス』は、2002年末から2004年始めにかけて中国で猛威を振るった新型コロナウイルスによるSARS禍の詳細なるドキュメントである。あたかもフィクションの様に生き生きとした描写や内容は、当時の香港でタイムのアジア版編集長だった筆者達の取材力の賜物であろう。

500ページの医療物。もしミステリー小説なら3日で充分だが、今回はノンフィクションで内容が内容だけに慎重に読み進め、約10日を要してしまった。読了して感じる事は、・・日本人はもっとSARSに学ぶべき、という事だ。

我々がSARSを実際より軽く考えるには大きなわけがあった。

ちょうど、アメリカがイラクを攻撃開始した時期と、SARSが中国や香港を攻撃した時期が完全に重なっているのだ。バグダット攻撃の映像を見ない人は居ないが、同じ時期の中国の病院内の映像を見た人はいない。イラクの脅威は過大評価され、SARSの脅威は過小評価されていたようだ。

宮崎や岡山で発生が続く鳥インフルエンザ。人から人への感染拡大も時間の問題なのか、政府の19日の対策ガイドラインは「火葬が間に合わなければ土葬を許可する」という生々しい内容を含んでいたが、たった一人のSARS感染台湾人医師観光客に翻弄された当時の日本のことを忘れてはいけない。

この本はChina Syndromeが原題で、2005年に既に欧米で発売されたようだ。欧米か?・・などと言わずに是非すぐにでも読んで欲しい。SARSで真っ先に死の恐怖に晒されたのは病院関係者だった。新型インフルエンザはSARSどころではなさそうだ。

政治家、行政官、医療関係者、警察官、マスコミ関係者・・・新型インフルエンザのワクチン接種を優先的に受けることになる人々は、敵を良く知り対策を現実に即して考えておくべきだと思う。この本は、そんな関係者に必読の名著だと思う。医師、看護師のみなさん、かりてでもいいから絶対読んで欲しい。

Are You Ready ?

 

読んでくれてどうもありがとう。

 

56章 2003年4月10日 北京  

「この建物にいる私達は一人残らずSARS患者よ」張という名の看護師が彼に言った。張も感染者だった。患者達は汚れたシーツの上に横たわり、緊張しきり、懸命に生きようと戦っている。看護師は続けた。「ここには少なくとも百人の患者が居る。数百人かもね。境遇はひどいものよ。私達は部屋を出ることは許されない。大小の用足しも、食事もこの部屋でだよ。ここの患者の少なくとも半数は他の病院の医師と看護師」

63章 4月17日 北京

極秘の救急車の車内には、患者からSARSをもらった31人の病院職員たちがいた。せきをし、ぶるぶる震える彼らに同乗している付き添い看護師は、患者が危険な息を吐き出すたびにあとずさった。白いバンの救急車が北京市内をゆっくりと巡っているとき。WHO専門家チームは中日友好医院に入った。SARS禍の規模を正確につかむのが狙いだったが、聞かされたのは作り話の明るいニユースだった。とりわけ、ウイルスに感染した医療従事者が一人も確認されなかったのは勇気付けられる話だった。だが、実は訪問の情報を聞きつけた院長の命令で、その間も救急車は市内をうろついていたのだ。

68章 5月1日 山西省

山西省の事態は中国全土のSARS作戦の縮図だった。総力戦体制へ向けて動員が行われ、疫病は独裁体制下でなければできないような手段で抑えこまれた。「中国は人的資源と人材とを民主国家ではとうてい不可能なレベルで活用出来た。伝染病が発生した時、公衆衛生当局にとって最難関の一つは、強制隔離の実施とか憲法上厳密な意味で市民的自由に抵触しかねない質問をする事だ。中国にはそのような問題がなかった。」WHO感染対策部長が後に語った。

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2007.01.27 17:02 |  診療  |  murajun  | 推薦数 : 0

