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2006.10.27 19:14 |  医療制度 / 行政  |  murajun  | 推薦数 : 0

介護サービス公表制度

「介護サービス情報の公表制度」は、その実態が不透明であり、まずは自分自身の情報公開をしっかりやって欲しい。下手すると、建築検査機関と同じで、天下りや不正、利権などの構造になりやすいと思われる。なにしろ、我々一般の医療機関より、特殊法人の不正が遥かに性質が悪いのは論を待たないのだから・・・

今年4月から全国で「介護サービス情報の公表制度」が開始されている。介護事業所を運営されていない多くの医療従事者の方はご存知ないと思うが、問題が多すぎると当初より感じている。最近届いた「○×新聞」によると、日頃感じていたことと同様の疑問の声が全国各地で次々に上がっていることを知り、介護事業をされていない医療関係者や一般国民の皆さんにも問題点を広く知って頂きたいと思い、今回は少々まじめに介護問題を記すことにした。

 

今回の調査方法や制度の問題点を挙げると、 

実態公表の趣旨は良しとしても、本来は自治体の業務であるものを、問答無用の「条例」の形で社会福祉協議会等の半公的機関に「情報公開センター」の名前で一旦指定して中間機関として運営させ、実際にはその殆どを数ヶ所の外部の「民間調査機関へ丸投げ」し、しかも調査機関を指定した経緯が明らかでないこと。  これは、公共事業の随意契約並みの無駄なコストを発生させ、天下りや癒着の温床ともなる。そもそも社会福祉協議会が中間に入る事が無駄である。 

②根拠不明の6~7万円の手数料を各介護事業所単位に毎年支払わなければならない。例えば、同一建物に同居するデイサービスと居宅介護支援事業所などは2事業所として扱われるため、例え居宅の職員がケアマネ一人で細々とやっていても、独立して大規模施設と同額を支払う必要がある。また、前年度と全く同様の調査を行い、変更点を確認し更新するだけでも、実際に問い合わせたところ次年度以降の減額を予定していないこと。  調査される側が高すぎる調査費を支払う義務を負い、従わないと認可取り消しというのは、全く持って公務員、特殊法人的やり方だと思う。建築基準法の審査とは全く質が違う。誰でも調査内容はダウンロード出来るので見て確かめて欲しい。・・の記録はありますか?・・のマニュアルはありますか? ばっかり。零細も大規模施設も調査内容は全く一緒。数人の事業所で本当に正式なマニュアルや役割分担表がいるのか? 無駄な書類を残すために大事な介護時間が奪われてしまう。一体、零細介護事業所が年間7万円も利益を上げるのにどれだけ苦労すると思うのか?

③この手数料総額は、私の自治体では年間3億円近くになり、しかも例えばデイケアは今年度は含まれていないため、今後更に跳ね上がる予定。一夜にして経営安定企業の出来上がりである。介護施設を運営するより、調査会社を運営した方がうんと良い。調査方法はというと、HPからダウンロードした調査票にYESかNOを項目ごとに入力して、メールで返信する。振込み入金を確認すると、調査日を電話で知らせてきて、3名の係り員が半日程度訪問して記入項目にYESと記入したものだけを確認して帰るだけ。何を見るのかというと、各マニュアルが存在するか。各業務の一々が記録に残されているか。会議記録や職員指導記録が文書として残されているかなど、誠に「書類・しょるい・ショルイ・・・」の確認にしか過ぎない。医療の書類より介護の書類のほうが遥かに多いのをご存知だろうか? 

介護報酬は大幅に下がり各施設は運営さえままならず、介護職員は医療職員と比べても更に3Kの仕事に安月給で耐えて頑張っている。施設の定員が決まっており、頑張っても収入の増加の道は皆無であるのに、毎年高額な手数料を取られ続けては更なる大幅減収となり職員の昇給もままならない。介護職の離職率は今後ますます恐ろしいものとなろう。一方の調査側「業者」はネットビジネスと同じでキレイな事務所の机に座って、パソコンでファイルをアップするだけの仕事に等しいのに、とんでもない義務価格を自由に設定可能で、将来もずっと決して赤字には陥らない。そもそも調査員も一人来訪すれば充分だろう、三人は要らない。

⑤県民のための情報公開というのであれば、県の予算化の中で行うべきで、たとえ手数料負担があっても、介護事業者は自治体へ支払って、民間調査機関へは委託契約した自治体が支払うべきと思われること。

⑥その他、・・・ 田舎の認知症老人は、口コミを信じて、ネット情報なんか見もしない。

2007年4月から医療法改正に伴う「医療機能情報」制度が始まるそうですが、知っていますか? 実施主体は都道府県であるが外部委託も可能である等の点で、介護の場合と酷似しています。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2006.10.27 00:33 |  旅行 / 宿  |  映画 / 音楽 / 読書  |  murajun  | 推薦数 : 1

国銅 いにしえの奈良・・・

近頃、奈良は少し可哀そうなほどだが、本当はかつて凄い都だったんだよね。きらびやかに着飾ってはいるものの、東京や大阪や名古屋なんて全くの新参者だし、人気者の京都だって出来のいい後輩にしか過ぎないよね。

最近立て続けに、ウルサイ騒音おばさんや、元気な病気の公務員や、勉強部屋に放火しちゃった高校生や、頑張っている産科医を見捨てる自治体や、女児を殺めた写メールおやじなどのトンデモナイ話題ばっかりで、ほんとに奈良の善良な人々が気の毒になってくる。 

 

奈良国立博物館で正倉院展が開催されている。雅子様もオランダ旅行後の初めてのお泊り御公務に、聖武天皇に想いを馳せられたのか秋の奈良を選ばれ、古都を愛する国民として大変喜ばしいと感じる。しかし、正倉院の宝物は宮内庁の管理で聖武天皇の遺品であろうから、行楽シーズンに一般庶民が集う大変混雑した博物館を訪問されなくても、いつでも好きな時に自由に直接正倉院を訪問できるであろうに・・・と不思議に感じる。しかし、そうすると御公務ではなく、ただの見学旅行になってしまい何かと不都合なのであろうか?

