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毎週末のサイクリング。間が2週あいてしまったが,今回は,自宅から当院を経由して,豊田安城自転車道(明治用水に沿った自転車道)を,3男と走る。9時ころに,Weledaの日焼け止めクリームを塗って出発。途中40分ほどは知って水車公園に至る。ここは3連の水車が並び,なかなか壮観。

記念写真を撮り(写真),さらにすすむと,右手に明治川神社をみ、安城市へ。国道1号線をくぐると二手に分かれる道に,右に進むと三河安城に向かう方向・・・その途中まで来て11時過ぎとなった為,引き返すことに。コンビニで弁当おにぎりなどを買い,サイクリングロード沿いの休憩所で食事。午後のは友達と遊ぼうという息子の希望に合わせるべく13時には戻った。最後の方は結構足に来て・・・自宅直前の公園で子供の自転車と絡んで転倒,もう少しで大けがというところだったが・・・お互い手や足の打撲ですんだ。自転車は少しバランスを崩すと大けがになりうるので注意注意。

往復で約40km弱の道のり。 自転車は前を向いていると,首がいたくなるのがきつい。おしりもだが・・・ 明日は筋肉痛か??

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 人間の声は本来は天から与えられた純粋な(肉体から離れた「客観的」な)ものであり,本来誰もが純粋な声を出すことが出来る。しかし、子供の頃からの音楽教育の問題、自分が音痴ではないかというコンプレックスといったこともあり、歌う際に不必要な力が加わったりして、多くの人が,純粋な声をカバーされてしまっている。その声を被ったカバーを取り除いていこうというのが,アンカバリング・ザ・ボイスだ。
 日本ではその第一人者〔こういう言い方は好まれないと思うが〕の林百香さんが午前中名古屋でグループレッスンを行い,午後,当院二階で個人レッスンを行う企画があり,その最後17時から私にレッスンをしていただいた。
 30年以上歌を勉強し,特にこの十数年は声楽の先生に習っている私だが,現代のクラッシックの発声には疑問を感じていた。下半身の力を入れて腹を支え,出来る限りの大音量を出そうとする発声をよしとするクラシックの歌い手たち(私の先生はそうでもない)。2年ほど前のNH|K
の大河ドラマ(私のうちではほとんどTVを見ないが・・・しかしなぜかこのときは時々見ていた)「新撰組」のオープニングに筋肉もりもりという感じのバスかバリトンの歌が「なーなー」というような音でうたっていた。ぞっとする声だった。こういう暴力的な声を魅力に感じる人たちがいるのだろうか、私はもっと繊細な声で歌いたいと思ったものだ。しかし,単にピアニッシモで歌うというだけではだめだ。
 アンカバーのレッスンでは、(口で言うのは難しいが)体から流れ出る声は,自分の体の中にとどまっていることが多く,その壁を取り去って,客観的に存在する声の流れに合流するようにあわせていくことで豊かな響きを得ることが出来る。子音は口の周りがあとでつらんばかりに筋肉の注意を集中し口から離れたところに発音することで体から宙に離れたところに置くように言葉をだす。この響き(音)と言葉を下半身を中心にした体を限りなく柔らかくして支えることで、自分でも音に気づかないほどしずかに吸気が出来、すべてが統合すれば決して気張ることなく大きな・遠くにとおる響きがえられる。
 なかなか言葉でうまく言えないが,このところ,歌う中で感じて,求めてきた声と共通するところがあって安心した。しかし、わたしはすべての人が,アンカバーを完全にすれば皆同じ客観的声になるという考えには,少しだけ疑問を感じた。今の時代に,私がいて,私の声を通じて発せられる私の声は,完全に客観的なものではなく,私の魂の響きを併せ持っている,だからこそ歌は魅力があるのだと思う。
 ただ,とらわれている我が声と,一瞬でもとらわれから脱した声の豊かさとは,大きな違いがあった。今日の短いレッスンの中でも感じられるものだった。

