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今日は病院のことは忘れたい一日。
買出しに近所のスーパーに行くと、青果コーナーできゅうりを振り回して喧嘩している50代の男性2人。スウエーデン人は酔っ払いは別として声高に話す人は少ないし、ましてや公共の場で喧嘩などもっての他。この二人、ごく普通のスウエーデン人にみえる。
何を喧嘩しているのかと耳をそばだてると、Burma(ビルマ、ミャンマー)の暴動について。
一方の男性は、
「ビルマの軍事政権がいけないんだ!」
それに対してきゅうりを持っている男性は、
「中国がBurmaを援助しているからいけないんだ。中国のせいだ!」
と、真剣に怒鳴りあっている。
恥ずかしながら病院勤務が始まって以来、ニュースもまともに見ていない。
そういえば昨日のMetroの一面に、Burmaで射殺された日本人ジャーナリストの写真が載っていた。
2007年9月28日Metro紙
日本ではBurma(ビルマ)ではなく、Myanmar(ミャンマー)と呼ぶ。
1989年に軍事政権が国名の英語表記をミャンマーに変更した際、日本は軍事政権を支持しミャンマーと呼ぶ立場をとった。これに対し、アメリカ、イギリス、オーストリアなどはMyanmarを認めずBurmaと呼んでいる。スウエーデンも同様で、Myanmarなる国名は全く知られていない。
私が病院で疲弊している間、毎日のトップニュースはBurmaの暴動であったようだ。中国がパイプラインやガス田の権利、軍港の貸与などの利権を得る代わりにビルマをサポートしていることはスウエーデンでも強く非難されている。これに絡めて北京オリンピックのボイコットの話まで出ている。日本もミャンマーという国名を認めていることが示すように、ごく最近まで公的援助をしていたし、日本企業も数多くミャンマーに肩入れしていると聞く。幸いスウエーデンではまだ日本が非難されるに至ってはいないようだが、、、。
今後中国はBurmaへの制裁発動を迫られることになるが、自国の経済、安全保障にとって不利な状況を招くことになる。とはいえ、オリンピックに向け国際社会との協調も保たねばならず、中国にとっては大きなジレンマであろう。
スーパーで見掛けたスウエーデン人同士の喧嘩を見て、Burma問題を考えてみた。
Burma市民や、今なお拘束されているスーチー氏のことを思えば、私の苦労なんて取るに足らないもののはずである。
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朝、懲りずに7時半に病棟へ行った。またもや誰もいなかった。
「どうしよう???」
私はもともとかなりの恥ずかしがりやだ。
知らない人は苦手。そのかわり、良く知り合えば馬鹿がつくほど親切だったりする。
そんな私にとって、この環境は劣悪だ。
日本の医学会ではヒエラルキーがものすごくて、気軽に教授になんか電話できない(人にもよるが。)私にとってのキーパーソンはやはり教授で、ここは厭でも教授に連絡をしなければと思った。
傍にいる看護士さんに外線電話の掛け方を聞いて、勇気をふりしぼって教授に電話する。
教授は車の中で、やはりご機嫌はそんなに良さそうではない。でも、仕方ないので今日は何をしたら良いか聞いた。そうしたら逆にお前は何をしたいのかと聞かれ絶句した。スケジュールも知らない私には何といったらよいのかわからなかった。しかも、彼の話すスウエーデン語はやたらに速くて聞き取りにくい。とにかくそれでも最後に「あと10分でつくから」ということであった。
その間に他のメンバーを発見したので、なんとなく紛れ込み、最終的に皆で病棟の休憩室でコーヒーを飲んでいたら教授が登場し二人で話すことになった。
とにかく業務に慣れるまでは最低、面倒を見てくれる人が必要で、複数の疾患チームを回るように、若い先生にコンピュータや病棟業務などの手ほどきをしてほしいということをお願いした。教授も毎朝私の電話を受けるのはかなわぬと、なんとか対策を立ててもらえる雰囲気になった。
