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2006.10.23 21:41 |  スポーツ  |  murajun  | 推薦数 : 0

Negro Leagues

海の向こうでは、ワールドシリーズが行われている。

 

1993年に留学先のPhiladelphiaのチームがシリーズで惜敗したことが懐かしく思い起こされるが、これは別に書こうと思う。

カージナルスの田口もよく頑張っていて、小さな日本人としては素直に嬉しい。イチロー達スターに埋もれることなく、日本人の味を出しながら更に活躍して欲しい。しかし、かつて日本人はメジャーではなく、Negro Leaguesに所属していた時代があった。今では考えられないことだが、イジメや差別は野球界にも存在していた。

 

アメリカ野球の歴史において、肌の色が違うという差別が存在していた。この差別はNegro Leaguesと呼ばれ、20世紀前半にはメジャーリーグに隠れるようにしてLeaguesが存在していたが、財政難などから組織は非常に不安定で、チームも設立や解散を繰り返した。
果たしてその実力はどんなものだったのか? 20世紀前半のメジャーリーグ(白人)とニグロリーグでのエキシビジョンでは、メジャーが168勝、ニグロリーグが268勝という記録が残っている。
 

1845年に誕生した消防団チームの「ニッカーボッカーズ」を始めとして、アメリカの東部には他にも野球チームが誕生し始めていたが、アメリカ中に広まったきっかけになったのが南北戦争だった。多くの野球チームが誕生し始め、混沌としている中、現在まで続いているナショナルリーグが76年に結成される。しかし、一つの「紳士協定」が結ばれた。それが黒人排除という人種差別のカベ。
 

史上初の黒人野球チームとしては、ブルックリン・ユニークスとフィラデルフィア・エクセルシオールの2チームが挙げられる。南北戦争終了直後に誕生したこの2チームは67年には、「カラードクラブ・チャンピオンシップ」を戦うが、財政難と明らかな指導者の不足が発展を妨げていた。 そんな中、ルーブ・フォスターという一人の指導者が現れた。選手時代には大投手として知られていたが、黒人野球組織の設立を提唱し、1920年、中西部を中心にニグロ・ナショナル・リーグを結成した。更に23年には、東部を中心に新たな黒人リーグも誕生した。リーグの名前はイースタン・カラード・リーグといい、私が住んでいた街、フィラデルフィア・ヒルデイルもリーグに参加した。この当時、フィラデルフィアにはメジャーも2球団存在していたが、今より野球が盛んであったのだろう。両リーグはお互いを意識するあまり敵意を抱き、強力な二大リーグの確立というまでにはいかないものの、24年には両リーグの優勝チームの間で第1回ニグロ・ワールドシリーズも開催され27年までの4年間行われた。
しかし、まもなくニグロ・ナショナル・リーグは崩壊への道を歩み始める。30年にはカリスマであるフォスターが死去し、翌年には一旦リーグも崩壊したが、後に再興された両リーグでは、中断されていたニグロ・ワールドシリーズを15年ぶりに42年に再開した。

19世紀の段階で白人リーグでプレーした黒人選手も一部にいたが、正式なメジャーリーグ組織に入った黒人選手は40年代に入るまで未だいなかった。

メジャーリーグのブルックリン・ドジャースの会長は、初のメジャーリーガーとなれる黒人選手を捜していた。スカウトが見つけてきたのは、ジャッキー・ロビンソンという26歳の若者だった。

 

決して誰も知っているほどのスター選手ではないが、求められていたのは技術を持っていることと避けられない人種差別非難に耐えられる勇気があるかだった。この改革に対しチーム内部からの批判も多くあったが、全ては時間が解決した。ロビンソンを加えたドジャースはペナントを6年ぶりに奪取。ロビンソン自身も新人王を獲得した。
ロビンソンの成功から、メジャーリーグからの誘いが「ニグロリーグ」の選手たちに伸びていた。メジャーからの誘いを断る理由はあまりなく、中心選手の流出により、ファンの目もメジャーリーグに向いてしまい、観客動員激減は避けられず、1960年頃まで生きながらえるのが精一杯だった。
 

本来なら、現代のスター選手を見れば判るように野球をする上で肌の色は全く関係ない。普通に考えれば、「ニグロリーグ」が存在したことがおかしいことだ。しかし、肌の色による差別は確実に存在したし、「ニグロリーグ」も確実に存在した。 
 