時間外の男

私と同年代のその男は、たまにしか来院しないくせに、私の事を「かかりつけ医」と思っているらしい。機嫌の悪い清原みたいな風貌で、年に3~4度くらい必ず事前に電話をしてから来ようとするが、その殆どが時間外電話なので、私がキッパリ断ることもシバシバで、結果的に年に1~2度の来院である。もう前の病院の時から10年になるが、症状は風邪の他は軽い胸痛や短時間の動悸、一過性の血圧上昇などが多く、わざわざ電話して時間外に来る必要がない事ばかりだ。半分くらいは検査も処方も特にせず、「次は絶対に時間内に来いよ」と言ってお引取り頂くことが多い。

こちらは「かかりつけ医」のつもりは全然無いが、いつも時間外に電話をして来て、「今から行くから待ってろよ・・」みたいな勘違い態度が多いので、「外せない大事な用事があるから診てあげない」と応じると、「くそっ、二度と来るもんか」と捨て台詞を吐くのだが、その内にまた電話をしてやってくる。来る度に保険証の勤務先が変わるが、仕事で確かに忙しいのであろう。

先日も朝から電話をしてきた・・・らしい。いつもの時間に診察室に行くと、カルテが一番目に置いてあるが、看護師が事前の問診をしていない。「どうして問診してから回さないの?」と聞くと、「先生に全部電話で話してから来たから看護師ごときに説明する必要は無い、と言われた」という事だったらしいが、私は全く知らない。「あら先生、今朝の事を忘れるなんて、益々ボケが進んでますね・・」と言われても、知らないものは知らない。

「他の病院に電話してきたんじゃないか?もう一度よく訊いてみろ」というと、どうやら早出をして透析準備をしている男性職員を私と勘違いして自分勝手に喋り捲って、玄関が開くと同時に飛び込んできたらしく、「診察はまだか~?」というものの、「私の声も良く覚えてないのに何がかかりつけ医じゃ?」と定時までシバラク待たせてから診察を開始した。

今回の訴えは、上腹部の狭い範囲の痛み・・・。本人は「心臓」と思い込んでいるが、剣状突起のやや下、膵臓付近の500円玉大の自発痛。聞くと一ヶ月ほど断続的に自覚しており、心臓が心配で循環器専門医の私に早朝から電話をしたのだ・・有難く思え・・と、清原みたいな態度で語る。絶対に心臓では無いと思ったが、少しくらい検査代を払わせないと今後の事があるので、不要と思いつつ心電図・胸写・採血などを行った。こんな事が医療費高騰に繋がるが、しないとしないで怖い顔で凄まれるよりマシである。

話を聴くと「胃か膵臓」だが、痛みの範囲があまりにも狭すぎて、肉体労働者なので剣状突起関連痛も否定できず、食後だったし「血液検査結果を見てから追加検査や薬を考えましょうね。近いうちに胃カメラと腹部エコーはすべきだけど、時間外はダメだよ~ん」と、一旦お帰り頂いた。

午後になって、FAX連絡の検査結果を見て??となった。発熱も無いのに、CRP強陽性、WBC増加、他はアミラーゼも肝機能も全部正常だった。多分膵炎じゃないけど何かある。ウルサイ奴なのでゴネルと嫌なので、急いで電話をして再来させた。閉店間際の再登場、胃カメラは食後かつ夕方で出来ず、エコーをする事にした。えてして強面ほど気が弱く、素直に横になる彼のお腹にエコーを当てて???

肝胆膵脾腎などOKなのに、よく判らんが二個の丸いのが何かある。ナンダナンダ、これが、噂のリンパ節腫大というものか?既に閉店時間を大分過ぎ、ムンテラが難しい泥沼に入る前にサッサと紹介状を持たせて「空腹で明日**病院を必ず受診しなさい・・わかった?」と念を押して帰した。

 

翌日の紹介先からのFAXでは、相当進行した胃癌の診断。消化器症状ゼロで痩せもない40代。狭心症を心配して来院後、胃カメラで胃癌や潰瘍を見つける患者は循環器科クリニックでも結構多いが、腹部エコーのリンパ節腫大所見から胃癌を見つけた事は始めての経験だった。

