浅田さんのピアノとわたしの歌による、シューベルトのコンサート、シューベルティアーデも今年で5回目になる。
今年は浅田さんが冬にドルナッハでの神秘劇に出られるため、その練習があり、毎年11月に行っていたコンサートを7月に行うことにした。今年は暑い時期のため横浜でのコンサートはあきらめ、八ヶ岳とあげつまクリニックで行いますが、皆さん、ぜひ是非お越し下さい。
日程
7/19(日) 八ヶ岳音楽ホール「セレナーデ」にて 15時か16時開始(1週間程度で決定します)
久松重光様主催で、連絡先メールは sufihisam@ybb.ne.jp (久松重光様)
7/25(土) あげつまクリニックで 17時開始(決定)。
今回のハイライトは小学校から高校まで同級の岡野健二さんにホルンの演奏をお願いし、ホルンと歌とピアノのと言う珍しい 「流れの上で」と言う曲を御披露すること。すごくすてきな歌、今頑張って練習中。
また、浅田さんからすばらしいメッセージが届いた。これは別項にあげようと思う。
余談だが、日程を他の勉強会などから外すように熟慮して決めた後、アントロポゾフィー医学(シュタイナー医学=以下アントロ医学)関係のイベントが次々に重なり、事前に表明していたわたくしのコンサートの予定など、全く無視した勉強会が最近も計画され、正直、がっかりと言うか憤りさえ感じる。
アントロ医学関係の中心者の方々の芸術に関する比重の軽さも改めて認識。最近はアントロ関係の外国の先生が来日するたびに、折角だからと、良い意味でどん欲に、しかし悪い意味ではなんんでもかんでも講座を開く。それも突然、正直、節操がないと思う。
こちらは半年以上準備を重ね、ここに至っているのに・・・出来るだけ多くのアントロ医学関係者にも聴いて欲しかったという気持ちの逆の表れと理解して欲しい。
頭を使う勉強会ばかりでなくぜひ、コンサートで魂を解放する機会をもって欲しいなあと、わたしはおもう。が、恐らくアントロ医学関係者の参加は少ないだろうとあきらめている。
GW明けの最初の土日、たまった仕事は土曜で終わらせ(実は予習は来週水曜までしかできていない!)、きょうは妻が理事をやっているシュタイナー幼稚園、「うめの森ヴァルドルフ子ども園」のコンサート第2部、大人向けとして、仲正雄さんのコンサートがあり、聴いてきた。
前半後半で10曲余り、仲さんとしては少ないお話しで、恐らく会場の終わる時間などの関係で短めの演奏会になってしまったようだ。
お話しの上手なのはいつもの通り、そして仲さんの弾くライアのひびきは格別で、長久手文化の家の風のホールは私も子ども園のコンサートで1回歌わせていただいた事がありひびきが良いホールだとはわかっていたが、ライア1台でもとてもよく響いた。 仲さんの「作戦」に乗って寝てしまうまでは行かなかったが、のんびりとした1時間を過ごさせていただいた。
終了後、「ポランの広場」という自然食レストランでの打ち上げに参加させていただいた。ここで、第1部でライアを弾かれていた泉本さんとお会いすることが出来たのも幸運だった。 ぜひ当院で演奏会をとお誘い、チャンスがあればとの御返事を戴いた。
帰りは名古屋の一社から、高速で、豊田東インター経由で帰宅、30分ほどで帰れたのと、夜間や休日の割引があってか400円ですんだのも驚きだった。
人のコンサートを聴くと、自分も頑張りたくなる。
7/19,八ヶ岳、7/25当院でのコンサートがもう2ヶ月後にせまっている。しっかり準備したい。
先週金曜日は特別な日だった。
4年間開院時から一緒に働いてくれていた看護師さんが病棟勤務を希望されて退職された、当院のシステムを共に作りあげてくれた事に感謝、新天地でのさらなる活躍を期待したい。
そして、もう一つの出来事。午後の診療が終わったのが又8時近く、終わるとすぐに2Fにあがる、看護師免許を持つ妻と、おなじくアントロポゾフィー看護を目指す友人の看護師のMさん、当院の芸術療法士2名、そして、キリスト者共同体の司祭さんである下河辺さんが,星の部屋で待って戴いているのに合流した。急いで、山の手の和食屋さん「和楽」から配達していただいてあったお弁当をほおばり、予定より数分遅れて会は始まった。
