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生活していると、次にやるべきことがなになのか、よくわからなくなってくる。
仕事上でも、さっきNsに言われたばかりのことなのに、カルテ上の指示変更や、あとで電話ください、など、自分にとって興味の薄いことだと、5回に1回は完全に忘れてしまう。忘れない5回に3回は、その場ですぐやるときで、他のことをしていてどうしても手が離せないときには、半分の確率でダメということ。
しかし、こう考えて、5回中3回は言われたときにすぐにやれるということは、ずいぶん暇な仕事をしているらしい。
次にやることがわかれば、あっという間に仕事が片付いて、毎日定時には帰れるのではなかろうか、と思うんだけど、次にやることがわからなくなるから、それを思い出すのに時間がかかるのかもしれない。
カルテ記載にも、何を書けばいいのかわかっていれば、たとえば書き写すだけなら、今の半分から3分の1くらいの時間で終わるだろう。
現在の病院では、問題リストをDSM-ⅣのⅠ軸~Ⅴ軸に沿った順番で記載するのが習慣になっている。画一な記載が必ずしもいいとは思わないけど、これは見やすいし、書き洩れ防止にもいい。習慣になるまでは、いずれにしてもカルテ記載に時間はかかるだろうが、自分のものにしていきたいなと思う。
医者の立場から倫理的問題を考えることは必要だし大事なことだと思う。
ただ、いろいろな考え方があり、どれが正しい考えなのかの指標がない今の状態で、しかも慌しい日常業務の中で、それぞれの症例に応じて判断し対応しろと言われても、不可能じゃないかと思うのが実際のところ。
たとえば、治療してよくなったら呼吸器を離脱できる可能性が非常に高い肺炎の場合、治療に必要なら呼吸器をつけることに迷わない。ただ、延命措置にしかならないだろうな、というときもある。本人の意思・家族の意思が明確で統一されていたらそれに従うまでだ。実際はそうでないことも多い。本人の意思は不明、家族の意見もばらばら、連絡がとれないことすらある。
精神科の場合、激しい急性精神病症状であれば、治療することに迷わない。
困るのは本人の判断能力がある程度はあるけど十分でなく、家族の協力も不十分。
どこまで本人の意思を尊重するのか。たとえば摂食障害。低栄養による判断力の低下はあると思う。ただ、慢性的に経過しているので、栄養が改善されたからといってすぐに判断力が戻るかといえばそうでもない。低体重や電解質異常はあるものの、慢性的に続いているので、放っておいてもしばらくはなんともないかもしれない、けど一方で急変するかもしれない。もともとの原因と直接死因が違う場合に個々の患者で予後を予想するのは困難だと思う。環境背景も違う。本人が退院したいというのを引き止めるのが果たしてよいのか。
パソコンにいろんなデータを入力して、答えを出してくれるなら、そうしたい。そもそも生命の危機がどのくらいあり、どのくらいあれば入院治療が必要と認められ、本人の意向に反する治療をすることが許されるのか。
「あの時は嫌だったけど最終的には治療してよかった」と思われるのであれば、そのときの本人の意向に沿わなくてもまあいいんじゃないかと私は思う。ただ、最終的にそう実感できなさそうな場合はどうしたらいいんだろう、と悩む。
生命維持を何がなんでも優先させるべきとは言えない。完全な治癒が見込めない場合に、それでは外来に移行できない。
答えが出ない問題に、倫理問題を考える絶対的な相談機関があれば、それが出した結論に沿って治療するのにと思ってしまう。
4~5年前なら、徹夜当直明けでも翌日普通に仕事をして飲みに行けていた。
昨夜久しぶりの当たり日で、ほぼオールナイト当直。
翌日の今日は午前の外来の合間に1時間仮眠。普段なら少数の予約患者と予約外患者を診るのが私の仕事だが、予約外患者は他のDrが診てくれた。ありがたやー。
朝食は気持ち悪くて食べられず。昼食はがんばって食べたらvomit。夕食は普段の3分の1くらいで満腹。
夕方4時から外勤日だった。外勤先で夕食を17時に食べ、夕方17時半から21時前まで爆睡、目覚ましで起きる。お酒なんて一滴も欲しくない。代わりに(?)ガスター。
夜の回診を済ませて、このブログ書いて、今からもう一度再入眠。
お風呂は明日だな、こりゃ。
