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出張中、時間が空いたので名古屋の高島屋に立ち寄ってきた。
たまたま通りすがりの画廊に飾られていた絵が目に飛び込んできた。
フランス人イラストレーターでキロメロという人が描いた絵とのこと。
とっても欲しかったけど、欲しいと思ったやつは巨大な上に、お値段が。。
少なくとも、日雇い労働者という私の身分で、しかも出張先で買う代物ではないとあきらめた。
ほんわか可愛い動物たちの絵。しかも、平面の絵なのに、立体的に見えるのが不思議。色合いは絶妙な明るさで、大人可愛いというのがピッタリなんだろうけど、なんかそんな安っぽい言葉で表したくないような感じ。
・・・思っていたよりも、後ろ髪をひかれている。小さいのを今度一個買おう。
なんだか、ちょっと疲れ気味の私。
口先八丁の仕事を日々している自分に気づき、自己嫌悪に陥った。
以前から同じ仕事をしているし、特に最近仕事内容が変わったわけでも、やり方を変えたわけでもないから、なんで今更自己嫌悪(?)という気もするんだけど。
目に見えないものが大事だというフレーズがあったけど、今の私は、目に見える、形のあるものを求めているみたい。
・・・5月病かな。
6月になったら、ちょっくら、とんずらしよう。
自分の名前をググってみたことがある人は、人口の何パーセントくらいいるだろうか。
その時に、AV女優(しかもけっこうマニアックな感じ)と同じ名前だったり、○×△□ファンタジーランド☆みたいな意味がわからないホームページが出てきたりだったりして、ショックを受けたことがある人は、そのうち何パーセントくらいだろうか(–o–。
いや、もちろん、その人が使っている名前なんだから、いいんですよ。
ただ・・・別に名をあげたいと思っていたわけではないけど、こうなったら、googleの1ページを自分の名前で埋め尽くすくらいの業績をあげるしかない!と決意するきっかけにはなりえるかもしれないなと思っただけです。
京都の友人から掘りたてのたけのこを一箱分もらった。
早速、米ぬかであくを抜き、たけのこの煮物、姫皮のきんぴらを作る。
たくさん作るので、ご近所さんにおすそ分けをと思っていたのだが、あっという間に自分のお腹に入ってしまった。美味しいんだもん。
たけのこの穂先の柔らかい部分で、たけのこ入りのちらし寿司も作り、空便にし、出張のための移動中の機内で食べた。これまた美味しい。春の味。旬のエンドウ豆もいい感じ。干し椎茸と揚げも出汁が最高。
ついつい、調子にのって、シャンパンを注文。シャンパンを運んでくれたCAさんに「なにかお祝い事や嬉しいことでもあるんですか?」と聞かれたが、さすがの私も「自分で作ったタケノコの寿司があまりに美味しかったから」とは言えず。
1時間強程度のフライトで、離陸前から食べ始めて、酔っぱらって降りたのは、たぶんその飛行機内では私だけだったはず。
春っていいな。
サマータイム制を導入したらどうだろう?おもいきって2〜3時間くらい前倒し。
朝5時に太陽が昇るのであれば、仕事も学校も朝6時から始めるとか。病院も朝6時スタート、14時に終わる生活!!夕食も4時〜5時くらいに食べて、太陽が沈んだら就寝。
帰りは一番暑い時間帯ではあるが、朝は涼しい時間の出勤。わりといいと思うんだけど。帰りは、喫茶店に寄り道してから帰宅。幸せ感がただよう。
電気をつける時間は減りそう。真夏なんかは、お日様をあててぬるくなったお湯でも、お風呂は十分だし。
電力需要が減るのか増えるのかはよくわからないけど、理想的な生活リズムだなと思う。
ようやく暖かくなってきた。桜のつぼみは今日一日でほころんだ。
春になっていいことばかりではなく、体中の花粉センサーがますます忙しい。
今朝はくしゃみが止まらず、インフルエンザと間違うくらいの症状に。
水様鼻汁は止めどなく、涙も溢れでて、すべての粘膜や皮膚が痒く、のどや頭、身体の節々がひたすら痛く、立っていられないほどであった。37度台の微熱程度であったが、インフルエンザのように発熱していても不思議ないくらいの症状。
今日ばかりは、生きているのがつくづく嫌になった。
教授回診での、「いっそ楽になりたいと思うことは?」という言葉に過剰反応。
ホームセンターに行ったら、壁紙の上に塗れるペンキを発見。
私の実家、築20年以上。リビングはこないだ壁紙を変えたけど、自分の居室はそのまま。もともと白い壁紙だから、黒ずみが出て汚らしい。色を塗ろうと、マスキングテープやローラーとともにラベンダー色のペンキを購入。とりあえず、マスキングだけは完了。
今日は昼間は仕事だけど、夜に塗ろう!