昨年末から相談して、半年がかりで始まることになったシュタイナーの晩年の「医師と司祭のための講義」の勉強会を中心にした、医療者と宗教者との共同作業を探る会の始まりだった。
当院では慢性疾患とはいえ、循環器、生活習慣病中心で癌末期患者さんは見ることがないし、残念ながら見られる体制も余裕もない。医師と司祭の共同作業と聞いてすぐ思うのはホスピスでの宗教者の関わりだが、ここでいう共同作業はもちろんそうしたものも入るが、より広い意味がある。医師がからだと生命力に関わる部分での患者さんの問題に対するのに対し、宗教者は魂、精神の部分における支援、救済を目指す。両者は共同して患者さんの苦しみに対するが,決して双方の領域を侵すことはできない。今回は導入で、シュタイナーがこの医師と宗教者のための講義を始めた時代の状況、シュタイナー自身の状況等をうかがいながら、導入のお話を聞いた。
いつもなら疲れて、かなりつらいはずの時間だが、仕事が済んでから、休む余裕もなく9時半過ぎまで約1時間半の勉強会・・・時間が進むにつれ、元気が出てくるのを感じた。これから2ヶ月に1回ほど、当院でこうした会をすすめていく。読書会が主体だがその中でいろんな意見を出し合い、お互いの理解を深めていける、そんな気がする初会だった。
又、11月末に、医師、牧師、そして教師の3者が集まってディスカッションをする会を立ち上げる提案があり,これも楽しみ。
昨日4/16、午前診療後、院内イベントを行った。
アントロポゾフィー医学の実践をめざし、その理念を元において診療している当院ではあるが、依然院長は勉強中、実際の診療は普通の保険診療で、芸術療法は直接患者さんが療法士に治療費を支払うというかたちにして2Fで行っているいるが、芸術療法(オイリュトミー療法と、音楽療法)だけが、実際のアントロポゾフィー治療といえる。
クリニック職員は、そういうことでアントロ医学に関してそう詳しいわけでもなく、勉強しているというほどでもない。それを条件に募集はしていない。しかし、開院前の1週間の研修では、シュタイナー教育の教師近藤嘉宏さんから人間の存在のとらえ方の基本、絵画療法士の村田さんから絵画療法の実際、オイリュトミー療法士の細川明子さんからオイリュトミー療法入門を仮の窓を入れて、すきま風吹く処置室にて受けてもらった。
以降、半年に一度、患者さま、一般向けの講座は開いているが、土日に行うので、なかなか参加率が良くない、又スタッフは受付をしたりで 集中できない、そこで、今回職員向けの講座を開いた。1年前から看護職員の移動が多く、特に昨秋から年初には立て続けに看護師さんが辞められ、運良く代わりにこの4月までに4名のナースが新しく来てくれることになった(1名は出産後の復帰)。新しい職員同士の顔合わせも兼ねた会にしたいという思いだった。(私は宴会場での宴会がとても苦手、飲み会が好きな職員には申し訳ないと思うが私なりの、職員交流を考えている)
実はこの会を開こうとした最初のきっかけは この2月に閉店した豊田市の洋食屋さんクックモリカワ(Weledaセミナーの打ち上げを行ったところ)さんへのお別れコンサートを最後に行うことだった。お店を開いているご夫婦には私の歌をいていただく機会がなかった。当日会が進むにつれ、心配が・・・妻にモリカワさんはいつ来るのと聞くと、「あなたが連絡してくれたと思っていた」・・・双方思い違いで、肝心の主賓への連絡がついていなかったことを知る。気を持ち直して、モリカワさんご夫婦に思いを寄せて8曲ほど最後に歌わせていただいた。
モリカワさん、このページ見ていられたらコメントに連絡下さい。本当に済みません、又何とか機会をつくりますね。
実際の会は、予想以上に外来が延びて2時から開始、
第1部 アントロポゾフィーの基礎、3分節についてのお話しを近藤嘉宏先生から、1時間あまり。その中では問題行動を起こすこどもに関して、母親と教師が相談する場を設け、お互いにこどものことに思いを寄せながら話し合ったあと、こどもには何も言わなかったのに、翌日からこどもの行動に変化が起こったという話しが印象的だった。私たちが他の人に関して、こころから考え思ったことが、夜の間にその人に影響を及ぼすという不思議な話。アントロ的には不思議ではないのだが・・職員はどう思っただろう。