徹夜当直になったが、体制としてはオンコールだから、無給なところが悲しい。おまけに、駐車場に車を泊めたから、いつも100円の駐車場代に駐車場代1100円とられた。身体に鞭打って働いてさらに1000円の赤字かあ。
『人生あきらめが肝心』
こんなもんだと受け入れてもう寝よ。
先週末の新聞でオキシトシンの点鼻薬が自閉症に効果があるという記事があった。
点鼻薬というのは日本では発売されておらず、輸入品になるようだ。 ネットで調べてみると、
なんだか、エロい感じのキャッチコピーがついていた。気になる相手に点鼻したら、相手があなたにメロメロ~・・・みたいな説明があった。
別の誰かにじゃなく、本当にあなたにいくのか?しかも、もし、薬を投与した人に惚れる、いわゆる惚れ薬のような作用があったとしても、まず初めに、そもそも点鼻させてもらえないんじゃ???
という疑問が。
まあ、さておき、マウスの実験などでは、自閉症モデルマウスに点鼻したところ、社会性の改善がみられたと報告されているとのこと。勉強不足のためなにがどうなっているのかよくわからないのだが。症例報告レベルでは、年に1~3個くらいの論文が投稿されているようだ。
今週の外来で、自閉症スペクトラム障害の子どもの親から、「この記事って本当なんですか?」と質問された。
「記事が本当か嘘かなんて聞かれても困る」と言葉尻をとって意地悪く言いたい衝動にかられたが、しばし我慢した。「わかりかねますが、いずれにしてもまだ医薬品としての効能を認可されたものではなく、当院では扱っていないので・・・云々・・・」と伝えた。
「新聞記事に載っていた」という事前情報がなければ、「オキシトシン?おっぱいホルモンのこと?」とすっとぼけた返事をしていたんじゃないかなと思う。新聞やテレビなどの影響力はさすがであり、自分に関係する記事を、時々はチェックしておかないとな、と思う。
ノーマル上司=Dr.No
Dr.Noは無意識下でも同調・共感することができる。すごい能力だと思う。
Dr.Noの苦手な食べ物は春菊。香りと苦味が嫌いとのこと。
お鍋をしていて、春菊を投入し、「春菊って美味しいね」と言った人がいた。
Dr.Noはにこにこと、「そうですよねー。香りがよくて、ほろ苦くて、ほんと美味しいですね」と応じる。
そこに居合わせたDr.Noの旦那様が「お前、春菊嫌いじゃないか。」と言わなければ、みんながDr.Noは春菊大好きなんだと思ったに違いない。
Dr.Noは旦那様に指摘されて、初めて自分の言ったことを自覚したとのこと。完全に無意識で相手に同調できるのは、職業病というものなのか。
そんなエピソードを聞いてから観察してみると、患者さんの話にうなずいていている姿に「これは脊髄反射なのか?」と思ってしまう。
そこまでの域に達するには、だいぶ時間がかかりそうな気がするな。今はまだ、余計な一言を言わないことに気を張っている。
担当患者の数人が属する中学校で大麻を使用している生徒が複数いるという話を聞いた。その地域のある路地では乾燥大麻が売られているという。親指と人差し指で輪を作ったくらいの一袋が5000円程度で売られているらしい。
その中学校での暴力事件は確かに多い。授業中にタバコを吸う生徒も多い。大麻が出回っていたとしても不思議はないが、本当かどうかはわからない。
大麻中毒の患者を直接診察したわけでもなく、またもし診察したとしても麻薬と違って医師に届け出義務はない、というのが学生時代に習ったことだ。
ただ、中学校で大麻による汚染が疑われるのに、それを放置するべきなのか、中学生を保護する義務ないのか?とも思う。大麻自体の人体への影響はたいしたことないという意見もあるらしいが、それをゲートウェイドラッグとして、覚醒剤などのハードドラッグにつながってしまう恐れがある。特に私の患者さんたち、そんな誘惑には打ち勝てそうにない。つっぱってはいるものの情に厚く流されやすい子どもたち。“お友達”に言われたら、考える前にほいほい試してしまいそうだ。
大麻規制法では吸引自体は違法ではないらしい。所持は懲役刑がつく犯罪。・・・いろいろな例外的な状況を考慮して「使用は違法ではない」としているとのことだが、自分の患者が汚染環境にいるかもしれないと思うと、厳しく規制して守ってあげないといけないのではと思う。
さて、私はどうしたらいいのでしょうか?