 レッスンの後,岡山まで戻られる百香さんを三河安城までお送りする車中で,いろいろお話しし,楽しかった。少し,追求してみたいと思う。

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先週の新日曜美術館での、『悲しみのキャンバス石田徹也』は心に響いた。以前、その異様な絵は見た事がある、なぜこんな絵をと思った。顕微鏡を覗いている男たちの顔が顕微鏡になっている絵、食品製造のベルトコンベア自体が自分になっている・・・象徴的に考えれば現代文明と自分自身の関係、あるいは現代文明にに巻き込まれ押しつぶされて行く人間性を書いているようにみえるが、単純な話ではなかった。自分自身の不安のなかで苦しみながら、魂を削って絵を書き続け、踏切事故で命を失った若い画家。その心の不安、苦しみを時には女友達に助けを求めながらも向きあい、絵にしていった彼、なくなる直前の自画像は真っ白いキャンバスを前に、真っ白いパレット、空の絵の具箱を前にうつろな目を見せる・・・自死なのか、事故なのかは知らないがその遠くを見る目は自分の将来を見ていたのだろうか。

芸術にて自分を表現する人たちはその魂からでてくる衝動を根本に持っているのだろう。魂も体も削って短い生涯を鮮烈に送ったピアニスト、リパッティやグールドなど、心に残る演奏をのこしたひとたちはタイプこそ違え、その魂を感じる。

私はどうだ?私の歌は?まだまだ足下にも及ばない。自分自身の心を頻繁に襲う不安は歌う事で一時的にはらわれ自分は癒されるが、そうした自分の癒しの為だけに歌っているのでは、まだまだだと思う。魂の奥から歌う事。自ら、自らを取り巻く人々や社会、その中で確かに生きている中での、苦しみ、悲しみ、悩み、喜びを、もっともっと絞り出して歌って行かなければ・・・歌をわざとらしい表現で歌うという事ではない。人の為によかろうと歌う事は偽善かもしれない。人間としての自分の中からでてくるものを歌/声にしていく事で、そうしようと努力して、シューベルトに迫っていく事で、ライフワークと言える資格が出来るのではないだろうか?

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ライアー2

★第3回あげつまクリニックオープンフォーラム速報、第2弾★
音楽療法ワークショップの後は30分のティータイム。長男の手作りのフレッシュハーブティーは今年も昨年よりさらにグレードアップして・・・うまかった!

コンサート第一部は、14台のライアーのコンサート
写真はうまく映っていませんが、この地域でライアー演奏をしている方にたくさん集まっていただきました。ライアが響くことを目標につくっていただいた星の部屋の中を美しい響きが広がりました。そもそもライアーは音楽療法の為にシュタイナーが考案した楽器で、決してコンサートをやる為につくられたものではない為、小さな音です。それが合わさってひとつの音楽になったとき、全く別の楽器が奏でられているような豊かな響きとなりました。

ライアー奏者の皆様、ありがとうございました。

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9/23当院に新しい絵がつきました。
シュタイナーの絵画療法をオランダで学んだ 村田家恵子さんに是非当院待ち合いにとお願いした、赤(マゼンダ)を主とした水彩画です。
9/24オープンフォーラムでお広めさせていただきました。
第1弾の村上智さんにつくっていただいた木彫の『初音』といい、音楽に関わる当院にふさわしい芸術で、見れば見るほどに、心が豊かになり、温かくなってきます。

ありがとうございました。

当院1Fの待ち合いに本日から移動しました。ともすると暗く、negativeな気持ちになる方に、生きる力を与えるてくれるものと思います。

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★第3回あげつまクリニック・オープンフォーラム速報、第1弾★
 音楽療法ワークショップは、日本で唯一人のシュタイナー医学音楽療法士である竹田先生をお迎えして、星の部屋で開かれました。40名の定員を少し超え、一部の方々はロフトからの見学となりました。
  まずは、導入のお話。分かりやすいことばで、シュタイナーの人間観の説明と、その人間観に基づいた音楽療法の基本をお話しいただきました。
  その中で印象に残ったのは、音楽療法は自分が何を患者さんにしたいかではなく患者さまに何が必要かを感じて行っていくことが大切だということ。

  体験ではまず数種類の大きさの銅のゴングを輪になってならして、その響きを聴き、それを聴いた参加者がそれぞれの感想を述べることから始まりました。次に鉄のゴングで同じような体験をしました(写真は鉄のゴング、私が写っています)。3種類の金属の響きの楽器の音を体験した後、今度は全部を順にならし、変化を感じ取る。さらにはライアを加え、貝や石の音も加えて、その音の変化を感じ取りました。
 目をつぶって耳を澄ませて聞いた音は、私たちの体に直接入ってきて作用をしていることが、実感されました。その作用の感じ方、表現の仕方はみんなそれぞれに違っていました。

