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ようやく司馬遼太郎さんの【翔ぶが如く】を読み終わった。文庫本で全10巻、およそ3500ページはあるだろうか? 同じ司馬さんの有名な【坂の上の雲】は半分も読まずに積み上がっているのだが、【翔ぶが如く】の方は実に興味深く、また面白く、ためにもなった。

あまりに長く、一息に感想を書きあげる器用さも度胸もないが、明治10年9月に西郷隆盛の死を持って終焉を迎えた西南戦争と、翌年に加賀の士族により誅された大久保の死と、官を最強の太政官制度として根付かせた立役者の川路利良の狂死を見届けてようやく現代日本の病魔の様な官僚制度の深い深い闇の様な統治機構を理解しえたような気がする。あくまでも「気がする」だけなのではあるが・・・
最近よく感じるのは、「世の中は不条理に満ちている」ということだ。特に7世紀頃から歴史に辿れる氏姓の連綿たる系譜は僕の様などこの馬の骨か判らぬような庶民には不条理に思えることも否定しえない。
天皇家・・・
藤原家・・・
源氏と平家・・・
そして、薩摩と長州・・・
ヤマト王権の成立から、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・戦国・関ヶ原・明治維新、そして第二次大戦を経て今も続く脈々たる権力の流れ・・・ 日本という国がずっと一本の粘々した様な権力層の流れの中に続いて生きたのだなぁと感じる。
読み終わって感じるのは、「西郷隆盛」の不思議さだ。写真が残されていないので表情から人物像を読むことが出来ず、どうしても伝説の様な伝記や印象深い肖像画が正しい西郷隆盛の理解を妨げているように思うが、彼は有能だったのか虚像に過ぎなかったのか・・・正直よく判らない。恐らくは征韓論争で大久保に敗れ薩摩に帰還した後は、何らかの身体的・精神的、更に言えば統率力や判断力などにも問題を抱えていたのではないか?とすら感じてしまう本書の内容であった。
しかしながら、比較するならば大久保利通よりも西郷隆盛に親しみは感じる。ただ、どうして「あんな、あの程度の西郷」をあの時代の人々は好きになったのだろうとは訝しく感じるのではあるが・・・
まあ、これだけの長編を読んでもなお西郷隆盛に関しての謎はますます深まるばかりであった。でも、面白かった・・・
(追記)
仮に先の衆議院選挙が江戸幕府(自民党支配)の終焉であったとすれば、倒幕派の民主党はもともと思想や気質が異なった長州(菅・仙谷・枝野・野田ら)と、薩摩(小沢・鳩山・ヤワラら)が一時期タッグを組んだものの、大久保(自己をミニ高杉晋作と勘違いしている菅や大久保の様な仙谷)と(自己を西郷と勘違いして、周りも勘違いして担ぎ出そうとしている)小沢とが相容れずに袂を分かって、まもなく最終戦争(西南戦争)に突入しようとしているようだ。鳩山はさしずめ島津久光みたいな感じだろうか?
もちろん、冗談だ・・・誉めすぎて我ながら恥ずかしい。でも、小沢をことさらに奉ろうとする人々が多いことには非常に驚く。既に過去の人、かつ虚像に踊らされているだけと思われるのだが・・・
読んでくれてどうもありがとう
ブログを開始してから早くも3度目の「骨折」である・・・悲惨である
2年に1度ちは・・・ ちと多過ぎやしないかい、アン?
天下の【M3 リッットマン】さんよ、お宅の【マスターカーディオロジー】って、5万円以上もするんでしょ?
勤務医の時の10数年間には1度も骨折したことが無かったのに、開業医になって・・・ビックリでんな。
勤務医の時はそんなに診察回数多くなかったからな。大学病院の外来なんて、週に2回くらいやったし。精々週に病棟回診しても聴診回数なんて100回程度だったかなぁ?
今じゃ、週に500人の聴診を毎週毎週飽きもせず続けてますよってに・・・そりゃ折れまんがな、確かに
貧相な開業医といえども、一応は循環器専門医である故、聴診器はオンボロじゃいかんよってに、またまた万札が飛んでいくのを悲しい眼で眺める今日この頃・・・ 恨めしやァ
不良品売っちゃアキマヘンがなぁ 日本製ってないんどすか?
