こわもての人に呼び止められ、「我~、何考えとんじゃ~。あ~ん?」ってなった場合、誠意をコトバで表現すると『そのご要望に従わせて頂きます。』となる。
で、その後のアリガタイご要望は、「まぁ~、ワシも表ざたにした無いしー、お宅もヘンな噂で仕事できん様になっても困るさかいー。ここは穏便に済ましちゃるワイ。」と、目の前に2-3本の指を立てられる。
この際に、『4本がマックスでっか? / 多いほうの3000円でー』と返そうもんなら、お仕事よりも地球上で呼吸し続ける保障が薄まっちゃう訳ですね。
遠まわしのジャブは置いといて、誰にでも失敗があるから謝りましょう。
この際にこれまで、任意保険会社から入れ知恵された、自動車事故における損害賠償比率から、「絶対に謝らないで下さいね。」と、教えられている経緯が頭をよぎる事は必死です。
この場合の謝罪は、その責任を全面的に認めるものではなく、自分以上に不快な思いをさせた相手に対する誠意を発信するのです。
当然先方も謝った場面を見逃す筈は無く、全責任を押し付けられるでしょうが、その後は警察への通報と事故状況の確認に基づく、保険会社のプロに委ねたいと穏やかに進言すると良いでしょう。
個人を含む組織がらみの失敗が明らかでなくとも、その時の最高長が丁寧に頭を下げましょう。
そして出来そうな誠意を伝え、今後のカイゼンへの方針を提示すると共に、その進捗状況の報告目的として、今後再会する日を決めると、案外その場は切り抜けられ、一呼吸入ることが好天を導くかも知れません。
最高検の次長検事さんの謝罪は異例との事ですが、誠意が伝わっていないので「謝って済む問題か!」は当然の反応であります。
従って「目の前で…」と会見しながらも、莫大な補償を持参しての直接対面現場では、「謝って済む問題か! / よくもバカ面下げて来られたもんだな! / 神妙な顔つきしていても、腹の中では笑っているだろう! / こんなチンケな土産じゃ納得できない!」って、成り行きでしょうかね。
実のところ、17年を戻せる方法はありません。
見合った対価も重要でしょうが、誠意ある一発目の謝罪はもっと大事と思います。
そして、楽しいシャバ生活を誇らしげに垂れ流しているマスメディアも、過去の連行現場だけではなく、子供のバス運転手=幼児性愛者と推定無罪の中立性を欠き、正義チックに報道したことを悔い改めるべきでしょう。
失敗して、反省して、対策を練り、実行して、再検討した時に「成長」の称号が与えられるのでちゅ。
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「目の前で謝ってほしい」=憤りあらわに訴え-菅家さん・足利事件
足利事件で、菅家利和さん(62)は10日夜、東京都内で開かれた弁護団会議の終了後に記者会見した。最高検が同日、記者会見を開いて謝罪したことについて、「(当時の調べ官が)目の前で謝ってほしい」と憤りをあらわにした。
菅家さんは「謝るのは当然だ。わたしは無実の罪で17年半も拘束され、無理やり犯人にさせられた。簡単に許すわけにはいかない」と強い口調で訴えた。
弁護人の佐藤博史弁護士は、謝罪会見について連絡がなかったとし、「われわれはなぜこうなったか即時抗告審で究明していく。検察は言葉の謝罪ではなく、弁護側に協力してほしい」と話した。
[時事通信社社] [ 2009年6月10日22時28分 ]