2/15は当クリニック開院記念日。その前日2/14午後から2/15に行われるWeledaセミナーにあわせ、その午前中に2名の講師のおひとり、アルベルト・ヨセフ・シュミッドリーさんにクリニックの行事としての特別講演をしていただけることになった。
昨年はイタリア人医師セルジオ・マリア・フランカルドさんが、シュタイナーへの思いを一般に向けて話したいというたっての希望があり、シュタイナーの生涯とその教育理念の大元に「愛」があることを感動的な講義によって聴かせていただいた。
今年はアルベルトさんに近代医学の父、ルネサンス時代の医学のルターともいわれるパラケルススの講義をお願いした。シュミ ドリーさんが体調を崩し、来日できないという噂が2週前に流れ、なかなか宣伝ができなかったが、午後からのセミナー参加者、シュタイナー教育関係者、わた しのゆかりの医療従事者の皆さん、そして当院スタッフなどで50名近くの参加を頂き、とても興味深いお話しを聞けた。
10 時きっかりに音楽療法士咲良さんのハープの即興演奏、の後講義がドイツ語にて入間カイさんの格調高い通訳にて始まった。ぼこくごドイツ語で行われる講義は、本当に格調が高く、わたしはドイツ語は1−2割しかわからないが心地よい。やはり昨年3時間欲しいと言われていたように 前半パラケルススの放浪の旅、そして後半パラケルススの精神性に迫ろうというテーマが、前半でおわってしまったのは残念ではあったが、十分にその人生の軌 跡・バイオグラフィーを聞いたことでパラケルスス増がつかめた気がした。そして最後にはやはり、パラケルススが唱えたのも「愛」であったのは昨年のシュタ イナーの、教育の原理の話しと通じ合い、感動的であった。
シュタイナーの本拠地となったたDornachとなりのスイスバーゼル大学の教授となったのはパラケルスス34才(1527年)そこでは革新的な教授であり、都市の部屋にとどまらず、貧しい人たちの中に入って医療を行った。
その中での印象的な言葉は、概要として
「私たちを導くのは、精神と知性でなければならない。
私たちを導くには、書物や肩書きではない。
衣装や舌が導くのでもない。
事物を深く理解すること、秘儀が私たちを導く。
愛と帰依が私たちを導く。」
彼は同業者に対しては強く批判の矛先をゆるめなかったため、滞在した都市でことごとく追い出される羽目になる、しかし、患者はみな彼を愛したという。学生もパラケルススがバーゼル大学を追われたとき、パラケルススを追い、講義室いっぱいの学生が1人だけになったという逸話もある。
また、貧しい人たちからは治療をとらず 、また金持ちからは多くの治療費をとり、貧しい人たちに分配したという。又、富を蓄えることをせず、上記のバーゼルでの言葉のように、「衣装や舌が導くのではない」ということがが印象的だ、折しも、昨クリスマスに歌った「平和の祈り」に関連して聖フランチェスコの生涯を語った「アシジの貧者」を読んでいる。清貧、愛、無知をとなえ、すべての持ち物を捨て去り、靴も履かず放浪の旅によって愛を説いたフランチェスコ・・・その放浪、回りには異邦人のように理解されず、しかし患者や貧しい人たちからは愛された・・共通点があるなあと感じながら聞いていた。
最後に
ということばで閉じられた講座は深い感動を残して終わった。
昨年のセルジオさんが案内されたシュタイナーの言葉、
シュタイナーがパラケルススを中世のアントロポゾーフ(アントロポゾフィー学徒=人智学徒)であったと言われるゆえんはここにあるのだろう。この医学を学び実践する意欲を又頂いた気がした。
病をおして渾身の講義をしていただいたアルベルトさんに、こころから感謝したい。
実はアルベルトさんには次の講演内容も決まっています(昨年決めました)Novalisです。できればノヴァーリスのコンサートと合わせた講演会にしたいと思っています。再来年ですが、乞うご期待!
