| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
ミラノスカラ座開幕公演でのラダメス退場は、オペラファンにとっては衝撃だったでしょうね。
私はオペラは余り詳しくなくて、このラダメス役のアラーニャも知りませんでしたが、余程気が短い人なんでしょうか?シチリア出身のフランス人ということらしいですが、ブーイングで舞台を突然降りて、しかも代役が衣装も着ずにジーンズで登場するとは、しかもミラノのスカラ座での事件だったとは非常に驚きでした。アラーニャの言い分は、「ブーイングに対して、なんの擁護も起こらなかったので、頭にきたことはたしかだね、シチリア人だしね。だけど、冷静さは保っていたよ。劇場に残っていたし、誰かが呼びにくると思ったんだが、劇場側は、代役をたてたということですよ........今後の公演のことは、劇場に電話をしたけど、誰も何も回答しないが、14日には出演するつもりで、ここにいますよ」ということのようです。
ただ、アイーダはあくまでアイーダ役が大事だと思います。デブのアイーダ役はイヤですね、いくら歌が上手くても。ミュージカルのアイーダ役の方が精悍なエチオピア王女の雰囲気があってベターだと感じるくらいです。歌はオペラがベターですが・・ マリア カラスの雰囲気ならOKですが、DVDはなさそうですね。
ともあれ、アイーダの演目とスカラ座という言葉は昔の旅の想い出を呼び起こすのに充分でした。
あれは、1992年の初夏だったでしょうか。フィレンツエでの学会があって、イタリア系のC教授が奥さん連れて行きたいものだからラボの私に「演題出せ」と言われて、NYからアリタリアでダビンチ空港へ飛び、マニュアル小ベンツのレンタカーでローマからミラノまで楽しく夫婦で学会旅行しました。
途中は別の機会に書こうと思いますが・・・・
ミラノへの朝は絶景の港町ポルトフィーノから始まりました。ジュエノバは高速で素通りしてミラノへ入り、派手なサッカー場に見とれながら、前夜に予約したホテルに到着しました。良く覚えていませんが、広大な広場の近くだったので多分ミラノ中央駅前のホテルだったように思います。Google earthで眺めてみると、それらしき建物はThe Leading Hotels of the Worldとなっていますが、かなりの高級ホテルだった覚えがあります。
ミラノはローマと異なり運転は比較的楽でしたが、玄関前で預けたあとはスカラ座にも何処へでも歩いて行った覚えがあります。ロビーでは上品そうな日本人らしき二人を見かけましたが、恐らく我々とそのご夫妻だけが日本人だったようです。
前泊のホテル経由でコンシェルジュに手配してもらったスカラ座のチケットは「ランモルメールのルチア」でした。その後、NYのメトロポリタンでもルチアは見たのですが、ヒドイモノでした。ウル覚えですが、そのNYの演出は今回のゼフレッティだったのではないでしょうか?期待にガッカリだったのでブーイングしようかと思ったくらいでした。逆に言うと、スカラ座のルチアはそれだけ素晴らしかった・・ということですね。
そのご夫妻はスカラ座でもお見かけしました。私達の斜め後ろでしたが多分同じコンシェルジュの手配だったのでしょう。奥様は御着物でしたが、お互いに日本人は自分達だけみたいなので話すべきか迷いながらも静かに出て家内と散歩してホテルに帰りました。
夜更けにホテルのバーに行ってみると、そのご夫妻が先にお酒を召し上がっておられました。今度は、もう会話をしない訳にもいきませんでしょう。私達は、ご一緒させていただきました。30代前半の私達と、50代前半のご夫婦でしたが、ルチアの話もホドホドに、お互いの趣味や何故ミラノのこのホテルにやって来たのかなど楽しくお話させていただきました。アッという間に深夜になり「お別れ」をしましたが、今と違ってメールアドレスの交換や写真携帯などなく、残念ですが完全に連絡不能の状況です。もし、このブログを読まれていれば・・と思いますが絶対に無理でしょう。
アイーダ事件が懐かしい想い出を甦らせてくれました。
読んでくれてどうもありがとう。
コメント
コメントはまだありません。
コメントを書く