癒し・・・という言葉は滅多に使用しないし好きな言葉ではないが、我が家のワンコたちには確かに癒される。もし今ワンコたちが居なければ、恐らく僕はストレスで倒れているかもしれない。
そのワンコたちの写真が今年から僕の診察机のパソコンの背景写真になっている。二匹のワンコが並んで座って、つぶらな瞳で僕を真正面から見つめている。元々小さいトイプーなので実物大とそうは違わないが、長い舌をペロッと出していたり、動きさえも感じるような鮮明な写真に横目でドキドキしながら毎日患者さんを診察している。
そして数週間前からはスクリーンセイバー代わりのスライドショーの画像もそのワンコたちの写真となった。ブリーダーの所で生まれた時の写真やら両親の写真やら、我が家に初めて来た時の写真やらで、まだたった2年少々の人生(犬生)ながら、よくぞ生まれてきてくれた、よくぞ我が家に来てくれた・・・と、実に感慨深いものがある。
昔から長く通院してくていれる患者さんとの最近の会話で一番多いのはそのワンコたちの写真の話である。
『まあ可愛いですね・・・ まるでお人形さんみたい・・・』
『うちもトイプー飼ってますよ・・・ えっ 二匹いるんですか?』
とか何とか言われると、診察時間の5分位スッと過ぎてしまう。これで診察代をいただいても良いのだろうか?と心配になるほどだ。
「犬はかわいいですよね・・・ 人間よりずっと可愛いです・・・」と返すことにしているが、内心では≪うちのが一番かわいいよ≫と思う。とってもかわいい・・・ 妻より可愛い・・・
生まれて今まで、9匹のワンコと暮らしてきた。他にも、カナリアや 文鳥や ジュウシマツや ハトや 鯉や 金魚などを飼って暮らしてきたが、僕はワンコ、とりわけトイプーが大好きなのである。
診察机のPCの中のワンコたち・・・片時も離れたくないのである。
読んでくれてどうもありがとう
1976年から断続的に1982年まで続いたNHKのテレビドラマ【男たちの旅路】のDVDセット全巻を数日前に思い切って購入して、土日で一気に観た・・・といっても日曜夜に患者容体が悪く呼び出され、後3話を残してはいるのだが、その記憶を書き残しておきたい。(内容は書かないが・・・)

というのも、多感な高校生の頃に受験勉強やリアル恋愛体験などそっちのけで、勉学に邪魔なテレビや読書や映画にのめり込んでいた僕にとって、この【男たちの旅路】ほど印象に残っているドラマシリーズは確かに無かったのだが、その「感動の記憶」こそ35年たってもしっかり覚えているのに「内容の記憶」がどうもキレイに失われてしまっていたようで、実は昨日観た内容も殆ど覚えていなかった。ようやく高価なDVDセットを一括購入できる身分になれたのに、お金で買えない残酷な時の流れに、そして確実に進んでいる脳の衰退に少々悲しい想いがしている。全13話をかつて熱狂して観たハズなのに・・・
どの話も山田太一さんの脚本が素晴らしいが、「非常階段」 「冬の樹」 「シルバーシート」 「流氷」 そして、まだ見返していない「車輪の一歩」が好きな作品だ。
特に高校生の娘を扱った「冬の樹」には、同じ年頃の娘を持つ父親として大いに考えさせられたし、老人問題を扱った「シルバーシート」は老いゆく両親を想い出しどうにもやるせない気持ちにさせられる。どうして山田太一さんはこれほど誰をもうならせる脚本が書けるのか? 監督よりも脚本家が重要な作品群である・・・ いつか子供たちにも見せてあげたい。

面白いのは時代背景もそうである。ミッキー吉野率いるゴダイゴは当然としても、西条秀樹やキャンディーズも登場し、パンナムなど今はなき飛行機のマークなども懐かしい。「別離」での輸血のシーンも今は昔で興味深かった。あの頃は良かった・・・と、歳をとってきたのであろう。
自分を残せる役者ってイイな・・・ ランちゃんの相棒になった水谷豊なんて実に活き活きとしているし、森田健作や柴俊夫、清水健太郎や桃井かおりなどは当時から魅力的だったのを再認識した。やはりテレビドラマって時代を色濃く映しだしていると感じる。
最近DVDセットの「大人買い」をしているが、次は同じ山田太一さんの【ふぞろいの林檎たち】を注文しようと思うし、その次は森田健作さんの【俺は男だ】が待ってくれているようだ。アメリカ物は【宇宙家族ロビンソン】を買いたい・・・とぞ思う。
出来れば夏木陽介の【青春とは何だ】とか、竜雷太の【これが青春だ】などもDVDセットで出してくれないかな? と期待しているが・・・ ムリだろうなあ???