追い返すと暫らく来なくなるタイプの患者だったので、あやうく狼少年にしてしまう所であった。しかし、助かるのだろうか?もしも、助かったら・・・「あんたしかいない・・」と、私にずっと付きまといそうで怖い。

 

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2007.01.27 09:01 |  医療制度 / 行政  |  murajun  | 推薦数 : 0

将来の日本社会像

2025年以降の日本の医療の姿に関して、m3公式ブロガーの森下教授が「世迷い独り言」に最近シリーズで詳しく想いを巡らされています。彼の立場上、面白い考えが浮かんでも、匿名ブロガーのように軽率にブログなどでは言いにくいことが多々あると思いますが、未来を素敵なものにして行こうと考える姿勢は素晴らしく、在野の私も見習いたく思います。小粒な私も、昨日の先生のアイデア、ヴィジョンに添って、ダラダラとしたコメントの形で夢精して、いや夢想してみたいと思います。

 

さて2025年の日本の医療の姿を想像する前提条件の件ですが、森下先生も悩まれているように、確かに議論の基本的なスタンスを左右しますので非常に大切ですね。

まず小さな政府が本筋と言うのは当然です。ただ、「大きい vs. 小さい」がチョッと違うんじゃないかと私が思うのは、「目指すべきは、一般会計予算を少し大きくし、特別会計予算は相当小さくすべし」という議論が表面化しにくいことです。厚労省関連の特別会計予算や特殊法人予算は非常に大きくて、過剰や不要と思われる点が多く、これを一般会計予算の医療福祉関連に移行すれば現在の医療における問題点の多くは財政的には解決します。介護は・・今でも贅沢過ぎ手厚過ぎと感じます。特別会計予算徴収は、完全に高率の消費税と同じ負荷を国民にかけています。この見えざる税負担が相当程度消えれば、たちまち負担軽減を全国民が実感できることでしょう。これだけでも、普通の国民の将来不安がかなり軽減され、景気はある程度まで改善します。でも道路特定財源の一般財源化といった方法では単なる置き換えであって何も解決はしません。まずは、特別会計予算を大幅に先行削減するのです。そして数年かけて一般会計予算の税収を増やし、不足する領域に振り分けるのです。この時の調整バルブとして消費税率を上下させる事は構いません。

特別会計を減らせるか?出来ますが、官僚や政治家の反対が強く、これには国民世論の形成が必要です。キーワードは、人口減少に見合う国家機構のスリム化と、価値観に関する意識構造改革です。私は小泉首相が登場した時に、この点の構造改革をやるのかな?と想像して大いに期待したものですが、猪瀬の腰砕けと誤魔化しで当てがハズレ、後半の郵政選挙頃にはガッカリでした。

日本の人口は2050年に9000万人まで減少すると推測されているようですが、それでも多すぎです。狭くて天然資源に乏しく食料自給率が極端に低い国ですから、8000万人以下が妥当と思います。技術先進国といっても直ぐに追いつかれますから、経営効率の高い高品質な優良企業へのダウンサイジングを図るべきと考えます。今の日本はギュウぎゅう詰めの社屋に沢山の役員がいて命令ばっかりしており、クタビレタ社員の多くが病気療養中で給与はきちんと貰い、勉強しないままに卒業した新入社員たちが自分の机が無いと嘆いている状況です。その赤字の巨大企業は福利厚生が充実しており、外国人労働者が働きたいと願っているのですが、福利厚生を減らさないと倒産します・・と遊んでる役員が嘆いてる状況ですね。こんな会社を立て直すのはどうすれば良いか、経団連はわかるでしょうに・・・

少子高齢化という言葉は、日本が成熟社会に到達しつつある証だと思います。少子化はダウンサイジングには最適です。しかし高齢化という言葉は、チョッとまやかしだと思います。先ほど、意識構造改革と言ったのはこの点も含みます。65歳定年制が始まりますが、診察していて感じるのは70歳でも元気な人が非常に多く、定期昇給制度を始めとする日本型就業体系を変えていく事が就労人口を増やすためには大切です。ホワイトカラーE制度は反対ですが、安く長く自由に繰り返し雇用していける制度に変えるべきでしょう。現在のパートと正社員の中間の、労使共に自由度の高い雇用形態が望ましいと思います。日本型とアメリカ型の中間とも言っていいでしょう。生活保護の人でも簡単な仕事で短時間ならできる事が沢山あります。キチンと雇えというから全然雇いたくないわけで、アルバイト的労働で良ければ労働対価分の生活保護費はカットできます。60歳から75歳位の労働も同じです。アルバイト的雇用形態でよければ沢山やってもらいたい仕事がありますし、気軽に働きたい人も多いでしょう。