今日は朝からdaVinciと呼ばれるロボットによる膀胱全摘、studer法での自己排尿型新膀胱造設である。これは膀胱を摘出しなければならないが尿道を切除する必要のない場合、小腸で新膀胱を作り、それを尿道に吻合するという比較的新しい手術である。開腹で行っても5-6時間はかかる手術で、それをロボットでやろうというのだから、どのくらいかかるのだろうか、、、。教授はこのロボットによる前立腺全摘ではヨーロッパ一の症例数を持っている。昨日は4件の前立腺全摘があった。驚異的な数である。
マッテインというスコンスカ(スコーネ地方の訛りのあるスウエーデン語)を話す可愛らしい若い先生が一緒にオペ室まで行ってくれた。途中、lost in translationの話をしたりして盛り上がった。
着替えてオペ室に入ると、看護師さんが既に術野の消毒、ドレーピングまで済ませている。すごい。日本ではありえない。そしてマッテインが手洗いをして、どんどんポートを立て始める。あっという間に臍上から内視鏡が入れられ、合計7つのポートが立った。教授と上級医が登場。当然のようにマスクをしていた私に教授が、「手洗い以外はマスクはしないことになっている」という話。マスクをした方が不潔なんだそうだ。周りを見ると皆マスクをしていない。その反面、リングや時計は禁止である。
尿管の同定、クリッピング、切除。膀胱の剥離。膀胱の外側はリガシュアーでどんどん切断されて、精嚢が露出。精管切除、あっという間にデノビエ筋膜が切開され両側勃起神経を温存、dvcが結紮なしに切開される。切開した後に連続縫合するが、殆ど出血しない。尿管は一刀両断に後壁まで切開され、膀胱と前立腺が切除された。この検体は腹腔内に転がして(?)おき、最後に摘出する。S状結腸の両側、背側を剥離し、左尿管をS状結腸の後ろを通して右側に出しておく。
次は新膀胱。小腸を手繰って虫垂を確認し、口側と肛門側の切断部を決定。回腸を約50cm切除。ここで11時半。いっせいに手を下ろしてランチタイムとなった。これにもびっくりした。日本ではどんなに長い手術でも飲まず食わずで行う。当然効率は落ちるのだが、途中でランチなんてあり得ない。
しかもスウエーデン、オペ室にジュースやお菓子を持ち込んで、術者でもマスクの横からストローで飲ませてもらったりチョコレートを口に入れてもらったりする。これも驚きである。でも、血糖値は低いより高い方が良いに決まっていると思う。
ランチの直前にロボットを覗いてみたら、モニターでは2次元にしか見えないものが見事に3次元に見える。すごい機械だ。
ランチ後、小腸小腸吻合を行い、新膀胱を作成。回腸を大部分脱管腔化して、新しく袋状に縫い直す。糸は全てモノクリルのBiosynの2-0から4-0までを使い分ける。新膀胱の縫合は1重の連続縫合である。新膀胱の縫合に先立ち新膀胱ー尿道吻合を済ませバルーンを通しておく。新膀胱の縫合の終了後両側尿管をワレス法で吻合。この際、両側尿管カテーテルを通しておく。膀胱瘻はおかない。
ざっとこんな感じであるが、手術終了は夜の9時近くであった。
教授が、「スウエーデンでは疲れたから帰っていいんだよ。」と言われたので、「日本人だから。」と答えておいた。
オペが終了したら皆雲の子を散らすようにいなくなり、、、術後管理は誰がするんだろうかと不思議だった。日本では麻酔覚醒から病棟へ戻すまで担当医はその場を離れないのが普通であるのだが、、、。
マッテインが「最後までもったね。」というので、「これが日本流なのよ。」と言ったら笑っていた。
それでも疲労には勝てず、ふらふら帰宅。再び食欲のないままベッドに倒れこんだ。
日本にいるのかスウエーデンにいるのか定かではないような遠ざかる意識の中で意識を失った。
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朝、6時半起床。
病棟に7時半。どうした訳か誰もいません。
ここでは新人へのオリエンテーションが殆どない。
医師もどんなメンバーがいるのかも知らされない。
紹介もされない。
スケジュールもわからない。
