私は共感と反感の中に生きている。
私の社会への接し方は、私たちの生活を脅かそうとする、あらゆる押し付けや締め付けに反対し、自由な精神を守って生きたいという、衝動にも似た感情と思想で一貫してきたと思っている。O高校の生徒指導の先生が、【まわりの多くの人や生徒が納得する正当な】理由もなく、制服の内側に着るシャツやセーターの色を制限し、制限を守らないでいる生徒に、指導ではすまなくなると脅しているという意味の話聞き、それに怒りを覚えるのがどうしていけないのだろう。(わたしが子供からこの話を聞いてその教師に物申すといったら、でしゃばるなと妻が言う、O高校はそんなよくない先生はいないと・・・しかしそういう問題ではないのだ。そもそもわたしが即そういうことを行動に移したことがあるだろうか・・・言葉の表面だけしか見て取れない、その裏にある危機感を感じようとしてくれないのは悲しいことだった)
以前このブログの前身のHPで書いたかもしれないが、病院の【ネクタイ強制】事件でも、私は医局会で患者「様」から身だしなみが悪い医師がいるとの指摘を受けて、全員にネクタイをと強制しようとする患者サービス担当の先生の【優等生的】意見に、即座に反対の言葉を述べた。わたしの感覚は間違っていなかったと思う。自由な精神で働くものはそれを締め付ける動きに非常に敏感だ。わたしの言葉によく言ってくれたと複数の医師が後で同意の言葉をくれた。わたしはネクタイが嫌いだ、すぐに肩がこる。そういったら院長は、ではケーシーにするようにという、ケーシーでもしまるといったら不機嫌になった。肩がこるという問題ではなく、わがままではない精神の自由が損なわれることを別の言葉で反対したのだ。
これから社会全体に締め付けが強くなってくる。教育の現場では、親がこんなことを訴えても、すでに基本法は変えられ、国の思うような考えに従う素直な教師と生徒だけが認められる時代になっていく。このまま放置していいのだろうか?
シャツの色を意味無く制限する教師よ、本当にあなたが処分をするなら、わたしは断固抗議をする。なぜならこの教師(たち)の決まりを聞かない生徒のなかに、単なるわがままなものだけでなく、こうした反骨の精神をもって対抗しようとしている生徒たちがたくさんいるはずだから。だからこそ、この不気味な教師の脅しに対し、子供たちを守るため親もしっかりと眼を光らせていなくてはならないと思うのだ。
昨年中学の同窓会で現代の不気味な状況、特に戦争をしたいとしか思われない、平和憲法蹂躙の雰囲気がある中、その危機感を示そうとして、請われて歌った3曲の中で、武満徹の【死んだ男の残したものは】を歌ったが、歌ったあとの反応を見て少しばかりがっかりした覚えがある。わたしの時代は不戦、人権の尊重を主眼とした平和憲法を誇りとし、日本が世界の平和の中心になりうると考えて育った世代・・・と思っていたが、わたしの歌に同じ気持ちを寄せてくれた人がそう多くは無い印象があった。
できうればこうした思いを持つ人々との共感を通し、今の危険な次代から、子供たちを守って行きたい。
共感の医療を大切に考えて、進んできた。今年は、新しいスタッフや、非常勤医を迎える。わたしたちを取り囲む患者さんだけでなく多くのひとを全体を受け入れて、ともに歩む医療をしたいと考えているが、一方でこうした反感も持って生きている。この流れには【共感】できないから。
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