労働組合の反対というのは、国家の一大事にはすべきではありません。年金制度といっても、不労に対しては払い過ぎです。特別会計徴収や税負担や保険料負担が軽減されたり、核家族から親との同居へと国民の意識が変化するだけでも年金額は減らせます。同居はしない、年金は増やせでは無理ですね。生活保護費を貰うために親を一人暮らしにする若者なんて論外ですね。こういう点では教育改革が財政改革に直結しそうです。

少子高齢化が解消すると、狭い日本の混雑は解消されません。国民の意識が変わらず、継続的に改善し続ける生活水準を求めると、若年者の収入自体のレベルアップが永遠に必要です。贅沢の連鎖ですが、資源がないと他国から搾取でもしない限り絶対に財政破綻します。日本で共産主義が成り立たない理由の一つです。これは、教育水準の低下した国民が幾ら増えても、貧困層の移民が幾ら増えても決して実現しません。返って、将来は社会保障費の増大に苦しむだけですから秘策でも何でもありません。

それに、移民の受け入れは絶対にやってはいけません。世の常として、何時の時代も貧困層はギリギリの仕事や僅かな豊かさを求めて都市に集中し、スラム化や安全社会崩壊をもたらします。例えばアジア地域では、日本は豊かな大都市に相当し、貧しい地方から沢山の人々が日本の見せ掛けの冨に群がるように押し寄せます。中国人が一人帰化すると必ず10人の親戚家族を引き連れてきますが、将来もらう額以上に納める人がどれだけ居るでしょうか?大半は、少し納めて将来は多くもらうはずです。移民とはそういうものです。アメリカで生活していて感じたじゃないですか?沢山納税してくれる移民は一握りです。教育再生どころじゃありません。

また、移民が多くなると天皇制を含め、国体が必ず変わります。仏教や神道などが常識ではない社会になり、唯一神のイスラム教やキリスト教などが多くなりますが、移民同士はテリトリーやアイデンティティーを守りたがり、決して平和的にマージしません。貧困層の増大と宗教間・文化間対立が顕在化して、日本の良さが吹っ飛びます。アメリカの都市部の状況を見れば根の深さが感じられます。

森下先生も、日本は移民を受け入れず人口が減少して、世界の中で滅びる民族になるのを選ぶのではないかと危惧されていますが、私は移民受け入れこそ日本人を滅ぼすだろうと思います。逆に、国民の意識や生活スタイル、統治官僚機構などをダウンサイジングしつつ、スマートにリストラすべき時期なのです。人口が減るのですから、頭でっかち社会のままではダメですね。議員数と官僚数、特殊法人数を減らしていくのが当然です。

日本とアメリカの違いは色々ありますが、最大の違いはランドスケールと天然資源、そして軍事力です。アメリカの人口は移民を受け入れ続けて増加していますが、なかでもに中流以下の層が増大し、かつ豊かさを求め続けるために、国内資源だけでは賄えず、軍事力に物を言わせて国外に養う冨の源泉を求め続けなければならないのです。基本的には贅沢を求めすぎなのです。しかし、今の日本人はもっと贅沢だから日本の財政が破綻しようとしていると私は感じます。道路や建物、何でも低品質でもアメリカの庶民は文句を言わないじゃないですか?日本の庶民は医療に対しても何でも贅沢を求めすぎです。いらないものを作りすぎ、いらない規制や法律まで作りすぎ。だからいらない官僚や役人や特殊法人が多すぎて、それを賄うために特別会計という名の隠れ税が国民生活を苦しめ、年金が少ないと暮らせないと嘆き、少子化が元凶だと間違った方向に矛先を向けるのです。ですから、国民の価値観に関しての意識構造改革が必要です。