読んでくれてどうもありがとう
今年は診療報酬と介護報酬が4月に同時改定されます。一足先に介護報酬改定の概要が1月25日に発表されました。悲惨な状況です・・・介護の世界で必死に働かれている皆さんが可哀想なくらい悲惨な改定でした。
上がってる・・・とのマスコミ報道は嘘で塗り固められていました。診療報酬ではなかなか生じない程の強烈な誤魔化しが介護の世界では容易に起こるようです。
例えば、今まで交付金として報酬外だったものを本体に組み込んで、それが無ければ完璧にマイナスであるのに一転「アップ」と称したりしています。
診療報酬では起こらない更に恐ろしい前兆が、報酬単価(1点10円)の基本がいとも簡単に地域間調整されたことでしょう。介護で破られたこの壁は医療でも迫られてくるでしょう。今回は都会優遇の報酬となりました。利用者宅への送迎距離が1時間では済まない田舎より、20分圏内で事足りる都会が優遇される矛盾です。ガソリン代も田舎の方が概して高いモノですし、田舎では人口減で職員が集まりにくく、都会と比べても人件費も安くは無いのですが。深夜の訪問とか、暗く寂しい田舎道は危険ですらあります。都会の役人さんや学者さんは田舎に暮らしてみたらどうでしょう?
そもそも大地震で崩壊する東京の遷都を考えないなんて無策・無能・放置のアンポンタンです。
しかし・・・ サービス内容によっては、10%とか15%とか、診療報酬では到底ありえない数字で介護報酬を一方的に下げてきます。中医協の様なやり取りは無いのでしょうね、介護の世界には・・・介護業界はやられっぱなしです。つまり、介護労働者はやられっぱなしです。何度も書いてきましたが、介護労働者は可哀想な官製ワーキングプアに貶められています。
医療系の介護経営者ではあまり見かけませんが、チェーン展開する様な営利業者の経営層は、上位中間層から富裕層狙いの企業は別として、一般庶民対象の場合には強烈な過剰広告イメージ作戦で利用者を囲い込み、労働者を平均220万円にも満たない様な年収で使い捨てしている場合も少なくないでしょう。民間の介護職で超勤無しでは年収250万円以上は少なく、年収300万円以上はエリート、400万円超えは幸福者、500万円超えは神のレジェンド・・という世界です。
しかし、これも官製の介護報酬から算出した賃金相場であり、低い介護報酬のクセに強烈な人員規定などの規制規制でがんじがらめにされた介護の世界の悲しいサダメ・・・なのです。
しかし、介護労働者の皆さんには国が悪い・厚労省が悪い・財務省が悪い・民主党が悪い・・・などという本質が見えないようで、どうしても給料を払う経営者が悪い・・・となるようです。結果は、ありきたりの労働者と経営者の軋轢・せめぎ合い・不仲・サヨナラ・元気でね・・・という道筋となります。一部の悪質な経営者を除く多くの経営者は自分の利益を度外視して運営を計っているのに・・・です。
野田ブタ総理になってからは「介護」という言葉は「増税」とい言葉にかき消されていった感がありますが、アホ菅の時代には「介護で雇用アップ、景気回復の起爆剤」とかなんとか、バカなのかアホウなのか狂ってるのか判らない連呼をしてました。その結果が、介護報酬の大幅削減です。すなはち、介護労働者給与の上昇抑制・削減助長です。
もう早々と年金同様に崩壊過程を邁進する介護保険制度・・・ 官製ワーキングプア製作の政策はやめて頂きたい。
そのためにはお役所仕事の様な厳しすぎる人員規定や無駄な書類書類の規制緩和が絶対に必要で、そのうえでコストを下げ、利用料も下げ、労働賃金をあげるような高回転を目指さねばならないのに、悪循環が大好きなお役人は基本的にバカとしか思えないのである。
今日も採用面接をしたが、介護労働者の待遇は自分で言うのも変だが、非常に劣悪で可哀想なほどである。それでも頑張って働いてくれる皆さんには感謝しているが、介護の世界は医療の世界からみても何とかしてあげたい・・・そういう世界である。
読んでくれてどうもありがとう
あまり引き摺りたくない話題なので一月中に始末してしまおう・・・映画の後の「トークイベント」
短いエンドロールが終わって涙を流している中年オヤジに右隣の上品な中年オバさんは気がついたかもしれない。途中で慟哭のせいで何度か座席の背が揺れたのにも気づかれたかもしれない。左隣の中年オバさんはサッと席を立ったが、ほとんど全ての人は席を離れずにゲストの登場を待った・・・
最初にぶくぶく太ったメガネの甲高い声の毛糸の頭巾を被ったオタク風の男性が現われた。係員にしては格好が下品だ。何だこいつは? しかし、どうも司会者の様だ。誰だこいつは?