精神科医としての仕事の中で、ICD-10というガイドラインに沿って診断するというのは、比較的簡単な作業だと思う。全項目を覚えることは到底できていないけど、診断基準に照らして1つずつ確かめていけばいい。検査の基準値がきっちり決まっている身体科の先生方に言わせればアナログなんだろうし、実際に診察医によって病名に違いが出るところが、微妙ではあるが。
薬物治療は、薬物の種類が限られていることもあって、ある程度勉強しさえすれば、誰がやっても大差ない結果になるんじゃないだろうかと思う。
(こんなことを書くと、奥深さを知らないと先輩方に怒られるかもしれないが、若輩精神科医としての発達段階の1つとして海容にみていただきたい。)
難しいと思うのは、精神療法。非言語的精神療法や催眠療法などは全く未知の世界。最も基本的な診察場面での会話での精神療法が、まず難しい。
もちろん、精神療法に関する教科書的な本はあり、系統的に云々言われているが、抽象的な語句が並ぶ。診察中に、なんて答えようか悩むことも多い。他のDrの診察を陪席させていただくと、「ああ、なるほど。さすがうまいな。」と思うが、見るのとやるのでは違う。一字一句同じ診察なんてあり得るはずもなく、思い描いたようにはいかない。
もう1つは病名告知をするかどうか、するとしたらいつするか、というのが難しい。患者が、最初から病名を聞きたがっている時や、その病名を疑って来た時は問題ない。
困るのは、患者がその病名を予想していなかったとき。
症例:小4
主訴:不登校と朝に強まる腹痛・嘔気・咽頭痛
本人と母で来院。心理検査や診察中の様子・問診から、広汎性発達障害が背景にあり、学校での不適応から身体的な不定愁訴が出現している、と考えた。
友達関係がうまく作れない、こだわりが強い、ごっこ遊びがなかった、気持ちの表現が苦手、などなど、診察前の問診票で母のチェックは○になっていた。もちろん、診察中にも確認していった。
広汎性発達障害は早期の告知がよいと学会でも言われている。母のチェックも○と△が多かったので、とくに何も気にせず、診断を告げ、環境調整がまず大事になってくることを伝えた。本人は表情乏しく、何を考えているのかはわからなかったが、母は驚きと怒りでいっぱいになった様子であった。「あちゃー、まだ早かったか」とは思ったが、時すでに遅し。
「耳鼻科で薬を出してもらいますので、もうけっこうです。」と怒った口調で言い残し、帰ってしまった。
どうしたらよかったんだろうか、と思う。経験ある先生だったら、もうちょっと違う流れで診察を進めて関係性を作れたんだろうな。精神科医として未熟な自分に最初にあたったために、もう二度と精神科に来たくなくなったんじゃないだろうか。…etc、いろいろな後悔が頭に浮かぶ。
しかたないんじゃない?こちらに対する怒りが表出されたことと、その患者の予後とは関係ないかもしれないし。…そんな自己擁護の考えも揺らぐ。
なんだか異様に疲れて戻った外来窓口で、母が「コウハン…なんですか?」と病名を確認していったと聞いた。今までにも、「5年くらい前に○○先生に診断された後受診していなくて、少しずつそうかなと受け入れられて、今日受診しました。」という人もいた。
すぐには無理でも、家族がそれを受け止められるようになって、その子が適切な支援が受けられるようになったらいいのにな。診察室から患者が出ていった後は、ただひたすら願うしかない。
そして、自分も勉強していかないと。
人格障害、なんとかならないのかな。
精神科に分類されるけど、自分の患者となかなか思えない。
自分で自分の首を絞めている患者をみると、気の毒には思うけど、 なるべくなら関わりたくない。