昨年から、当院を使って開いていただいているアントロポゾフィー医学の年中講座の一つ、Weledaセミナーが今年も長崎から北海道まで全国から医療従事者50数名が、スイス人薬剤師アルベルト・ヨセフ・シュミドリーさんとイタリア人のセルジオ・マリオ・フランカルド医師の「マリアとヨセフ」の講義に集い、盛会裏に終了した。
10時きっかりに咲良さんのハープの即興演奏、の後講義がドイツ語にて入間カイさんの格調高い通訳にて始まった。やはり昨年3時間欲しいと言われていたように前半パラケルススの放浪の旅、そして後半パラケルススの精神性に迫ろうというテーマが、前半でおわってしまったのは残念ではあったが、十分にその人生の軌跡・バイオグラフィーを聞いたことでパラケルスス増がつかめた気がした。そして最後にはやはり、パラケルススが唱えたのも「愛」であったのは昨年のシュタイナーの、教育の原理の話しと通じ合い、感動的であった。終了後、咲良さんのピアノで、シューベルト3曲を歌って、昼休みに。
午後からはWeledaセミナー。この件はまた後ほどかけたら書きたい。昨年に引き続いて、心臓循環に関わる講座。病気のシュミドリーさんは午後はホテルに戻られ、セルジオさんだけで夕方まで講義。高血圧に関する講義。7時半過ぎ終了し、皆でバスに乗って(わたしは自家用)参加者宿泊のプラザホテル豊田に。今回は全部ベジタリアンの宴会料理(こんなの始めて)。みんな盛り上がった。
翌日はまたセルジオさんの講義のあと、シュミッドリーさんの格調高いカルディオドロンのお話し。 これがなければweledaセミナーでないといえるすばらしい講義。そしてもう一つの今回のポイントは後半にセルジオさんがオーバーヘッドで示した「星の王子さま」の、狐との会話の一説、「大切なものは目にみえない」・・・月とたんぽぽ(金子みすず)の詩を思い出した。
わたしたちは間の前にみえる患者さんに向かって、診療をしている。しかし、その症状の多くは目には見えない。みえない苦痛や痛みをいかに感じ、共感し、その人間の構成要素の中での有り様や意味を理解して治療に向かっていくことが大切であるか。毎度思うがWeledaセミナーは単なる自然医学の勉強会ではない。根底に流れる人間に対する愛を、出席する度に感じるのだ。
そして皆さんが帰り支度するという余裕がない時間に20分ほどわたしのみにコンサート、シューベルトの「さすらい人」「さすらい人が月に寄せて」「十字軍」「夕星」「ヘリオポリスI」最後にセルジオさんにちなんでカッチーニのアヴェマリアで締めさせていただいた。
最後はスタッフで今月閉店になる(本当に残念)「クックモリカワ」で打ち上げ。
来年のWeledaセミナーの予定日をきめ、来年のあげつまクリニックフォーラムの依頼を今度はセルジオさんにお願いした。予定の題目は「セルジオさんが語る、4つの気質」(仮題)。多くのシュタイナー、医療、患者さま関係者に聞いていただきたい内容になりそう、乞うご期待。
例によって、使い果たした予習が追いつくのに、週日係、ようやく今日土曜の午後も使って来週火曜までの予習を終え、8時過ぎに帰宅。久々にブログを書いている。(来年度、介護保険の予習が入ると、おそらく診療に響いてしまう、とても心配。)
明日からWeledaセミナー。
前日着のイタリア人医師講師フランカルドさん、通訳の入間カイさんと林サオダさん、 Weledaの野中さんと、会を取り仕切っていただいている、漢方薬剤師小澤裕子さん、そして私たち夫婦で、前年のようにいま亭で食事。残念明日午前講演を頼んであるシュミドリーさんはお熱を出し、ホテルで休まれることに。
今年は今亭さん、全員分をベジタリアンで作っていただいた。とてもおいしい料理にみんな大満足。しかし、その料理と楽しい話を台無しにすることがあった。
となりで宴会をやっていた10名ほどの集まりは、話の内容から教師の集まり、女性の話し方が非常に乱暴で、どういう人たちかと思ったら、修学旅行や、式や、学校でのこどもの悪口など・・・聞きたくないような内容と、ばか野郎なんて言う言葉も混じって、大声で話す。しまいにはフランカルドさんの言葉も聞こえなくなり、さすがに、静かにと声をかけたが、それでも全く静まらずわたしは怒ってうるさいとどなった。それからは静まったが、不愉快で、フランカルドさんの話も聞く気になれず、帰るまでずっと尾を引いた。今夏のセミナー、シュミドリーさんの不調といい、スタートからいやな感じ。