第2部 芸術療法体験
1)オイリュトミー療法 山本啓子さん
現在見ている症例を元に、オイリュトミー療法の体験を。
2)音楽療法 工藤咲良さん (写真)
実際の3種類の演奏を聴いて、みんなの感想を聞き、種明かしとして メロディー、ハーモニー、リズムの音楽の構成要素を知り、又それが体のどの部分に関係するか、又魂の思考、感情、意志とどう関係するのかを簡潔に説明してもらった。(写真)
第3部 院長コンサート、伴奏村上由紀さん
クックモリカワさんにむけて、武満徹の歌3曲、シューベルト4曲、カッチーニのアヴェマリアという構成
結局5時半を回って6時に近くなるという、長丁場の会になってしまった。ちょっと欲張ったが、職員は疲れただろうか、当院での仕事への興味や希望はわいてくれただろうか。
2月終わりから公私ともに忙しく、このBlogを始めて以来の長期空白になってしまった。この4−5月は介護委員も始まり、又小中学校の検診、それにもかかわらずポリオや3歳児検診も来るので、dutyだけで昼間はつぶれ、毎晩11時過ぎまで患者さまの心臓精密検査結果検討〜カルテ記載、紹介返書確認〜カルテ記載、そして予習にかかってしまう。 毎晩11時半から12時に夕食を食べ、1時半〜2時頃就眠し、7時に起きるという生活は余り良くないと思う。この予習の時間に、検査や治療計画を立てるだけでなく患者さんに思いを寄せながら行っているため、通常の診療時間より長くなることもある、きっと、どこかで、良い影響が出ることもあるだろう。そのためにも、私自身の睡眠時間をある程度とらないと行けない。
2/15は当クリニック開院記念日。その前日2/14午後から2/15に行われるWeledaセミナーにあわせ、その午前中に2名の講師のおひとり、アルベルト・ヨセフ・シュミッドリーさんにクリニックの行事としての特別講演をしていただけることになった。
昨年はイタリア人医師セルジオ・マリア・フランカルドさんが、シュタイナーへの思いを一般に向けて話したいというたっての希望があり、シュタイナーの生涯とその教育理念の大元に「愛」があることを感動的な講義によって聴かせていただいた。
今年はアルベルトさんに近代医学の父、ルネサンス時代の医学のルターともいわれるパラケルススの講義をお願いした。シュミ ドリーさんが体調を崩し、来日できないという噂が2週前に流れ、なかなか宣伝ができなかったが、午後からのセミナー参加者、シュタイナー教育関係者、わた しのゆかりの医療従事者の皆さん、そして当院スタッフなどで50名近くの参加を頂き、とても興味深いお話しを聞けた。
10 時きっかりに音楽療法士咲良さんのハープの即興演奏、の後講義がドイツ語にて入間カイさんの格調高い通訳にて始まった。ぼこくごドイツ語で行われる講義は、本当に格調が高く、わたしはドイツ語は1−2割しかわからないが心地よい。やはり昨年3時間欲しいと言われていたように 前半パラケルススの放浪の旅、そして後半パラケルススの精神性に迫ろうというテーマが、前半でおわってしまったのは残念ではあったが、十分にその人生の軌 跡・バイオグラフィーを聞いたことでパラケルスス増がつかめた気がした。そして最後にはやはり、パラケルススが唱えたのも「愛」であったのは昨年のシュタ イナーの、教育の原理の話しと通じ合い、感動的であった。
シュタイナーの本拠地となったたDornachとなりのスイスバーゼル大学の教授となったのはパラケルスス34才(1527年)そこでは革新的な教授であり、都市の部屋にとどまらず、貧しい人たちの中に入って医療を行った。
その中での印象的な言葉は、概要として
「私たちを導くのは、精神と知性でなければならない。
私たちを導くには、書物や肩書きではない。
衣装や舌が導くのでもない。
事物を深く理解すること、秘儀が私たちを導く。
愛と帰依が私たちを導く。」
