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Doctors Blog

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2006.11.07 23:10 |  診療  |  murajun  | 推薦数 : 0

学校を離れて一息ついて

未だに「イジメ問題」はスッキリとした方向性が見えてこない。加害者への配慮がこれほど行き届いた国は他に無いのではないか? ある意味では、誰にも住みやすい国であることよ・・・

虐めだけが問題で子供たちが病んでいるのでは無い。それは確かだ。中学から高校にかけての非常に難しい段階を、恐らく多くの人はギリギリでクリアしながら先に進んでいると思う。後で振り返った際、「あの場面でこうなっていたら自分は恐らく違った人生を歩んでいた・・」という感覚は誰しもが心に抱いているのではあるまいか。勿論、私にも何度かあった。

私の診療所に、ここ4~5年時々通ってきている女の子がいる。彼女は先頃、高校生を止めた。非常にしっかりした中学生という印象を最初にもった子供だった。何度かは親に連れられて来院したが、途中からは殆ど一人で来院するようになった。多くは、だるさ・頭痛・腹痛などの不定愁訴だったが、時に非常に激しい症状を呈し、夜間の救急外来へ救急搬送を私が依頼した事もあった。クラブ活動も学業もそれなりに上手くこなしていたし、充分な結果を残してもいた。ただ、笑みの中にも常に辛さが見え隠れしていたように私は感じていた。

年に数回とはいうものの気になって、来院時には心の内を探ろうと努めたが、ある日から早退する回数や倦怠感の自覚症状が強くなり、総合病院の精神科に通院するようになったパニック症候群の診断であったようだ。処方薬を服用していたものの改善は思わしくなく、私の診療所にもビタミン注射を希望して来院を繰り返すようになった。私には、精神科の通院自体が彼女の精神的負担になっているように感じられたし、問題の主体はどうしても登校自体にあるように感じられた。

しばらく姿を見なくなったと感じていたところ、久しぶりに笑顔で一人だけで診療所にやってきた。彼女は、派手ではない私服を着ていた。看護師と先に話をしていたが、学校を退学したという。ある日、学校で意識消失して大学病院の救命センターに救急搬入され、器質的機能的疾患が除外され、精神的なストレスによる意識消失との診断が下されたため、家族も納得の上で自主退学の道を選んだそうだ。成績も悪くなく、向上心もあるしっかりした子だったので、大検を受検して大学を予定通り目指すという。非常に晴れ晴れとした表情で、会話も無駄な力が抜けてナチュラルな雰囲気になっていた。

私は、これで良かったのではないかと思う。虐めとは無関係であったようだが、学校が必ずしも子供たちにプラスになるとは限らない時代である。必修単位や教科なども本当に何が肝心かも判らない。教師が人生の師と尊敬できるとも限らない。良い事か悪い事か一概には言い切れないが、現代社会は非常に価値観が多様化し、選択肢が広がった。

高校を離れた事によって彼女の世界は今後大きく変わると思うが、それはきっと良い方向への変化であろうと信じる。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2006.11.07 19:33 |  その他(一般)  |  murajun  | 推薦数 : 0

地球はとても狭くなった

NHKの地球ラジオってご存知ですか? 

NHK第一放送というラジオのAM放送で、土日の夕方に生放送されている聴視者参加番組です。司会は荒川香菊さんと男性の何とかさん。日本語による全世界向けの同時生放送で、ホームページを介在させながら、毎週 世界中に住んでいる日本人達から寄せられたメールを元に様々な話題が放送されています。

国際結婚あり、仕事で長期・短期に派遣されている人あり、学生や研究者として留学している人ありです。時には日本語のわかる外国人の方のリポートやお便りもあります。私が特に好きなのは、子供達のリポートです。皆さん、少し日本語が怪しい人も居ますが、賢そうで非常にしっかりしており、次世代の日本を背負うコスモポリタンに成長してくれそうな子供ばかりで、自分の子供達をダブらせつつ楽しく聴いています。きっと、彼ら彼女らの親類縁者はラジオから流れる孫達の声を涙を堪えながら聴いている事でしょう。眼に浮かぶようです。

特集として取り上げられるテーマによっては、各国のお国柄や風俗が非常に鮮やかに色分けされていて、聴いていて驚いたり納得したりと忙しい番組でもあります。私は車を走らせながら、土曜の夕方だけ聴かせて貰っていますが、番組の運び方が鮮やかなのか、毎週聴いていてもチットモ飽きません。既に行った事のある国、行きたくても諦めた国、行こうと思いもしなかった国。いろんな国や聞いた事もない小さな田舎町にもいろんな日本人が様々に活躍している様子は、聴いていて楽しいものです。

海外旅行する自由を奪われてしまった開業医としては、他人様の旅行や海外生活の生の声をリアルタイムで聴けることは貴重で有難いものです。

私が留学していた時代にやっとインターネットが一部の人達に使われだしましたから、残念ながら94年に帰国するまで、留学先でインターネットは利用したことはありませんでした。