 奈良を知るうえでは是非、国銅 を読んで欲しい。 
奈良東大寺のお話だが、人物造形も時代考証も緻密で非常に奥深く、特に大仏建造の描写はとても細かく丁寧に描かれている。気の遠くなるような単純だが命をかけた危険な作業の積み重ねが私達の胸に響き、静かな感動を覚える。

都に献上する良質の銅をつくるため、国人と言う主人公が、長門の国で懸命に歯を食いしばり銅の鉱石を採掘と精錬をする苦役に従事しているところから物語は始まる。優しき鋳銅作業のの相棒達。仏教に命を捧げる情熱的な僧や純情な故郷の娘との忘れられぬ出会いと別れ。

大仏の造営の命を受けて青年達は銅と共に奈良へ旅立った。いつ帰れるか、生きて帰れるかも全く判らない時代だ。瀬戸内海をはるばる奈良に向かい、大仏を作り上げそしてまた命がけで国に帰る、と言う長大な物語になっている。都滞在中や旅の途中で多くの仲間を失い、ただ一人だけ村に帰ると、一番会いたかった二人、師と仰いでいた景信と恋人というべき絹女が・・・・・   現代人には窺い知れない天平の世に生きる男と女のロマンを熱き想いで刻みつけた歴史小説の名作である。  

聖武天皇の時代の大多数の日本人は食うや食わずの困窮の極みにあったようだ。大化の改新により律令制が敷かれ、土地と民はすべて天皇の所有となり、重い税を課せられていた。大仏建立に携わった地方の民がどのように苦しんで労役についていたかが詳しく描かれている。天平文化を支えた多くの日本人の苦しみに思いを馳せながら奈良や東大寺を訪問されては如何だろうか?

 

この本の出版直前に帚木先生は皇太子と直接この本についてお話を交わされたという。どんな会話になったのか実に興味深い。

永遠の日本の都、奈良は素晴らしいと思う。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2006.10.27 00:14 |  スポーツ  |  murajun  | 推薦数 : 0

金太郎 vs ボボ・ブラジル

今夜は、日本ハムの優勝について感想を書くべきであろうが、それは他の日本ハムや新庄選手のファンの人に譲って・・・・  

大木金太郎が今日亡くなったそうだ。

正直なところ、まだ生きてたのか?と不謹慎にも思ったが、引退してまだ11年しかたたないらしい。プロレスラーの選手生命は非常に長いなと改めて感心している。

しかし、大木金太郎が「金 一」という名の韓国人だったとは今日までつゆぞ知らなかった。何しろ私が生まれた頃のプロレスデビューだし、あのころ在日朝鮮人だとか韓国人だとかは全く小学生には関係なかったし、いかにプロレスラーに外国籍の人が多かったといっても、アントニオ猪木がブラジル生まれだというくらいしか知らなかった。

大木金太郎が同郷の力道山に憧れて漁船で密入国したらしいが、その力道山は幼稚園のころ死んでしまったので、私にとっては「猪木か金太郎か」という位の大スターだった。小さいように思っていたが185cmもあったらしい。中学に入ってからはほとんど興味がなくなったが、小学生の時に見に行ったスポーツセンターの便所で、並んで小便したのが懐かしく思い出される(デカイ身体しか見なかったので顔が金太郎かは不確実なのだが・・・)。今なら、お客と一緒の便所は使わないだろうけど、大らかな時代だった・・・

 

見事な頭突きの後遺症からか、永年故郷の韓国で、首の障害と脳血管障害に悩まされていたらしい。

 

頭突きといえばもう一人、ボボ・ブラジルがいた。

 私の故郷の言葉では「ボボ」とは、なんと子供にとっての秘境ともいうべき「せいこおい」を直接的に意味する極めて恥ずかしい隠語であったので、小学校では女子や女性教師の目の前で「ボボ・ブラジル~~」と叫びながら男の子同士で頭突きを喰らわすのが大流行であった。

しかし、片足を大きく掲げて頭を振り落とす大木の「原爆頭突き」の方が、美しさや完成度の上からも遥かに「格上」であり、少々「石頭」には自信のあった私は、毎日のように友人の頭をフラフラしながら攻撃していた。弱い者イジメとかではなく強い者にも向かっていく、完全な「プロレスごっこ」だったので学校で問題になることもなかった。しかし相手が降参するまで頭突きをしていた頃もあったので、今思えば危険極まりない遊びに興じていたものだと思う。

そのためか、私は中学受験の志望校をワンランク下げざるをえなかったし、40代なのに物忘れが気になって仕方がない。

大木金太郎とボボ・ブラジルがいなかったら、私は今頃東大医学部を出てどこかの教授になっていたかもしれない。開業医になったことに別に後悔はないけど、大木金太郎の晩年を見るにつけ、「頭突きは良くないな・・」と、今夜は大いに反省している。

今では、全く芸能人化したプロレスに興味はわかない。

しかし、今夜の新庄の涙にはジーンと来てしまった。大学病院から離れる決心をしたときのことを思い出してウルウルしてしまった。良くやったよ、あんたは!

 

読んでくれてどうもありがとう。

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