帰りに「にらんで」帰ってきたが・・どこの教師かと聞けば良かった。おそらくはこの近所の中学か、小学校の教師たちだろう。こんなことしてるから10年で本来一生ものの免許奪われる羽目になるような再研修を押しつけられてしまうんだ。そしてそうなる状況を、誰も助けてくれないんだ。この教師たちが社会性がないことを露呈した、いやな場面だった。
頼むから静かなおいしい料亭いま亭を喧噪の宴会飲み屋にしないで欲しい。
めちゃくちゃ忙しかった1月が過ぎ、1月最終週から今週初めは年末年始休みの1ヶ月後で、やや予約が少ないのはわかる、しかし、今週いっぱい何となくいつもより2割ほど患者さんが少ない。何故か?先週は予約は少ないがインフルエンザも当院としては珍しく来院が多かったため、時間がかかる診療にはなっていた。今週はインフルエンザは格段に少ない。
マスコミが騒いでいるが、今期の流行はピークが過ぎたのではと思っていたら、毎週送られている市内の感染症サーベイランスでも前週より少ないインフルエンザ数。新型インフルエンザは確かに恐ろしいが、通常のインフルエンザ迄混同し、健全な人たちがかかっても抗インフルエンザをどんどん使い、また予防のためには予防接種がいちばんとマスコミで医療者が騒ぎ立てるのはどうかと思う。タミフル耐性になってしまったことの反省は何処にあるのか。当院ではなるべく数才から60台までで、特に基礎疾患がない方は、まず麻黄湯または麻黄附子細辛湯をおすすめ、事情で抗インフルエンザ薬を希望される方は10才以上はリレンザ、それ以下はタミフルをやむなくだす。しかし、十分説明して納得の上で麻黄湯で治療を始めた40代の男性が3日熱が下がらないと苦情を院内で言いまくり、20−30分診療に要したことがあった。この日は他にもインフルエンザ患者が殺到した日であったため、予約患者待ちが1時間超え、かなり困った経験があってから(インフルエンザを抗インフルエンザ薬なしで克服していた時代の経験や記憶がないのだろう、3日の熱は決して長くはないのだが)、特に私のこちらが良いとのお薦めはせず、両方の治療の意味と利点欠点などを示して希望に従ってはいる。それでも6−7割のかたは漢方でと希望される。そして治癒証明をもらいに来る世代は、治療結果が確認できるが、ほとんどが漢方で1−3日で解熱している。
話しがずれた、1週間も余裕がある診療になると、ちょっと心配になるのは、良くない兆候。こういうときこそ、じっくりと患者さんと向き合えると考え直し、今日は充実した外来ができたと思う。
12時半には診療終了、4件のホルター結果(当院では優秀な心エコー専門技師の資格をもつ臨床検査技師さんがいて、ホルターも読影してくれるので非常に助かる)をカルテに記載。 1時過ぎに2階に上がると、1時半からの勉強会のメンバーが揃っており、私は弁当を食べながら、先回までのまとめた訳に眼を通す。
1時半からシュタイナーのボックス講義が書かれてあるGA221の勉強会、テキストは英語とドイツ語。前回の復習で1時間半要した・・・英語をわたしが訳して示した内容を、他の2名のドイツ語堪能なメンバーが修正する。あまりに英語訳が簡易化されているために、今回はドイツ語をしっかり訳してもらわないと大事なところがわからなくなるところだった。復習だけしておわったが充実した勉強会ではあった。
今日はそのあと、来週末の開院4周年記念講演のあとに歌う3曲のシューベルトを音楽療法士さんと合わせ。4時からは6才の自閉症の女の子に対する音楽療法に同席、30分治療を見て、その後中座して散髪へと、結構いろいろやった午後ではあった。
妻の買い物についていったが、スーパーが混んでいて、妻をそこに置き、わたしは隣の本屋に。最近はamazonで欲しい本を買っているので、本屋に行っていない。クリニックちかくの本屋はあまり興味がわくような品そろえでない。
久々の本屋は、驚くような品そろえ・・・映画ではやっているとはいえ、ブームになるとは思われなかった、今までは書店の片隅にさえなかったような「チェ・ゲバラ」 の本が、日記を中心に数冊並んでいた。ちょっと買いたくなったが・・・これはひとまず、置いておいて、以下の本を買ってしまった・・・
池田晶子 人生は愉快だ
キェルケゴール 死に至る病、原著と漫画!
