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講習会のテーマは、「安全管理と災害防止」であった。
安全とは有害要因の低減や除去することを指すらしい。
この手の講義で疲れるのは、そんなことダメダメ論者の見解を長々と聞かされる場合で、大抵の場合冒頭の挨拶で「私のような未熟なものが / 高いところから失礼ですが / 釈迦に説法となりますが 」って話が進められ、退場意欲が沸きあがります。
単位が欲しいから扉を後にすることはありませんが、心の中では、『未熟なら講師を引き受けるな / 高い所じゃないと見えません / 聴衆を褒め殺して恥ずかしくないのか 』との思いが芽生え、講習会場のお絵かきタイムが始まるのです。
でも今回の労働コンサルタントは、「みなさんは現場で、とても大変ですねー」と前置きした後に始まったものだから、普段はこそばい文言も聞き流すことが出来た。
そして講義内容は、安全管理を徹底すると災害防止になるが、リスクは常にあるので「カンペキな安全は絶対にない。」との最終結論であった。
妙にスッキリした。
注意すべくは、「カンペキ」がないから、安全管理をやらなくて良いのでは無く、受け入れ可能なリスクにすることが大事である。
但しリスク評価は、その時代の社会情勢により常に変動するので、受け入れ可能なリスクに近付ける努力を惜しんではいけない。
と定義されておりました。
許容可能なリスクでは、ヒトが傷を負う過程に於いて、健康を妨げる身体上の故障度合いが左右するのである。
身体上の故障度合いによっては、取り返しの付かないであろう、許容不能なリスクに進展するからこそ、時代にあった日々の努力が肝要となる。
「何を」「誰が」「何時まで」「どれだけの資金を使って」、受け入れ可能なものになったかを検証する。 ヒトのアタマを含んだ身体を使って、お金もた~っぷり投入すると身内にも簡単に出来る形に仕上がるのです。
最後の助けどころを疲れ知らずのモノに頼った上で、どうなったらオートからヒトの手に代えるべきかを記された冊子が、事故対策マニュアルなのである。
常に上位を占める転倒事故や投薬ミスへのありふれた対策として、「見守りの強化徹底」と仰る諸兄が居ますが、何かあった時に直ぐ手を差し伸べられる距離で付き添うことが見守りであり、転び易い人に対して両側面の人員配置をすれば強化になり、後方からの支えなら徹底となろうか。
ありふれ対策の2番手は「指差し呼称」で、これを常にやるコントがレッドカーペットで放映されていて、そのうっとうしさに大笑いしました。
ただし今回の講義では、呼称し続けているうちは意味があるとを初めて知ったのです。
「意識のフェーズ」と定義され、大脳が眠っているフェーズ0から、パニック状態に陥ったフェーズ4までの5段階があり、「呼称」はフェーズ3に値するのだそうです。
「よーし、やっちゃろかー!」って、大脳の意識レベルが適度な緊張状態で、目配りや総合判断.先見力が最も良く発揮される状態になっていることを指します。
「こんな忙しいときにやっとれっか!」は、フェーズ2の定常状態で、「もう忙し過ぎて、そんなことまで出来ないよー」は、フェーズ1の疲労を感じているか居眠り状態らしいですよ。
自然に老い行くヒト × 現況の予算配分(診療報酬) = リスクの玉手箱?
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仙台市のショートステイ施設で2006年、実母=当時(86)=が転倒して骨折したのは、施設側に過失があったためとして、次女と三女が同市の施設運営会社に660万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は10日、440万円の支払いを命じた。
安福達也(やすふく・たつや)裁判官は「(実母は)重度の認知症で、施設入所後も徘徊(はいかい)など問題行動を繰り返していた。転倒は十分予測可能で、介護員を増やすか、家族に引き取りを要請すべきだった」とした。
判決によると、実母は当時、骨粗しょう症などで、06年10月から施設の利用を始めた。同31日朝、居室クロゼット内の手の届かない場所にある荷物を取ろうとして転び、右足を骨折。後に呼吸困難のため、入院先で死亡した。
運営会社側の弁護士は「過失はないと考えていたので驚いている。今後の方針は会社と話して決めたい」としている。
2009年7月13日 提供:共同通信社