続いてお待ちかねの美しい若い評論家女性が東京から到着した・・・が、70近く?の白髪のオバさんが真っ赤なダウンベストを着こんで入ってきた。ウソだろう?と一瞬思ったが、太った男性が笑顔で紹介しているので有名な評論家なのだろう? しかし、いきなりの現実引き戻しである。まあ勝手な妄想をしていた方が悪いのであるが、興味深い映画と原作の話題が待っているのだから良しとしよう。
このオバさん、元気が取り柄の様な過激派風テイストの書評家だった。決して映画評論家ではなかったし、司会者の方も市内の私大の教育スタッフだったようで、間違いなくマニアックな書評家の様子だった。
ほんの10分ほど誰でも語れるような【サラの鍵】の原作と映画化作品の違いや共通点などが語られたが、パンフレットにも書いてある程度の内容だった。そして、二人の世界はマニアックな小説や小説家、そして時折マニアックな作品が映画化された話などへ進んで行った。もはや【サラの鍵】は忘れられた存在のようだ。
司会者は何を勘違いしたのか、芥川賞を受賞した田中氏の話題へと突き進んだ。お相手のゲストもオタク仲間なのであろう、ココが映画館で、ついさっきまで地方都市の善良な映画ファンが【サラの鍵】を観終わって、【サラの鍵】に関する話を映画と小説の立場から聞きたくて話したくて席を立たずに居残っているのも理解していないようだった。オタクとはこういう人種なのであろう、と強く感じた。
二人の世界は【サラの鍵】というより【田中慎也と共食い】の不思議な世界にどっぷりと浸りきって、聴衆は戸惑いを見せ始めた。次の上映時間までの60分間のうち45分が流れてもなお、二人の世界はオタク小説評論から脱し得ず、とうとう僕を含め数名の勇気ある映画ファンが立ちあがって抗議・・・はしなかったが、会場を出て行った。イベントの終りに拍手する気などさらさら起きなかったんである。
会場を出た人々は一様に戸惑っていた様だ・・・
『なによ アレ? 途中から着いてけなかったワ』
『せめてゲストや司会者のプロフィールくらいは書いてて欲しかったわね』
『全然予想と違った。映画ファンじゃないねアイツら・・・』
『せっかく泣くほど感動したのに、腐ったデザート食べた感じよね・・』
『オタクの勘違いってこのことよね・・』
などなど愚痴のオンパレードだったが、今もなお司会者やゲストは気が付いていないのでシャクに障る・・・
後でゲストのTwitterを読んだが、何にも感じてなかった様子だ・・・ あんなんで評論家になれるんなら僕だってなれるさ・・・と正直思う。
映画の後に正体不明の「トークイベント」は避けるべし・・・
これが今回学んだ教訓であった・・・天国から地獄とはこのことだ
僕のブログの読者に限らず、映画と小説を両方好きな人にとっては、「映画を先に観るか、それとも原作が先か・・? はたまた片方しか観ない・読まない主義なのか?」というのは永遠のテーマであろう・・・
そんな僕の気持をくすぐった宣伝文句のトークイベントに魅かれて【サラの鍵】という映画作品を観ることになった。
後で気付いたらポスターに出ている主人公の女性はクリスティー・スコット・トーマスさんだった。実は僕は彼女の大ファン・・・これまでもブログで【モンタナの風に吹かれて】と【海辺の家】について書いたこともある。だが、主人公が彼女だとは全く知りもせずスクリーンを前にした。それくらい前情報も全く無くて映画館に足を運んだのも珍しい。内心、後に続くトークイベントのゲスト女性に期待したのであろう。何事も期待し過ぎはダメだという教訓を得た一日となった・・・
