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サバイバル力というのは、およそ3つの要素ではないかと私は考える。
一番には危機回避力、次に不足を何かで代用する力、最後は素直に頼む力ではないだろうか。
とりあえず、生き抜くには、自分でかなわないような危機に合わないのがいい。危ないと判断したらすばやく逃げる・距離をとる必要がある。それは、天災でも日常生活上でも一緒だと思う。危ない場所には近づかない、危ない人とは関わらない、危なければ逃げる。基本的なことであるが、ついつい怖いもの見たさが先行すると、いらないことに巻き込まれ、取り返しのつかないことも多い。
常に必要なモノがあるとは限らない。暖をとりたくてもストーブもなければ羽毛布団もないかもしれない。とりあえず新聞紙を身体に巻き付けてしのがないといけないこともあるかもしれない。飲み水を作るために煮沸して布巾で濾すくらいのことは思いつかないと生死に関わるかもしれない。そんな大げさでなくても、ちょっとした局面を切り抜けることに役立つかもしれない。
自分一人で解決できることは少ない。素直に頼むことは大事である。この素直に、というのはなかなか難しい。ちなみに、素直に、というのは、自分が嫌だからやって、という意味ではもちろんない。相手を不快にさせれば、単にトラブルが増えるだけである。一方で、ものすごい力になってくれることもある。生活上も仕事上も、他に全く人がいない場所というのは少ない。苦手なことは助けてもらえば、作業効率も大幅に向上し、相手に還元できることも多い。
うちの母は、代用する力と、素直に頼む力にかけては天才的であると、いつも感心する。
漬け物石が見つからないからとスイカが乗っている。山でお腹が空いて弁当屋が見つからないからと、見ず知らずの女子高生の軍団に声をかけておにぎりを分けてもらう。余って持ち帰るくらいであれば、そりゃ喜んでもらってくれる方がよっぽどいい。
そういう母を見て育ったので、私もある程度のサバイバル力はついているのではないかと思うし、「どこでもやっていける」と言われることも多いが、やはり母にはかなわないなと思う。
さて、長い前振りになったが、不登校児童に頭を痛めている親は多い。
学校ね。
まあ、親の気持ちは分からないではない。わからないではないが、学校に子どもが行きたくないんだったら、行けないんだったら、それはそれで一旦よしとしなければ前に進まない。
毎朝、親子で大バトルして、お互いに疲れて、というのを繰り返しているのであれば、とりあえず一旦それは休憩してみてはどうか。
大喧嘩の代わりに、子どもにサバイバル力を教えてみることを提案したい。もしくは教えられるかもしれない。ロビンソンクルーソーを一緒に読んでみてもよいだろう。あれは代用力のバイブルのようなものだ。ぶどうを干して保存食にする。何かの時に役立つかもしれない。もちろん役立たない可能性もあるけど、なんでもそうだ。
学校の重要性を否定する気はないが、どこにいても子は育つ。不登校児童を持つ親の漠然とした不安の中には、もし自分がいなくなった時に、この子はやっていけるのだろうか、というものもあるようである。
どんな状況でも生き抜いてくれる、と信じられるように、育ってくれたら、育てていけたらいいだろうなと思う。
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