彼は同業者に対しては強く批判の矛先をゆるめなかったため、滞在した都市でことごとく追い出される羽目になる、しかし、患者はみな彼を愛したという。学生もパラケルススがバーゼル大学を追われたとき、パラケルススを追い、講義室いっぱいの学生が1人だけになったという逸話もある。
また、貧しい人たちからは治療をとらず 、また金持ちからは多くの治療費をとり、貧しい人たちに分配したという。又、富を蓄えることをせず、上記のバーゼルでの言葉のように、「衣装や舌が導くのではない」ということがが印象的だ、折しも、昨クリスマスに歌った「平和の祈り」に関連して聖フランチェスコの生涯を語った「アシジの貧者」を読んでいる。清貧、愛、無知をとなえ、すべての持ち物を捨て去り、靴も履かず放浪の旅によって愛を説いたフランチェスコ・・・その放浪、回りには異邦人のように理解されず、しかし患者や貧しい人たちからは愛された・・共通点があるなあと感じながら聞いていた。
最後に
ということばで閉じられた講座は深い感動を残して終わった。
昨年のセルジオさんが案内されたシュタイナーの言葉、
シュタイナーがパラケルススを中世のアントロポゾーフ(アントロポゾフィー学徒=人智学徒)であったと言われるゆえんはここにあるのだろう。この医学を学び実践する意欲を又頂いた気がした。
病をおして渾身の講義をしていただいたアルベルトさんに、こころから感謝したい。
実はアルベルトさんには次の講演内容も決まっています(昨年決めました)Novalisです。できればノヴァーリスのコンサートと合わせた講演会にしたいと思っています。再来年ですが、乞うご期待!
昨年から、当院を使って開いていただいているアントロポゾフィー医学の年中講座の一つ、Weledaセミナーが今年も長崎から北海道まで全国から医療従事者50数名が、スイス人薬剤師アルベルト・ヨセフ・シュミドリーさんとイタリア人のセルジオ・マリオ・フランカルド医師の「マリアとヨセフ」の講義に集い、盛会裏に終了した。
10時きっかりに咲良さんのハープの即興演奏、の後講義がドイツ語にて入間カイさんの格調高い通訳にて始まった。やはり昨年3時間欲しいと言われていたように前半パラケルススの放浪の旅、そして後半パラケルススの精神性に迫ろうというテーマが、前半でおわってしまったのは残念ではあったが、十分にその人生の軌跡・バイオグラフィーを聞いたことでパラケルスス増がつかめた気がした。そして最後にはやはり、パラケルススが唱えたのも「愛」であったのは昨年のシュタイナーの、教育の原理の話しと通じ合い、感動的であった。終了後、咲良さんのピアノで、シューベルト3曲を歌って、昼休みに。
午後からはWeledaセミナー。この件はまた後ほどかけたら書きたい。昨年に引き続いて、心臓循環に関わる講座。病気のシュミドリーさんは午後はホテルに戻られ、セルジオさんだけで夕方まで講義。高血圧に関する講義。7時半過ぎ終了し、皆でバスに乗って(わたしは自家用)参加者宿泊のプラザホテル豊田に。今回は全部ベジタリアンの宴会料理(こんなの始めて)。みんな盛り上がった。
翌日はまたセルジオさんの講義のあと、シュミッドリーさんの格調高いカルディオドロンのお話し。 これがなければweledaセミナーでないといえるすばらしい講義。そしてもう一つの今回のポイントは後半にセルジオさんがオーバーヘッドで示した「星の王子さま」の、狐との会話の一説、「大切なものは目にみえない」・・・月とたんぽぽ(金子みすず)の詩を思い出した。
わたしたちは間の前にみえる患者さんに向かって、診療をしている。しかし、その症状の多くは目には見えない。みえない苦痛や痛みをいかに感じ、共感し、その人間の構成要素の中での有り様や意味を理解して治療に向かっていくことが大切であるか。毎度思うがWeledaセミナーは単なる自然医学の勉強会ではない。根底に流れる人間に対する愛を、出席する度に感じるのだ。
そして皆さんが帰り支度するという余裕がない時間に20分ほどわたしのみにコンサート、シューベルトの「さすらい人」「さすらい人が月に寄せて」「十字軍」「夕星」「ヘリオポリスI」最後にセルジオさんにちなんでカッチーニのアヴェマリアで締めさせていただいた。
最後はスタッフで今月閉店になる(本当に残念)「クックモリカワ」で打ち上げ。