クーパーズタウンの野球殿堂にも「ニグロリーグ」の選手たちが殿堂入りを果たしている。

 
Satchel Paige
2000試合以上に勝利を収め350試合以上完封したといわれる大投手。試合中に外野手を引き上げさせてから投げるなどという芸当も見せたが、客を引きつけるカリスマ性が備わっていた。
 Josh Gibson
通算本塁打は962本を打ったともいわれる長距離打者。 「黒いベーブ・ルース」という人がいるが、ルースこそ、「白いジョシュ・ギブソン」という人もいた。ヤンキースタジアムで一番遠くまで飛ばしたのはギブソン。
 

 

アメリカも色んな事を乗り越えつつ歩んでいると感じる。
基本的には好きだな、アメリカ。
 

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2006.10.23 12:55 |  趣味  |  murajun  | 推薦数 : 0

動物園は臭くてもイインジャナイ?

Back To The Zoo の巻  
 

私が週末に子供達と過ごす家は、ある南の島の大きめの街の静かな場所にある。市の中心部までタクシーで1,000円以内、自転車でも行けるが、緑が多い丘の上の動物園や植物園が近く、絶好の散歩コースとして最近利用している。子供達も成長するに従って動物園には既に興味を失いかけているが、市民は中学生までタダなので時々引っ張って連れて行くこともある。しかし、市の財政は相当にキビシイらしいので、100円でも入場料をもらって管理費にでも充てたらいいと思うのだが・・・・ で、大人はというと、通常400円なのだが動物サポーター制度というのがあって、年間1,000円以上払うとフリーパスになる。私が動物園内を散歩コースに利用しだしたのはこの制度を大変有り難いと感じたためだ。ささやかな高額納税者としては、多少はこの辺で取り返しておきたい。

散歩といっても、この動物園はアップダウンが相当に激しい。普通に進むと一周2キロ位だろうけど、春秋でも急いで歩くとたちまち息が上がりくたびれる。   動物は・・・あまり・・・見ない。   なぜかというと、柵の前に群がる家族連れが眼に飛び込んでくるから・・・。5年前に自分達が家族連れで入園してた頃もきっと同じだろうけど、My子供中心家族というのは何となく自己中心的で傍目には異様に映ることも少なくない。だから、私は黙々と鳴き声と動物臭をエンジョイしながら、自転車も通らない不審者もうろつかない安全な散歩コースとして利用している。年間1,000円はさすがに申し訳ないので、そのうち少々寄付しようと考えている。

昨日はポカポカととても天気が良かった。下の子が塾に行ってる間、上の中学生をテスト帰りに動物園に誘ってみた。下の子とは先週行った。子供は、一人ひとり連れまわした方が親子のコミュニケーションが取りやすい。そしたら、園内を歩きながら上の子がこんな事をポツリと言った。

「最近、動物園に学校から子供達を遠足に連れて行くと、後から学校にどうして臭い所に連れて行ったんだ?って父兄が電話してくる事があるらしいよ。」

ゲゲゲ・・である。動物園は臭くてもイインジャナイ? と思うのだが。何でも苦情を言ってくる人間がいる。今どき皆を納得させる事は出来るはずもない。子供を餓死させて平気でいるような親をそもそも納得させる必要があるのか? 医療事故訴訟もこんな親に言い掛かり付けられて信用なくしたら、医師人生も終わっちゃうし・・・。親自身の資格審査をキビシクして欲しい。少子化は、資源の無い日本では理に適った原理なんじゃないの?って高校生の頃には思っていた。今は、世間体を気にして発言を控えている・・・そういう自分が恥ずかしい。

話は変わるが、国内の動物園も最近かなり良くなってるみたいですね。旭川や横浜には人気の動物園があるみたいだ。何度も行きたいとは思えないが、イミテーション・サファリも増えてきてます。しかし、維持費は大変だから皆で入場料払って動物園に頑張ってもらいましょう。凄いのがあると、飛行機に乗ってでもシンガポールまで旅行したりするでしょ? 我が家もその昔に2回も行きました。アソコは凄すぎだと感じますが・・・ でも、大好きです、ナイトサファリ

 

ただ、大きけりゃイイってものでもなく、古い動物園もなかなか歴史を感じさせてくれていいもんです。「12モンキーズ」というウイルス・テロを扱った映画で、最後に動物達が全部脱走していったアメリカ最古のフィラデルフィア動物園なんか、街の姿と同じように古いまんまにしておいて欲しいと思います。

 

 

読んでくれてどうもありがとう

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