以前お話した由美さんと雅美さん私の3人でカラオケに行きました。イサム君は、リハーサルがあったので、行けませんでした。やはり、由美さんと雅美さんの二人舞台でした。でも由美さんが日曜のロスの夏祭りで、歌うということだったので4時間カラオケボックスで歌いました。由美さんは、凄くうまっかったので、びっくりしました。後で、イサム君に聞いたら、実は由美さんは、スウィングガールズという映画に出ていた女優、歌手、音楽家だったのでした。
私がかなうはずもありません。彼女の本名は今は伏せておきます。凄い音量と、息つぎもあまりせず、かなりの高い声も、低い声も、自由に出せます。3オクターブ以上だと思います。早速、近くの本屋さんでスウィングガールズの映画のDVDを買ってきました。家でDVDを見たら、4年前の由美さんが、でていました。えーー女優さんとカラオケで4時間も一緒にカラオケが出来た!!! 光栄でした。カラオケ代は、由美さんが「今日はわたしが払います。」といってはらってくれたので、夕食は、近くの和風中華のレストランに行き、私が払いました。明日の夏祭りでの舞台での歌も大丈夫でしょう。アメリカ時間の午後4時だそうです。その後で、私の家でホームパーテイーです。
今日はこの辺で、ではまた。
スウィングガールズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スウィングガールズは、日本映画作品。
2004年9月11日公開。監督は矢口史靖。東北の片田舎の落ちこぼれ女子高校生がビッグバンドを組んで、ジャズを演奏する青春映画。ロケは山形県置賜地方を中心に行われた。セリフも山形弁(置賜弁)が使われたが、ネイティブな方言ではわかりにくいのでかなりオリジナルとなっており、存在しない「米山弁」とも言われた。[要出典]キャッチフレーズは「ジャズやるべ!」。
ストーリー
東北地方の山河高校の、落ちこぼれ学生だった友子ら13人の女子生徒は、夏休みの補習授業をサボるために、食中毒で入院した吹奏楽部のピンチヒッターに応募する。
唯一、食中毒を免れた気の弱い吹奏楽部員・拓雄の指導で、ビッグバンドジャズをはじめた友子らは、次第に演奏の楽しさに目覚め、ジャズにのめりこんでいく。しかし、吹奏楽部員が退院して復帰したため、あえなくお払い箱になってしまう。
2学期になった友子らは、演奏の楽しさが忘れられず、バンドを結成し、楽器を買うためにアルバイトに精を出して、失敗したり四苦八苦しながら、ビッグバンドジャズにのめりこんでいく。
キャスト
スウィングガールズ
バンド名は「スウィングガールズ&ア・ボーイ」あるいは単に「スウィングガールズ」とも呼ばれる。
家族
鈴木友子家
山河高校関係者
ヤマハ音楽教室
制作
スタッフ
エグゼクティブプロデューサー:桝井省志
宣伝プロデューサー:原田恵理子
脚本協力:矢口純子(矢口監督の妻)
レコーディングエンジニア:濱本真澄
バンドディレクション:山口れお
録音:郡弘道
美術:磯田典宏
助監督:片島章三
ラインプロデューサー:毛利達也
製作担当:前村祐子
監督助手:成瀬朋一、杉田満、荒木賀子
アニマルトレーナー:沼田和男
方言指導:眞島秀和、伊藤沙由里
製作
主なロケ地
バンド略歴
バンドの正式名称は、「スウィングガールズ&ア・ボーイ」。略して、「スウィングガールズ」とも呼ばれる。
映画の劇中においては、食中毒で演奏ができなくなった吹奏楽部のピンチヒッターというきっかけから紆余曲折を経て結成されたスウィングジャズビッグバンド。山河高校1年生の女子生徒16名と男子生徒1名、合計17名で構成される。
実際には2003年初旬に行われた映画「スウィングガールズ」のオーディションによって集まった17人の俳優によって、今作の為だけに結成されたス ウィングジャズビッグバンド。メンバーの中には学生時代に吹奏楽部などで担当楽器を経験していた者もいたが専門家は1人も居らず、また上野樹里をはじめとするメインキャスト5名は担当楽器の経験が全くないという状況で始められた。
2003年5月から楽器練習を開始し、6月と7月の二度の合宿を含む約三ヶ月の猛特訓を経て2003年7月25日に山形県置賜地方にて夏編のクラン クインを迎える。夏編クランクイン後も映画の撮影と平行して演奏練習が続けられ、8月中旬には劇中ラストの音楽ホールを撮影。その他の多くの演奏シーンも 撮影された。2003年9月1日に夏編クランクアップ。