来年のWeledaセミナーの予定日をきめ、来年のあげつまクリニックフォーラムの依頼を今度はセルジオさんにお願いした。予定の題目は「セルジオさんが語る、4つの気質」(仮題)。多くのシュタイナー、医療、患者さま関係者に聞いていただきたい内容になりそう、乞うご期待。
例によって、使い果たした予習が追いつくのに、週日係、ようやく今日土曜の午後も使って来週火曜までの予習を終え、8時過ぎに帰宅。久々にブログを書いている。(来年度、介護保険の予習が入ると、おそらく診療に響いてしまう、とても心配。)
明日からWeledaセミナー。
前日着のイタリア人医師講師フランカルドさん、通訳の入間カイさんと林サオダさん、 Weledaの野中さんと、会を取り仕切っていただいている、漢方薬剤師小澤裕子さん、そして私たち夫婦で、前年のようにいま亭で食事。残念明日午前講演を頼んであるシュミドリーさんはお熱を出し、ホテルで休まれることに。
今年は今亭さん、全員分をベジタリアンで作っていただいた。とてもおいしい料理にみんな大満足。しかし、その料理と楽しい話を台無しにすることがあった。
となりで宴会をやっていた10名ほどの集まりは、話の内容から教師の集まり、女性の話し方が非常に乱暴で、どういう人たちかと思ったら、修学旅行や、式や、学校でのこどもの悪口など・・・聞きたくないような内容と、ばか野郎なんて言う言葉も混じって、大声で話す。しまいにはフランカルドさんの言葉も聞こえなくなり、さすがに、静かにと声をかけたが、それでも全く静まらずわたしは怒ってうるさいとどなった。それからは静まったが、不愉快で、フランカルドさんの話も聞く気になれず、帰るまでずっと尾を引いた。今夏のセミナー、シュミドリーさんの不調といい、スタートからいやな感じ。
帰りに「にらんで」帰ってきたが・・どこの教師かと聞けば良かった。おそらくはこの近所の中学か、小学校の教師たちだろう。こんなことしてるから10年で本来一生ものの免許奪われる羽目になるような再研修を押しつけられてしまうんだ。そしてそうなる状況を、誰も助けてくれないんだ。この教師たちが社会性がないことを露呈した、いやな場面だった。
頼むから静かなおいしい料亭いま亭を喧噪の宴会飲み屋にしないで欲しい。
めちゃくちゃ忙しかった1月が過ぎ、1月最終週から今週初めは年末年始休みの1ヶ月後で、やや予約が少ないのはわかる、しかし、今週いっぱい何となくいつもより2割ほど患者さんが少ない。何故か?先週は予約は少ないがインフルエンザも当院としては珍しく来院が多かったため、時間がかかる診療にはなっていた。今週はインフルエンザは格段に少ない。
マスコミが騒いでいるが、今期の流行はピークが過ぎたのではと思っていたら、毎週送られている市内の感染症サーベイランスでも前週より少ないインフルエンザ数。新型インフルエンザは確かに恐ろしいが、通常のインフルエンザ迄混同し、健全な人たちがかかっても抗インフルエンザをどんどん使い、また予防のためには予防接種がいちばんとマスコミで医療者が騒ぎ立てるのはどうかと思う。タミフル耐性になってしまったことの反省は何処にあるのか。当院ではなるべく数才から60台までで、特に基礎疾患がない方は、まず麻黄湯または麻黄附子細辛湯をおすすめ、事情で抗インフルエンザ薬を希望される方は10才以上はリレンザ、それ以下はタミフルをやむなくだす。しかし、十分説明して納得の上で麻黄湯で治療を始めた40代の男性が3日熱が下がらないと苦情を院内で言いまくり、20−30分診療に要したことがあった。この日は他にもインフルエンザ患者が殺到した日であったため、予約患者待ちが1時間超え、かなり困った経験があってから(インフルエンザを抗インフルエンザ薬なしで克服していた時代の経験や記憶がないのだろう、3日の熱は決して長くはないのだが)、特に私のこちらが良いとのお薦めはせず、両方の治療の意味と利点欠点などを示して希望に従ってはいる。それでも6−7割のかたは漢方でと希望される。そして治癒証明をもらいに来る世代は、治療結果が確認できるが、ほとんどが漢方で1−3日で解熱している。
