学会とかで忙しくて更新が滞りました。
先週末は横浜でLD学会がありました。LD学会のことは時間がある時に書きたいことが色々あるけど、今回のテーマはディスレキシアで、演題やシンポジウムもディスレキシア関係のものが多く、ある意味本来のLD学会らしくなったかもしれません。で、LD学会の印象ですが、なんか特有の雰囲気のある学会です。まあ児童精神科や特別支援教育の関係の学会は、ユニークな人が多いのですが(あ、もちろんユニークはほめ言葉です)、LD学会のユニークさのベクトルの向きは、たとえば精神神経学会や特殊教育学会のユニークさのベクトル方向とはちょっと違う方を向いている気がしました。若い学会ということもあるのかと思いますが、学会が青春しているというか、なんか一オクターブ高い感じです。一オクターブ高いというのは昔、吉行淳之介が青春論もどきで使っていた表現で、うまいなあと思って覚えているのですが、元気やエネルギーがあって良いという面ももちろんあるのですが、なんか僕のようにシャイな人間(といっても信用してくれない人が多いのですが)には、ちょっと気恥ずかしい雰囲気というのも確かにあって、どっぷり浸るというよりは適度に距離をとって、でも、遠すぎない距離で関わっていたいような気もするという不思議な学会なのでした。
博覧会のことは、こっちを見てください
http://as-japan.raindrop.jp/index.html
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ADHDとASD(自閉症スペクトラム)の関係は複雑で不思議です。
自分の中でも考えが少しずつ変わっていきます。
児童精神科を数年経験した15年位前にはADHDと自閉症はちゃんとみれば区別できると思っていました。
多動や不注意のありかたもADHDと自閉症では違うと思っていたし、先輩医師もそう言っていました。
例えば自閉症の多動は親の存在をほとんど意識せず、どこでも行ってしまう、ADHDの多動は親の存在を意識しているとか
自閉症の子どもは物の刺激で注意が逸れるけど、ADHDの子どもは物でもヒトの刺激でも注意が逸れるなどです。
でも、どうもそう物事は単純ではないなと思い始めたのが10年くらい前です。
何よりも幼児期にADHDと診断した子どもをフォローしていくと10歳くらいから、自閉症スペクトラムと診断変更(あるいは追加)が必要な子どもが少なくないことを実感してきました。その逆の変更が必要だと感じたことがほとんどないのも不思議です。
つまり、振り返ってみると、親を意識して多動だった子どももヒト刺激で不注意だった子どもも、自閉症圏の特性が目立ってくることがふえたのです。
この問題はなかなか難しいです。
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もうすぐ児童青年精神医学会ですね。
今年は岩手です。
僕は教育講演で、
「思春期・青年期の自閉症スペクトラムの診断」
を担当します。
本来、自閉症スペクトラムは幼児期に診断がついているべきだと思うんですが、現実はそうでもなく、思春期や時には成人期に初めて診断がつく人もいます。
思春期・青年期にどう診断するか、どんな支援が可能なのかを考えます。まあ、わずか一時間なので要点だけになってしまいますが・・・
ウエッブでは記載がないようなんですが、
Judith Gould先生が
Autism Spectrum Disorders and Related Conditions
というタイトルで11月1日にランチョンセミナーをします。
こっちは司会を担当します。
今年の教育講演は面白そうなのが多いですね。
クリニックからの発表もあります。
しかし、それにしても自閉症スペクトラムやアスペルガー症候群の演題が増えたですね。気分障害も以前より関心がもたれてきたみたいです。
一昔前は自閉症と登校拒否がほとんどだったのですが、まあ、これも時代の流れですね。
岩手は寒そうですね。
ブログみている学会員の人は会場でお会いしましょう。
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調書漏示問題で、ジャーナリストのK氏は「命を差し出しても情報源は言えない」と語ったそうだ。その心意気はジャーナリストとしては称賛されるのだろうけど、そんな「命をかける」くらい大事な情報源なら、なぜもっと情報源を特定されないような工夫をしなかったのだろうと思う。さらに実名で細かく家族が何が言ったかがわかるようにコピーを本にしたわけだが、本人や家族が読んだらどんな気持ちになるのか考えなかったのだろうか?