少し待っても誰も登場しないので、オフィスのある階へ下りていくと丁度みんなが出てくるところに出くわす。誰も私などには目もくれず同じ方向へ立ち去って行く。スウエーデン人は日本人と同じようにシャイですが、ここまで放置されるとどうしたら良いのかわからなくなり、悲しくなります。呆然と立ち尽くしていると、一人の女性医師が(なんとオレンジ色に髪を染めています。)やっと声を掛けてくれて、「これからレントゲンのカンファレンスにいくわよ!」ということで、一緒に行く。それから病棟に上がったらエリックがいたので、救いを求めるように見つめ、、、結局またエリックの外来に行くことになった。
エリックがプッシュしてくれたお陰で、午後にはIDカードも手に入れた。以前はgästforskare(ゲストリサーチャー)というタイトルだったのが、läkare(医師)になった。ちょっと嬉しかった。
これで手術室にも入れる。
でも、こんなに放っておかれたらどうなっちゃうんだろうと、気持ちは落ち込む一方であった。
家に帰ったら食べる気力もなくそのまま死んだように眠りについた。
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勤務2日目の今日は、教授の指示で指導医のエリックについて回ることになりました。
エリックは以前カロリンスカのHuddinge病院のchefをしていた人で、穏かそうな人です。
彼がいろいろとアレンジしてくれたお陰で、机も貰いました。
私の机から見える景色。
午前中は病棟回診。
午後はエリックの外来につきました。
それにしても移民の多いこと。
最初は、シリア人の初老の男性、その妻、それにソマリア人の通訳が登場。膀胱鏡。
次はイラン人の父親とその息子。息子が通訳。
1年半前から前立腺癌(グリソンスコア3プラス3、8分の1ヶ所、PSA3.6)で待機療法で様子を見ていた男性。今回の生検で、グリソンスコアは変わらなかったものの、8分の4箇所となり、PSAも4点台に上昇したため、前立腺全摘または小線源治療を勧める。本人、手術は気乗りせずに小線源治療を選択。スウエーデン初直腸診。日本では仰臥位ですることが多いが、こちらでは立位で前屈になってもらいます。
昨日から感じていたことですが、患者さんは治療効果よりも副作用の方をより気にするようです。医師に対する質問も副作用についてがメインで、これには少し驚きました。
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今日は記念すべきカロリンスカ病院への初出勤です。カロリンスカ病院には本院とも言えるSolnaと、少し郊外にあるHuddingeと2つあるのですが、こちらはSolna。
朝8時に教授と面会。
長身のなかなか素敵なPW教授です。奥様は基礎の教授だったのですが、最近別れてしまったとか。
すぐに白衣に着替えて、まずは病棟へ。術後の問題患者さんがいるらしくて、ベッドサイドへ回診。
午前中は教授外来につくことになりました。ポリクリに毛が生えたようなものでしょうか。今日は初日なので、起こったことをつらつらと書いてみますが、一般の方にはわかりにくいかもしれませんね。
8時半から12時まで、15分あるいは30分の間隔で合計11人の患者さんの予約が入っています。その全てが前立腺癌の患者さんです。PW教授は前立腺癌のロボット手術を得意としており、手術日は週3日、一日あたり2-3人のロボット手術をするのだそうです。ヨーロッパでは最大の患者数を誇っています。
ということで、外来の患者さんは、他院で前立腺癌と診断されロボット手術希望で受診する患者さんとロボット手術術後の患者さんでした。
私の少ない経験で知る限り、スウエーデンの病院では、医師が待合室まで足を運び、患者さんを呼びます。そして自己紹介をして握手をします。私も今日は「日本から来た同僚」と各患者さんに紹介されました。
