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2009.07.29 17:50 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  太い腹  | 推薦数 : 0

おもひでの曲

「ZOO」が20年前のヒット曲と聞かされ過ぎ去った歳月の流れにびっくりした。子供の成長を絡めると、これ以上年は取りたくないが、経験値が多くなるほど年月が過ぎるのは早いものです。

日本では年間110万人弱が亡くなります。

約1/3の30万人ががんで、第2位の心疾患と第3位の脳血管疾患で30万人で肺炎が10万人ですし、年を取って付き合いが多くなるほど死は身近にあるのでしょう。

母が無くなった6年後に同じ乳がんが発症した。

糖尿病をはじめ染色体異常など、遺伝形式が濃厚な病気は明らかになっている。がんは遺伝しないが通説であるが、入院時のカルテの記載で家族背景図を記すと、がん家系はなんとなく実感できる。

我々の体の中には大多数が正常な細胞の生まれ変わりを繰り返す中で、少数のチンピラ細胞の出現と退縮をくり返し、極々少数の不老不死のがん細胞が造られている。

元来は正常な味方(=自己)由来なので、免疫システムのちょっとした見過ごしの重なりで、米粒大にがん細胞が成長すると、宿主の免疫状態によっては手に負えなくなるらしい。

ご主人様の免疫システムの低下に繋がるであろう数十段階のステップに生活習慣が関わるのであります。つまり成長を遂げる背景によって「がん化」が進み、米粒大の「がん」を発症するので、この生活習慣を見直すことが肝要で、この理論から心筋梗塞家系も存在するのです。

持って生まれたヒトの手に負えなければ、抗がん剤で攻撃するしかありません。一昔前よりがん細胞に効き易く、残っっている免疫システムを出来るだけ温存する各種補助療法の組み合わせが医療の進歩で生まれます。

一昔後には扱い方がガラリと変わるかもしれません。

残忍な表現かもしれないが、今あるものはがんを患った先輩達の犠牲によって構築された最良のパターンで、その検証や新たな試みとしての組み合わせは、今はもちろん将来のがん患者への恩恵に繋がるのです。

「大学でモルモットにされた。」と怒りを隠せず、司法の場へ歩み進める方が時に居ますが、現状を訴え出る前に貴方のために「モルモット」になった先輩患者には感謝してください。 

目くじらを立てて、「立場になって言って下さい!」と正論らしき暴言を吐かれる方もいらっしゃいますが、私にとっては聞く耳を持たず、自らの自己主張を無理矢理通そうとする、好きになれない人種のひとりです。

「乳がん」のことや「死生観」を語り合えなくなっちゃいますね。

仕事柄多くの最後を見送りましたが、最良の医療をもってしても病に伏し生命の終わりを迎える中で、年齢相応と言われながらも望まれた死は無さそうです。

が、語り継がれる綺麗な死も少ない気がして…。

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川村カオリさん死去、38歳がん闘病の末 (日刊スポーツ)

 「ZOO」のヒットで知られ、がんを告白し闘病生活を続けていた歌手川村(かわむら)カオリさん(本名・川村かおり)が28日午前11時1分、都内の病院で、乳がんのため死去した。38歳だった。04年に乳がんが見つかり摘出手術を受けたが、その後がんの再発と転移が見つかり、抗がん剤の治療を続けていた。がんと闘いながら12年ぶりのソロ活動を再開させ、今年5月にはライブを敢行。だが、新たな転移が見つかり入院、治療に専念していた。葬儀・告別式は密葬として営まれる。喪主は弟の川村忠(ただし)さん。

 関係者によると、川村さんは家族に見守られながら、静かに息を引き取った。今年5月5日、3時間にわたりCCLemonホールのステージで歌い続けたが、新たな転移が見つかり直後に入院。治療を続けてきたが、体力が消耗していったという。そのため、7月1日にはブログで「しばらく治療に専念したいと思います」と歌手活動の休業を発表。これが最後のブログ更新だった。

 病室には前夫のギタリストのMOTOAKIも頻繁に訪れ、小2の長女とともに川村さんを励ましていた。川村さんは日本人の父と長女と3人で暮らしていた。葬儀・告別式は密葬として、ロシア正教会で営まれる。

 川村さんは04年に乳がんが見つかり摘出手術を受けた。08年1月にはリンパ節、骨、肺への転移もみつかった。抗がん剤の点滴治療を続け、今年1月には、抗がん剤治療を週に1度受けていることを明かしたが、副作用で思うように体が動かない状態が多かったという。その中で「今、自分に何ができて何を残せるか」を考え、12年ぶりにソロ活動を再開させた。高層ビルの高層階の窓で、1匹のチョウが必死に上へ向かって飛ぶ姿に励まされ、新曲「バタフライ」を発表。5月末には13年ぶりのアルバム「K」も発売した。

 川村さんのロシア人の母親も98年3月、乳がんで死去した。母と同じ病気になり、川村さんは「母も私も乳がんで、娘が同じ病気にならないことを願わない日はない」ともらしたこともあった。このほど長女と一緒に母親の故郷・ロシアを訪れ、フォトエッセー「MY SWEET HOME」を発表。その中で「ママは頑張る。生きるんだよ」とつづった。

 川村さんは88年に「ZOO」でデビュー。「神様が降りてくる夜」「翼をください」がヒットし、女優としても活動した。99年にMOTOAKIと結婚したが07年に離婚。ソロ活動を再開させ「1日1日の大切さを感じる。今後も音楽を通じてメッセージを残したい」と生きる姿勢を貫いていたが、力尽きた。[ 2009年7月29日9時57分 ]

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