資源の乏しい狭い国土ですから、生活保護を必要とするような人を出来るだけ作り出さないような、皆がメジャーリーグや3Aで活躍しているような社会になるように、社会構造や国民意識構造改革が日本のこれからには必要だと思います。

人口減少は地球温暖化対策には最も有効です。日本型システムを将来的には世界に広めるモデルケースとすることが人類の将来にとっても大切でしょう。暗い未来ではなく、明るい未来です。

ただ、スマート社会を継続し守るためには、強力な防衛手段を必要とするかもしれません。

あと、裁判員制度が始まりますが、司法制度の更なる低レベル化と高コスト化を招く愚の骨頂と思います。ここもスリム化のターゲットなんですが・・・

 

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2007.01.26 19:26 |  その他(一般)  |  murajun  | 推薦数 : 0

教育再生への要望

安倍首相の施政方針演説を、貴重な昼休みにNHKで熱心に聞いてるうちに、不覚にも居眠りしてしまった。TV音声は大きかったのだが、気合充分な研修医の地方会発表みたいで、なんとも心地好い時間だった。安倍さんは力まずに静かに語るほうが良いと思う。あと、頭頂部の光り物が非常に気になったのですが、あれは何なんですか?

なんでも教育再生を最重要課題とするそうだ。ヒラリーに圧されてブッシュまで一般教書演説で医療保険改革を重点項目にすえたのに比べると、ポチの弟子としては、反抗心なのか覚えが悪いのか?それとも、アパ社長みたいな人間を育てないと心に決めたのか?

まあ、いまだにイジメ調査内容を公表しない筑前町教育委員会を見る限り、教育再生は緊急課題だということに賛成なのだが、以前も書いたように委員会メンバーの選定には今もって疑問がある。

 

ところで、私の中に燻る教育問題は二つ・・・

一つは、女性教育の充実を図っていただきたい。

勉強より売春に忙しい女子学生が巷に氾濫し、バカ母を大量生産して何するつもりよ?少子化対策か何か知らないが、喰う事とヤル事と飾る事とパチンコにしか興味を示さない様なバカ母に犬みたいに沢山子供を生ませて、パチンコ屋と風俗にお金を流してどうする気?貧しい非生産的な人間が幾ら増えても生活保護割合増加で年金問題の解決どころかマイナスかもしれんよ~だ。

それより女性のための素晴らしい学校を沢山作って欲しいな。勉強も友情も文化も色々育める学校。男子校に比べて少なすぎだし、地方にも沢山作って欲しい。米英の女子パブリックスクールのような学校が日本には少なすぎ。

 

二つ目は、家庭訪問の充実というか復活?

うちの子供の学校には家庭訪問がない。皆さんのところもありませんか?小学校だけでいいから家庭訪問を復活させられないものか?いつから無くなったのか知らないが、まだ普通はあるの?

家庭訪問は、学校での面談に比べて非常に多くの情報が得られる。私はワケアッテ往診はめったにしないが、かかりつけ医やケアマネージャーは患者さんの家庭状況、衛生状況、家族関係、経済状況、親戚情報など色々知ってるほど病気の予防や早期発見ができるし、よき相談相手にもなれる。医療費削減の目的には、保健指導員を大量に家庭訪問させたほうが相当安上がりだろう。残念ながら、IT利用のWEBカメラではダメで、病気を予防するには家を訪問するに限る。匂いや湿気、風通しや採光、周辺の雑草や清掃状況、寝具の衛生度など見るか聞くかは大違い。忙しい医師の往診でなく、ケアマネージャーの訪問と同じように健康マネージャーを巡回指導させれば医療費は大幅削減が可能であろう。この中には、下らない事で一々病院に行くな・・と指導する事も含まれる。