こうして、休み明けもしんどいんだよな。
この言葉、私にはよくわからない。
「金は天下の回りもの」ではなかったのか?
もらった年金を年寄りが使えば、世の中に出回り、働く世代の給料に反映されるはず。
使わずに溜め込んでいたとしても、その年寄りが死んだら、そのお金は子や孫に引き継がれるはず。しょっちゅう100歳超えのおばあちゃんもいるが、まあ、いつかは寿命があるわけだし。
年寄りが、日本国内じゃなくて、海外でお金を使うから駄目なのか?
それでも、格差があるとはいえたいしたことのない年金のこと、海外で、年金が、散財されている額なんて、しれたもんだろうに。
年寄りの手を一度通すというだけで、お金の価値が下がるわけでもない。年金としては入らなくても、給料として、もしくは遺産として、次の世代に受け継がれるはずではないんだろうか??
年金問題・・・もちろん、事務処理上のミスがあったことは問題であるが、それを別にして、単純な世代間格差と世間一般に言っているのは、老後のために貯蓄できない人の問題なんでは?・・・と私は思うのだが。
メラトニン受容体アゴニストを服用して就寝。
寝付きは良かったけど、今の時間に起きている時点で、時差ぼけとの戦いは続きそう。
時差ぼけは治っても、深部体温の異常は1ヶ月近く続くらしいね。
サバイバル力というのは、およそ3つの要素ではないかと私は考える。
一番には危機回避力、次に不足を何かで代用する力、最後は素直に頼む力ではないだろうか。
とりあえず、生き抜くには、自分でかなわないような危機に合わないのがいい。危ないと判断したらすばやく逃げる・距離をとる必要がある。それは、天災でも日常生活上でも一緒だと思う。危ない場所には近づかない、危ない人とは関わらない、危なければ逃げる。基本的なことであるが、ついつい怖いもの見たさが先行すると、いらないことに巻き込まれ、取り返しのつかないことも多い。
常に必要なモノがあるとは限らない。暖をとりたくてもストーブもなければ羽毛布団もないかもしれない。とりあえず新聞紙を身体に巻き付けてしのがないといけないこともあるかもしれない。飲み水を作るために煮沸して布巾で濾すくらいのことは思いつかないと生死に関わるかもしれない。そんな大げさでなくても、ちょっとした局面を切り抜けることに役立つかもしれない。
自分一人で解決できることは少ない。素直に頼むことは大事である。この素直に、というのはなかなか難しい。ちなみに、素直に、というのは、自分が嫌だからやって、という意味ではもちろんない。相手を不快にさせれば、単にトラブルが増えるだけである。一方で、ものすごい力になってくれることもある。生活上も仕事上も、他に全く人がいない場所というのは少ない。苦手なことは助けてもらえば、作業効率も大幅に向上し、相手に還元できることも多い。
うちの母は、代用する力と、素直に頼む力にかけては天才的であると、いつも感心する。
漬け物石が見つからないからとスイカが乗っている。山でお腹が空いて弁当屋が見つからないからと、見ず知らずの女子高生の軍団に声をかけておにぎりを分けてもらう。余って持ち帰るくらいであれば、そりゃ喜んでもらってくれる方がよっぽどいい。
そういう母を見て育ったので、私もある程度のサバイバル力はついているのではないかと思うし、「どこでもやっていける」と言われることも多いが、やはり母にはかなわないなと思う。
さて、長い前振りになったが、不登校児童に頭を痛めている親は多い。
学校ね。
まあ、親の気持ちは分からないではない。わからないではないが、学校に子どもが行きたくないんだったら、行けないんだったら、それはそれで一旦よしとしなければ前に進まない。
毎朝、親子で大バトルして、お互いに疲れて、というのを繰り返しているのであれば、とりあえず一旦それは休憩してみてはどうか。
大喧嘩の代わりに、子どもにサバイバル力を教えてみることを提案したい。もしくは教えられるかもしれない。ロビンソンクルーソーを一緒に読んでみてもよいだろう。あれは代用力のバイブルのようなものだ。ぶどうを干して保存食にする。何かの時に役立つかもしれない。もちろん役立たない可能性もあるけど、なんでもそうだ。
学校の重要性を否定する気はないが、どこにいても子は育つ。不登校児童を持つ親の漠然とした不安の中には、もし自分がいなくなった時に、この子はやっていけるのだろうか、というものもあるようである。
どんな状況でも生き抜いてくれる、と信じられるように、育ってくれたら、育てていけたらいいだろうなと思う。