更新が遅くなりました。忙しくてブログが書けませんでした。

 アメリカに3年から留学し得をした事も、ありました。姉妹校の日本で取得した英語科の単位がほとんど100%認められた事です。優はA,良はB、可はC、不可はFで、すべてGPAに有利に成りました。それと日本人として絶対Aの取れない科目つまり社会学もAとして認められました。そして、日本で取った英語のクラスが、外国語として認められました。もし1年生から留学していれば、医学校に入学できなかったと思います。というのは、C、D、Fをひとつでも取るともう終わりだからです。外国語の単位をたくさんもらい、私は、スペイン語もドイツ語もフランス語もとらず、B.A. IN  CHEMISTRYの取得を可能にしました。それと、最初からAの取れない科目は、医学校に合格してからから取るようにしました。それと絶対Aをくれない教授のクラスは、サマースクールでサンフランシスコ近郊の大学に行きました。最初の夏はワラワラで、音楽鑑賞のクラス、全員Aだったと思います。次の年は、GENERAL CHEMISTRY(一般化学)、そして次の年はORGANIC CHEMISTRY(有機化学)をサンフランシスコ近郊で、サマースクールで取りました。以前の同じ教授のテストを勉強しました。判らない言葉は、必ず科学者用の英和辞書を引きました。おかげで、辞書を2冊ぼろぼろにしてしまいました。古いテスト、アメリカ人の取ったノートで勉強で、試験前数日の徹夜でAを取り続けました。文系のクラスは1科目、後は理数のクラスは2科目取りました。INTERNATIONAL  ADVISORは、数学と理系のクラスを2科目取るのは推薦できないと、言われましたが、数式化学記号は、世界共通です。ひとつアメリカ史でCを取ってしまいましたが、PASS-FAILに変えました。C以上はPASSです。アメリカ人が30分で読める教科書を辞書をひきながら、3時間かかる私の場合、いろいろ工夫しました。COLLEGE WRITINGは、普通1年生の時に取ります、でもAは取れません。私は、医学校に合格してから取りました。アメリカの大学卒業率は4年制で25%です。いろいろ工夫しました。でもUNDERGRADUATEの時は、アメリカ人はバカじゃないかと思っていました。英語もろくに話せないわたしでもAが取れる。でも医学校に入学してその考えは、変わりました。アメリカでも、めちゃめちゃ頭の良いやつもいると。私の合格した医学校は1学年165人、約400から500人が、最終の面接に呼ばれます。日本は、成績だけですが、アメリカの医学校では、面接の時に人格、性格、品格を見ます。そして最後の165人が選択されます。3人の教授による面接の時に、わざと相手を怒らせるようなことを聞く、その人の弱点を批判するのは、普通です。もしキレテ、怒りを示すと合格しません。自分に自信を持ち、何を言われても冷静に判断するそして自分をアピールする。たとえば、私の場合、面接官に「君は英語にアクセント(なまり)が、あるが大丈夫か?」と言われました。私は、ハッタリを言い、「私の大学の成績を見てください。大丈夫です。必ず卒業できます。」と自信を持って言いました。今思うと、奇跡です。こうして私の医学校生活が始まりました。次回は医学校での苦労話を書きます。今日はこの辺で。ではまた。

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