先輩方は、「人格障害も時にはよくなるよ」とおっしゃるが、自分に治療できるとは思えない。たぶん脳の発達に偏りがあって、ああいう特徴が出ているんだろうな、とは思う。一般的な優先順位に沿って考えられないところは、発達障害とそんなに変わらないようにも思える。
でも、発達障害は自分の患者でも、人格障害はなんか違う。
昨日、発達障害に脳波異常が多いことを書いたが、てんかんに伴う人格障害というのもある。人格障害の患者でてんかんを伴わないものでも脳波異常は多いのだろうか?・・・人格障害の診断自体が難しいから、よっぽど典型的な人格障害を集めないといけないな。コワッ
治療は薬ばかりではないとは教えられたが、なにか効く薬があったらいいのにな。
発達障害の患者の脳波をとると、程度の差はあれ異常波があることが多い。全例調べているわけではないので、脳波異常の頻度ははっきりしないが、自閉症にてんかんを合併している率は明らかに高い。
てんかん発作が出現していない場合、または出現しても2回以上でなければ抗てんかん薬を投与するかどうかは悩ましい。てんかん発作がなければ、今まではあまり投薬をしていなかった。
しかし、本日精神科と小児科の先輩先生方と情報交換会で話をさせていただき、短期的なけいれんの予防という意味だけならけいれんの既往がなければ投薬は必要ないが、長期的に精神運動発達を考えると投薬したほうがいいんじゃないか、という話になった。
典型的な小児自閉症で来院し、けいれんはないけど脳波異常がある患者さんで、カルバマゼピン投与により言葉が出てきたケースもあるとのこと。
実際、発達障害の興奮に対して、 抗てんかん薬を少量使うことはあり、著効する症例はわりと経験している。
発達し終わった大人はともかく、小児の脳波異常はむしろ積極的に薬物治療した方がいいのか?
文献的にはどうなのか、調べてみようと思った。
詳しい先生がいらっしゃいましたら、コメント欄よりご教示いただければと思います。
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以前に勤めていた大学病院でそんな言葉があった。
看護師に休日の緊急MRIを撮りに連れて行ってと頼むが、「休日は人手が足りないから無理です。」と断られる。仕方なしに医師が自分で患者のストレッチャーを押してMRI室まで連れていく。
CVカテの挿入?「2日前までに何時に入れるか予約してください。急に言われても無理です。」仕方なしに、医師が介助に入る。
同意書?「私たちは触りませんので、どこにあるのかも知りません。そこらにいる医者を捕まえて聞いてください。」普段と違う病棟に行くと、なにがどこにあるのか探すだけで長時間をとられる。
採血は前日15時までにオーダーすればしてくれるが、それ以降のオーダーは通らない。点滴はいつオーダーしようが、医師の仕事。 平日日勤帯以外に処方箋を書いたら、薬局まで医師が取りに行かないといけない。
極めつけは、患者さんの話を聞いてと頼んだら、「(検温表などPC上の)入力で忙しいんです。」と断られた。
医者である私は、看護師から“看護サイド”という言葉を聞くたびに、なんでどちらかのサイドに分かれて敵対しようとしているのか?と疑問に思った。
しかし“看護サイド”は“医師サイド”が一方的に無茶な要求をすると心底思っているらしい。
コメディカルという考え方は大学病院では普及していなかったようだ。
看護サイドと医師サイドに分かれている病院って、他にもあるのかな?
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