翌2004年2月17日に冬編クランクイン。劇中で非常に重要なシーンとなった冬の列車シーンや学校校庭シーンなど、冬の風景をつかったシーンの撮 影を行い、2004年2月25日に冬編クランクアップ。途中「SWING GIRLS オリジナルサウンドトラック」の製作をはさみつつ、全ての撮影を終える。
2004年7月5日、渋谷 CLUB QUATTRO にてお披露目ライブを兼ねた映画完成会見を行う。この日が1年前に集まった17人のバンド「スウィングガールズ&ア・ボーイ」デビューの日となった。
その後、映画キャンペーンのためにフジテレビ「お台場映画王」などのイベントへの出演、TV番組への出演、2004年8月28日から8月31日の4 日間で東北各地にて演奏活動(通称「東北キャラバン」「東北キャンペーン」)を経て、9月11日に記念すべき劇場公開初日を迎える。
公開初日、大阪梅田ナビオTOHOプレックスおよび東京日比谷シャンテシネにて舞台挨拶を行い、その合間を縫うようにフジテレビ「メディア見たもん勝ち!ゼルマ」へ出演して初めての生放送番組で演奏を披露した。
その後、9月18日には渋谷パルコパート1前にて「スウィングガールズ渋谷ジャック!」ライブ、9月19日はさくらんぼテレビのイベントで生放送ラ イブを行い、会場となったさくらんぼテレビ駐車場には入りきらないくらいの山形県民が押し寄せた。同日夕方からロケの中心となった米沢市のサティでイベントが行われ直後向いのワーナー・マイカル・シネマズにて舞台挨拶を行う。9月20日にはフジテレビ「とくダネ!」へも出演し、生放送で自分達の演奏を披露。公開初日時点で予定されたバンドとしての活動は、その9月20日のフジテレビ「とくダネ!」出演までだった。
しかし、劇場放映は好調に進み全国各地では次々とロングラン上演に突入。また、楽器店での管楽器の売り上げが数割ほど伸びるというある種の社会現象 まで引き起こす等といった当初の予想を上回る反響を得て、スウィングガールズ&ア・ボーイの状況は一変。劇場公開開始から一ヶ月を経た頃から東京 都内と東北の数箇所で監督や一部のメンバーによる舞台挨拶を開催。また、監督やメンバーがロケ地を訪問し地元でイベントも開催された。
2004年10月にはアメリカのニューヨークで行われた映画「スウィングガールズ」海外初試写会へバンドも同行し、初の海外演奏を行なう。更に 11月には映画市 "American Film Market" への出品にあわせてロサンゼルスへも同行。会場にて演奏を披露した。
そしてバンド「スウィングガールズ&ア・ボーイ」の最初で最後のコンサート「SWING GIRLS First & Last Concert」を 2004年12月27日~28日の二日間にかけてホテル日航東京内「山河高校大講堂」にて開催。そのコンサートをもってデビューしてから約半年、17人が 集まってから約1年半に渡ったバンド活動を終えた(なお、このコンサートに本仮屋ユイカは不参加。そのため、劇中で音楽祭のラストで披露された "Sing, Sing, Sing"において彼女が担当したトロンボーン・ソロは、中沢なつきが担当した。)。
2005年1月15日にはフジテレビ「MUSIC FAIR21」に出演した(2004年12月21日収録)。
2005年2月12日、ロケが行われた山形県川西町フレンドリープラザにて地元ファンをはじめとする多くの映画ファン達の手によって「映画スウィン グガールズ記念 東北学生(&一般)音楽祭」が開催された。劇中のラストシーンを再現するかのごとく開催日程は計画され、またロケで実際に使用された小道具・セッ ト類を用いられたこの音楽祭は、映画「スウィングガールズ」そしてバンド「スウィングガールズ&ア・ボーイ」が蒔いた音楽の種が着実に息づいてい ることを示すひとつの出来事となった。
2005年11月4日、プレミアムステージでの放送に合わせ、前夜祭ライブで再結成された。
なお、2006年3月10日に主演の上野樹里が訪韓し、3月23日から韓国で公開されるスウィングガールズのプロモーション活動を行った。
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