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あの病気を理由に5年間で8日しか出勤しなかった奈良市の職員が、病気休暇中の今年8月、運転していた白いポルシェが市道の段差で傷ついたとして、市役所を訪れ補償を求めていただって? 
ナニナニ・・・ 市によると、職員は市道から県道に出る際、8センチの段差で底をすり、特殊なナットが損傷するなどした。市道の穴にタイヤがはまるなどして車に損傷が生じた場合、補償することはあるといい、市は今回も補償する方針だって?
アメリカでは、道路で転んで怪我したら簡単に訴えるって随分昔から言われてきたけど、これを今更こいつに認めちゃまずいんじゃない? 何でもアリか、奈良市は?
そんなこと認めちゃ、私の少し汚れた銀色のBoxterも同じ所を先日大仏様を見学に行った時にやられちゃって、修理に大金かかったので、あした奈良市に請求書を回すぞ、いいか? ナンチャッテ、ウソウソ。
ま、何だか嫌な気分だな。トヨタのレクサスより随分と安いのに、白いポルシェは人気が落ちるだろうな・・・
でも、当院にも似たような公務員の方がこられた事がありました。似たようなといっても、別に組織の役員さんとかじゃありません。タダのしがない公務員の方です。
ずっと、アルコールを始めとした不摂生がひどく、少なくとも来院される時は常に体調不良です。つまり酔っ払い、みたいなアル中患者に属するでしょう。確かに血液データもそこそこ悪く、実際に沢山の内服薬を常時服用されています。希望される大量の内服薬のせいでまた体調不良となり、頭が痛い、首が痛いなどなど、断続的に診断書を要求されていました。まさか、診断書イコール全部が病欠扱いで、まさか実際に長期の欠勤をされているとは、普通の労働者の感覚としては判りませんでした。少なくとも、公務員以外ではありえませんね。また通院も断続的で、薬が切れてしまい、本当に体調不良が我慢できなくなると来院して診断書・・って感じでした。
ある時、自治体の上司の方が、「この方の診断書に関してお尋ねしたい・・」と来院されました。正直に全部話しましたが、きっと職場内では改善不能の詐病と感じられたんでしょうね。しばらくして、配置転換で転勤になられました。
ある時、具合が悪いといって数ヶ月ぶりに来院されましたが、いかにも体調が悪そうでした。案の定、AST、ALTが7000台と強烈に高く、データが直ぐには出ないので一旦帰宅されてましたが、至急の検査結果報告を受け、当日夜間に緊急で呼び出し、入院先を紹介いたしました。
読んでくれてどうもありがとう。
みなさん、もう読まれましたか? いずれも、日本では全く無名だった若い女性作家の長編多次元歴史小説だという点で共通項が多いですね。マグダラのマリアの血脈を扱ったダビンチコードの大成功の余波の中に埋もれがちに出版されたのですが、ヒストリアンはNHK出版が、ラビリンスはソフトバンク出版が満を持して出版してきた魅惑の書であることを否定する人はいないと思います。さて、これらはダンブラウンのダビンチコードに追随出来るのでしょうか?

彼女が今回の作品で取り上げた東欧ルーマニアのドラキュラ伝説。映画やドラマで吸血鬼、ヴァンパイアのイメージこそ世界中の人にあれ、実際に詳しく知る人は極めて少なかったに違いない。はたしてドラキュラは現在も存在するのか? どんな伝説が横たわるのか? なぜ長い間、世界中の人々の心を捉え続けるのか? 伝説を生んだ東欧の奥深い魅力とは?
これらを余すことなく彼女の筆が描き出してくれる。老・壮・青の三世代の歴史家Historianがそれぞれの異なる時代・年代で手紙を通して夫々の思いを描き手繰り寄せる。危険な香り、他の人には託せない重要な心の絆。吸血という行為が遺伝子を受け渡すかのような時空を超えた伝説と現実。

物語は、イギリス、フランス、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラビア、トルコなど東欧を中心にヨーロッパとアメリカまで及ぶ。それらの国々を旅した者にとっては、秘密を解き明かす冒険に参加する喜びを感じることであろう。
最後は・・・・ 秘密にしておきますが、あなたはグルッと周囲を見渡したくなるでしょう。また、ルーマニアやブルガリアといった東欧諸国を旅したくなる事請け合いです。
最近は、随分と東欧を旅する事が簡単になったようですね。ベルリンの壁が崩壊する前のルーマニアは、ドラキュラ伝説で観光客を呼ぶ雰囲気ではなかったものです。いつか、1989年にルーマニアを旅した事を記したいと思います。
読んでくれてどうもありがとう。