秘密が守られると信じて医師にあえてつらいことも話した人たちの気持ちはどうなるのだろう。自筆のメモを本の表紙に使われた少年の気持ちは?
今後、医師に話したことが本になって誰でも知るようになるのだったら、これから事件が起きたとき(あるいはすでに起きた事件の鑑定で)本人や家族は鑑定医に本当のことを話さなくなろだろうとか思わなかったのか?そんな事態になったら、少年事件の再発防止はさらに難しくなるかもしれない(と思わなかったのか?)。
突然話は変わるのだけど18歳の亀田は「負けたら切腹」と宣言した。まあ、パフォーマンスだからと気にしすぎるのもいけないのかもしれないけど、周囲の大人は「負けても切腹なんかするな」となぜ言わなかったのだろう?大人のアナウンサーが負けた亀田に「切腹は?」と迫ったりするのは、虐待じゃないか?
謝罪会見みてたら、「少年」の亀田だった。
勝者の内藤の対応は大人の対応でとても良かった。
メディアはもっと少年の人権に敏感であって欲しい。
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例によって脈絡なく書いていくわけだけど、一種の活字中毒なので、なんか活字を読まないと落ち着かない。僕の場合、気が散りやすいので夢中になって読む本というのは、そう多くはないけど、これはホント、帯のとおり「読み始めたら止まらない」だった。書名は福岡伸一著、生物と無生物の間、 講談社現代新書。なんで読んだかというと大学生時代に同じタイトルのレポート課題があって、色々調べて自分では自信満々で出したのが赤点だったのを思い出 したという私的理由と、内田樹が推薦してたのと、前著の「プリオン説は本当か」が面白かったからという理由だけど、「プリオン」のほうは専門的でちょっと 難しくて分からないところもあった。今度のも全部理解できたわけではないけど、まあ、ホントに面白い。
分子生物学者の書いた一般向けの本というの は、専門的すぎて教科書読んでいるみたいなのか、逆に何でも遺伝子のせいにしてなにが言いたいのかわからない本が多い。同じことは脳科学者の書いた本にも いえて、まあ人間のことを話題にすれば、究極は何でも遺伝子か脳のせいに決まっているわけです。
本書は読むとそういった通俗遺伝子論とは全く違って、分子生物学からみた生命の本質が議論されていて、おもわずワクワクしてしまった。
生 物における一方向に流れる時間の重要性の解説やノックアウトマウスの実験における予想外の結果に落胆するだけでなくて、新たな解釈にいたる話はとても面白 い。研究というのは予想外の結果がつきものなのだろうけど、予想外の結果から学ぶことも多いわけで、これは臨床研究でも同じなんだろうと思う。
ボストンや昔の松戸などの情景描写も秀逸なのだが、生命の本質を普通の言葉で記述するところが凄いです。
「生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向的にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂いである」(エピローグより)。
なるほど、ページを読み進めて言って、ストンと腑に落ちる感覚が読書の快感であることを改めて確認したのでした。
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今年も後わずかになったけど、今年はショプラー先生が亡くなった年で、忘れられない年になった。ベッテルハイムの自閉症関連の文章を読み直すと、まあ、な んというか「深読み」「身勝手解釈」、「親批判」の連続、やっぱり読んでいて嫌な気持ちになる。一方、自閉症に関連のない、「強制収用所を再訪する」とか 「アメリカ人のフロイト解釈批判」みたいたのは、それなりに面白い。頭が良くて、教養もあって文章力もある人なんだと思うけど、現実をきちんとみれなかっ た。精神分析というスキーマに毒された見方しかできなかったので、自閉症の子どもと家族に不利益を与えた。彼が活躍した1960年代の科学的知識とか精神 医学や心理学の状況を考えれば、彼が自閉症を誤解したのも、多少はやむをえない点もあったのだろう。ただ、彼は多くの研究・臨床成果があがった90年代に なっても自説を曲げなかった。ショプラー先生がこだわったのは、さまざまな根拠があるのに、自分の間違いを正そうとしないベッテルハイムのようなあり方が 許せなかった、あるいはベッテルハイムのような人を認めると(批判をきちんとしないと)、自閉症の子どもと家族に不利益を与えるということを、我々のよう な次ぎの世代にきちんと伝えたかったのではないかという気がしてきた。日本でもベッテルハイムと同じようなことを言っていた人が自己批判もしないで、その まま活動をしていることがある。「だめなものは駄目」ときちんと表出することが大切だ。