スウエーデンにおける前立腺癌の年間あたりの新患数はおよそ10000人です。男性に発症する癌としては最も高い頻度となり、これは世界的にみても高水準です。診断は直腸または会陰から前立腺に針を刺して組織を採取してすることで行われます。腫瘍の悪性度、進展度、本人の年齢などを考慮して治療方針が決定されます。今日は3人のロボット手術希望の患者さんが受診し、前立腺のサイズなどの情報がなくても広く適応としているような印象でした。
カロリンスカにおけるロボット手術後の経過は、2日目に退院、1週間後にカテーテル抜去(ただしこれはナースがやるようです。)。3ヵ月後にPSAを測定したのち受診。このPSAに異常がなく、かつ合併症もなければ(最小限であれば)更に6ヶ月後に受診。日本に比べるとかなりラフです。ロボット手術の患者さんの92-3%は全く尿失禁を認めず、90%に勃起機能が見られるということで、かなり良い成績です。今日受診した術後3ヶ月の患者さんは、グリソンスコア3+4、pT2で、術前のPSAは4.0ng/ml、3ヶ月後は0.05未満。術後1週間以内でまだカテーテルが挿入された状態で勃起を認めたとのこと。4ヶ月後にPSAに異常がなければ、それで受診は終了なのだそうです。日本では考えられません。CTも骨シンチも術前術後通してなし。MRIなど論外。
数人目、68歳男性。AIKの帽子を被って登場。2年前にロボット手術。グリソンスコアは4+5と悪いにも関わらず、病理ではpT2。しかし、本年2月にPSA0.22、9月に0.41とダブリングタイム約半年で上昇開始。もともと病理が悪いので、内分泌治療をいつから始めるかを相談。治療の内容、副作用などを説明して、患者さんとしては次の半年後の受診まで待ちたいということでした。因みに彼はバイアグラ100mg内服中。さすがに体の大きなスウエーデン人は違います。
次は娘が医者だという70代の男性。排尿時痛と頻尿を訴えています。最近PSAが上昇傾向にあるので、以前も内服していたEulexin(Flutamid)を500mg 2xで内服再開という話になりました。かなりものわかりの悪いおじさんで、いろいろな薬をそこらじゅうに並べて、関係のないことを言っている。前のEulexinを指差して、「これは古いから駄目でしょ。」と言うのに対し教授は「大丈夫だからそれを飲みなさい。」とかなり不機嫌。医者に嫌われる患者さんってどこにでもいるんですね。結局、膀胱鏡をしたら外尿道口狭窄があって、メスで切開して終了。
次は、なんとリトアニアからの受診。ストックホルム在住というお嬢さんが通訳として同伴。英語、リトアニア語、スウエーデン語が飛び交う。68歳、PSAは4点台、生検で8本中1本にグリソンスコア2+2の癌。直腸診では、左葉のごく一部が硬い感じ。カロリンスカの病理で病理診断をやりなおした結果、待機療法かロボット手術ということになった。ロボット手術の待ち時間はおよそ2ヶ月。
術後半年で通常の受診はウプサラでしているという患者さん。ウプサラでのPSAは異常なし。EDに対してはCavajectを使用しているが、10mgでは不十分なので20mgに増量。ウプサラとストックホルムは自治体が異なるので、やりとりが面倒だということでした。
PW教授のロボット手術の症例の中で最悪な合併症を持つ患者さん受診。奥さんを伴って入室。「2つの耳より4つの耳だからね!」と説明している。術後6ヶ月。ほぼ全失禁。オペ記録を見ると、出血多く、感染があり、、「こういうのは悪いんだよね。」という解説。幸いPSAは0.05未満。6ヶ月後にこの状態であれば、多少改善しても完全に良くなることはないからということで、失禁専門の先生を受診することとなった。
本日の初診でT1cで紹介された患者さん。やはりロボット手術希望。教授が席を外した隙に、「彼は上手なの?」と聞いてきた。私は、「私は日本から来たのだけれど、ヨーロッパではナンバー1で日本でも有名でしたよ。」と言ってあげたら、「何て幸運なんだろう!」と喜んでいました。
前立腺癌の手術後の合併症を尋ねる際に、必ず、potens(勃起機能)と、incontinece(尿失禁)について聞きます。「排尿はどーう?」というのに、「vattenkast」という言葉を使っていて、、直訳すると、「水を投げる」ことになるんですよね。どうして???