≪映画が先か・・・ 原作が先か・・・≫ この命題が最初から最後まであまり上等でない頭の中をグルグル廻って少々困った妙な一日だった。もちろん、映画の存在も知らない僕は原作も読んだはずは無く、フィクションかノンフィクションかも知らずに物語に浸った。そして何度か涙が出た。つまり、期待以上にイイ映画だったのである。皆さんにもお薦めしたい。
ただ、原作に引きずられて映画の良さが消されてしまったり、あまりにも原作とかけ離れたストーリーに嫌悪感を抱いたり、陳腐な映像化に激怒したり、想像を越えた映像の世界に感嘆の声をあげたりと、映画によって、また小説によって、あるいは書評家なのか映画評論家なのかによっても観方は大きく異なることだろう。この日のゲストの豊崎さんと司会役の太った男性はモロに書評家のほうだったようで、その件は次回に書くとする・・・
小説と映画の違いとして豊崎さん達は触れなかったが、主演俳優のイメージや過去の代表作の役どころに引きずられてしまうことがある。今回は正にそれだった・・・いい意味でも悪い意味でも。

スコット・トーマスは45歳の高齢妊娠をして生むか産まないかの葛藤をしてしまう。あることに熱中してる間に夫の関係が冷えてしまい、思春期を迎えた長女との関係も微妙で、他の人に猛烈に興味を抱いて時が残酷に流れて行く。生むべきか生まざるべきか・・・この辺りがロバートレッドフォードと共演した【モンタナの風に吹かれて】と凄く被るのである。
原作と映画化の違いとしては、この【モンタナの・・】の場合には、原作ではスコット・トーマスが演じた女性はレッドフォード演じる男性の子供をモンタナで妊娠してNYで一人で生むのだが、映画では妊娠したかどうか不明のまま彼女はモンタナを離れるのである。
今回の【サラの鍵】では、スコット・トーマスはパリで妊娠して夫から離れ、NYで夫の望まない子供を一人で生むのである。ずっと最後まで、生むのか生まないのか・・・が頭から離れなかったので困った困った。
もう一点は、【サラの鍵】ではスコットトーマスがパリのアパートの本当の所有者が収容所で死んだサラという女性の家族のものだと知り、なんとかその事実をサラに知らせようと必死にパリやNYやフィレンツェなどを巡るのであるが、一体サラを探してどうしたいのか?という疑問が付きまとうのである。自分たちが受け継いだアパートをユダヤ人一家に返すつもりなのか? どこにも「返す」という言葉は出てこないのであるが、「夫に反対されても返すんだろうか? 返すさ、キット」という声が頭に響くのである。
これはやはりスコットトーマスの【海辺の家】と凄く重なってしまうのである。

こちらは映画の原作は存在しないようであるが、癌に犯され死を前にした別れた亭主と一緒に必死に建てた【海辺の家】を息子とともに、昔起こした交通事故の被害者家族を探し出してお詫びにプレゼントする結末なのだが、直接ではなく間接的な当事者に過ぎないのに不当に悲惨な環境に陥った人々に謝罪したい・・・という気持ちが、映画の中で強烈に重なるのだった。

そもそもスコットトーマスという美女は僕のストライクど真ん中の女優なのだが、夫とはどうもうまくいかない苦悩する本能で生きる女性なのであろう。フランス語も英語もパーフェクトな女優として彼女に白羽の矢がたったと思うが、このような設定・人生がはまり役なのであろう・・・実生活でも3人の子を儲けながらも離婚したそうだ。人生とは難しい・・・
そんな訳で、「原作か、映画か・・・」だけでなく、「あの映画か、この映画か・・・」などに頭の中をグチョグチョに掻き回されながらも涙を流しながら【サラの鍵】を観終わったのでした。
そして、いよいよ東京から「豊崎ナントカ」さんという若くて美しい美女?のゲストをお迎えしてのトークイベントが始まろうとしていました・・・期待に胸もアソコも膨らみます
一応続く・・・