〜みんなちがって、みんないい〜
金子みすゞのこの言葉が何度も頭の中に響いていました。

竹田先生には是非、リズム、音階などの意義に関しても機会を見つけてお話しいただきたいと思います。

 

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涼しい秋風の中、9/24オープンフォーラムを行いました。

13時から シュタイナー音楽療法士の竹田さんの、響きの楽器の体験講座

15:30から14名のライアオーケストラの演奏

そして私の歌のコンサート

それぞれ50名ほどの参加を頂、超満員の中、音を静かに聴くため、エアコンをかけずに窓を閉めたクリニック2回の星の部屋で、私自身も幸せな空間を過ごせました。〔暑かったのは申し訳ありませんでした〕

 

参加いただいた方々、ご協力いただいた方に感謝いたします。

写真含めた詳細報告はまたします。

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2006.09.22 16:00 |   |  Dr.Schubertian  | 推薦数 : 0

税理士さん面談、採用看護職員面接

14:30〜月1回のO税理士さんとの面談。
この数ヶ月、伸び悩みの状態と・・・
私がどこまで患者さんを増やしたいかという方針にかかっていると。私はじっくりと患者さまの訴えを聞きたいという気持ちは第一に持っているが、やはり専門の循環器の患者さん、または現代医療に納得しきれていない患者さんを出来るだけ診ていきたいという気持ちもあり、難しいところ。

15時から看護スタッフ希望の方と面接。
なにごとも出会いである。出会いを大切にして、一緒に働いていただきたいと思う。ぜひ当クリニックの考えに共感してのびのびと、働いていただければ。

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9/24(日)オープンフォーラムの第3回を行う予定。例によって月初には予約が少なく心配していたが、ここになって予約がたくさん入り、講演会/ワークショップおよびコンサートともにほぼ満員となった。

本日午後、院内の床と窓をクリーニング。院内の化粧は出来た。
あとは私の歌の準備など・・・
今回は10曲ほどだが、コンサート2部構成で、1部はライアーのコンサート。全部で14台集まっての合奏は、そう聴けるものではない。私自身も楽しみ。録音をいつものFさんにお願いし、出来るだけ生演奏の雰囲気を大切にした録音を計画している。
私のコンサートは以前に出したような武満徹4曲とシューベルト4曲だが、この秋のシューベルティアーデのとりの曲「夜の讃歌」(ノヴァーリス)を歌うので、これはそうは聴けない曲と思う。大変馬力がいるががんばって歌いたい。

心配していた台風もコースが変わり、当日は雨もないようで一安心。
皆様楽しみにしていてください。

予約して来れなくなった方は是非連絡ください。予約がいっぱいで待ち状態の方も出来てしまいそうですので。

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2006.09.21 23:34 |   |  Dr.Schubertian  | 推薦数 : 0

プリーモ・レーヴィへの旅

先週末、BSにて同名のドキュメンタリーを放送していた。それを、今や非常に便利になったHD録画機に録画し、途中まで見たが・・・その前に以前から買ってあった同名の本を読み始めた。
ファシスト一色になり、しかも緩やかな差別だったイタリアにドイツの手が伸びてホロコーストに巻き込まれていく渦中の人々も、はじめはそんな時代に気づかずに、楽観して生きていた。気づいたときには、アウシュビッツ行きの貨物車に・・・

途中で
三輪明宏の「戦争と平和、愛のメッセージ』も読んだ。
その一節、三輪さん自身の戦争体験
「汽車のデッキに立って出征しようとしている兵隊さんを、『死ぬなよー、帰ってこいよー』としがみついて見送る母親が、憲兵に引きずり倒され、ぶん殴られて、鉄の柱に頭をぶつけて血を流している。それを敬礼してながら見ている子供の気持ち、・・・」
『女子挺身隊』の話はもっとショッキングだ。
「そこにいたある女学生は、お母さんがいろんな色の残り毛糸を集めて編んでくれた肌着が、セーラー服の襟から少しだけ出ていたのを監督していた男に見とがめられ、『軟弱だ、けしからん』と叱責されていました。素っ裸に近い姿にされ、髪を持って引きずり回され、軍靴で蹴られ、拳で殴られー。一週間後、その女学生は亡くなりました。・・・」

私たちも、知らないうちに『アウシュビッツ行きの』貨物車に乗せられ、のせられて初めて気づくことのないように。

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