小学校や中学校も家庭訪問を復活充実させれば良い。担任と家庭訪問指導専門員と警備担当の3名程のチームで、全家庭をジックリ訪問する。共稼ぎの場合などには夜でも朝でも休日でもOKだと、ノーサンキューを言わせずに訪問するというか押しかける(義務にしてもいい)。親の顔、勉強の環境、家族関係、衛生状況、通学路の危険性調査、売春防止、ゲーム機はまり状況・・・なんでも良く分かる。別に学校や教師の価値観を色んな価値観をもつ両親に押し付ける必要はない。でも、立ち入り調査はきめ細かい指導に大いに役立つ。憲兵とか北のスパイみたいだが、書いてる本人も早急な実現性は(今の日本では)疑問だ・・と気が弱くなっている。

しかし別に病院の調査みたいに、書類を出せとかマニュアル出せとか免許証出せとか領収書出せとか許可証出せとか機械は有るかとか部屋が狭いぞとか看護師綺麗ねとか色々その場で言わなくていい。親と生徒宅でゆっくり家庭生活や学校生活の悩みなどを雑談する。これで充分だ。どんなバカ母だって、お客が来れば部屋を少しは片付けるだろうし、マシに見えるように努力するだろうし、学校との精神的距離も近づくだろう。

個人情報保護法なんて関係なく、ただの訪問雑談トイレ拝借で結構だ。それが、教育再生の鍵だと思う・・・マジ。

 

小学生の時、私の家には先生達が良く来ていた。中学になっても小学校の先生が現れた。今では先生達は僕の患者さんだ。家庭訪問は決まって最後、夜ご飯の時間を狙って来てたのかも知れない。担任以外も一緒に連れて来て、父と一杯やりながら・・バカ息子の話を笑いながらして、酔っ払って興奮してくると、先生は庭の池に入って鯉を捕まえ「料理してくれ~」と遊んで一眠りして帰る。僕らも先生達の家には良く遊びに行った。お互いどんな生活をしているか知っていると、手加減したり許しあったり貸し借りしたりお知恵拝借したり一時潜伏したり・・楽しく有意義な小学生時代であった。

今はプライバシーとか個人情報保護とか色々うるさいことだらけだが、人々が本当に仲良くなるには相手の部屋を訪問することが一番確実だと思う。

若い綺麗な可愛い優しい色っぽい女性が私の部屋をいつでも訪問してくれてOKなんですが、誰も来てくれないので寂しいですね・・・当たり前か?

 

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2007.01.26 01:55 |  医療制度 / 行政  |  murajun  | 推薦数 : 0

表の顔で再チャレンジ

同業?らしいMASAさんからコメント戴きました。僕の知らないことばかり沢山書いてあり、知ったかぶりがバレタか?・・と反省しています。ありがとうございました。

東京にも長野にもスッチーにも無関係の私ですから、田中康夫氏の裏側はあまり知りませんでしたし、仰る様に遠くから美しく誤解しているかもしれません。彼の日記を読むほどの時間的余裕と好奇心は今はありませんから誤解は続きそうです。賛成反対の両方のコメントがあって良かったと思います。

政治家の日記と言えば、クリントンのMy Lifeの1500ページは大変でしたが、何となく庶民出のクリントンやヒラリーを応援したくなります。飯島勲の小泉官邸秘話は、途中でストップしました。私にしては珍しいです。

話を田中康夫氏に戻しますと、僕が好きなのは『再チャレンジ精神』です。といっても、安倍総理とは全然関係ありません。そのまんま東や、鈴木宗男、佐藤 優、桑田、カズなんかが再チャレンジするのは好きですね。この人達、以前はみんな大嫌いでしたが、舞台を変え自分を捨てて真剣に再チャレンジしてる気がして、次第に好きに変わったんです。石原さんや松坂、中田みたいにスムーズに舞台を変える(というかステップアップする)人はあまり興味は無いんです。ついでに言えば、タイゾーや猪瀬や本間や猪口みたいに実力以上に縁故採用なんかで引きたてれられる存在はパスですね。二世や三世議員は、居なくてもいいかな・・と感じます。今日からは、アパを暴いた藤田氏も少し好きになるかもしれません。

もっとついでに言えば、開業医も再チャレンジですよね。ドロップアウトとか逃散という訳じゃない。

別に田中氏じゃなきゃダメと言ってるわけじゃなくて、田中氏じゃなきゃ勝てない・・と感じるのです。石原以上を自民党が立てればそれでもOKなんですが、早々と推薦しちゃいました。幹事長代理の影響ですかね?