ダンテ 新曲
姜 尚中 悩む力
茂木健一郎 すべては音楽から生まれる(脳とシューベルト)
後半の二人は最近TVでよく見るので一度何を言っているのか見てみようと思った。特にシューベルトを扱っているのが新鮮で、茂木さんのは読んでみたいと思った。
かれはバッハのような天上の音楽とは違ってシューベルトは生身の人間と結びついているという。彼はまたその音楽の魅力を「深い人間に対する洞察力と思索」 から来ると述べている。等身大であるが故に親しみやすいというのだ。
たしかにわたしが歌っているシューベルトは 、人間の愛と悲しみを深く感じさせる歌だ。その音楽は詩人の言葉を受けて、それをより高みと深みへと持って行き、シューベルトの音楽として高められて私たちを感動させる。それは決して思索や洞察から来るものではないと思う。シューベルトの歌はその詩によって、まったく違った様相を示す。これがおなじ人の曲かと思うほど、違う。シューベルトが一気に曲を作ったことから考えてもおそらく考えたり洞察したりではなく、バッハとは違うが、やはり彼の頭の中とは別のより高みからおりてきた歌だとしか考えられない。今年歌う10数曲を今練習中だが、昨年のうたうたとまったく違って、しかしまたとても美しい。毎回新しい歌に恋をする、という感じだ。
「私が愛を歌おうとすると、それは悲しみになった。そこで悲しみをを歌おうとすると、それは愛になった。」
このことはば心にしみる、これこそシューベルトの神髄を示しているのではないか。
少し読み流したが、文章が魅力的でなく、構成もはっきりせず、内容もあまり充実しているとは言い難く、ひょっとしたら昨年の「熱狂の日」の宣伝の為の本だったのかも知れない。シューベルトと言うことと、最近TVでよく見る人なので興味があったが、買って失敗だった。
これに比べ、悩む力、は構築力もあり、説得力もあり おもしろい、1日1テーマで読んでいこうと思う。
ところで
今メインで読んでいるのは
『アシジの貧者』 (カザンツッキ)(みすず書房)
聖フランチェスコの伝記、非常にドラマチックで感動的。もし感想が書ければ・・・読み終わったら。
正月明け、3週間は今までにない患者さんの集中で、非常に余裕のない毎日でした。最終週は正月休み4週間後で一息ついたところでした。
1/18(日)は医師会の休日診療。前回が99名とのことで、わたしは100名越えは間違いないと、スタッフさんたちにおどかされて開始、確かに前半はインフルエンザ集中、しかし、昼過ぎ2時半ごろ、天気の悪化と同時に患者さんが途切れ、思わぬティータイムを頂く。結局60数名の、この時期としてはさして多くない 外来、48名にインフルエンザチェックし、28名がA。麻黄湯が出せない休日診ではやむなく抗インフルエンザ薬を出さざるを得なかった。1名だけ、夕方来た幼児のお母さんが翌日近位受診し、漢方をもらう希望があり、タミフルを出さずに済んだ。
先月いっぱいで1名、1月半ばで1名看護師さんが辞められ、11月から1名、1月から新しい看護師さんが加わったが、加えて、4月から1名の常勤さん、1名のパートさんが来ていただけることになり 求人はひとまず終了。
懸案だった駐車場も、隣の地主さんのご厚意で、職員用の8台程度が確保でき、混雑時の患者さま駐車場がクリニック前全部使っていただけるようになった。
駐車場は開院計画時には20台ほど確保していたが、近隣に造る予定の門前薬局さんが駐車場の4台分ほどを占めたこともあり(ここは借地)、クリニックの駐車場が16−7台に減ってしまったことも痛かった。さらに職員も増え、もう一人のドクターや芸術療法士さん、栄養士さんなども前の駐車場に置くため、実質12−3台しかおけない状態になっていた。クリニックのPは開院時以外、休みや夜は使用しないので、土地の有効利用とはとても言えないが、駐車場とはそういうもの。1/30午後、地主さんと正式契約を終え、2/1から使えるようになった。昨年末に徒歩3分ほどの所に確保した7台分の駐車場もあわせ、患者さん用に23−4台が確保できた。これもホッとしたこと。
合わせて、地主さんからある、夢のような提案も受けた。すばらしい「誕生プレゼント」(わたしは1月後半の誕生日)だった。これはまた夢が現実化されていくところで、御披露したい。
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