ベッテルハイ ムの影響は、水面下で今の日本でも根強くあるのですね。僕も最近色々な意味で危機感を感じることがあり、ぼんやりしていないで、きちんと言うべきことは言 わなければいけないと思うようになりました。ショプラー先生はいつも温厚で優しい笑みを浮かべておられたが、批判すべきことはきちんと批判しなさいと仰り たかったのではないかと、最近しきりにそんな気がするのです。
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また更新が滞ってしまった。
まあ、色々なことがいつものように生じていて、なかなか目まぐるしい。
ちょっと必要があって、ベッテルハイムの本を読んでいるのだけど、彼は沢山本を書いているし、僕の勤務する大学には以前ベッテルハイムのファンの先生がいたらしく、ほとんどの著作が図書館にあった。
な んでベッテルハイムを今頃読み直しているかというと、ベッテルハイムについてある出版物に記述することを依頼されたからなんだけど、もちろん僕はベッテル ハイムの信奉者ではなく、アンチ・ベッテルハイムだけど、そういう人に依頼がくることをある意味面白いと思ったからだ。
もう一つの大きな理由は 「本当のTEACCH」(学研)に記載されている、故ショプラー先生にインタビューしたときに、ベッテルハイムに関して多くの時間を割いて説明してくれ た。早稲田のカンファに来日されたときも、ベッテルハイムの批判にかなりの時間を割いて説明された。なんだが、少し違和感を持ったのですね。何故なら、 ベッテルハイムというのは僕の世代の児童精神科医、特に発達障害を専門にする児童精神科医にとっては、完全に過去の人で、今頃、問題にすることもないよう な気もしたのです。
ショプラー先生はシカゴ大学でベッテルハイムに一時師事され、その後袂をわかってTEACCHを創立された。当時(1950年 代から60年代)はベッテルハイムの全盛期ではあったでしょうが、その後70年代以降の自閉症研究の流れのなかでベッテルハイムの自閉症観は完全に否定さ れた(ようにみえた)。
どうしてショプラー先生が、21世紀になってもベッテルハイム否定に、ある種の情熱をかけられたかのか、ヒントを知りたいと思ったこともあってベッテルハイムの著作を読んでいるわけです。
とりあえず、今まで本があるのは知っていたけど読んでなかった「フロイトのウィーン」
[原書名:FREUD'S VIENNA AND OTHER ESSAYS〈Bettelheim, Bruno〉みすず書房 (1992)
森泉弘次訳)を読んでみました。それから、有名な「うつろな砦」なんかも目を通しなおした。
色 々なことが浮かんできました。ショプラー先生にインタビューしたとき、TEACCHの基本理念の話を情熱をこめてされ、「理論より現実の子どもの観察から 出発する」という理念の「理論」とは「フロイトの理論」とうことを説明されていました。「フロイトのウィーン」ではベッテルハイムが教育分析(精神分析家 になるために自分自身が分析家から教育を受けること)を受けているクリニックの待合室で初めて自閉症(らしき)子どもに出会って、その子どもとの「会話」 に衝撃をうけたことが子どもに関心をもったキッカケらしきこと(この「会話」はいかにもといった「深読み」にしか見えないけど)、ユダヤ人だった彼は強制 収用所で過酷な扱いを受けるのだけど、自閉症の親のアメリカ人の手配(らしい)で収容所から開放され、アメリカ亡命をし、シカゴ大学にわたり、そこで自閉 症(らしき)の子どもの大学付属の養護学校をつくり校長になる。若き日のショプラー先生は、このシカゴ大学でベッテルハイムに出会い、そして袂をわかち、 ベッテルハイム批判の急先鋒になるわけだ。ベッテルハイムは自説が否定される時代になっても「フロイトの理論」を援用して自閉症の「治療」をし、最後には 自殺してしまった。
僕は割りに歴史好きで、色々マニアックな興味が出てきて、ついつい古い本を読んでしまうんですが、わずか数百字の依頼原稿のために、何冊も古い本を読んだりするのは効率が悪いですね。
ベッテルハイムは色々な意味で興味深いし、母語がドイツ語の人が(カナー、アスペルガー、ベッテルハイム、ショプラー)自閉症の歴史を作ったということも、かなり興味深いです。アスペルガー以外はユダヤ系でアメリカに移住することで活躍した人たちです。