先日は久しぶりに気持ち良い天候の日曜日だった・・・
2匹のワンコ達を40分ほど散歩させながらトリミングまで連れて行ったあと、携帯で妻をデートに誘ったが相手にしてくれなかったので、すっかり葉を落とした街路樹の並木道を一人でぶらついた。そんな時はいつもなら文庫本でもポケットに忍ばせて歩くのだが、その日は珍しく忘れてしまったので、時間つぶしに何か気の利いた本を・・・と、並木道沿いの品揃えのイイ一軒の小さな本屋に向かった・・・が、生憎とまだ開店前だった。
シャッター越しの店のガラス窓に「インド美術展」のポスターと映画のポスターが貼ってあった。時々観に行くマイナー系映画小屋の聞いたこともなかった【サラの鍵】という「ユダヤ物」の映画で東京映画祭で受賞しているとか・・・ 多分マイナー女優なのだろう・・と、ポスターの女優が誰なのか良く見なかったのだが、メジャーの【J エドガー】と悩んだ末にこの不思議なタイトルの映画を観に行くこととした。
現代のパリを舞台にしたフランス映画ということにも魅かれたし、その日の初回上映後に「トークイベント」があるというのも興味があった。聴き慣れない名ながらナントカいう東京の女性が「原作を読んでから映画を観るか、観てから読むか・・・」に関して話をするようだった。映画の後で映画の原作の話を聞くのも興味深かったし、暇つぶしにお得感があったので出かけてみた・・・ 田舎者は東京モノに弱いのである。

映画館に着くと長い行列があって、整理券が配られていた。豊崎ナントカさんとはヒョットシテ有名な評論家なのだろうか? みんな映画よりもトークイベントが目当てなのだろうか? 知らないで映画館にフラッと迷い込んだのは僕だけ? などと大きな期待に胸を膨らませながら映画の始まりをまった・・・ 多分、東京のオシャレな女性評論家がパリのエスプリでも語ってくれるのでしょう・・・・と。
しかし・・・
一応続く・・・
新年明けましておめでとうございます・・・
本日、1月23日は旧暦の元旦です。当地では新春に相応しい明るい朝を迎えましたが、首都東京では夜になり記録的な積雪になっているとか・・・
新春にあたり、昨日まで着ていました汚れた白衣もズボンも下着も全部とっかえて本日の診療に当たりました。牡蠣に当たった患者が本日の最初の患者で、縁起が良いとは言えないようですが・・・
その新年最初の驚かすニュースは「首都直下型M7クラスの地震が4年以内に発生する確率は70%・・・」と実に中途半端な予測が発表されました。これまでの「今すぐ起こってもおかしくない。恐らく今後30年以内に90%以上・・」という予測とどれ程の差なのでしょうか? 70%というのは微妙です。
ホントに4年以内に首都直下型地震が生じれば「日本はアウト」でしょう。死者数を2万人以内・・・と、超甘い想定をしていますが、どうせまた「想定外」と弁解すると想定しています。実際は10万人以上の被害が出るでしょうが、東京の人達はノンキですね・・・誰が復興を助けるんでしょう? よく高いマンションが売れるものです・・・感心します、すぐ壊れるのに。

最近の地震が多いのは、「日本列島の下に住む巨大なナマズが暴れているからだ・・・」として、その尻尾を鎮める役どころをになったのが俳優の玉木君でした。最近の日本列島にはナマズではなく、丸々太った脂ぎったドジョウが大きな顔して「早く税金クレクレ 俺が白アリだ・・・」と暴れていますが、公務員給与や公共事業などの無駄遣いを徹底的に見直しもしないで全く煮ても焼いても喰えないドジョウです。こいつは昔自分が発言した内容を覚える能力さえないらしい・・・ 総理になってドンドン太るとは驚きだ。
やはり巨顔ドジョウの「鎮めの役」は関西の橋下君にお願いせねばならないのでありましょうか?