こんな具合の外来でしたが、日本と違うことも数多く、、。
教授外来といえば日本では一人付き添いの医師がつくのは珍しいことではありません。それに、医師がいなくても看護師さんは必ずつきます。それが、ここではひとりぼっち。でも、1人あたり最低15分は時間が割かれているので、ある程度ゆったりしています。診察室には診察台と手洗いの台、コンピュータのおかれた机があるだけです。カルテは全て電子カルテ、しかも、診察後にdictatorで音声を記録(経過、検査結果、治療、今後の予定など)し、あとで秘書さんが打ち込むシステムになっています。その際、プライオリテイーが3段階で付けられます。これはすごいと思いました。そして、処方箋はe-receptと呼ばれ全てオンラインです。医師がコンピューターで処方をすると、患者さんはどの薬局に行っても身分証明書を提示すればパーソナルナンバーで処方薬を購入することができるのです。これもすごい。それなのに、医療コストの計算には伝票が使われ、診察後医師がチェックしなければならないのです。
患者さんの診察については、、検査は最小限で、日本の大学病院での医療に慣れている私には、全くなじめない感覚です。医療経済上は効率よいのでしょうけれど、、。臨床上では両者は両極端のような気がします。日本は検査をやりすぎだし。以前にも書きましたが、私が3月まで勤めていた大学の教授は3時間で80人は診察します。今日は3時間で結局10人。ものすごい差ですね、、、。
今日は慣れないスウエーデン語での初めての職場、必要以上に疲れてしまいました。でもとりあえず会話はかなり理解できたし、まずまずのスタートと自己満足にひたることにします。これから大変な毎日が待っているはずなのですが、あまり考えたくありません、、、。
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幼少時代にかなり頑張って(頑張らされて)ピアノを練習しました。どのくらい成熟した演奏ができるかはさておき、楽譜はかなりよめたと思います。以前は厳しかった母を恨めしく思ったこともありましたが、今となってはピアノを教えてくれたことに深く感謝。なんと素晴らしい自己表現法でありましょうか。
それから20年くらいブランクがありますが、ちょっと前から電子ピアノで再び弾き始めました。
弾き始めると、辛いこと、厭なこと全て忘れることができます。指が戻ってくると、もっともっと弾きたくなります。
そして、「弾くんだったら、やはりグランドピアノで弾きたい!」という思いは強まる一方です。
憧れはハンブルク、ニューヨークからのSteinway & Sons。でも、お値段が、、、。
Steinwayが車で言うところのロールスロイスだとすれば、ベントレーにあたるのが、ドイツ、ベルリンからのBechstein。スウエーデン国産は今まで全く耳にしたことがなかったのですが、ヨテボリからのMalmsjö。チェコからのPetrof にも興味が、、、。
昨日、今日と、何台のグランドピアノを弾いてみたでしょうか。
メーカーも大きな差ですが、ピアノのサイズ、製作年度(戦前の1920年代が良いらしい)、リノベーションなどによって、音も弾き心地も全く違います。弾き易いと感じたのがBechsteinとMalmsjö。Steinwayは、癖の強いピアノだと感じました。他に比べて響く感じもします。
勿論、音や弾き心地も大事ですが、家ではインテリアの一部となるのですから、見た目も重要です。クラシカルな黒、マホガニー、形も猫足のものはエレガント。
ウプサラで見つけたSteinway。見た途端、恋に落ちました。


1941年製作。170cm。猫足、Chippendaleがシンプルかつ美しい。色も深くて美しい茶色。
そして弾き心地は、、やはり、硬い。やはり名馬は荒馬か。
お値段は、、、日本よりは遥かに安いです。車を買う感覚でしょうか。
私にとっては、、、清水の舞台から飛び降りないと、、、でも、一生ものだから、、、。悩めるところです。
今度は本命のうちの一つ、Bechstein、180cmを弾きにいく予定です。
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