話しがずれた、1週間も余裕がある診療になると、ちょっと心配になるのは、良くない兆候。こういうときこそ、じっくりと患者さんと向き合えると考え直し、今日は充実した外来ができたと思う。
12時半には診療終了、4件のホルター結果(当院では優秀な心エコー専門技師の資格をもつ臨床検査技師さんがいて、ホルターも読影してくれるので非常に助かる)をカルテに記載。 1時過ぎに2階に上がると、1時半からの勉強会のメンバーが揃っており、私は弁当を食べながら、先回までのまとめた訳に眼を通す。
1時半からシュタイナーのボックス講義が書かれてあるGA221の勉強会、テキストは英語とドイツ語。前回の復習で1時間半要した・・・英語をわたしが訳して示した内容を、他の2名のドイツ語堪能なメンバーが修正する。あまりに英語訳が簡易化されているために、今回はドイツ語をしっかり訳してもらわないと大事なところがわからなくなるところだった。復習だけしておわったが充実した勉強会ではあった。
今日はそのあと、来週末の開院4周年記念講演のあとに歌う3曲のシューベルトを音楽療法士さんと合わせ。4時からは6才の自閉症の女の子に対する音楽療法に同席、30分治療を見て、その後中座して散髪へと、結構いろいろやった午後ではあった。
妻の買い物についていったが、スーパーが混んでいて、妻をそこに置き、わたしは隣の本屋に。最近はamazonで欲しい本を買っているので、本屋に行っていない。クリニックちかくの本屋はあまり興味がわくような品そろえでない。
久々の本屋は、驚くような品そろえ・・・映画ではやっているとはいえ、ブームになるとは思われなかった、今までは書店の片隅にさえなかったような「チェ・ゲバラ」 の本が、日記を中心に数冊並んでいた。ちょっと買いたくなったが・・・これはひとまず、置いておいて、以下の本を買ってしまった・・・
池田晶子 人生は愉快だ
キェルケゴール 死に至る病、原著と漫画!
ダンテ 新曲
姜 尚中 悩む力
茂木健一郎 すべては音楽から生まれる(脳とシューベルト)
後半の二人は最近TVでよく見るので一度何を言っているのか見てみようと思った。特にシューベルトを扱っているのが新鮮で、茂木さんのは読んでみたいと思った。
かれはバッハのような天上の音楽とは違ってシューベルトは生身の人間と結びついているという。彼はまたその音楽の魅力を「深い人間に対する洞察力と思索」 から来ると述べている。等身大であるが故に親しみやすいというのだ。
たしかにわたしが歌っているシューベルトは 、人間の愛と悲しみを深く感じさせる歌だ。その音楽は詩人の言葉を受けて、それをより高みと深みへと持って行き、シューベルトの音楽として高められて私たちを感動させる。それは決して思索や洞察から来るものではないと思う。シューベルトの歌はその詩によって、まったく違った様相を示す。これがおなじ人の曲かと思うほど、違う。シューベルトが一気に曲を作ったことから考えてもおそらく考えたり洞察したりではなく、バッハとは違うが、やはり彼の頭の中とは別のより高みからおりてきた歌だとしか考えられない。今年歌う10数曲を今練習中だが、昨年のうたうたとまったく違って、しかしまたとても美しい。毎回新しい歌に恋をする、という感じだ。
「私が愛を歌おうとすると、それは悲しみになった。そこで悲しみをを歌おうとすると、それは愛になった。」
このことはば心にしみる、これこそシューベルトの神髄を示しているのではないか。
少し読み流したが、文章が魅力的でなく、構成もはっきりせず、内容もあまり充実しているとは言い難く、ひょっとしたら昨年の「熱狂の日」の宣伝の為の本だったのかも知れない。シューベルトと言うことと、最近TVでよく見る人なので興味があったが、買って失敗だった。
これに比べ、悩む力、は構築力もあり、説得力もあり おもしろい、1日1テーマで読んでいこうと思う。
ところで
今メインで読んでいるのは
『アシジの貧者』 (カザンツッキ)(みすず書房)
聖フランチェスコの伝記、非常にドラマチックで感動的。もし感想が書ければ・・・読み終わったら。
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