あるスポーツを一生懸命にやっている子ども。
練習中に転倒して、第Ⅳ中手骨骨折にて通院中です。
本日、受診した際に、親子でガムをくちゃくちゃ。
本人は、痛くないので、早く復帰したいということでしたが、礼儀を重んじるスポーツをやりながらこれですから、強くはなれないでしょうね。
こんなときには、きちんとガムを出させて診療をした方がよいのでしょうか?
昔は、指導していたのですが、最近は、そんな情熱がなくなってしまいました。
私の知り合いの皮膚科の先生で、子どもを受診させると
「おかあさん 何時に起きてますか?きちんと、朝ごはん作ってますか?」
と質問する先生がいらっしゃいます。
こんなことを言わなければいけないほど、乱れているんですよね。
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最近、ちょっと疲れ気味です。
親父の葬式があり、その後の週末は、子どものピアノコンクールの運転手。うれしかったのは、成績が良かったことです。
昨日、家に帰りついたのは、23時でした。
ゆっくり風呂に入り、体の疲れをとったのですが、あまりにも疲れすぎて、眠れませんでした。
今日から、一週間が始まりました。体が、もつのでしょうか?
今度の週末は、またまた、実家に帰る予定です。
実家までの、道のりが、またまた遠いのです。
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この春休みは、子ども達のピアノコンクールで私の週末は、ほとんどつぶれてしまいます。
先週のコンクールに出た娘は、曲の最後の音が雑で、入賞はしたものの、上位に食い込めず。
明日は、頑張って欲しいのだが、練習もしないで、漫画本を読んでいます。困ったもんです。
緊張するのは、親ばかり。
二人の子どものピアノを聞いていると、性格が演奏に出るのが不思議です。
さて、明日の結果はどうなるやら。
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今日から、話題をこれまでのように、日々感じたことを投稿します。
早速ですが、現在、若田さんが、国際宇宙ステーションに日本の実験棟「きぼう」の建設を完成させるよう頑張っていらっしゃいます。
この中で宇宙での生理機能について研究がなされています。特に、Bone Headの分野で言えば、骨粗鬆症の問題です。
宇宙では、月に平均1~2%の骨量が減少します。6ヶ月の長期にわたって宇宙に滞在すると、約9%の骨量が現象するのです。
そこで、若田さんは、ビスフォスフォネート製剤を内服しているということです。
○○製薬の人が、喜んで、「内の薬です。」と説明にきました。
結果が楽しみですね。
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あまり親父のことを書いてもいけないので、本日が、最後です。
親父が亡くなる前日の12日の「親が病気になるのは、子が不孝をしているからだ」という話がありました。
そのなかで、毎日手紙を書いて、自分の不孝をわびたら、親の病気が良くなった、という話がありました。
私も、自分が親不孝をしているから、親父もきついのではないか、それなら、私も毎日ハガキを書いてみようと思い立ちました。
親に手紙を書くのは年賀状を除けば、初めてです。
うまく書けないので、ほんの数行、
親父やお袋が病気をしたのは、自分が不孝をしているからだ。申し訳なかった。今後、親孝行をします。
とだけ書きました。
翌日の朝、私の子どもに通学途中に、ハガキを出してくれるように頼んだその時です。
実家からの電話です。
親父が死んだのです。初めて書いた私の手紙を読むことなく、親父は天国へと旅立ったのです。
私の気持ちが親父に届いて、安心して旅立ったのでしょうか。
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退院後は、再び焼酎を飲み始めました。
食事も、大きな固まりは食べることが出来ず、小さく刻んだ物ばかりで、味がしないですよね。
それに、うまくしゃべることも出来ませんから、いつもお袋と喧嘩状態です。
それに、趣味が仕事と焼酎の親父です。食事が出来ないと、力が入らない、仕事も思うように出来ないのですから、ストレスもたまるでしょう。
それを焼酎で抑えていたのでしょうか?親父の思いをするとつらかったのではないでしょうか。
頑張って生きろというのも・・・。
私も帰省するときには、焼酎を買ってあげる事にしました。
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舌癌の手術は、約8時間を要しました。運良く、舌の約1/3と下顎骨は温存できたということでした。
術後が、気管切開してあり、声も出ない状態でしたので、親父の苦しみは、表情のみでしか理解できませんでした。
翌日の15日まで、親父に付き合いました。
その後は、休暇を取った弟にバトンタッチ。私は、16日より何もなかったかのように、診療を開始しました。
週末ごとに親父の見舞いに通いました。
徐々に体につながれているチューブ類は、はずされ、歩行も可能となりました。最終的には、気管切開部分も閉鎖されたのですが、声を出すことはできませんでした。
舌がないとしゃべれないし、食事の飲み込みもうまくできないのです。
コミュニケーションも取れないし、食事もほとんど流動食のようなものじゃないとできないという、つらい生活が続いたのです。
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退院後は、食道がんの症状はなにもなかったのですが、退院後は、折角、断酒した焼酎も、再度飲み始めたのです。
自分で、がんだということで、長くない命だとも思ったのでしょうか。
今度は、平成19年の春に歯が痛いといい始めたようです。
歯医者に行けばいいものの、病院嫌いの親父は、受診しなかったそうです。やっと、受診したら、総合病院を紹介されることになるのです。しかし、その総合病院でも、対応できないということで、大学病院に転院となりました。
検査後、説明があるという事でしたが、私は、診療を休んでいくことができませんでしたので、大学病院の近くに住んでいる伯母にいってもらうことにしました。親父の姉になる人です。
説明を受けたあとに、伯母からの電話は、舌癌で、とても大きな手術になるということで、説明を聞いていて、伯母自信が、寒気がしてきた、ということでした。いっしょに聞いていた親父がとても心配だったが、説明後は、手術の話には、ふれる事ができなかった、ということだった。
日曜日に、親父の見舞いに行ったときに、親父に手術をどうするか尋ねると、受けるということでした。
ということで、平成19年8月14日に舌癌の手術を受けるたのです。
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本当に酒飲みの親父でした。
ある日、お袋が、「親父が焼酎をたくさん飲むようになったのは、出稼ぎを始めてからであり、親父もきついのを焼酎で紛らわしていたんだろう。」というようなことを言ったことがあります。
それから、私も我慢することを覚えました。それに、徐々に私も大きくなってきますので、あばれる親父を、取り押さえることも出来るようになってきました。
私が、開業してからです。親父に、焼酎も止めてみないか、と勧めると、あっさり承諾したのです。
それで、ある病院に連絡して、アルコール中毒の治療を行うことになったのです。
入院した親父は、断酒に関してもあまり苦痛ではないようでした。好きなたばこも止めたのです。
自分でも、焼酎もたばこもなかったらないでも生活できるということを言っていました。
しかし、入院精査のなかで、食道がんが発見されたのです。
学生時代の知識しかありませんが、食道がんの手術予後は、あまり良いものではないと思っていたので、たいへん落ち込みました。
主治医の先生は、根治手術をすすめられましたが、親父や家族と相談して、内視鏡下に腫瘍を摘出する方法を選択しました。
結果は、一部腫瘍が残っているということで、放射線治療を追加することになったのです。
この時点の予後としては、2-3年は、大丈夫でしょう、ということでした。
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