中学校時代に、私は鉄道研究部に入部していました。もうSLが無くなると言う事で、冬は、北海道、東北地方に、そして夏は九州に行きました。35mm一眼レフカメラとレンズ 、マミヤの6cmx6cmの中型カメラ、ニコンのスーパー8mmの映画カメラ(音無し)とオリンパスの小型ハーフカメラを担いで、線路や線路際を歩きました。そして良い場所を見つけて、陣取りして1日に数本しかないSLを撮りました。
北海道の冬は厳しく、−20度(摂氏)になる事もあり大変でした。線路際には6mぐらいの雪が積もっていたので、移動は線路しかありませんでした。何度も気動車や機関車に轢かれそうになりました。1度鉄橋を友達と渡っていた時、後ろから気動車の汽笛が聞こえて、ぎりぎりに川の隅の雪の上に飛び降りて助かったことがありました。よくあのような無茶な事をしたものでした。
九州の夏は暑くて、1度近くの島を五島列島のほうに水泳して、40分ぐらいの距離と思っていたのに、4時間往復でかかったことがありました。4時間の遠泳をしてしまいました。長崎本線の撮影の時でした。先輩に「もうすこしで警察に連絡するところだったぞ!」と叱られました。直方(のうがた)機関区で少年が事故にあい、亡くなったこともありました。
旅行中にお金が少なくなり、毎日食パンをかじっていたことも、ありました。満杯の夜行列車の床に新聞紙を敷いて寝たこともあります。
今考えるとよくあんな無茶なことばかりしたと思います。とても辛かったことも今では良い思い出です。
C57 180ーきれいな女性とは、無関係です。一人旅ですから。

駅にて