電話代も現在のように安くなく、無料通信ソフトなど考えた事すらありませんでしたし、留学生にとってFAXが通信の主な手段でした。たった10数年前のことなのに別世界ですね、今では子供達も海外の友人とネットで通信が容易です。

 

NHKの地球ラジオも放送開始から6年程らしく、もし留学当時に放送されていたら寂しさなんか無かったに違いないと思います。しかし、インターネットが現在のように普及してしまうと、留学してても駅前留学と大して違わず、苦労話も無くてバーチャル留学みたいで逆にツマラナイかもしれません。大リーグなんて全く有り難味が無くなり、日米交流試合はそのうち行われなくなるでしょう。ともあれ、地球ラジオは非常に楽しい放送です。リンク先にあげておきますので是非聴いてみてください。

インターネットや衛星放送、Google Earth などが揃うと、あっという間に世界が近づいてきます。下手なフライト・シュミレーションよりずっと楽しい。更には、Live Cam 放送で世界中の今、が手に取るように判ってしまう。楽しむあなたは、神様か はたまた怪しい盗撮マニアか? 素晴らしくも恐ろしい時代になったものだ。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2006.11.07 16:30 |  旅行 / 宿  |  murajun  | 推薦数 : 0

京都のお気に入りホテル

秀吉が小説「信長の棺」で信長暗殺の黒幕として描かれたことは、原作を知らない私には少し驚きというか、こじ付け気味で不思議な気もした。そこまで謀略をめぐらした計画が完璧に達成されるのか?そこまで秀吉は凄い策略家なのか?

という前置きはさておき、京都に出来た新しいホテルの事を少々・・ Hyatt Regency 京都 である。新しいと書いたが、正確に言うと昨年まで京都パークホテルだったのだが、Hyattが買取り改装後、今年3月に新装オープンさせたものだ。パークハイアットというのも東京にあるが、パークホテルは別会社で30年以上も前からこの地に存在していた。

まだ、私が大学生の頃に何度か京都パークホテルで過ごしたことがある。理由は・・・秘密にしとく。私は京都の予備校で一年を過ごしたが、その寮がパークホテルの近所にあったため、この一帯は散歩コースでもあった。学生には贅沢なホテルであったが、静かな環境の中でシックな雰囲気の隠れ家風宿で、京都における私のお気に入りあった。

そのHyattに先日妻が宿泊した。妻には昔の秘密は話していないし、今後も多分語る事は無かろう。夏に続いて2度目の宿泊で、彼女の友人は既に3度も利用している。二人とも京都ホテルをこれまで主に利用していたが、彼女達はHyattを結構気に入ったようだ。こじんまりしていて、喧騒がホテルに入り込まないのが良いのだろう。また、ホテル周辺の雰囲気が最高である。

京都ホテルには賀茂川や御池通り、都ホテルには東山の山並みがあるし、大型老舗ホテルには善い所も少なくない。しかし、ホテル周辺を歩いて最も京都らしさを実感させてくれるのはHyattではなかろうか?俵屋も素敵だが、周辺が余りにも・・・

本能寺会館という修学旅行で利用したホテルが河原町御池にあるが、隣接する本能寺は信長自害の本能寺とは異なるものだし、本物の本能寺は某鉄筋ビルに覆い尽くされて影も形も無い。案外まわりに古の雰囲気を色濃く残して建てられたホテルは少ないものだ。全国に数あるプリンス系のホテルはお屋敷など由緒ある敷地を利用して建てられているが、周囲との調和という点では必ずしも魅力を生かしてはいない。

Hyattはその点、何処にあるのか元々気付きにくい低層のホテルで、街中にありながら木立の中にひっそりと佇んでいる。

北は、国家安康の鐘や消失した東大寺をも凌ぐ大仏殿で有名な方広寺、秀吉を祀る豊国神社、朝鮮征伐の耳塚、赤レンガの京都国立博物館などがある。東は、智積院から京都女子大・女坂を上り、阿弥陀峰の頂付近には秀吉の墓である豊国廟がひっそりと京を見下ろしている。南は、秀吉側室淀君の建立した血天井・養源院や後白河法皇由来の法住寺、西には、清盛が後白河のために建立した三十三間堂。

後白河法皇御所としての法住寺の広大な敷地が、300年後に秀吉の方広寺としてソックリ受け継がれ、一部は博物館などに姿を替えながら、その真ん中に奇跡的に佇むかのごとき洒落たホテルである。

このホテルに泊まると、清盛・後白河・秀吉などの足音が聞こえてきそうなロケーションである。

25年の時を超え、再び私のお気に入りのホテルに蘇ったHyatt Regency 京都

 

読んでくれてどうもありがとう。

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