何を隠そう、昨今の地震を何とかせねば・・・と、名作ドラマ「鹿男あをによし」のDVDを購入して全10話を昨日は一気観してしまいました。東日本大震災の後で不謹慎ですが、何度見ても面白いですね。
玉木君は実にシカ顔です。柴崎幸は実にキツネ顔ですし、今は亡き児玉氏は実にネズミ顔でした。ついでに多部チャンはサカナ顔で、綾瀬チャンはネボケ顔です。
ドラマは2007年神無月の話でしたが、日本列島の地震は想定外・・・などという訳にはいかず、是非とも早急に東京からの遷都か東京一極集中を防いで下さい。そのための大阪都構想を橋下君が言い出してるのでしょうから・・・東京壊滅のその前に卑弥呼の使いの橋下君が「鎮めの儀式」をキット行うんでしょう? 今年の初夢でした・・・
そんなトンデモナイ構想の「鹿男あをによし」を見てもファンタジーだから・・で済みますが、NHK「平清盛」は遺憾ですね・・・ 先日は誉めましたが・・・
兵庫県知事の言う「汚い」とかはどうでもいいのですが・・・
まず、清盛を生んだ吹石演じる「白拍子の生母」はドラマだけのオリジナル設定だそうですね・・・いかんでしょう? 生母は平家物語の本文では祇園女御となってる様ですし、白河法皇の女房・・・として諸説あるようですから。眼の前で殺したと法皇が清盛に告げるのも嘘でしょうし・・・
また、白河法皇の逝去は清盛12歳の時・・・ 法皇の御前で舞を演じた清盛は12歳だったことになる。その12歳の清盛を松山ケンイチ君が演じてましたが、その清盛の舞を覗き見してたのが源頼朝の父である義朝(玉木君の役)で、史実では当時7歳だったとか・・・ あの長身の玉木君が7歳・・・ スゴイですね。

まあ坂本龍馬と岩崎弥太郎の友達関係もでっち上げしたNHKですから、史実がどうあれ「日本の歴史」なんて面白おかしく演出すればいいのでしょう? しかし、これでは「歴史から学ぶ」といっても、日本人は嘘の歴史でテキトーにあしらわれているだけです。受信料もらってるんだから、もう少し大河ドラマは真実に忠実であって欲しいと思います。
以上、とりとめのない新年元旦の願い事・・・です。
昨夜11時過ぎに仕事を終えて自宅に戻り、誰もいないリビングのテレビをつけたら、僕に良く似た体型の、白髪交じりのオジサンが懐かしい歌を歌ってた・・・ なんとジュリーだった。NHKの「SONGS」
派手な衣装を着たサリー(岸辺おさみ)、タロー(森本太郎)の後ろでピー(瞳みのる)がドラムをたたき、その真ん中にジュリー(沢田研二)が立っていたが、ジュリー同様に好きだったトッポ(加橋かつみ)の姿は残念ながら見つけられなかった。幸いなことにタイガースを壊したシロー(岸辺四郎)の姿もなかったが・・・
でも、僕は我が眼を疑った。あろうことか、ジュリーの体型があまりにも僕とそっくりだったのだ・・・ 顔のたるみも何となく僕に似ていた。セクシーさの欠片もなかった。
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20071010/2
1959年生まれの僕は、1968年頃にはタイガースに完璧にハマっていたものだ。寝ても覚めてもタイガース。三度の飯よりタイガース。学生服はパンタロン、ませた小学2年生だった・・・
SONGSで、【モナリザの微笑】 【君だけに愛を】 【青い鳥】 など1968年のヒット曲が謳われていたが、もう40年以上の時がたつというのに、僕は完璧にそらで歌えてしまった・・・ 夜なのに大声で、「君だけに・・・」と絶唱してしまったのだ。
しかし、時の流れのなんと残酷なことだろう・・・
番組を最初から見なかったのでよく判らないが、4人はフランクに昔の話などをしていた。「かつみもいつかは一緒に・・」とジュリーが言ってたが、どうしてトッポは参加しなかったのだろう? 1971年の解散時のわだかまりも、1982年の一時再結成の際には消えてた様なのに、その後にまた何かがあったのであろうか? 【花の首飾り】こそ僕の最も好きなタイガースの楽曲なのに・・・残念でしかたがない。
ジュリーの残酷な変貌と違って、ピーの変貌は実に好感のもてる変貌だった。さっき調べたら、ここ数カ月間の限定再結成で全国ツアーを済ましたばかりだという。どうりで危なげのない演奏だったようだ。
その ピー(芸名:瞳みのる 本名:人見 豊)は現在は北京在住らしい。慶応で中国語を専攻し、慶応高校で中国語と漢文を指導したという。あの小学生の眼にも可愛かったピーが実に味わい深い上品な64歳に変貌していたのだ。これは嬉しかった。トッポは今どんな顔をしているのであろうか? 見てみたいような、見たくないような・・・複雑な心境である。
まあ、あの沢田研二が今のあの姿なのだから、昔キムタクの様だった僕が今この姿なのも納得されようというものだ。
時は残酷だ・・・ 1968年当時に戻りたい・・・ 悩みなど何もなかったあの年頃に・・・