私としては、再チャレンジを期待して、田中康夫氏の過去は眼を瞑ってもいいと思うんです。長野より東京は人々の眼が光ります。大きなサポートを得やすい代わりに全国的な批判も浴びやすいし、一挙手一投足が評価の対象になります。立場が人を作る・・森下先生も立派になられました。本間教授や堀江君や細木さんにならぬように・・と古い知人として見守っていますが、それが辛口のコメントになったのでしょう。よく読んで覚えていてくれましたね、MASAさん。今の森下先生は色々影響力が大きいので、暖かい異見も時には必要でしょう。自分でも忘れそうなので、最下にあの時のコメントをコピペしておきます。実は、森下先生のアイデア以上のSF調イノベーション物語を彼に昨日、裏メールしておきました。僕は、森下先生はずっと前(留学当時に最初に出会って)からファンなんです。アンジェス株は持ちませんが。

私は、過去に色んな裏があっても、成長して表舞台で表の顔で誠心誠意 再チャレンジして見せてくれればいいと思います。モニカ事件後のクリントンで良いと思うんです。胃癌後の宗男が変わったように、膀胱癌以降の彼は変わったんじゃないかと期待しています。

太田総理との対談番組に登場した時も、同席した中堅代議士とは格が違うように感じました。流れを変えるのに小泉さんが果した役割を彼は果せるような気がします。小泉さんは半年で変てこに成ったと思いますが、半年でも流れを変えるのには充分でした。田中氏も一年間ほど、注目度の極めて高い中で活動すれば変わりますよ、長野の場合とは多分違います。

 

読んでくれてどうもありがとう。

 

ところで、さすがに長期的な展望をもって仕事をしていますね。森下君の考え方には今までほぼ同意見だったけど、今回のはちょっと説明不足かな?俄には賛成しにくい点もいくらかあるね。
まず過疎地の問題は、交通手段や地域家族共同体や貧困化など、昭和と比べても明らかにインフラが衰退している事、つまり地域が崩壊過程にあることを大都市圏にいると感じにくいのではないかと思うよ。安倍さんの出身地の油谷町だって高齢のT先生が支えている。田舎には超高齢独居老人がいかに多いか、更に体調不良や急変時における対応の不安が将来的には最大の問題点だと感じているけど、今以上に医療密度が減弱すると地方は再起不能で完全にダメになると思う。本当の過疎地での在宅IT管理は、恐らく急変時に対応出来ないかぎり完全実施は難しいんじゃないかな。
完全実施できないマイカルテは、従来法とのダブルスタンダードを関係者に要求する事になり、混乱や負荷が増すのではないだろうか?人々の意識やモラルが低下している昨今、何事も完全実施は難しいのでニッチ産業で留まるのではないか?確かにITは進歩したが、この数十年間、国民意識は底上げは出来ていないと思うよ。地域格差以上に意識格差は大きいよ。
大学を離れて地域住民を診ていると、ますます「手当て」の重要性を再認識している。僕はオスラーの「医はアート」という考え方がIT時代になっても実現可能ならかまわないけど、余程のインフラ整備をやらない限り、理想には全然近づけないのではないかと思う。
遠隔医療は素晴らしい面も多いが、数%の比率で生じる緊急事象に対応出来ないと思うので、まず医療過誤に関する司法整備が先決ではなかろうか?遠距離恋愛が難しいとか、遠くの親戚は近くの他人にはかなわないとかは、今後も普遍的と思うよ。
長くなったけど、実際2025年には日本の医療や社会はどうなるんだろうね。今度の講演会では「創薬や医療の未来がどう中枢部で考えれれているか」なんかを多めに話してくれると面白いな。また、別チャンネルでその辺は話そうね。
頑張って 良き未来をもたらして下さい。

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