ド イツ語圏に残ってドイツ語で論文を書いたのはユダヤ人でなかったアスペルガーだけで、彼が注目されるためにはウイングの81年論文を待たねばならなかった し、カナーもベッテルハイムも何故か読んでいたに違いないアスペルガーの論文を引用したことは(多分)ないということも色々と考えさせられることです。 ショプラー先生は95年に留学していたときに話をする機会を作ってくれたのだけど、そこで「アスペルガーの原著をどう思うか?」と聞いたときに「もちろん ドイツ語で読んだけど・・・・」と仰って、あまり重視されてなかったようでした。
このあたりの話は「TEACCHの今」
http://www.ypdc.net/study/seminar/sp_070321.htmlでも話ましょうかね。
長くなったので、続きはまた。
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自閉症を最初に提唱したのはレオ・カナーで1943年の論文だ。最近のようにアスペルガー症候群が有名になるとアスペルガー症候群と対比して論じられることの多いカナーの症例は、なんとなくロウファンクションと考えられがちだが、最初の報告の11例のなかにはいわゆる高機能症例も含まれている。有名なカナー自身のフォローアップ研究でも銀行員として勤務してゴルフを楽しみ、音楽に造詣が深いというケースもある。つまりカナータイプと知的障害を伴う自閉症がイコールというわけでもなく、アスペルガー症候群が知的に必ずしも高いというわけでもない。
割りに忘れられがちなことですね。
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今度の旭川の講演では概論を話すのだけど、僕の場合、どういうわけか概論を話すことが多い。で、いつも同じ話ではつまらないので、概論については4つくらいの元パターンの原案があって、それに最近の話題とか聴衆のタイプ(親か、医者か、教師か、福祉か、TEACCH系?か)などによって、少しモディファイするという方法でやっている。で、この前の函館は歴史を簡単にして、歴史上のケース、つまりアスペルガーやウイングなどの歴史的な論文に登場するケースを軸に解説するという「歴史ケースパターン」だったんだけど、今度の旭川はなんでスペクトラム概念が必要になったかというウイングとグールドパターンなのだ。あと、構造化の必要性を中心に解説する、ラター、バータック、ショプラーパターンというのもある。
で、旭川の話だけど、スペクトラム概念を考える上で一番重要な論文は1979年、ウイングとグールドによるキャンバーウエル研究なのですね。
Wing L and Gould J: Severe impairments of social interaction and associated abnormalities in children: epidemiology and classification. J Autism Dev Desord 9:11-29, 1979.
この時代なんで、パンチカードでデータを整理したということだから、ホントに手作業だったんですね。論文というのは毎年大量に生産されるのだけど、後世まで影響力を持つ論文というのはホントに少ない。
今年の自閉症カンファレンスでメジボフ先生が、自閉症の専門家で、もっとも功績のあった3人はショプラー、ラター、ウイングの3人だと言っていたけど、本当にそう思う。
この3人は例えば、日本のフォークで言えば、岡林信康、高田渡、吉田拓郎、アメリカではボブディランとPPMとジョーンバエズみたいに、影響力があったし、実際の貢献も大きかった(ちょっとフォークに例えたの変ですね)。
話をもとに戻して、ウイングや我々は他の専門家から自閉症概念が広すぎるという批判を受けることがあるのだけれど、1979年の論文を読んで、なおかつウイングたちが今でもフォローしている79年論文のケースの話をきくと、
広すぎる弊害よりも、狭すぎる弊害のほうがはるかに大きいことに気づくのだ。
くわしくは
http://www.ypdc.net/study/seminar/asahikawa_061014.html(続く)
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唐突にセミナー案内からアップしましたが、今後こちらに時々出没しようとしています。児童精神科医のUです。
今までは、http://blogs.dion.ne.jp/tokio/にアップしていましが、今後は医師向けの内容はこちらにもアップしようと思っています。
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