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昨日は大きな小学校の体育館で、カラテ道場主催の少年部昇段・昇級試験日だった。インフルエンザBの高熱が21日から3日間続いた病み上がりで、事前練習でもモジモジしていたが、望みの7級に順当し息子は元気一杯完全復活。
で、その試験開始直後にグラグラ能登半島地震発生。底冷えする体育館で、天井の白熱灯を眺めるばかりで何も出来なかった。もちろん長男に目をやることさえも。
中休みに家の妻とフルB伝播お姉ちゃん、怪獣の状況を確認し、電話口での災害実況報道にそっけなく返事し、後にここが避難場所になるかも知れないと頭をよぎったが、寒さもあってか大よそ何も出来ないだろうとの考えに行き着いた。
審査会が終わりテレビ報道で悲惨な現状を確認し、身体を使ったわけでもないがぐったり。夕方に救援チームを先導したパトカーのサイレンが国道方面へと消えて行き、ヘリコプターも数台上空を行き来し、グラグラ体感余震も数回あった。
ハーバード大学の永田高志氏は、2005年8月末のハリケーン後に自ら正式の赤十字社ボランティアへの登録講習と2001年の米国同時多発テロにおける報告を踏まえ、医師としての使命感を持ち、ボランティア精神を発揮することは大切なことであるが、災害現場で医師に求められるのは明確な指揮命令系統に基づいた組織行動である。
十分な訓練を受けなければ、現場に混乱を招くだけでなく、2次被災の危険もある。医師が災害現場でボランティアとして働くことの難しさを、ハリケーンの経験を通じて改めて実感し、災害現場の“飛び入り参加医”やめようとまとめていた。
氏はボランティア応募の知らせに志願し、災害地で働くための基礎訓練として、2日間に渡り計6時間の講習会に参加することになった。50人以上の様々な年齢と人種の参加者が駆けつけた講習会は夕方6時から始まり、最初に米国赤十字社職員から現地活動に関する詳細な報告が行われた。
・ボランティアは最低2週間、できれば4週間続けて現地で活動してほしい。
・活動地域は現地の状況に応じて柔軟に変更する
・活動する現場では電力が十分に供給されていないため、携帯電話やパソコンなどの電化製品は使用不可能。
・活動参加の可否は、本部から予告なしに直接、電話で連絡する。参加可能と返事した場合は、24時間以内に指定された空港から出発する。
・現地でのボランティアの活動は2005年10月時点で、
(1)便所を含むシェルター内の掃除、
(2)被災者の食事の準備、
(3)不要になったシェルターの撤収、が主な仕事。
・現地の気候は平均35度、湿度90%以上。
・現地ではシャツとズボンを着用し活動するよう推奨され、女性ボランティアは極力、肌を露出する服装を控えなければ、安全が保証されない。
・体長10cmの巨大ゴキブリをはじめ、ネズミ、カラス、ヘビ、大型クモ、ワニなどの危険な動物が出没する。さらに蚊も多いために必ず虫除けを持参する。
・現地では原則として床の上で雑魚寝。などといった、非常に具体的な内容であったと言う。この話を聞いて、休憩時間に約10人が辞退し、2日目には50人中30人しか参加しなかった。
また2001年の米国同時多発テロにおいて、世界貿易センターの災害現場へ多くの消防士・救急隊が自主的に現場に駆けつけ、ニューヨーク市消防所属のグレン・アサエダ医師もトリアージや救助活動に従事救急隊とともに現場に駆けつけたが、世界貿易センターが崩落し、すべてのシステムが破壊された時点で、彼は医師から1人の生存者になってしまったと証言している。
米国では、ボランティア活動が社会的に高く評価される一方で、医師も含めたボランティアは不用意に災害現場に行くべきでないと戒められている。欧米の各種災害医療マニュアルでも、個人レベルでのボランティア医師の現場活動は控えるべきであると記載されている。
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避難勧告を受けてもその場を離れない人々が居る。自然災害を前にして、その脅威への不安は何処でも同じだからと悟っているのか。私も独り身なら逃げないかも知れない。体育館でのグラグラ体験で息子に目が行かなかった事からすると、悟りより恐怖感が先決するであろうから。
夕方サティに出かけると、食材売り場中央通路に防災グッズが陳列されていた。カセットボンベは買い足しておこうと思った。
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